『先頭を行くのは矢張りこのウマ娘、リードオン。皐月賞での雪辱を晴らすと言わんばかりに今日は気合と笑顔に溢れております!!』
『良い笑顔ですね、あの笑いは強いでしょうね』
『そして二番手はお馴染み、優しき巨人ジェットタイガー!!』
「今日も疾走ぉ!!」
「フフフッ楽しそうで何より!!」
皐月賞から連続しての出走となるリードオン、彼女が出るレースは必ず彼女がレースを作り上げていく。ツインターボさながらの大逃げ、だが今日は何時も以上に逃げている。
「おいおい何だあのペース、あれで持つのか?」
思わずゴールドシップがそんな言葉を漏らしてしまう程の激走、その速度はメジロマックイーンが三連覇に挑んだ天皇賞春のそのペースにも似ている。あの時もメジロパーマーの爆逃げで全体のペースが上がって3200とは思えぬほどのペースだったが、それを彷彿とさせる。
「恐らくですが持つと思いますわ」
「でもあのペースじゃ破滅逃げ、ですよね」
「ええ、ですが断言致しますわ。リードオンさんは最後まであのペースで行くでしょう」
サトノダイヤモンドの言葉を肯定しつつも断言する、このレースを引っ張るのはリードオンだと。既に第二コーナーへと入り始めていくが、リードオンはジェットタイガーと共に後続との差を10馬身差としている。その差は更に広がりつつある。
『中団ではシルバーアカシア、モニラ、ハギノジャックそしてサクラハリケーンが控えております』
『サクラハリケーンはいい位置に付いてますね、何時仕掛けてもいい順位に食い込めるでしょう』
「いい顔してるなぁ~……そうそう、レースは楽しんでなんぼだぜ」
そんな言葉を漏らしつつも走り続けるハリケーン。皐月賞で殺気に溢れていた彼女が良くもあそこまで変われたものだと思いつつも走り続けていく。そして其処へ規則正しい足音が響いてくる、どんなに遠くても聞こえてくる。やっぱりライバルはあいつと君しかない、そう思いながらもハリケーンは力を込めて大地を蹴る。一気に中団から抜け出していく。
『おっとサクラハリケーンが此処で上がり始めた、一気に上がっていくぞ。少し早くないか!?』
間もなく第三コーナーも終わる、未だに先頭はリードオンが死守。2馬身差でジェットタイガー。破滅的なペースのままで走り抜け続ける両者だが脚色は全く衰えない。このまま逃げ切ってやると言わんばかりだが―――そうは問屋が卸さない、レースに絶対なんて存在しないのだ。
「マッハチェイスを実行します―――ずっと……チェイサーッ!!!」
「来るか、だったら―――!!!」
『上がってきた!!上がってきた上がってきた驚異的な追い上げを見せる音速の追跡者、マッハチェイサー!!!最後尾から一気に上がってくる矢張り始まったマッハチェイス!!一気に中団へと駆けあがり更に上がっていくが、同時にサクラハリケーンだサクラハリケーンも上がっていく!!皐月賞でデッドヒートを演じた二人のウマ娘が日本ダービーの舞台でも争うのか!!』
「さあ来いっチェイス、ハリケーン!!」
遂に起動した二人、中団を越えていくチェイスとそこから飛び出すハリケーンは共に先頭を目指して驀進していく。異常なペースで飛ばしていくリードオンの走りにも追い付いて行く二人に後続はついて行く事が出来ない。今回のダービー、勝者を競うのはこの四者。第四コーナーを過ぎ、最後の直線へと入る。
「この坂ぁ……!!」
『さあリードオンが先頭だ、だがこの速度を維持したまま坂は辛いか!?此処まで快調に飛ばし続けて来たリードオン、もう辛いか、かなり苦しそうだ!!背後からジェットタイガーが迫る、並んだこのまま超えられるか!?』
「まっけるもんかぁぁぁ!!!」
「私とて……!!」
『いや並んだ、完全に並んだぞジェットタイガー、リードオン!!このまま坂を越えられ―――いや、背後からマッハチェイサーとサクラハリケーンが一気に坂を駆けあがっていくぅ!!!』
坂路には滅法強いチェイス、チェイス程ではないが坂路には慣れているハリケーン。二人にとってはこの位の坂なんて速度を落す程ではないと言わんばかりにやや減速してしまっていたリードオンとジェットタイガーに追い付く隙を与えてしまった。一気に並び立ったは同時に坂を掛け登って最後の直線の本当の勝負へと入った。
「マッハチェイサー、今度こそ―――私が勝ぁぁぁぁつ!!!」
「私とて負けるつもりなど毛頭ない!!!」
『此処でリードオンとジェットタイガーが抜きんでるか!?』
「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!」
「―――此処からは私のステージだ!!」
『いやマッハチェイサーとサクラハリケーンが同時に抜けたぁぁぁ!!!』
ラスト300m。完全に並んでいる二人は熾烈な戦いを繰り広げ続ける、何方に勝利の天秤が傾いても可笑しくない。もうスタンドは総立ち、何方が勝ったとしても何の文句も出ないであろう、この瞬間を楽しんでいる、燃え上がっている、この瞬間に狂っている。全身全霊を傾けて勝者を見届けられる事への喜びを噛み締める。
「負けるか、負けるかぁぁぁ今度こそ私が勝つゥゥゥゥゥ!!!」
「私が、私が―――勝つ!!!」
勝利の渇望が滾る、エンジンが更に熱くなり脚の回転が速くなる。両者ともに何方が抜き出すか、それともこのままゴールへと向かうのか。桜吹雪を纏うハリケーン、二筋の光を瞳から溢れさせながら疾走するチェイス。何方が勝つのか。後100m……!!
「いっけえええええチェイスゥゥゥゥ!!!」
「もう少しですよぉぉ!!!」
「どっちもぶち抜けぇぇぇ!!!」
聞こえてくる、見えてくる。チームメイトたちの応援が視界の端に引っかかる。自分達を応援している姿が映る、もう顔が青いのか赤いのかも分からないビルダーは喉を震わせて叫んでいる。チェイスを応援する声、ハリケーンを応援する声が響く。その中で祈るようにしていたバジンは―――震えていた手の結びを解いて柵に手を付きながら大声を張り上げた。
「いっけえええええええチェイスさぁぁぁぁあああん!!!!」
―――応援してくれるなら私はその応援に応える為に走る、それが私が走る理由、ですかね。
「―――私は、私は……マッハチェイサーだ……」
脚が重い、胸が苦しい、だがまだ行ける。自分はまだまだ行けるんだ、あの声があるから走れるんだ、あの子が、オートバジンが、マシンビルダーが憧れている自分。そんな自分であり続ける、彼女らの夢であり続ける。その為に自分は―――
「だから私は―――とても、速ぁぁああいっっっ!!!!」
その時だ、チェイスの瞳の色が一つになる。輝きは全身を包んで更に先へと踏み込んでいく。それはもう一歩、先の世界へとチェイスを導く風。この時―――彼女は本当の意味で領域へと踏み込んだ。
『マッハチェイサー、マッハチェイサーだ!!!前に出た、サクラハリケーンを越えていく!!桜吹雪を越えて音速の追跡者、無敗で二冠達成!!!ミホノブルボン以来、無敗でダービーを征しましたぁぁぁ!!!残る冠は菊花賞!!彼女の伝説は最後の地、京都へと移ります!!』
ゴールを越えて少しの間、走り続けたチェイスは漸く脚を止めた。全身に凄まじい疲労感が纏わり付いてくる、荒い息を吐き続けていると隣にハリケーンが立って手を差し出してくる。その表情は晴れやかな笑みだ。
「敵わんなぁチェイス……万全のつもりだった、けど……負けちまったよ」
「ハリケーンこそ……勝てないと思いましたよ……」
「ニャハハハッ頑張りましたから……おめでとうダービーウマ娘」
差し出された手を握りながら立ちあがり直すと同時に全身に浴びる大歓声と拍手、これがダービーを征したウマ娘のみが感じる事が出来る景色。ゾクゾクと高揚感と満足感が自分を満たし始めていく。そして傍にやってきたのはハリケーンだけではない、リードオンとジェットタイガーもだ。
「全く強いよマッハチェイサー、でも楽しかった。楽しんで走るのが私に合ってる、なあタイガー」
「やれやれやれ、名声欲に囚われた貴方が開放されるのには随分と時間が掛かりましたな」
「そ、それを言うな……そ、それよりもマッハチェイサー、何時ものポーズ、やるんだろ?」
顎で観客の方を示される、そりゃそうだ、この場でやらない方が可笑しいだろう。そう答えるとリードオンたちは顔を見合わせると自分の背後に付いた。
「私達もそれをやらせて貰うぞ」
「何、振り付けなら心配いりませんぞ。何せ何度も負けて目に焼き付いてますから」
「ハハハッそりゃいいや、んじゃチェイス―――やっちまおうぜ」
「―――それでは皆さんご唱和ください!!」
チェイスの背後に立ったリードオン、ジェットタイガー、サクラハリケーン。彼女らはチェイスの言葉に合わせながら一緒にポーズを取りながら叫んだ。
初めてやると試みとは思えないほどに4人の動きはシンクロしていた。そして誰よりも笑顔だった。そして最後の言葉は全員揃って―――だ。何時も異常にパワフルで元気いっぱいに。
「如何でした皆さん、ダービーを制覇した絵は!?そしてこの絵なんて―――最高の絵でしょう!!?」
ラストのとても速~いは、チェイサーがシフトスピード・プロトタイプを使った時の時のイメージしてみました。