「いよいよ、ね……なんか私まで緊張して来たわ」
「そりゃ俺だって同じだっつの、寧ろスピカで緊張しねぇ奴なんていないっつの」
ダイワスカーレットの言葉に同意しつつも訂正を加えるウオッカの言葉に概ね全員が同意した。
「スペちゃん如何したの、なんだか凄い気合入ってるけど……」
「気合を送る準備です……ムムムッ日本一のウマ娘になれるようなオーラを送る……日本総大将からのエールゥ……!!」
何やら気合を練り上げるスペシャルウィーク、日本総大将とジャパンカップで言われた彼女がエールを送る。確かに最高の応援になる事だろう。
「この日の為に―――預金を全部卸して最高の望遠レンズカメラを買ったんです、最高の瞬間を取ってみせます!!」
「……ンな事に金使うってバカなの」
と、さり気なく全財産が無くなった事を暴露しているビルダーを罵倒するバジン。この二人の掛け合いも見慣れたような気がする。
「でも凄い気迫だね……まだ、皆出て来てないのに気合が伝わってくるみたい」
「うん、本当に凄い。これが―――クラシック三冠の最後の一角、菊花賞」
サトノダイヤモンドの言葉に同意し、キタサンブラックが思わず呟いた。そうこの場こそ―――クラシック三冠、最後の冠を掛けた戦いの場、京都競馬場、菊花賞。
今世代のクラシック世代、それは神童であるウマ娘が引っ張っている世代だと誰かが言う。それは否定こそされないが、それを聞いた誰もが笑うのだ。誰もが言う、お前は何も分かっていないと。あの世代はあのウマ娘が強いだけではない、ライバルたちが全て強いのだ、だからこそあのウマ娘の強さは輝いているのだ。彼女が言った言葉がある。
―――私は自分で輝きを放てない、周囲の輝きがあるからこそ自分も輝ける。
それが全てを語っている、彼女が対戦するウマ娘全てのレベルが高い。その中でも選りすぐりのメンバーが今日、雌雄を決する。
『おっと会場が揺れる程の大歓声が上がります!!4番人気でこの大歓声、今回の菊花賞は一味違う!!6枠11番、優しき巨人ジェットタイガー!!さあ次は3番人気、1枠2番先導ウマ娘リードオン!!今日も爆逃げが火を噴くのか、それとも今日こそは逃げ切るのか!!?』
誰もが目指す栄光、それに及ばなかった、敗れた、それでも挑戦し続けるウマ娘達がいる。
『2番人気はこのウマ娘!!5枠10番、桜吹雪サクラハリケーン!!』
それを見る皆もそれを楽しみに来るのだ、不屈の挑戦者であり続ける彼女らが勝利する姿を。
『さあ、遂に、遂に地下馬道から姿を見せるのは―――!!!』
無敗の三冠は夢物語だ。絶対の皇帝たるシンボリルドルフだからこそ成した奇跡なのだ、絶対にもう現れる事なんてない。誰もがそう言う。不屈の帝王トウカイテイオーが、坂路の申し子ミホノブルボンが、あと一歩の所で夢敗れその栄光を手に出来なかった。だからもう現れない―――ウマ娘ファンが諦めかけていた時にそのウマ娘は姿を見せた。
嘗て、シンボリルドルフに敗れ王座を奪われたミスターシービーを想わせる走りをするウマ娘。これまで9戦9勝にして全勝無敗、これに勝てば―――無敗の三冠だけではない、あの幻のウマ娘とも言われたトキノミノルの10戦10勝に並び立つのだ。大記録が二つ掛かった異例のGⅠレース菊花賞、それに挑むウマ娘の名は―――
『注目一番人気!!2枠3番、此処までの9戦9勝、無敗のウマ娘が二冠を携えてついに此処までやってきた!!音速の追跡者マッハチェイサー!!』
『素晴らしい仕上がりですね。今日、此処に集まった14万人、そしてTVの前で多くの人が彼女の走りを見に来ています。そして同時に皆こうも思っています、あの音速の追跡者を捕まえるウマ娘が遂に生まれるのではないかと』
『様々な期待が寄せられる菊花賞、どんなレースになるのでしょうか!!?』
「チェイス~!!!頑張れ~!!!」
「気楽に行けよ~気楽~」
「無茶を言う物ではありませんわ、ですがご自分の走りをなさってくださいまし~!!!」
チームメイトの声援が投げ掛けられる、それと同時に―――
「チェイス~いっけ~!!ぶっちぎっちゃえ~!!!」
当然のようにカノープスのツインターボも応援に駆けつけてくれていた。
「にしてもターボも天皇賞秋があるのに、良く決断したよね」
「だってチェイスの菊花賞だよ、もう見られないんだよ!?見るしかないじゃん、生で応援したいじゃん!!」
その言葉には皆が同意する。例え自分のレースが明日に控えていようがツインターボは絶対に駆けつけるだろう。天皇賞秋へに向けての最終調整があるだろうに……チームメイトも含めてだが、態々来てくれた。その事に心からの感謝を浮かべつつもチェイスは手を振り終えると上げていたバイザーを降ろして気合を入れ直す。それを見つめるのは何もチームスピカやカノープスだけではない。
「いよいよですね会長」
「ああ。しかし、まさか彼女が此処までの逸材だったとは驚天動地、だが―――同時に嬉しくもあるな」
「全く、本当にあの日にあの子をスカウトできなかったのが惜しかったわね」
レース場を見下ろすようなスタンドの最上段で視線を投げかけているのはチームリギルのシンボリルドルフ、エアグルーヴ、そしてトレーナーである東条。チェイスを直接スカウトしに行った二人も今日この日が来る事を心待ちにしていたのだ。
「ルドルフ、貴方はどう思うかしら」
「レースに絶対はありません、例えどれ程に錬磨をしたウマ娘だとしても時の運はあります」
「それをあなたが言うのはちょっと皮肉っぽいよ、絶対の皇帝様」
何処か茶化すような言葉にシンボリルドルフは少しだけ笑いながら其方を見ながら抗議の視線をやる、そこにいたのは同じく三冠ウマ娘であるミスターシービー。
「ああ、だからこそ言うんだ。レースに絶対はない、私に絶対があるとするならば自分の中にある信念、絶対に譲らないという強い気持ちだ。きっとチェイスにもそれはある」
「それは同感、だから私も見に来たんだ。今日、この日のレースを本当に楽しみにしてた」
ゲートインしていくウマ娘達、それを本当に楽しそうに、嬉しそうに見つめるミスターシービー。どんな勝負になるのかという視線を投げかけるシンボリルドルフ、二人の三冠ウマ娘が見守る中―――菊花賞が始まった。