音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第86話

お洒落な雰囲気のとあるカフェ。自己主張しすぎない静かなジャズのレコードが掛けられて珈琲を嗜む者にとって最高のリラックス空間を演出されている店内の奥に二人のウマ娘がいた。一方はウマ娘サイズのカフェオレを飲んでいるが、一方は普通サイズの珈琲を優雅に嗜んでいた。そんな姿をストローを咥えつつ見ていたウマ娘は思わず言う。

 

「にしても……なんていうか、妙に似合ってないよね」

「そうですかね、この位は誰でも合いますよ」

「いやねえよ」

 

思わずそんなツッコミを行っているのはバジンだった、今日はトレセン学園もトレーニングも休みの日。そんな彼女はチームメイトと共に街へと繰り出した。と言っても一応メイクデビューで鮮烈なデビューを飾っている身なので一応変装は確りとして、服装もレザーパンツに合うコーデを着用しつつ髪にもウェーブを掛けてレースの自分を知っているならばまず分からないように仕上げた。一応アグネスデジタルのお墨付き。

 

「……コスタリカコーヒーは良いですね、私はもう少し煎りが深い方が好みですが」

「良く飲めるね」

 

そんなバジンの視線の先では紫と黒を中心にしたコーディネートをしているのだが……どっから見ても男装の麗人、フジキセキよりも男らしさを強調しているが元かある可憐さが美しさに転化され、眼鏡越しの視線は堪らないとビルダーはアグネスデジタルと共に鼻血を吹いてぶっ倒れたので保健室に放り込んで出て来た。脚を組んで珈琲を飲む姿も妙に様になっているチェイス。

 

「……珈琲派な訳?」

「いいえそういう訳ではありませんよ。紅茶も好きですし、気分で変えます」

「ふぅん……まあいいや、そろそろ行こ」

「ええっマスターご馳走様でした」

「あいよ……また来な」

 

少々頑固そうなお爺ちゃんマスターだが、声が僅かに上擦っている。壁には自分のサインが飾られており、同時に自分とのツーショットがマスターの近くの写真盾に飾られている。ファンとの事だったのでサインと撮影に応じた、流石に写真は飾らないでほしいとお願いしたら快くOKしてくれた。

 

「さてと、何処に行きますか。任せますよバジン」

「んっ……んじゃ行くよ」

 

今日は怪我が完治するまでに色々とお世話になったバジンの恩を返す為に、一日付き合う事にしたのである。と言ってもチェイスは三冠ウマ娘なので下手に外には出られないので入念に変装した上で外部に行く用事のあるトレーナーに適当な所まで載せて貰ったりして出て来た。

 

「まずは如何しようかなぁ……基本ブラブラして適当に店に入ってなんか買う程度だからなぁ……ゲーセンはうるっさいし……」

「適当に行きましょう」

「だね」

 

バジンは元々ファッションを気にするタイプではないし流行に敏感なタイプでもない、自分が良いと思った物を纏うタイプで服も女っぽさが少しある程度の物ばかり。その点についてはチェイスもどっこいどっこいなので強くは言えない。なので―――

 

「なんか最近、随分とシューズが新しくなってますね。ハリケーンも随分騒いでました」

「ね」

 

結局、レースに関係する事に落ち着くのである。レース中やトレーニングにも使用するランニングシューズを見に来た二人、専門店なだけあって品揃えも豊富で簡単に見ているだけでも時間を潰す事は容易。

 

「というか、その原因みたいなもんだよチェイス」

「えっ私?」

「菊花賞の落鉄が原因」

 

菊花賞での落鉄による負傷は随分と話題を集めた、防具を着用していたのにも拘らずあれほどの怪我になった。その為にメーカーは蹄鉄とシューズを嵌め込む部分のバージョンアップに追われているとの事。その関係で新モデルと称して新しいシューズが出まくっている。

 

「成程そういう事でしたか」

「でも、実際落鉄が減るのは良い事だから良い傾向だとは思う」

「ですね、あっバジンこれなんかどうですか?」

 

目に留まったのは黒をメインにしながらも銀や赤いラインが入ったシューズ、中々にカッコいいシューズにバジンも目を輝かせている。

 

「―――良いセンスしてるじゃん」

「お褒めに預かり光栄です、サイズは如何です?」

「……うんピッタリ、これにしっ―――」

 

これにしようと決めたバジンの言葉が急に止まった。口角をピクピクと動かしながらのそれに首を傾げるが直ぐに解せた。値段である。この専門店はURA傘下のメーカーなのでトレセン学園の生徒証を見せれば割引してくれるが、それでもとんでもなく高い物だった。それもその筈、質を表すグレートがGⅠ、つまり最高級品。この値段も頷ける。

 

「高っ……いやでも、これからの事を考えると買って損は……でもこの出費は……」

 

一応メイクデビュー以外にもレースには出ているバジン、その賞金もあるのだが……それでも手を出すことを躊躇する程に高い。投資の意味も含めて買うべきかと悩んでいると―――

 

「すいません、これをお願いします」

「ハイ、お買い上げ有難う御座います」

「えっあっちょ!?待ってまだ買うって決めてないってば!!」

 

自分に選んでくれたシューズと一緒に会計へと検討していたシューズをレジへと持って行ってしまうチェイス。二人分となると値段も凄い事になる、何せグレートGⅠが二つだ。まるで家電を買うような値段に庶民的な家庭出身のバジンは震えた。

 

「カードで」

「はい、畏まりました」

 

そんな自分を放置してカードでさっさと支払いを済ませてしまうチェイス。あっという間にシューズは綺麗に梱包され、袋に入れられて受け取ってしまった。呆然としている自分の手を引いてお店を出ながらチェイスはバジンの分のシューズを差し出した。

 

「はい」

「な、何をやってんのさ……!?」

「偶には先輩らしい事をさせてください、返品は受け付けませんからね♪」

 

思わず大声を出そうとしてしまった自分の唇に人差し指でチャックを付けつつ、お茶目なウィンクをしてきた。思わずそんな姿に見惚れてしまい、少しの間呆然としてしまった。そして正気に戻ると買って貰ってしまったシューズを胸に抱きしめていた。

 

「ぁっ……有難う……これ履いて絶対にGⅠ勝つから……

「フフフッ期待させて貰いますよバジン、さあ次行きましょう」

 

手を重ねて引っ張っていくチェイスにバジンはなされるがままだった、嬉しさと恥ずかしさで顔を見る事も出来ない。爆発しているのかと思う程に大きな音を立てる心音が繋いだ手を通じて聞こえていないか、このまま走り出してしまいたい……と思う反面、握ってくれた手を放したくないという二つの想いに挟まれてしまって暫くバジンは茹蛸状態のままだったという。

 

「あれ?バジン、シューズを新しくしたんですか?」

「ん」

 

寮の部屋では同室のビルダーが酷く丁寧に、大切そうにそのシューズを手入れしているのを目撃したという。

 

「(これで絶対に―――ホープフルステークスで勝つんだ、チェイスが勝ったあの舞台で……私が初めて見たあの舞台で)」




お出かけってこんな感じで良いんですかね、分かりません。

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