「……なんというか、なんというかだなぁ……」
テーブル一杯の朝食など天倉町で食べる事などは基本なかった、それをあっさりと平らげた辺り自分もトレセン学園出の生活に染まっていたのだなという事を実感する。素直に過去の自分が見たらなんというのかという思いになっていた。
「基本安静で走りは厳禁か……しょうがないか」
ウマ娘の脚は消耗品でガラスの脚とも形容される程に繊細で酷使し続ければ必ず折れる。悲願の為に走り続けた、因縁を果たす為に駆け抜けた、憧れた人を追いかけた、そんな思いで走って終わったウマ娘は数多い。あっさりとやって来る終わりの時、抗うのかそれとも受け入れるのか。
―――その時にならないと思うけど、だからこそ今は確りと休むんだぞチェイス。
「面倒臭いなぁ……」
レースの道を歩む前はこんな事に悩む事なんてあり得なかったのにそれを受け入れているし理解も深くなっていた。変わったもんだとお茶を啜りながら景色を見つめる、その姿は嘗て歩んだ過去を振り返る老人のような様で何処か老成しているように映った。
「何やってんの、爺臭い」
「失礼な事を言いますね、私は私なりに楽しんでるだけです」
「それが爺臭いっていうんだよ―――お帰りチェイス」
「ただいま式」
縁側に腰掛けていたチェイスへと言葉を掛けながら砂利を踏みしめて近づいてくる友人の言葉は相変わらず棘があった、でも何処か心配するような温かみがあって不思議な温度を持った。少しだけ笑いながら隣に腰掛ける彼女、昔ながらの友人の式。
「随分とご活躍のようじゃないか、ええっ音速の追跡者」
「やれるだけをやってるだけですよ私は」
「ハッ。そこは自分の成し遂げた事だって誇る所だろ、相変わらず冷めてるっつぅかなんていうのか」
対丈の藍色の着物に赤い革のジャンバー、そして履いているのはブーツ。相変わらず変な服装のスタイルだ、色んな意味で濃いトレセン学園でも私服でこんな服装のウマ娘はいなかったしそれに匹敵するようなスタイルの持ち主も居なかった。色んな意味で一点物だ。
「んで向こうは如何なんだよ」
「まあ、色々と濃いですね」
そう言いつつも改めて此方の友人達も濃いわぁ……という事を思う。隣にいる式だって十二分に濃い、だって―――彼女は極道の娘だ。
「親父がアンタと話したがってたよ、是非中央でのレースの事を聞きたいって」
「では折を見て御挨拶に行きます」
「アタシにアンタのサイン欲しいって言っといてくれとか……はぁ……娘のダチにサイン強請るなっつの」
「その位なら大丈夫ですよ」
式の実家である両儀組は極道と言っても昔気質の筋を通すタイプの極道で違法行為には手を出さない。式曰く、父を慕ったり憧れた者が集まった集団が組の原型、そしてそれが時間が経つにつれて大きくなって行って今の両義組となった。故にヤクザとは言えない。地元の警察とも敵対するどころか関係は良好。父、進之介の飲み仲間も両義組の構成員が多かった。
「んでどのぐらい此処にいんの」
「2~3週間を予定しています。目的は休養ですので」
利き足を摩りながらそれに応える、それを見ながら式は興味なさげにふぅん……と答える。聞いておいてそれか……と思っていると下げていた袋からアイスを取り出して差し出してきた。
「んっ」
「どうも」
彼女のお気に入りのイチゴ味アイス、地味に買おうとすると普通に高い。その分美味しかったりするが。
「皆に変わりはないですかね」
「知らない、でもまあアンタが中央に行って騒いでる連中はいた」
「でしょうね」
元々この天倉町にスカウトに来ていた沖野、訪れた学校には御眼鏡に合う者はいなかった。だが突然自分という存在が選出されて中央に行った、それに驚いた者も居れば気に入らないと憤慨する者も居れば祝福する者も居たと思うと式は述べた。
「ウザがってた奴も多い」
「当然ですよ、レースに興味が無くて警察官志望だった私が突然中央ですから気に入らない人が居て当然です」
「まあ、今やそんな連中はいないけどね」
当人にそんな実感はなかったが、チェイスは直ぐに中央の力を思い知ると思われていたらしい。島根のトレセンを飛び越えての中央、超実力重視の世界の中心へと飛び込んだ世間知らずと笑っていた者もいたが―――そこで結果を出し続けたチェイスに何かを言おうとする者はいなくなる。
「立派だと思う、自分で自分の価値を証明したんだから」
「有難う御座います式。そう言われて少しだけ実感がわきます、まあ警察を目指す気持ちは変わりませんが」
「変な所で頑固なのは変わらないか」
そんな風に微笑みながら式はアイスを食べ終わると袋にゴミを突っ込み、そのまま立ち上がって振り向いた。
「まあゆっくりしてきな、天倉町は何時だってアンタの味方をし続けるんだから」
「勿論です。でもまあ休養目的ですから1週間は走れないのは不満ですが」
「その位我慢しろっての、んじゃ今度はシンとか連れて来る」
「ええ。お待ちしています」
んじゃ、と何処かぶっきら棒に挨拶をして去っていく式を見送る。久方に食べたアイスはトレセンで食べた物よりもおいしかった、矢張り天倉町以上に自分に合う土地というのはないのだろう。此処で休息を取れば確かにトレセンにいるよりも何倍も早く回復する事は間違いないだろう。
「何処の征服王ですか私は、いや英霊かこの場合。だけど走れないのは何かやだなぁ……」
走る喜びと楽しさを知ってからは走る事へ執着は持っていなかった筈なのに、何時の間にか持つようになってしまった。自分もウマ娘だという事だという事だ、だが走るのは不味い、ならば―――
「クリム父さん、蔵の鍵貸してください。私の自転車を出したいんですが」
「それならもう出してあるよ、整備も万全だ。何処か出かけるならそれを使うといい」
「お見通しですか……」
流石は父さんだと思いつつもチェイスは他の友達にも会いたいなぁという思いを抱いて行くのであった。
「そうだチェイス、君の仲の良い先輩のツインターボ君だったかな。彼女用のドライバー、名付けてマッハドライバー蒼炎が出来上がった、勝負服の方は彼女のトレーナーと理事長さん経由でデータを貰えたので何とか登録が出来て完成したよ」
「という事は……ターボ先輩と変身出来る!?」
「Yes!!というかチェイスはターボ君を本当に尊敬しているね、スピカの皆とは仲良く出来ているのかい?」
私の母方の実家にもこんな感じで何とか組みたいなものがありました。田舎って時に凄い面を見せるものですよ。