「んっ……んんっ……」
目が覚める、いや寧ろ何で自分は眠っていたのだろうか。そう思える程に不自然な目覚めだった。
「―――知らない天井だ……」
視界の先に広がっていた景色に思わずそんな呟きが出てしまった。天井なんて意識してみない筈なのにどうしてこんな言葉が出るのだろうか……まあ言いたい台詞だったのは確かだがと内心で軽くふざけていると隣から声が聞こえて来た。
「チェイス―――チェイス!?起きた、目が覚めた!!?」
其処に居たのはツインターボの顔があった、慣れ親しんだ敬愛する先輩がそこにいた。だが自分が良く知っている元気ハツラツとした顔ではなく何処か安心したような不安の中にあったような顔だったので首を傾げてしまったのだ。
「ま、待ってて今、スピカのトレーナー連れて来るからぁ!!!」
慌てた様子で飛び出して行くツインターボ、扉が閉まった直後辺りであいたぁ!?という声が聞こえたのできっと転んだのだろう、自分を大切にしてくださいと思いつつも不意に右脚に痛みが走った。布団が中途半端に掛けられているが、視線の先には包帯で包まれている右脚がそこにあった。そして其処で漸く思い出した、自分は菊花賞を走っていたんだその途中で落鉄が自分の脚に……
「随分と無茶、してたなぁ……」
我ながらそう思えた。冗談抜きで痛かった、地面を踏みしめる度に抉られるような激痛が走るのだ。良く走れたなぁ……と思えた。所謂ランナーズハイという奴だろうか、きっとそれになっていたんだろうなと思う。でも最後まで走れたんだ。
「ようチェイス、起きたみたいだな」
ボンヤリとしていると沖野が病室へと入って来た、その表情は何処かホッと胸を撫で下ろしている物で溜まっていた荷物を漸く卸せたかのような顔つきだった。かなり心配をかけてしまったらしい。ベッドの隣にある椅子に腰かけた。
「如何だ気分は」
「さあ……何で寝てたんだっけ、あれこの天井知らないなって思う程度には元気だと思います」
「ハハッ暢気な奴だな、レース場は大騒ぎだったんだぞ?お前の脚は真っ赤に染まってるしそのままで走り続けるし、ゴールしたら倒れるわ」
「なんかすいませんでした、迷惑かけて……あっウイニングライブ」
「それはハリケーンやリードオンにジェットタイガーが全力でやってくれたよ、お前さんが居ないとは思えないほどに大盛り上がりだったよ」
主役が居ないとは思えない、矢張り自分が不在のままウイニングライブは行われたらしい。だがそこは自分と同じ程に強いウマ娘達が、ライバル達が全力で盛り上げてくれたらしい。あの場で走っていた全員が主役と言わんばかりだった、特にハリケーンの大跳躍は凄まじく、2着だった彼女がチェイスの代理と言っても過言ではなかった。
「見たかったなぁそれ……」
「何言ってんだよ、本当はお前がそのセンターで歌う筈だったんだぞ?無敗の三冠ウマ娘さんよ」
「あっそっか……三冠ウマ娘……か」
「実感ないか?」
無敗の三冠を手に入れた、ンな事言われても実感が沸かない。だってレース後の取材を受けた訳でも無ければウイニングライブで歌ったわけではない、そんな状態で実感しろというのも無理な話だ。
「トレーナーさん、落鉄の事ですけど」
「んっ……ああ……お前の前を走ってたモニラの蹄鉄だった」
何度か走った事がある彼女の物だったらしい。話を聞けば彼女もナリタブライアンのように脚力が強すぎるタイプのウマ娘らしく、蹄鉄を既に何十と消費してきているらしい。そして今回、不運にもチェイスへとぶつかってしまった、蹄鉄はプロテクターにあたったのだが……余りの速度で衝突した為にプロテクターを深々と抉ったのが事の顛末。
「本当にプロテクター入れててよかったな」
「まあそれは良いんですよ、モニラは大丈夫なんですか?」
「いや、チェイスお前の事なんだぞ……?」
「私の事だからです」
沖野は思わず驚いてしまった、チェイスは自分の怪我の原因もなったと言える相手の事を心配し始めたのだ。三冠ウマ娘の実感こそないが、世間が喚きたてるには余りにも十分過ぎる。少しでも早く釈明しなければ彼女の選手生命が危うくなる。
「少しは自分の事をだな……」
「だからこそです。あれは完全な事故です、巡り会わせが悪かったせいで起きる事故のうちの一つです。それを無用に喚いて彼女を貶めようとするのは私が許しません」
病院に搬送される程の怪我なのに彼女は他人を気遣っている。全力で走れなかった、あの怪我が無ければ……と言った後悔はなく、唯々あれは不運な事故でしかないと言えてしまう心の強さに本気で驚いてしまった。
「―――分かった、理事長にもお願いしてマスコミ各社に送っとくし俺も取材でそう言っとくわ」
「お願いします。私に後悔なんてありませんから―――ターボ先輩の言葉通りに、最後まで走れましたから」
改めて枕に頭を預けながらチェイスは言った、沖野はその言葉を絶対に世間に伝えようと決めた。
「確かにあれが無ければっていうのは分かる意見ですが―――脚は残しても後悔は残さない、それが私の真実です」
「ったくカッコいい事言いやがって、んじゃもうちょっと気が紛れる話をするか。お前さんの怪我はそこまで深くはない。幸いな事に骨に異常はない」
それを聞いて胸を撫で下ろした、骨折には至っていない。だがそれでも入院は必要となる怪我なのでこのままチェイスは精密検査を含めて入院をする事になると告げられる。
「入院かぁ……すっげぇ暇そう」
「そんだけの事が言えるなら全然大丈夫だな、だけど後で皆にはちゃんと謝れよ。バジンとか大泣きしてたんだからな」
―――チェイス……ねぇ起きてよ、ねえ冗談は嫌だって……チェイス確りして!!お願いだから目を開けて、開けてってばぁ!!やだやだやだ……やだってばぁ!!
「って号泣してて救急隊員が救急車に乗せる時までお前に泣きついて―――」
「トレーナーさん、後ろ後ろ」
「えっ後ろ?」
チェイスに思わず苦笑さしつつも後ろを指差すのでそちらを見ると……そこにはまるで般若のような表情をしながら怒気を纏ったバジンの姿があった。
「……」
「あっ……えっと、つまりだなチェイス!!それだけバジンはお前の事を心配してたって事を俺は言いたくてだな!!」
「……ああ心配してたさ、伝えてくれてありがとう……それはそうと、ちょっと病院裏の路地まで付き合え、何直ぐに済む……」
「ちょっやめろバジン暴力反対!!?チェイス助けてくれぇ!!」
「そいつ庇うわけチェイス……?」
「ご自由にお持ちください」
「流石チェイス……さあトレーナー……ひとっ走り付き合えよ」
「絶対違うだろぉ!!?だ、誰か助けてくれぇ!!ゴルシでもいいからぁ!!」
バジンがトレーナーを連れて行った直後、今度は雪崩込んでくるようにスピカとカノープスの面々が入って来て今度はその対応に追われるチェイス。そしてその最中……何やら地獄からの悲鳴が聞こえたような気がしたが、気にしないでおいた。
「いやあれはお前がわりぃよ」
「……はんせいしてます……」
その後、路地裏で倒れている沖野がゴールドシップの手によって回収されたという。
JRAのCMみたいな奴を作るとしたら、チェイスはどうなるだろうなぁ……。
というか、あのCM作る人達センスえぐすぎない?