音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第71話

「なあ、ツインターボって今どこに……って何処行くんだ?」

「ああ丁度良かった、スピカの皆さんも来て貰えませんか。ターボさんが如何にもお話を聞いてくれないようでして」

「何だよどうしたんだよどしたどした?」

 

チェイスのスランプ克服のためにツインターボに協力を仰ごうとカノープスの元へと向かおうとしていた時だった、偶然近くにいた南坂トレーナーを発見したのだが……如何やら向こうも此方を探していたのか着いてきてほしいとまで言われてしまった。如何にも状況が掴めないが取り敢えず共に行きながら話を聞く事にした。

 

「何だ何か問題か」

「問題、という程のモノではないんですが……ターボさんがチェイスさんと勝負をすると言いますので一言言っておきませんといけないので」

「ンだよターボとチェイスの勝負なんて何時もの事じゃねぇか」

 

ゴールドシップの言う通り。ツインターボとのレースは最早恒例行事の域、デイリーミッションとバジンは称する程に毎日毎日行われている。今更声を掛けて貰わなくても……と思うのだが今回ばかりは勝手が違う。

 

「如何にもターボさん曰く今回ばかりは違うらしいんです」

「違うって……師匠如何かしたの?」

「私には何とも……チェイスさんの為にはこれが一番としか」

「……こりゃ、頼みに行くのは野暮だったか?」

 

自分達が思っている以上に、ツインターボというウマ娘はチェイスの内面を深く深く理解しており歩み寄っているのだと沖野は理解した。頼むなんて無粋だった、あの二人の絆には。

 

 

「にしてもなんか、今回ターボ随分マジっぽいね」

「ええ、念入りにウォームアップしてます」

 

近くにあるレース場、此処もサトノグループ所有の施設でありホテルに泊まっているスピカとカノープスは自由に使う事が出来るので砂浜では基礎練習をしレース場では応用とも言える実践形式の模擬レースを行う。そして今回はツインターボとチェイスというお決まりの二人のレースが行われようとしているのだが……随分とツインターボが念入りにウォームアップする姿にナイスネイチャとイクノディクタスは物珍しさを覚える。

 

「真剣勝負だもん、全力で行けるようにしないと……いっちにぃいっちにっ……」

「普段からそんな感じでやればいいのにね~」

 

おどけつつも言うチームメイトに肩を竦める。確かに普段は速く走りたいという気持ちが溢れていて何処かおざなりになっているように見えてしまう姿が一切ない。本気で取り組んでいる姿が見えている。

 

「チェイスちゃん良い感じもうちょっとね~」

「はいっ……」

 

マチカネタンホイザと共にウォームアップをしているチェイス、今回はそれ程までに彼女の為になるというのだろうか。

 

「なんか、やっぱりなんかチェイス暗い感じしない?」

「そうなんですか、私にはあまりわかりませんが……」

「あ~なんて言ったら良いのかな、なんか無意識的に違和感感じてるけどそれが分からなくて気持ち悪さを抱えてる的な」

「良く分かりますね」

「まあ、そんな感じの人が飲みに来たりとかしてたからねウチのお店に」

 

実家がスナックを経営して自分もその手伝いをしていたか様々な人の様子を見て来たナイスネイチャからしたら簡単に分かってしまうらしく、チェイスのそれを一瞬で見抜いた。こればっかりはどれだけの人間を見て来たのか、話を聞いてきたのも影響するので彼女ならではの長所と言える。

 

「ターボ~チェイスちゃんのウォームアップ終わったよ~」

「よっしゃ~!!チェイス、準備は良いか~!!?」

「はい、問題ありません」

 

温まった身体、良いパフォーマンスを絶対に発揮出来る、今度こそ絶対に……と強く意気込みながら構えようとすると隣から元気よく自分の名前を呼ばれた。

 

「チェイス、余計な事なんて考えてちゃ駄目だぞ。チェイスってば今はグチャグチャのドロドロ状態なんだからそれで考えても何も出来ないぞ!!」

「グチャグチャのドロドロ……?」

「そう、だから―――ターボと初めて走った時みたいに楽しく走ろっ!!」

 

弾けんばかりの笑みが視界を埋め尽くした、何も考えずに唯々楽しく走ろうと言われた。楽しく走る……

 

『貴方は走る事は好き?』

「あっ」

 

不意に、ミスターシービーに言われた言葉を思い出した。

 

好き、好きだった筈だ……でも、何時の間にか走る事に楽しさなんて感じなくなっていったような……次も勝てるのかと不安になってきて、負けたら天倉町の為に走れないと思えたような気がして―――

 

「ターボ先輩は、この事を分かって……?」

「お~いチェイス、そろそろスタートするけど準備良い?」

「えっ……あっはい、大丈夫ですネイチャ先輩」

 

正気に戻ったチェイスは漸く準備を整えた、そして―――同時にもう一つ言葉が過った。

 

『勝てるかって不安にならない位に勝つって思う事ね。それが貴方に必要な事』

 

「(そっか、結果に囚われてて……そうか、ターボ先輩が言いたい事ってそういう事なんだ。大切なのは結果じゃない、その途中だ、そこにもっと大切な物があって結果はそれを誇示する舞台でしかないんだ)」

「んじゃ行くよ~位置について……」

 

間もなく始まる、もう直ぐ開始のファンファーレが鳴る。だがその前に言わないといけない。

 

「ターボ先輩、私―――楽しみます、だから一緒に走りましょう。今日も、何時か一緒に走るGⅠも絶対に楽しく!!」

「うんっ!!それじゃあチェイス、いざ尋常に―――」

「尋常に―――」

 

「よ~い……ドン!!!」

 

「「勝負!!」」

 

 

「おっやってるぞトレーナー!!」

「何とか間に合った……って」

 

チームスピカの面々がそこに着いた時、既にレースは始まった。両者共に全力を出している本気のレース、何処までもどこまでの逃げる逃亡者(ツインターボ)。それを凄まじい勢いで追走する音速の追跡者(マッハチェイサー)。だがそれ以上に……二人が浮かべている本当に楽しそうな笑顔に此方迄笑みがこぼれてしまった。

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

全力全開MAAAAAAAAXツインターボ!!

 

そのレースは同着、勝負こそ着く事は無かったが一人のウマ娘の心の中にあったモヤは完全に晴れ渡っていた。故に―――この勝負はツインターボの勝ちとなった。


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