音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第62話

自分が主役のパーティーと言われながらも結局キッチンに立ち続けていたチェイス。これも全部天倉町が誇る大食漢が悪い。絶対彼女はオグリキャップやスペシャルウィークといい勝負が出来ると内心で想いながらもチェイスは久しぶりの天倉町を走っていた。

 

「フッフッフッ……」

 

規則正しい呼吸を行いながら走る、速度は約40キロで車とも楽勝で並走出来る。レースを行うウマ娘としてはかなり遅めの速度だが、別に速度を求めている訳でもトレーニングの為に走っているのではない。休養していた時に溜まっていたストレスを解消するために走っている。

 

「天倉町で走るのは一番だ、矢張り此処が私の魂の場所だ」

 

カッコつけた言い方だが、それだけチェイスにとってここで走る事に馴染みを感じつつ喜びを覚えるのだ。それだけ自分はこの町を愛している。ビートから聞いた事だが自分の影響もあってこの町を訪れる者は増加傾向にあるらしい。インタビューで自分が名前を出したからだろう。それでもこの町は良くも悪くも田舎で目ぼしい物はないし盛り上がりに欠けると言われたらそこまでの町。故に自分を活用してくれてもいいと思っていたが―――天倉町はそんな事はしなかった。

 

そのような話が持ち上がらなかった訳ではないが、直ぐに取り下げられたらしい。個人が町に頼るのは正しいが、町が個人に頼るのは間違っていると取り下げられたらしい。

 

「全く……愛おしい町です本当に」

 

そんな町だからこそ父と母の子供である自分を愛してくれたのだろう、我が子のように扱ってくれたのだろう。だからこそ自分は走る、愛に応える為に―――

 

「いやはや本当に凄い活躍だよ、マッハチェイサー。また会えて光栄だね」

「そうですか、何の用ですか―――仁良 光秀」

 

 

嫌な声が聞こえてくる。上から見下ろしつつも此方をバカにするような物を含めた小物の声、振り向くとそこにはニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている自称父の元上司の仁良 光秀がいた。チェイスが二度と会いたくないと心の底から思っていた男がそこにいた、というか顔を見るまで考えないようにしていた。だが、同時に嬉しい顔もあった。

 

「ゴルドお久しぶりです」

「久しいなチェイス、壮健なようで何よりだ」

「ゴルドこそ。活躍は聞いております」

 

ひょっこりと背後から顔を出すのはライバルであるゴルドだった。出来れば彼女だけに会いたかった……と思いつつ沖野から持つように言われていたICレコーダーをONにする。

 

「呼び捨てとは、礼儀が無いらしいね。流石は泊巡査の娘か?」

「引き取った娘相手に屑呼ばわりされる貴方ほどではありません」

「なっ……お前私に拾って貰った恩を忘れたのか……!?」

「知ってるか、一時の恩はその後の行いで捨てられるという事を」

 

ゴルドは仁良に引き取られた事なんて恩とは思っていないだろう、既に彼女はレースでの獲得賞金などもあって既に自立しているとメールで聞いた。

 

「それで何の用ですか、ゴルドに私を潰せと言った仁良 光秀さん」

「グッ……このガキィ……!!」

「おい三下、いい加減にしておけ」

 

刹那、仁良は一気に顔を青くしながら身体を震わせていく。まるで生まれたての小鹿のようなプルプル加減。ゴルドがドスの利いた声と怒りを露わにしたからだろう。

 

「部下の墓参りなんてらしくない事を言いだすと思って、着いてきて正解だったな」

「ゴ、ゴルドお前!!わ、私は養父だぞ!!何だその口の利き方は!!そんな風に育てた覚えはないぞ!!」

「奇遇だな、私もお前にまともに育てられた覚えはない。私を育ててくれたのはお爺様とお婆様であって貴様は名ばかりの養父だ」

 

如何やら本当に色々と大変な家庭なのが透けてくる、幸いなのが仁良の祖父と祖母は良い人らしく其方には良くされているらしい。逆に養父という外套を被っている程度の扱いしかされていない仁良はどんな風にゴルドに接してきたのだろうか……。

 

「ゴルド、この人貴方にどんなことして来たんですか。仮にも養父ならばある程度の礼節はあると思いますか」

「私もそう思う。だがこいつは私を引き取った理由は見た目が良かったのとトゥインクルシリーズで活躍させて名声を得る為なんだぞ、ウマ娘の力を知ってるから反撃が怖い、という理由で手を出されないだけ蛮野よりマシという所か」

「うわぁ……」

「やめろ、貴様まで私をそんな目で見るのか……くそ、ゴルドもうお前なんぞ知るか!!」

 

と顔を真っ赤にしつつも涙ぐみながら車に乗って走り去っていく。アクセル全開なのか、とんでもないスピードで爆走していく。普通に70~80キロは出ているのではないだろうか。本当にあれは警察なのだろうか。

 

「あの先、事故が起きやすいので警察が張ってるんですけど」

「ハハハッ捜査一課課長が警察に捕まるか、これは傑作だな!!」

「ゴルドも大変ですね」

「もう慣れたさ」

 

その表情は何処か哀愁が漂っている。その後、仁良は速度違反で島根県警に止められて大恥をかいたらしい。因みに仁良はURAとトレセン学園からチェイスの件で届いた苦情によって苦しい立場に置かれているらしく、警察内でも良くない目で見られているとの事。

 

「それでゴルドは如何して天倉町へ」

「先祖なんて何とも思ってない奴が自分から誰かの墓参りにも行くとは思えなくてな。それでまさかと思ったら着いて来たらこの町だったという訳だ、さてこれからどうするか……」

 

仁良に着いてきただけなのでこれからどうするのかは全く考えていなかったらしいゴルド。一応財布などはあるので飛行機などには乗れるし適当に観光でもして帰るかと思案中。

 

「でしたら私の家に来ませんか、私の家は民宿ですのでお客様は大歓迎です」

「民宿、それは素晴らしいな。だが突然いいのか、予約などは」

「暫くは予約は入ってませんから大丈夫です。貴方こそ予定は大丈夫なんですか?」

「お前と同じで私は休養中の身でな、暇なんだ」

 

 

そんなやり取りをすると思わず二人は噴き出して大声を出して笑い合った、なんて可笑しいんだろうか、そして笑えるのだろうか。

 

「残りは秋華賞、お前は菊花賞。その後は―――分かっているな?」

「有記念ですね」

「そうだ、その時に借りを返す。私のゴルドランでな」

「望む所です、またマッハチェイスでぶっちぎってやります」


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