『各ウマ娘ゲート入り完了しました……今スタートしました!!』
始まった菊花賞。どんな勝負になるのか既にスタンドからは大声援が木霊する。菊花賞は最も強いウマ娘が勝つと言われている、この3000mという長距離レース。そして心臓の破りの急坂とも言われる淀の高低差4mの坂、この長丁場でのそれは異常なまでに身体に来る。体力、走力、知力、気力。それら全てに優れるウマ娘でなければ越える事なんて出来ない。
『先頭へと飛び出すのは矢張りリードオン、例え3000mのレースであろうとも一度も戦法を変えない大逃げを打ちます。そして背後からジェットタイガー、矢張りこの二人が流れを作るのか』
「今日こそ、今日こそ勝ってやるんだぁぁぁ!!」
「それは私とて同じだ!!」
『そして最後尾にはマッハチェイサーが続きます、ペースを乱さない音速の追跡者は何時仕掛けるのか期待です』
何も変わらない、彼女と走る時は本当に何時もこうだ。だからこそ自分も同じ走りで行く。だが―――矢張り今回ばかりは上手くはいかないらしい。
「チェイス、完全にマークされてる」
「アタシもやられた事あるなあれ」
此処で初めてと言ってもいいチェイスに対するマークが成功していると言ってもいい、先行と差しのウマ娘がチェイスに対する対策と言える戦法を取っている。いや、それぞれがそれぞれで勝負しているが結果的にそれがチェイスに対しての対策に繋がっている。
「ど、如何言う事ですか?」
「先行の奴らは駆け引きをして他を落としてチェイスのコースを塞ごうとしてる。差しは差しでそれを躱そうとしてるが、逆にそれがチェイスの壁にも成っちまってる……こりゃ終盤までこのままの可能性まであるぞ……」
これを抜ける為にはより外へと抜けるしかないのだが……3000mという長距離でそれをやるのはあまり得策ではない。チェイスは確かにスタミナも大幅に強化されているがそれでも出来るだけ脚を温存して最後に一気に伸ばしたいはずだ。しかしこのまま残り続ける可能性だったあるんだ、かなり辛い状況と言わざるを得ない。
「ハリケーンちゃんも巻き込まれちゃってますね……」
「ああ、チェイス対策に巻き添え喰らってる感じだ」
『さあ各ウマ娘がスタンド前に入ります、14万人を超える大歓声がウマ娘達の背中を押します!!全ウマ娘が、ウマ娘達がファンの声援を走りに変えて更に越えていく越えていく、さあ先頭は未だリードオンとジェットタイガー。この二頭に挑むウマ娘はいるのか!!?』
「いるさ―――此処に一人な!!此処からは、此処からが私のステージッ……だぁぁぁぁぁ!!!!」
その時、大歓声が一瞬静まり返った。誰もが思いもしなかった、先頭集団を追う集団の壁、勝負の時を待ち受ける彼女らがその時を待っていたのを嘲笑うかのように勝鬨を上げるのは自分だと宣言するように―――彼女は飛んだ。
『な、なんとぉぉぉ!!?飛んだ、サクラハリケーンが舞ったぁぁぁ!?サクラが宙を舞いました、サクラが舞って壁を越えて行ったぁ!!?』
『し、信じられません。しかもそのまま速度を落す事もなく走り出してる……』
『サクラハリケーン何というウマ娘だ!!勝鬨を上げるのは自分だ、自分を見ろと言わんばかりの走りだ、天を駆けるウマ娘、サクラハリケーンがリードオンとジェットタイガーに迫っていくぅ!!!』
神話にはペガサスという翼を持ち空を駆けたウマ娘がいたという、まるでそれはこういう事を言うのだと言わんばかりの跳躍を見せたサクラハリケーン。前方の壁を軽々を飛び越える跳躍、4~5メートルは跳躍したのかという高さを舞いながらも何事もなく着地しながら走り抜けていくその姿に壁を作っていたウマ娘達は呆然とし、一瞬の隙が出来た。
「此処だっ!!マッハチェイスを実行しまっ―――!?」
『マッハチェイサー此処で仕掛けっ―――マッハチェイサー体勢が大きく崩れています!!倒れこまないように必死に身体を立て直している、如何したんだ一体アクシデント発生か!!?』
その瞬間、チェイスは大きく体勢を崩した。右膝に鈍痛が走ってバランスが崩れる、倒れこまないように必死に踏み込むが―――鈍い痛みが徐々に大きくなっていく。
「チェイ、ス……?チェイス!!?」
コーナーで仕掛けようとしたチェイスが大きく体勢を崩して更に距離が離れていく姿に思わずバジンが悲鳴のような声を上げた。
「チェイスちゃん如何しちゃったんですか!?」
「体勢を崩すなんてあり得ませんわ!!絶対に何かがあったんですわ!!ゴールドシップさん貴方何か見たんじゃなくて!!?」
「悪い、ハリケーン見てた」
スピカも突然の事に騒然する。余りにも突然すぎるそれに何が起きたのかと軽いパニックが起きる中、一人だけ静かにレースを見ているウマ娘がいた、それは超高精度の望遠レンズでチェイスを映していたビルダー。だがそれは―――顔面を青どころか灰色に染めてであった。異変に気付いたツインターボが背中をさすりながら尋ねた。
「如何したんだ大丈夫か!?」
「ら、落鉄です……前から蹄鉄が飛んできてチェイスさんの、右膝を……」
「こんな時に!?」
震えながらの声にナイスネイチャは思わず声を出してしまった、レースでの落鉄は珍しくない。ウマ娘は時速60キロを超える速度で走る、加えてウマ娘の脚力によっては直ぐに蹄鉄は消耗して使い物にならなくなる事なんてザラである。だがそれが当たるなんて……不運にもほどがある。
「じゃ、じゃあ今すぐにチェイス走らせるのやめさせないと不味くない!?」
「不味いな……マジで膝に当たったなら洒落に―――」
『マッハチェイサー持ち直した、持ち直したぞマッハチェイサー!!そのまま一気に加速していく、マッハチェイスが始まったのか!!?』
その言葉に思わずレースに目を向けるとそこにはマッハチェイスを開始したチェイスは一気に順位を上げていく姿があった。第二コーナーを越えて淀の坂へと間もなく入るという所、まさか平気なのかと思うがチェイスの顔はバイザーで隠されて見えない。
「チェイス、三冠なんてどうでもいい、だから無事でいてくれ……!!」
『マッハチェイサーがどんどん上がっていく!!淀の急坂なんて何その、此処まで坂に強いウマ娘がいたでしょうか!!?ミホノブルボンを思わせるような坂の強さだ、ぐんぐん加速していくぞマッハチェイサー!!』
急坂を越えて行くチェイスは遂に先頭をゆくリードオンとジェットタイガー、そしてサクラハリケーンを捉えた。最早勝負はこの4人に絞られた。先程のアクシデントなんて何のその、越えて行くチェイスは更に加速していく。
「来たか、だけど―――えっ!!?」
「まさか―――」
「まっじっでぇ!!?」
「ウァァァァッッッッ……―――マッハッッチェイ……サァァアアアアア!!!!」
『か、加速した!!更に加速したぞマッハチェイサー!!?上り坂に続いて下り坂でも更に加速した!!!』
『これはミスターシービーと同じ、それ以上の加速……』
『抜け出た、抜け出たぞマッハチェイサー!!!完全に抜け出した!!3馬身から4馬身!!さらに、更に行くのか!?なんというウマ娘だ!!ミスターシービーが、シンボリルドルフが、ナリタブライアンが辿った栄冠の道を今一人のウマ娘が激走しておりま―――マッハチェイサー、マッハチェイサーの右足が、右足が赤く染まっております!!』
誰もがその言葉に驚愕した、悲鳴を上げた、トップを走り続けるチェイスの右足がコスチューム越しにも分かる程に赤くなっていた。やっぱりあのアクシデントで何かあったのか!?と誰もが思う。
「チェイスやめろもう走るな!!」
思わず沖野が叫んだ、防具も入っていた筈だから大丈夫だと思っていたが駄目だったんだ。これ以上走ったらどんな事になるのか分からない、だから―――
「行けええええええっチェイスゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
誰もがその声に驚いた、悲鳴でも無ければ静止の声でもない。彼女の背中を押す後押しの声だったのだ。その中心は―――ツインターボ。
「ターボアンタ何を―――」
「後悔を、後悔を残すなぁぁぁぁ!!!諦めないで、最後まで走れぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「私は―――とても、速ぁぁああいっっっ!!!!」
その言葉がトリガーになったのか、チェイスは最後のスパートを掛けた。右足に激痛が走ろうが関係ない、走れるのであれば走る、自分は夢を背負っているんだ。自分に憧れているウマ娘がいる、夢を背負うというのはそう言う事だ、最後まで諦めない、後悔なんてしない―――その為に走る!!!!
『マッハチェイサーが走る、駆け抜ける―――諦めない、例えどんなアクシデントがあろうともいま彼女の走りは変わりません!!だから今、この瞬間を目に焼き付けましょう!!今、今マッハチェイサーが……無敗で三冠ウマ娘に―――輝きましたぁぁぁぁ!!!』
爆発する大歓声、アクシデントの事などはもうどうでも良かった。新たな三冠ウマ娘の誕生を誰もが祝福する。ゾクゾクとゴールしていくウマ娘達もその強さに目を見張った。右足が赤く染まっているのにも拘らずあの走り……認めるしかない、憧れるしかない。そして次はそんなあなたに勝つという意志を浮かべる。その中でチェイスはヘルメットを外した、そこには痛みに耐える苦悶の表情はなく清々しい笑みがあった。そして―――
激痛に苛まれながらもチェイスはあのポーズを取った、勝利のポーズを。見ろ世界、これが新しい三冠の栄誉を手にしたウマ娘だ。
「如何皆さん、今回はちょっとハラハラさせちゃってけど、中々にいいレースだった、で……しょ―――」
チェイスは笑顔を浮かべたままだった、そのままもう踏ん張りが利かなくなった右足から崩れるように倒れこんだ。それを見てスピカ、カノープスの面々が思わず飛び出しながら彼女の元へと駆け寄っていった。全身全霊を振り絞ったが故にもう意識が朦朧としていた彼女は脚の怪我もあるので大急ぎで病院へと搬送されていった。