音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第84話

「―――漸く、脚が戻りました」

 

菊花賞から約一か月、チェイスの脚は完全に回復した。その感触を確かめる為、そして今までの鬱憤を晴らす為が如く早朝のランニングへと出かけているチェイス。久しく使うような感覚になる脚は不思議と軽く感じられて溜まっていたものが一気に流れ出して行くような感覚が、一歩一歩と地面を踏みしめる度に感じられる。

 

「気っ……持ち良い~……」

 

風が身体を通り抜けていく、もっともっともっとギアを上げたくて身体が疼いている。だが我慢だ、此処の制限が40キロだ。警察志望がもう破る訳にはいかないんだ。此処が天倉町だったら地元の誼で許される、それ所かもっと走れと急かされるが三冠ウマ娘になった事で朝のランニングに記者が付こうと必死になっているらしい―――なので走る時間を少し早めた。

 

「まあいいか、走れるだけでも満足だ。さて帰るか」

 

現在4時半。普段ならもっとゆっくりしてから走りに出るのだが、対策に普段よりもずっと早く出てみた。これからはこの時間に走る事を決めつつも自分のショートスリーパーに感謝する。そんな事を思いながらも学園へと戻っていく。すると―――美浦寮の入り口辺りに随分な数のウマ娘達が待機していた。

 

『あっチェイスさんおはようございます!!』

「如何しました皆さん、こんな時間に」

『これから走りますよね、是非お一緒させてください!!』

 

と頭を下げて来た。如何やらヒシアマゾンに聞いて自分の走る時間帯を調べて合わせて来たらしい。そこまでするかと思いつつも何やら悪い事をしてしまった気になって来た。

 

「と言っても……私、もう走ってきちゃいましたけど」

『ええええっ!?』

「まだ朝早いのでボリュームは下げて」

 

慌てて口を押えるウマ娘達、ビルダーやバジンの同級生たちばかり。頑張って起きたのに如何してと言わんばかりの瞳を作っている。

 

「今までの時間だと確実に記者が張ってると思いましたので、時間を変えたんです」

『そ、そんなぁ……』

「しょうがないポニーちゃん達ですね、じゃあ河川敷辺りを軽くジョギングしますか」

『有難う御座います!!』

 

寮長繋がりでフジキセキを真似てみたが……如何にも自分には合っていない。なんだポニーちゃんって……柄にもない事を言った自分に鳥肌が立ってきた。一先ず後輩たちを先導しながら普段使わないルートで走り込みを再開するのであった。

 

「ずっと―――マッハァッ!!!」

 

練習の時間となった時、チェイスは待ち兼ねていたと言わんばかりにトレーナーの到着を今か今かと待ち続け、やってくると許可を取り付けて早速走りだした。早朝の安全運転なんて目じゃない程にぶっ飛ばす、一気にトップギアを入れてのフルスロットル。景色が白くなって風と一体化する感覚―――やっぱりこれが溜まらない。

 

「ちょっチェイスもう走ってる訳!?」

「ああ、完治のお墨付きは昨日貰ったからな。マッハチェイスの解禁だ」

 

怪我をする前の走りと全く遜色がない、大なり小なり怪我明けならばそれを戻す為にする物だが……チェイスはそれを既にリハビリで完全に取り戻していた。マッハチェイスに死角なし、無敗の三冠ウマ娘の復活だ。

 

「タイムも良いな、チェイス今まで我慢して来た甲斐があったな」

「ええ。朝もランニングしましたが、その時もギアを抑えつけるのが大変でした。まあ一番大変だったのは授業中でしたが」

「ハハハッそりゃ結構」

 

言いつけ通りに辛抱強く待ってくれていたのはバジンに見張りを頼んだ時から分かっていた事、溜め込んだ力が徐々に解放されて行っているようで逆に良い休養になって成長に繋がるかもしれない。

 

「あっチェイス走れてるね、よ~し今度はボクと走ろうよ!!」

「ええいいですよ」

「コラコラコラ勝手に決めるなっつの」

「そうだぞテイオー、チェイスはターボと走るんだから!!」

「だから勝手に……来たのかターボ」

「無論!!」

 

何時の間にかシレっと混ざっていたツインターボ、本当に最近ツインターボがスピカに混じっても違和感が無くなってきている。南坂と相談して合同トレーニング機会を増やそうかという話も持ち上がっている。天皇賞のツインターボの勝利はカノープスの宣伝にも繋がっているらしく、ちらほら加入体験希望者が増えているらしい。沖野的にも今のスピカを一人で回すのも限界が来始めているので申し出としては有難い、理事長にもサブトレーナーの相談も行っている。

 

「あっそう言えば会長から面白い話を聞いたよ」

「面白い話?何々気になる」

「名前は聞き忘れたけど、ジャパンカップの為に来日した海外のウマ娘が如何して今年のクラシック最強のウマ娘と戦えないの!?って不満言ってたらしいよ」

 

それを聞いて沖野はあっ~……と納得の溜息を漏らしてしまった。凱旋門賞でブロワイエに追い迫ったエルコンドルパサー、そしてブロワイエに勝利したスペシャルウィーク、世界的に見ても強豪と言えるウマ娘との戦いを求めて来日する海外のウマ娘は少なくないし寧ろ増加傾向にある。其処に飛び込んできた無敗の三冠ウマ娘の存在が耳に入れば絶対に戦いたいと思う事だろう。

 

「何でと言われても……元々のスケジュールに組んでなかったから、としか言えないです」

「チェイスにとって海外のウマ娘とか如何でもいいもんな!!そんな事よりもターボやゴルドと走る有記念の方が大切だもん」

「はい、最優先です」

「アハハッだよね~会長もチェイスはそういうだろうって言ってた」

「良いから~早く走ろ~」

「だから……ああもう分かった、2000m一本だけだぞ?」

 

渋々許可を出す沖野にハイタッチをするツインターボとトウカイテイオー、何だかんだでこの二人も凄い仲が良いのである。そんな二人と共にコースへと入っていくチェイスを見つめながら沖野は懐にしまってある飴を取り出す。

 

「(考えなくはないが……まあチェイスの意志が最優先だ、走りてぇなら来年のJCを狙えってんだ)ンじゃ始めるぞ~」

 

何処か吐き捨てるような言葉を言いつつも沖野は飴を加えて、ストップウォッチを握った手を上げる。

 

「よぉ~い……スタート!!!」




別の意味でジャパンカップが荒れる。

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