音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第83話

音速の追跡者。それがチェイスの異名である。そのまま名前から取っただけだと言われてしまえばそうかもしれないが、彼女はこの名前を気に入っていた。だが、マスコミ関係者は別の名で呼ぶ事がある―――化物。

 

島根にもトレセンが存在するがこれ程迄の逸材が居た事はない。サクラハリケーンがサクラ軍団のような名門とも呼ばれる一族から出たならば納得出来るだろう、だが彼女の場合は父や母が名が通ったウマ娘でなければアスリートですらないし周囲にも有名なウマ娘がいる訳でも無い。正しく突然発生した化物という印象が拭えない。

 

突如として生まれた化物は幾度も名門のウマ娘達が挑み続けた三冠という称号を無敗のまま手にした。かの皇帝と同じ道を、幻のウマ娘と同じ戦績で勝ち取った。そして同時に思うのだ―――島根のような地方には彼女のような怪物的な素質を持ったウマ娘がいるのではと。

 

チェイスは計らずも中央の二軍、という印象しかなかった地方ウマ娘達に対する認識を変えようとしていた。

 

 

「やれやれ……随分と気が早いなURAは」

 

溜息混じりに机の上に書類を放るシンボリルドルフにエアグルーヴは耳を傾けた。どんな書類を見ていたのかと副会長として興味があるのか、それとも敬愛する会長の言葉に興味があるのだろうか。

 

「何だURAがバカでもやったか」

「いや、違うさある意味正当な物ではあるとは思うが言葉通りに早い物さ―――ドリームトロフィーに関する書類さ、チェイス宛ての」

「成程そりゃ早いな」

 

ナリタブライアンは納得した。トゥインクルシリーズで目覚ましい活躍をしたウマ娘が上がる事が出来るドリーム・シリーズ。当然、シンボリルドルフやナリタブライアンもそこに名を刻んでいる。他にもマルゼンスキーやオグリキャップなどの超強豪が犇めき合う正しく夢の舞台というに相応しい者達で行われるレース。それにチェイスにもその招待状が送られる候補に乗った事が決定する通知が届いたという訳だ。今の段階で来たのだから、これは事実上の決定に近い。

 

「ですが、チェイスはまだクラシックです。本当に気が早すぎます」

「無敗の三冠ウマ娘だ、それを逃す訳にはいかないという表れだろう」

「分からんでもないが……無理だろ」

「ああ、私もそう思う」

 

ナリタブライアンのぶっきら棒の言葉に皇帝も女帝も頷いた。恐らくチェイスにとってドリーム・シリーズへの招待状なんて何の魅力も感じないだろう。自分達と戦えるなんて言われても材料にすらなり得ない。

 

「シニアで満足いくまで戦ったら彼女はあっさりとレースから身を引くだろうな」

「ええ、私もそんな光景が簡単に想像出来ます。URAが必死に説得しようとしても一蹴するでしょう」

 

夢の舞台よりもきっと自分の夢を優先するだろう、彼女はこのトレセンに通っているウマ娘とは前提が違っているのだから。

 

「まあ渡さない訳にはいかないんだが……まあ時を見て沖野トレーナーに渡しておくか」

 

そう思いながら、書類を確りとファイルに閉じながら保管する。欲を言えばシンボリルドルフも最高の舞台でチェイスと走りたいという欲はあるが、彼女にはすべてのウマ娘が幸福になれる時代を作る事を夢見ている。そんな彼女がチェイスの夢を妨害するなんて事はない。

 

 

「あの……バジン随分近くありません?」

「見張り。隠れて走ったりしないようにする為の」

「私は自制が出来ない子供ではないんですが……」

 

当人の回復力が高いのか完治まで後僅かというところまで来ているチェイス、だがチェイスには見張りと称してバジンがピッタリとくっ付いてきていた。トレーニング中も休憩中も食事中も……完全にマークされている。

 

「なんだか、人気だねチェイスちゃん」

「これは人気と言っていいんでしょうか……ライスさんからも何か言ってください」

「う~ん……でもあと一歩の所で走っちゃうのって多いから、しょうがないと思うよ?」

 

一緒に食事をしていたライスシャワーに相談してみるが、良い案は貰えない所かバジンの見張りに対して理解を示されてしまった。

 

「そう言う事、アタシが見る限り……チェイスは絶対に走らせない。どこぞのバカ記者が煽るかもしれないし」

「そうなったら常備してますボイレコで録音して即座に理事長に流しますので」

「足りない、SNSで拡散して社会的に殺すべき……」

「な、なんかバジンちゃん殺気だって怖いよ……?」

「いやアンタだけには言われたくない」

「ふぇ?」

 

何とも過激な発言だが、ボディーガードとしてはこれ以上ないほどに頼もしいかもしれない……実際、学園内であっても油断は出来ない。そんな意気込みでバジンは見張り兼護衛の役回りについている。

 

「取り敢えず私は鯖味噌のお代わりを……」

「アタシが行く、チェイスは座ってろ」

「あっはい」

「ライス先輩、見張り少し変わって」

「あっうんいいよ」

 

そう言いながらチェイスの食器を持って席を立つのだが、時折振り返って此方を見てくる。なんだか色んな意味で複雑な心境になってくる。

 

「そんなに私って信頼ありませんかね」

「違うよ。多分だけどバジンちゃんはチェイスちゃんにもう怪我とか絶対にして欲しくないんだと思うよ、だからムムムッ~って気合入っちゃってるんだと思う」

 

ライスシャワーから見るとバジンはかなり必死になっているというか、心配になって気を遣っているように見える。細かな段差を見てチェイスの脚が縺れないか、他のウマ娘がサインを強請って来た際にも挙動の一つ一つを見逃すまいとするような眼光を向けるなど……まるで天皇賞に向けて精神を鍛えていた時の自分のような雰囲気を感じる。

 

「だからチェイスちゃんは変に思わないで、頼もしいな~って思ってあげると良いと思うよ。そうすればチェイスちゃんも楽だしバジンちゃんも良かったって思うと思うの」

「そういう物ですか……頑張ってみます」

「鯖味噌持ってきたよ」

 

そしてやって来る鯖味噌のお代わり、隣に座り直してくるバジンの頭に手をやって撫でながらチェイスは感謝の言葉を述べる。

 

「有難う御座いますバジン、こんな風にして貰えるのは嬉しいです」

「なっ何だよ突然……やめろ勝手に撫でるなって……ンもう……」

 

ライスシャワーは見ていた、耳と尻尾が酷く嬉しそうに動いている所を。

 

 

「ハゥッ!!これは……チェイスさんとバジンの新しいベストマッチ……!?」

「まるで聖母の様な笑みを浮かべながら頭を撫でるチェイスちゃん、それに対してツンデレ的な対応しつつも耳と尻尾は嬉しさを隠せずにいながらのンもうと言ってしまうバジンちゃん……てぇてぇ……マジてぇてぇよぉ……」

「デジタル先輩!!」

「ビルダーちゃん!!」

「「これこそちょい天然とツンデレの至高のベストマァァアアチッッ!!!!」」




ビルダーとデジたんは平常運航。

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