音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第80話

「あ、あの~……マッハチェイサーさん、こんな事を言うのは間違ってると思うんだけどサイン貰えないかしら……?」

「大丈夫ですよ。後チェイスで結構ですよ」

 

京都の病院の個室に入院中のチェイス、怪我の状態が良くなったら転院も検討されているが一先ずは病院で静かに過ごしている。と言っても暇なのでハリケーンにお願いして寮の自室にある自分のノートパソコンを送って貰って暇潰しを行っている。基本的にライダー曲の編集作業で暇を潰しているのだが、時折様子を見に来る看護師や医者が無敗の三冠ウマ娘になった自分のサインを強請ってくることがある位が目立った事だろう。

 

「はいどうぞ」

「有難う!わぁこれが無敗の三冠ウマ娘の……サイン!!院長と看護師長の目を盗んでもらいに来た甲斐があったわ……!!」

「禁止されているのですか?」

「ええ、だって負担になっちゃうでしょ?だから本当はこういうのグレーなんだけど……ごめんなさい!!」

「いえこの位ならお安い御用ですよ、というか院長さんと看護師長さんも貰いに来てましたよ?」

 

とシレっとチェイスは告げ口をする。

 

「え"っそれマジ?!」

「マジもマジ、本気と書いてマジと読みます」

「あんの狸親父と狐ババア……自分達が禁止するとか厳しく罰するとか言ってたくせにぃ……!!!ごめんなさいチェイスさん、ちょっと用事できたので行きますね!!」

「はい、お手柔らかに」

 

そう言いながら病室から飛び出して行くナース、病院内は基本静かにな筈だが……まあ致し方ないだろう。それに自分は秘密にしてくれとは言われていないし、サイン位は別にいいと思っている。なので平気で言ってしまう、そんな事を思いながらもウマ娘用のワイヤレスフォンを付けて編集作業に戻る。

 

「う~ん……こういうのって企画出したら通るのかな……理事長は何か分かってくれそうだし相談してみるかな、無敗の三冠ウマ娘ってどれだけの力があるのかも寄るか……」

 

何やら考えているのか、理事長に相談することを念頭に置きつつも何かを書き込むようにキーを叩き続けていくチェイス、それが一段落したのかエンターキーを叩いた。画面には完了の文字が映ったのを確認して水を飲む。

 

「さてと、どうなるかだな……」

 

編集作業もそこそこに今度はネットサーフィンでも楽しむかと思った時だった、携帯が鳴ったのでワイヤレスフォンを其方へと接続し直してから直ぐに通話を繋げる。

 

「はいもしもし」

『あっチェイス!?ターボだよ!!』

「ターボ先輩、如何したんですか?」

 

電話の相手はツインターボであった。彼女もこの病院に長くいてくれたが、天皇賞が迫っているので惜しみつつも病院から去って行った。

 

『何かチェイスの声が聞きたくなっちゃってさ、ほらっあと少しで天皇賞で頑張りまくってるから』

「フフフッ私も応援に行きたいですが、流石に許可は下りませんでした。応援してますよTVでの観戦ですが』

『気にしなくていいって!!むしろ体を直す事を優先しなきゃダメだぞ?隠れてトレーニングも絶対ダメ!!』

「分かってますって、私って隠れてそんな事をするように見えるんですか?」

『一応だって一応。なんかスピカのトレーナーからそう言っておいてくれて言われたの』

 

沖野から自分はそんな風に見えているのだろうか、だとしたら甚だ心外だ。それは置いておいて、そのまま楽しく会話をしていたのだが、ツインターボは何処か言い淀むかのように声が小さくなっていき、遂には黙り込んでしまった。

 

「あの、ターボ先輩?」

『チェイス……ターボ、天皇賞で勝てるかな』

 

聞こえてきたのは彼女らしくない不安に満ちた言葉だった。普段ならば絶対に勝つ、初めてのGⅠ制覇だと意気込みを述べる筈なのにそんな勢いは全くない。

 

『ターボもチェイスに負けないように走るって決めたんだけど……菊花賞でのチェイスの走りは本当に凄かったと思う、でもターボにはそれが出来るのかな……』

 

僅かに浮かび上がって来た不安、ツインターボにとってチェイスは大切な後輩なのは間違いない。そんな後輩が無敗の三冠ウマ娘になった事は本当に嬉しいし誇らしい。だが自分はそんな後輩に相応しい先輩なのかと何処かで想ってしまったのかもしれない。だがチェイスは

 

「出来ますよ」

『如何してそう思うの?』

「私が尊敬しているからです」

 

心からツインターボを信じる。理由はシンプル、彼女が自分にとってトレセン学園で一番尊敬していると言っても過言ではない程に信頼しているから。例えどんな走りであっても彼女を尊敬する心を変えるつもりは一切ない、自分にとってはツインターボというウマ娘は尊敬する先輩で絶対勝ちたいウマ娘なのだから。

 

「天皇賞で勝ってください、テイオー先輩もスズカ先輩もマックイーン先輩も置き去りにして」

『テイオーもスズカも……ターボに出来るってチェイス思ってるの?』

「勿論。そして一緒に有記念で一緒に走りましょう」

『―――そうか、そうだよな!!うん、ウジウジ考えてるなんてターボらしくなかった!!例えどんなレースでもターボは全力で走るだけだった!!』

 

聞こえてくるのは何時ものハツラツとして彼女の声、それに深い安心感を覚えてしまう自分が居た。そして最後に聞こえてきたのは―――ツインターボの強い覚悟と決意の声だった。

 

『チェイス、絶対に勝つよ。チェイスの為にも、いやターボの為に勝つ』

「はい、応援してます」

 

そして―――天皇賞秋が始まる。




次回―――ツインターボ、天皇賞秋!!

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