音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第57話

無敗での皐月、ダービー制覇による二冠。ミホノブルボン以来の快挙を達成したマッハチェイサーことチェイス。その事は直ぐに報道されて全国へと広まっていく、当然の事だがチェイスへの注目度は更に増していく。そして次はいよいよクラシック三冠のラスト、菊花賞。それを制覇すれば、三冠を達成する事になる。しかもここまで無敗、シンボリルドルフに続き二人目の無敗での三冠ウマ娘の誕生という事になる。

 

「矢張り次なる菊花賞、勝利を目指しますか!?」

「当然です、菊花賞も狙います」

 

ダービー後のインタビューで当然この事に言及されたチェイスは笑顔で肯定する。だが、奇しくも彼女と同じような答えを述べるウマ娘がいた。

 

「当然、次の秋華賞も勝つに決まっている」

 

それはゴルドドライブ。彼女もトリプルティアラの一角、オークスで勝利を挙げた。そして―――同じことを口にする。同じ瞳を作り、同じ笑みを浮かべて言うのだ。

 

「ですが私が目指すのはその先です」
「だが私が目指すのはそこではない、先だ」

 

どこか遠くを見つめながらもそれが見えているかのようにぶつかり合う。遠くない未来で行われる再戦、その時に―――蹴りを付けると言わんばかりに。二人が目指すのは互いにぶつかる舞台のみ。互いにそれまでのレースは道に過ぎない、両者ともにそれ以上は言及しなかったが、世間では既にマッハチェイサーとゴルドドライブの再度の激突が楽しみとされている。

 

そしてそんなトレセン学園には彼女への取材の為に多くの報道陣が―――

 

「生憎次の菊花賞に向けて万全を期すためにチェイスは休養中ですので取材はお受けできません」

 

ダービーの疲れを癒す為にその身体を十二分に休ませる事に専念していた。それらを聞いた報道陣の一部は不満の色を作る物も居るが、多くは納得の色を浮かべている。あれだけの激走を見せたのだ、身体を休める為に集中させるのは当然だ。

 

「その代わりと言っちゃなんですが―――」

「此処からは私のステージだ!なんつって、私で良ければ取材受けますよ」

 

その代わりを務めたのが、二戦続けてチェイスと激闘を繰り広げたハリケーン。地方から中央にやって来たその勢いのままにチェイスとほぼ互角の勝負を繰り広げる彼女にも大きな注目は集まっている。そんなハリケーンの取材に沖野は付き合いつつ内心でチェイスが確りと休めている事を願うのであった。

 

 

「ふぁぁぁぁ……あれ、こんな時間なの……?」

 

目が覚めたチェイスは目覚まし代わりに使っている携帯を手に取るともう10時になっているのを見て驚きを含んだ寝惚けた声を上げてしまった。如何やら本格的に身体に疲労が溜まっているらしく、普段ならば絶対に起きている筈の時間まで寝ていたようだ。

 

「……駄目、頭がポヤポヤしてる……」

 

早朝に起きている筈の自分が此処まで眠気を感じているなんて……こんな感覚は何時振りだろうと思う程に寝惚けてしまっている。気を抜いたら直ぐに倒れこんで眠ってしまえそうな程だ、頭の上に何かが浮いているような気分になっていると扉を開く音がする。そして自分の姿を見てクスリと笑った声も聞こえて来た。

 

「漸く起きたなチェイス。ウムッそのような寝惚けた姿も愛らしい、全く抱きしめたいなぁ!!故に抱きしめる!!」

「むきゅっ!!?」

 

不意に抱き締められて変な声が漏れる、厚い胸板に顔が押し付けられてぎゅうぎゅうと力強く抱きしめられた事で驚いて眠気が飛んでいく。しかしそこはパワーがあるウマ娘ゆえにそれに抗議しつつも顔を上へと反らして息を確保する。

 

「プハッ!!兄さん……乙女の部屋に入ったら極刑って名言知らないの?」

「知らん!!だが流石に寝坊助だったお前を起こしに来た故に免罪を求める!!」

「ムゥッ……分かった、分かったから離れて……」

「分かった、では早く降りてくるように!!食事は準備してあるぞ!!」

 

そんな大声と共に去っていく兄。此方は先程まで寝ていたという事を考慮して少しは声を落として欲しい物だ。まだ疲労が抜けきっていないのだから……。そんな文句を言っても何も始まらないので布団からもそもそと出て布団を畳み押し入れに放り込むと階段を下りていく。階段先の居間ではクリムが新聞を読みながらTVを見ていた。

 

「おはようクリム父さん……」

「Good morning.いやGood beforenoonだねチェイス。よく眠れたかい?」

「多分……10時ごろに寝た筈だから……」

「ハハハッチェイスにしては珍しい12時間睡眠だね」

「うっわそんな寝てたんだ……」

 

無敗の二冠ウマ娘になったチェイス。ミホノブルボンの時も相当な騒ぎになったので今回もそれに匹敵するだろうという懸念があってシンボリルドルフやエアグルーヴ、ミスターシービーなどからの勧めがあって沖野に相談した結果、早速実行される事となった。

 

そして、チェイスは天倉町の実家にいた。此処ならば町全体がチェイスの味方であるので何かあっても直ぐに耳に入れる事も出来るし休息も十二分に取れる。

 

「さあ出来たぞチェイス!!グラハム特製朝食御膳!!」

 

テーブルに並べられたグラハム特製の朝食。言わずもがなの純和食のフルコースがテーブルを埋め尽くしている、起きたばっかりなのにこれを食えというのもウマ娘相手だからこそ出来る事だろう。

 

「一番の一押しはグラハム特製胡麻豆腐、寺で教えて貰った精進料理だ」

「うにゅ~……」

「こらこらこらチェイス、ちゃんと起きなさい。ホラッまずは顔を洗ってきなさい」

 

クリムの隣に座っていたチェイスだが、グラハムの説明なんて聞こえないのかゆっくりと寄り掛かるかのようにクリムの膝の上に頭を置いてしまった。かなり寝惚けているらしい。顔を洗って来いと言われてフラフラと立ちあがって洗面所へと向かって行くのだが―――

 

「いったぁ!!?」

 

途中でぶつかるような音と共に悲鳴が聞こえてきたので壁にぶつかったらしい。そんな声に二人は笑った。

 

「チェイスがあのような声を出すとは、随分と可愛らしくなった物だ」

「何を言う、チェイスは元々愛らしいのだからそれが増したというべきだ。元から姫のようだったのに更に磨きがかかったなぁ……!!」

 

確かに、そういうのが正しいだろう。トレセン学園に行って随分と変わったのだと実感する。レースもそうだが、チェイスの内面も随分と変化したように思える。朝早く起きてくるあの子がこんなにも寝坊して、しかも寝惚けているなんてもう何年も見ていない。

 

「今日の夜はうららに行こうか、あそこは疲労回復の湯があるし」

「うむ、賛成!!」

「はぁぁぁ……」

 

そんな話をしていると頭を摩りながらチェイスが戻って来た。

 

「チェイス、目は覚めたか?」

「お陰様で……あたたたっ……タンホンザ先輩みたいに鼻血出すかと思った……」

「フフフッ取り敢えず食べてしまいなさい」

「はい、頂きます」


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