音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

8 / 120
第8話

「おいおいおいスカウトには首を突っ込まないって言ってたのに随分と野暮ったい事を自分からしたもんだな、ええっ会長」

「それについては申し訳ないと思っているよ、だが逆に其方の手間が省けたと思ってくれ」

「自分のやるべき仕事を掻っ攫われて省けたと思って喜べはないでしょうに」

 

そんな苦言に分かっていたつもりだったが、苦笑いを浮かべる事しか出来ない皇帝。実際問題彼女は公言していた筈の事を破って自らスカウトに乗り出して勧誘して成功させたのに近い。以前のオグリキャップの一件もあるから、理事長や秘書のたづな、そしてチームリギルの東条トレーナーからも結構キツく言われている筈だったのだが……これじゃあ此方が文句を言われる立場だと沖野は溜息混じりに茶を啜る。

 

「んで如何だったよ、皇帝と女帝から見て」

 

まあ言い過ぎるのも考え物だとして、実際に共に走った感想を聞く。現役レースにて活躍し続けるウマ娘として。

 

「彼女の全力を見たわけではないが凄まじいの一言。私とエアグルーヴが初見だった事を鑑みても良い道とは言えない山道を息一つ乱す事もなく走り抜けた。あのスタミナは凄まじい」

「体幹やフォームにも一切の狂いが無い上に地面に足が触れる時間も私達並に短い」

「ああ、一度全力疾走を見たいものだ」

 

かなり高評価だった。殆ど自分の意見と同じのチェイスのポテンシャル。瞬発力だけではない、如何にすれば力を逃がさずに走れるかも熟知している。

 

「その走りも俺は見てぇなぁ……脚、触らせてくれねぇかな」

「……沖野トレーナー、せめてそれは本当に当人の許可を得てからした方が良い。彼女は警察官を目指している、そんな彼女に普段通りで触ったら確実に通報されるぞ」

 

シンボリルドルフの心底呆れたような心配するような視線とエアグルーヴのこのたわけが……と言わんばかりの冷たい視線が沖野へと突き刺さっていく。優れたトレーナーである事は確実ではあるものの、彼の悪癖というか習性というか……ウマ娘の脚を良く触る行動がある。特に彼のチームスピカではそれが多いらしく、よくチームメンバーによって制裁されている。チーム内ならばまだよいだろうが、まだ入っていないウマ娘にやるのは完全にアウト、しかも警察志望にそれをやったら確実に通報される。

 

「その位弁えてるから安心してくれ」

「貴様のたわけた言葉など信用ならんわ」

「以下同文」

「ひでぇ」

 

取り敢えず皇帝が言いたい事は一つだけ。中央のトレーナーが通報されて逮捕されるのは不味いので早急にその悪癖は直せ、である。というか今までなんでされないんだろうと思い続けている。

 

 

「うおおおぉぉぉぉ……チェイスゥゥゥ行ってしまうなんて……私は寂しいぞぉぉ……」

「大袈裟だぞグラハム、妹が成長する為の武者修行をすると思えばいい。たった一日会わないだけでもあの子は成長する筈だ」

「うううぅぅぅ……」

 

駅の構内に木霊するグラハムの泣き声、嗚咽を響かせながら妹の旅立ちをグラハムはなんとか許容しつつもその寂しさに打ちひしがれていた。この天倉町で最もチェイスを溺愛していたのは彼であるのだからこの反応は分からなくはない。

 

「こうなったら―――チェイス、毎週私の武士道米を送るぞ。これこそ私の愛だ!!」

「毎週は邪魔。せめて毎月にして」

「みなまで言うな、先刻承知だ!!」

「絶対分かってない。クリム父さん、郵便局の虎二朗さんに話通しておいて」

「分かってるよ」

 

話を通した結果、中央へと戻るのと一緒に中央に行く事が決定したチェイスは大急ぎで荷物を纏めた。この事で天倉町は町のアイドル的な存在であるチェイスを大々的に送り出そうとしたのだが、流石にチェイスは恥ずかしいとして家族の見送りのみで勘弁して貰った。が、代わりにレースに出る時には絶対に応援に行くから連絡するようにと言われた。

 

「改めて―――シンボリルドルフさん、エアグルーヴさん。我が娘を宜しく頼むよ、忙しいかもしれないが暇が出来た時程度で良いから様子を見てやってくれないかな」

「その辺りはお任せください、スカウトした者の責任として、そして生徒会長として彼女を支えましょう」

「副会長として、微力ながらお力添えします」

 

生徒会長(皇帝)として、副会長(女帝)として助力を誓う。まだ何も知らぬウマ娘である彼女が歩む道はどんなゴールになろうとも苦難が待ち受けるのは確実だ、それ程までにウマ娘の勝負(レース)世界は厳しい。身を持って実感している先達者、助けを求められれば素直に助けるつもりでいる。

 

「沖野さん、今度は仕事ではなく私用でお越しください。その時は是非我が家に」

「ええ。俺も気に入りましたから今度はバカンスで来ます」

 

確かに本当に良い町だった、仕事ではなく私用で来たいと心から想わせるに十分な町だった。今度は絶対に私用で来ると誓う。

 

「チェイス……君が居なくなると思うと寂しいが、君がこの町に留まり続ける事はきっと進之介と霧子は望んでいない筈だ。可愛い子には旅をさせよ、旅をして、経験を積んで成長して帰っておいで。そして、君の作る朝ご飯を食べさせてくれたまえ」

「クリム父さん、はい絶対に大きくなって帰ってきます。後お願いしていたものもお願いします」

「No problem.其方こそ私の専門だからね」

 

最後に何かをお願いしつつも固い握手をした後にチェイスはそれを跳び越えるようにしながらクリムに抱き着いた、娘の行動に僅かに目を大きくするが直ぐにハグを返した。

 

「I love you, my father」

「―――……I love you too, my daughter」

 

最後にそんな言葉をやり取りを終えると電車がやって来てしまった。名残惜しそうに離れるとチェイスは沖野達と共に電車に乗り込む、そして扉が閉まり電車が発車する。その時に彼女たちは涙を流しながらも必死に笑顔を作って手を振るチェイスとそれを笑顔で見送る父と兄―――そして線路から見える道路に並んだ天倉町の人々が大きく広げた大きな横断幕を見た。

 

マッハチェイスでブッチギレ!!

頑張れマッハチェイサー!!

 

「―――私はこの愛に、応える……」

 

一人の少女の小さな言葉は誰のどんな決意表明よりも強く、逞しく聞こえた。町全体がくれた愛、それに応える為に彼女は走ると改めて誓ったのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。