音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第72話

早朝、今度は確りとアスファルトを走るのに適した靴を履いてきている。海岸沿いの道を走り続けたチェイスは以前には感じられなかった清々しくも気持ちいい気分に浸りながらも水平線を見つめながら思わず呟いた。

 

「何とも面倒臭いなぁ……ウマ娘って奴は」

 

自虐のような言葉だが本当にそう思う。別に何とも思わなかった走るという事に執着し、調子を崩したと思ったら何かを掴んだと同時に今度は楽しさと清々しさを取り戻して自分の為に走り続けていく。本当に不思議な感覚だ、それともこんな事を考える自分の方が異端なのだろうか。だとしても如何もする気はない。

 

「菊花賞か……まあ負けたら負けたでそれはそれで良いか、別に無敗を目指してる訳でも無いんだから」

 

別段、マルゼンスキーのようなトゥインクルシリーズ無敗を目指している訳でも無い。増してはシンボリルドルフのような無敗の三冠なんてもっと興味がない、興味があるのはゴルドドライブとの再戦のみ。菊花賞参加も約束を果たす為だけでしかない。弥生賞以来の激突が待ち遠しくてしょうがない、早く走りたい、彼女ともう一度雌雄を決したい……。

 

「フフッ」

 

思わず、身体が疼いた。弥生賞を思い出すだけでこれだ、本当に戦えるようになったらどうなるのだろうか。そしてこんな気持ちになれるようにしてくれたツインターボには感謝してもしきれない。もういっその事、彼女も有記念に出れたらいいのに、そうなったら本当に最高だろう。

 

「よし、帰るか―――マッハのスピードで」

 

そんな事を口遊みながらもチェイスは走り出していく、今日も今日で特訓なのだから頑張らなければ……。

 

「そういえば今日はダンスもあるんだったな……なんだっけ、うまぴょい伝説だっけ……なんだようまぴょいって」

 

意味のない自問自答をしつつも道を戻っていきホテルのロビーへと入って受付のスタッフに頭を下げた時だった、スタッフが何処か笑いながらも待合のソファを指差した。それに導かれて其方を見ると……そこには何やら如何にも不機嫌ですと言わんばかりのバジンの姿があった。

 

「バジン?あなた如何して此処へ」

「……どっかのバカが朝っぱらからいないから探してたのよ」

 

ムスッとした表情のまま抗議の視線を向けてくる、確かに早朝の事は伝えておかなかった。だが正直怒られるとは思っても見なかったので少しばかり困ってしまう。

 

「起こすのも悪いと思いまして」

「こんな朝早く起きるとか、バカなの」

「習慣でしたから」

 

まあ確かにその言葉で断じられてしまったら終わりな気がしなくもない。何故か前世では学校も早く行っていた、中学では一番最初に教室入りが当たり前で高校では教員が門を開けるタイミングで学校に着くのが当然だった。それがずっと続いているのだが……今思うと何でそんな事をしていたのか謎である、遅刻が嫌だったからだろうか。

 

「……心配して本当に損した」

「してくれてありがとうございます」

「うっさい」

「辛辣ですね」

 

完全にご機嫌斜めなバジン、それは態度にも確りと現れており足は前掻きをして耳は絞られている。これは相当にお冠なご様子。

 

「すいませんバジン、前もって話しておくべきでした」

「……」

「あの、如何すれば許して貰えますか?」

「知らない」

 

そっぽを向かれてしまった。素直に辛い、同室の相手がこの態度というのは色んな意味で辛い。下の弟も妹もいなかった身としてはこんな時にどんな対応をすればいいのか分からない。

 

「……分かりました、取り敢えずトレーナーさんに部屋を変えて貰うように頼みましょう」

「何、逃げる訳」

「いや単純に私と同室なのは嫌だと思いまして」

「……ハァッ鈍感」

「何で罵倒されたんですか」

 

何故か呆れられて罵倒されて解せない。と言いたげなチェイスに対してバジンはソファから立つと部屋へと戻るのか歩き出していく、だが彼女は何故来ないのかと問いかけて来た。本格的に如何しろってんだよと思いつつもその後に続いていく、部屋へと入るとバジンはそのまま自分のベッドに腰を落ち着けた。

 

「……来て」

「私に如何しろと」

「罰として朝食まで膝枕の刑」

「えっ私が?」

「アンタがするんだよ、何でアタシがやらなきゃいけないんだよ」

 

つまり所自分のせいで変な時間に起きた責任を取れという事なのだろうか、少しばかり理解が追い付いたようなきがする。そしてそれは正当な主張なのでそれに素直に従ってバジンのベッドに腰掛けながらもやり慣れている体勢になりながら膝を差し出した。それを見たバジンはそのまま―――チェイスの顔を下から見上げられるように身体を真っ直ぐ、チェイスの向きに合わせた仰向けに寝転んだ。

 

「悪くない、やり慣れるだけはあるね」

「普段はターボ先輩ばかりが利用してますからね」

「ふぅん……専用って言いたいわけ」

「いえ、別にそういう訳では」

「そう」

 

それを聞いて満足したのか少しだけ耳が動いて機嫌が直ったように見える、それを見て本当に女性というのは分からないと思う。ウマ娘の自分が言う事ではないが……本当に分からない事の方が多い。同性の方が気楽だと言ってた友人の気持ちが分かって来た。

 

「アタシだって……」

「?」

「アタシだって、アンタの為に色々考えてたのに勝手に立ち直って、勝手に元気になって……」

 

それを聞いて分かった。バジンはチェイスの為に色々と手立てを準備していた、彼女にとってチェイスは単純な先輩というだけではなく憧れの存在であり自分の目標。そんな彼女が調子を崩した、ならば力になりたいと思うのは当然。トウカイテイオーもシンボリルドルフが不調だと言われたら居ても立っても居られなくなるだろう。

 

が、自分が何かをする前に先を越された。立ち直ってくれて嬉しいという気持ちはあるがならば自分のこの想いはどうなるのか、無駄だというのか……そんな風に憤りを感じてしまっても可笑しくはない。故にチェイスは彼女が望む事をしてあげる事にした。

 

「……チェイス、アンタはアタシの……その目標―――で憧れ……なんだからもっと確りしてよね」

「そうですね、貴方の為にももっと頑張りましょう」

「バカそうじゃないでしょ、自分らしくあれって言いたいの、それがアタシの為なの」

「成程そう来ましたか」

「バカ、やっぱりアンタはバカ」

 

そんな言葉を言いつつも彼女の声色は柔らかくなり、顔は自分の胸で隠れてしまっているがきっと笑っている事だろう。そして少しすればそんな彼女の寝息が聞こえてくる。

 

「おやすみバジン」




あれ、バジンってヒロインだっけ。

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