日本ウマ娘トレーニングセンター学園スクール中央校。
トゥインクル・シリーズを目指すウマ娘の育成を行う教育機関としては最高峰であり、中央と言えば超が付くほどのエリート校。チェイスは全く興味を持っていなかったが、トゥインクル・シリーズは国民的スポーツ・エンターテイメントとして位置付けられている。そして、そのトレセン学園に所属するウマ娘の全てが舞台での活躍を目指しているといっても過言ではない。
そんな中央へのスカウトを経ての転入する事になったチェイスは中央へとやって来たその日は、移動の疲れもあるだろうという事で直ぐに寮へと案内された。
「おおっ来たな、アンタが期待のスカウトルーキーのマッハチェイサーだな?会長から話を聞いてるよ」
チェイスが入る事になったのは美浦寮、玄関を潜ってみるとそこには褐色肌で如何にも姉御肌と言わんばかりに快活そうな笑みを浮かべているウマ娘が出迎えてくれた。
「アタシは寮長のヒシアマゾンだ、皆からはヒシアマ姐さんって呼ばれてるね。まあ好きなように呼んでくれて構わないよ」
「マッハチェイサーです、今日からお世話になります。地元ではチェイスと呼ばれてました、宜しければそうお呼びくださいヒシアマ姐さん」
「応っそうさせて貰うよチェイス。さてと、基本的に寮では相部屋になるんだけどアンタは今の所一人部屋だ」
基本的に二人一組の部屋らしいのだが、チェイスが通されたのは一人部屋であった。気軽に過ごせるのは素直に有難かった、そう思いながら部屋へと案内された時、隣の部屋から出て来た一人のウマ娘が酷く吃驚したように声を上げた。
「ブ、ブルボンさん!?ど、如何して美浦寮に!?」
小柄で何処かおどおどしている自分よりも小柄なウマ娘、何やら勘違いされているらしい。
「ああ違うよライス、この子はマッハチェイサーっていうんだ。ミホノブルボンに似てるけどよく見て見な、結構違うだろ?」
「えっ……あっ確かに髪の色とか、ちょっとブルボンさんより大きいかも……」
「似ている方が居るんですね。初めまして、島根から来ましたマッハチェイサーと申します。気軽にチェイスとお呼びください」
ニコやかに笑いながら手を差し伸べる、チェイスとしては仲良くしたいからと手を差し伸べたのだが如何にも既に在学しているミホノブルボンと自分はかなり似ているのか、おどおどされながら握手に応じてくれた。
「ラ、ライスシャワーです。宜しくね。えっと……チェイスさん」
「此方こそ。ご苦労お掛けするかもしれませんがよろしくお願いします」
「んじゃ荷物置いて来な、簡単だけど寮を案内してやるから」
「え、えっとヒシアマゾンさん。ライスも手伝います」
「おっありがとなライス」
何処か男らしい笑みを浮かべながらも帽子越しにライスシャワーの頭をくしゃくしゃと撫でまわすヒシアマゾンとそれを擽ったそうに受け入れつつも、顔を赤くしているライスシャワー。僅かながら中央でもなんとかやれそうだと思いを抱きながら、荷物を部屋の中に置いて二人に案内されて寮探索へと繰り出したのであった。そして―――ミホノブルボンと毎回毎回見事に間違われるのであった。
「どれだけ似ているんだろうか……」
夜、ベッドに入りながら思わずそんな事を思案してしまう程度には気になっていた。ヒシアマゾン曰く、髪色を一緒にして表情を変えずにいたら絶対に分からないと言われてしまった。
「まあ取り敢えず……寝るか……」
初めての環境だが、その程度で眠れなくなる程チェイスは繊細ではないのでそのまま眠りに落ちていった。
そして翌日。矢張り環境が変わっても習慣は変わらないのか、朝早くに目が覚めてしまった。それでも普段よりも遅い4時半の起床なのである程度は影響されているのだと分かる。兎も角走りに行こうと思ったのだが……この辺りの地理はまだ頭に入れていない事を思い出して日課のジョギングは取りやめにしたのであった。
「チェイス起きてるかい?」
「ヒシアマ姐さんですか、今出ます」
室内でストレッチと簡単な筋トレを行っているとドアをノックする寮長の声が聞こえて来た。直ぐにドアを開けるとよっ!!と片手を上げる元気そうなヒシアマゾンの姿がそこにあった。
「良かった起きてたかい、来たばっかりのウマ娘は寝坊する事が多いから一応起こしに来たんだけど野暮だったかな」
「いえそれでも寝坊はしました。4時半に起きてしまいました」
「十分に早いよ、まあいいか。ちょいと早いけど朝食なんて如何だい?この後アンタはまず理事長室に顔出さないといけないから、早めに済ませちまおうって誘いに来たのさ」
「有難う御座います、ではご相伴に預からせてもらいます」
こっちだよ、と足取り軽く食堂へと先導していくヒシアマゾン。如何やら本質的に世話焼きな姉御肌なんだなと思いながらも共に朝食を済ませるのだが―――
「アンタ、随分と少なくないかい?そんなじゃ持たないだろ、ホラッこれも食べなよ」
前世の影響か、ウマ娘としては少食なチェイス。だがそれでは駄目だとヒシアマゾンにご飯を山盛りにされておかずも追加されてしまった。
「いえ私は余り……」
「いいから食べる!!ほらっこのサバの味噌煮なんて絶品だからどんどん食べる!!」
「……はい」
実際、レースに出ないのであればそれで良いかもしれないがこれからは違ってくるのだから必要なカロリーは大きく変動するのである。この日、ウマ娘としての量を食べた気がしたチェイスであった。
「……食べ過ぎでは」
「なぁにこれからレースで活躍するんだろ、だったらこの位食べないとダメだよ!!ほら、もう迎えが来るだろうから元気出して行っといで!!」
羽目を外した夏祭りやお正月の餅つき大会以来かもしれないほどに重くなった腹を引きずりながら、ヒシアマゾンに背中をぶっ叩かれながら食堂を後にする。これがウマ娘が普段食す量なのか、実家ではこの量を食べなくて良かったと心の中で想いながらも一度自室に戻りながらも荷物を持って寮を出るとそこにはシンボリルドルフが待っていた。
「おはようチェイス、よく眠れたかな」
「おはようございます、何時もより少し寝過ぎました」
「君のいう少しなのだから本当に少しなのだろうな、という事は5時起き位かな」
「いえ4時半起きです」
それを聞いて肩を竦めながら本当に早いなと思う、天倉町での滞在中も思ったがチェイスの起床は極端に早い。朝練をしようというウマ娘でも此処までの早起きはいない。朝が少し苦手な自分としては羨ましいショートスリーパーっぷりだ。
「さて、行こうかチェイス。今日には君の荷物も届くはずだ、今日は理事長に挨拶した後は部屋で荷解きを済ませてしまうといい。そして明日、改めてトレセン学園を案内するよ」
「今日でも大丈夫ですよ?」
「フフッ何、私が自分で案内したいという我儘を通したいんだよ。それではいけないかな」
「律儀ですね」
父との約束を守りたい、という皇帝なりの我儘なのか誠意なのか。兎も角チェイスはそれを素直に受け取って後に続く事にした。寮を出て直ぐに見えてくる巨大な敷地、それ全てはトレセン学園の物だというのだから驚き。校舎へと入って案内された理事長室、ノックすると何処か威厳という物よりもハツラツ!!というのが似合いそうな声が響いてきた。
「歓迎。マッハチェイサー、ようこそトレセン学園へ!!私達は君を歓迎するぞ!!」
そこにいた何処か子供にも見えるが、何処か不思議とカリスマ性と威厳のある若々しい理事長とその隣で笑みを浮かべ続ける大人の魅力に溢れる女性に歓迎されながらチェイスはトレセン学園での日々のスタートを切ろうとしていた―――のだが……
「スペ、スカーレット、ウオッカ。やぁっておしまい!!」
「はいっゴールドシップさん!!」
突如現れた麻袋を持ちながら、マスクとサングラスで顔を徹底的に隠しながら頭陀袋を構えたウマ娘4人に迫られたチェイスは……一先ず全力でその場から逃げ出す事にした。
「くそっ何なんだいきなり!!これが中央の洗礼なのか!!?」
絶対に違う。これは何方かと言えば七不思議。