音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第90話

『さあスタートしました、GⅠ有記念。矢張り飛び出してレースを作るのはこのウマ娘、別次元の逃亡者ツインターボ。それにビワハヤヒデ、ゴルドドライブが続きます』

 

遂に始まった一年最強のウマ娘を決めると言っても過言ではないGⅠレースが。そんなレースで一番に飛び出したのはツインターボ、得意の大逃げを変える事はあり得ない。自分にこれ以外の戦術なんて出来る訳がない、という自覚しつつもこれが一番好き。

 

「あの時のレースよりもずっとハイペースだな……」

 

そんなターボの後ろに着くのはビワハヤヒデ。チェイスから安眠キャップを受け取ってから自分の髪で窒息する事が無くなって本当に熟睡できるようになってからはレースの調子もどんどん上向きになっておりレースに出ればほぼほぼ1着。今回の有記念人気は彼女である。

 

「これが噂に聞くツインターボ走法か……なんて馬鹿なペースなんだ……!」

 

初めてツインターボと走る事になるゴルドドライブは余りにも速すぎるペースに驚きを隠せなかった。ティアラ路線にも逃げウマはいたが此処までのスピードではなかった、本当にこのまま最後まで行くつもりなのかという速度に余計な事を考えるなと頭を振るって走りに集中する。

 

『中団にはウイニングチケット、サクラハリケーン、ナイスネイチャ、そしてトウカイテイオーが控えます』

『何とも言えない緊張感が漂いますね。此処を越えて行くのは怖いですね』

 

「タイフーン見てるかな~」

「なんて暢気……」

 

そんな事を口走っているハリケーンにナイスネイチャは思わず言ってしまった。この緊張感あふれる有記念でハリケーンは事もあろうかと共に走るライバルを気にする訳でも無く、島根のトレセンでライバル関係だった相手を意識しているのである。これは馬鹿にされているのだろうか、いや違う。ハリケーンは唯レースを楽しんでいるだけだ。

 

『そして最後方にはマッハチェイサーが着きます』

『怪我明けですが、以前と全く変わらない程に綺麗な走りですね』

 

「(今回は随分とハイペースですね……まあターボ先輩の影響でしょうけど)」

 

シニアも入り混じるレースでもチェイスは何処までもマイペースだった。そして今まで走って来た公式レースよりもハイペースと思った、自分は慣れてしまって完全に感覚がマヒしているが、ツインターボのスピードとはそこまでに驚異的なのである。サイレンススズカのトップスピードとほぼ同等かそれ以上とも言われる彼女とずっと走り続けて来たチェイスにとってはこの程度何の問題もないが……他の面子には如何にも焦りにも取れる汗が見えた。

 

『さあ各ウマ娘がスタンド前に入ります、先頭を行くのはツインターボ。このまま一人旅か、天皇賞の再来となるのか?』

 

スタンド前を過ぎてもツインターボの優位は全く揺らがない、他に逃げウマもいないためにノビノビと走れる。気持ち良さすら感じながらも駆け抜けていく。そろそろ他のウマ娘達も仕掛けに入る頃合だが、ゴルドドライブもそれは同じ―――だが

 

「(このレース、チェイスだけを見るなんて私は馬鹿だ……これがシニアか……!!)」

 

チェイスだけを見ていたに等しいゴルド。この異常とも言える超ハイペースにゴルドも疲労が溜まり始めてきている、だが前方を走るビワハヤヒデも後ろから追って来るウイニングチケット、ナイスネイチャ、トウカイテイオーも全く衰えない。これが才能だけでは決して覆せない経験の蓄積による差だと叩き込まれたような気分になってきたが―――それが逆にゴルドを激しく燃え滾らせる燃料となる。

 

「上等だ―――私は貴様ら全てを抜き去ってやるだけだ、私は……究極の輝きを放つトリプルティアラの冠するウマ娘、ゴルドドライブだ!!!」

 

その言葉と共に一気に地面を踏みしめた。まだまだ先は長いが、そんな事言ってられるか、その程度で事で負けてやる程トリプルティアラの称号は軽くないんだ!!と言わんばかりに加速していくゴルド。

 

『おっとゴルドドライブが此処で加速した!!ビワハヤヒデを抜いてツインターボへとぐんぐん迫っていく!!此処で仕掛けて大丈夫なのか、中山の坂を越えれるのか!?』

 

「甘く見られた物だな……ならば勝って見せろ!!」

「くっ!!」

 

『ビワハヤヒデも此処で加速する!!トリプルティアラを取った所で自分に勝てると思うなと言わんばかりに並び立つ!!そのままツインターボを追って第三コーナーへと向かって行く!!』

 

「ボクだってぇ!!」

「負けないぞぉ!!」

「アタシだってぇ!!!」

「私のステージだってこっからだぁぁぁ!!!」

 

後方からも著しい追い上げをし始めるウマ娘達、凄いプレッシャーを背中に受けながらも駆け抜けていくゴルドだが、遂に待っていた時が来た。

 

「よ~しだったら―――ターボォアップ!

 

それはツインターボの更なる加速だった。その時の足を確りと観た、走る時のフォームを観た、腕の振りを観た―――お前の走りは頂いた。

 

これで良いんだな、ターボォ……アップ!!!

 

『出たぁ!!ゴルドドライブの代名詞、ゴルドラン!!!まるで前を走るツインターボが分身したかのような加速をし始めて行く!!』

 

ツインターボの加速を物にしたゴルドはこのまま一気に―――と思ったのだが、周囲は全く引き剥がせない。せめて1身差位しか距離を離せていないのだ、如何してだ、と思うが思ったが直ぐに分かった。脚が普段以上にずっと重いのである。ゴルドにとっては2500は初の距離、それでいながらこの超ハイペースレースで想像以上に身体には疲労が蓄積している。

 

「ぐっ……!!」

 

如何にゴルドランが相手の強さを自分の強さにプラスするという技であっても肝心の基礎的な体力がかなり落ちている状態では真価を発揮出来ない。ツインターボの大逃げに対応しきれていないのが大きく出てしまっている。

 

「だがっ私は負けるわけには―――!!」

 

―――その時に来た。無数のウマ娘が駆け抜ける中で、バラバラに地面を蹴る音の中に聞こえてくる規則正しい足音が。

 

『来た来た来たぁ!!遂に来たぞ、ゴルドドライブの走りに対抗するのは矢張りこのウマ娘しかいない!!ランに対抗するのは矢張りチェイス!!マッハチェイサーが一気に上がってきたぁ!!』

 

間もなく第四コーナー、やや外回りだがその分誰もいないターフを使って一気に加速してトップスピードで駆け抜けていくチェイスが次々と駆けあがっていく。それを見てハリケーンもニヤリと笑って、大地を蹴った。

 

『おっと此処でサクラが舞ったぁ!!菊花賞のように他のウマ娘を跳び越す事すらないが、跳躍から一気に加速していくサクラハリケーン!!中団から抜け出していく!!!だがビワハヤヒデもスパートを掛ける!!ゴルドドライブ苦しいか!?いやビワハヤヒデと共に上がっていく!!間もなくツインターボを捉えられるか!?』

 

「チェイス、お前に勝つのは私だぁぁぁぁ!!!」

「来たなチェイス!!今度こそ全力全開だぁ!!」

「―――ま、まだ先があった……!?」

 

チェイスの気配を感じたのか、ツインターボは更に加速していった。そしてそれを追いかけて隣を一瞬で抜けていくチェイスにゴルドは驚いた、そういえば言っていた。ツインターボという尊敬出来る先輩といつも一緒に走っていると、お前は何時もあのスピードについて行っているのか……!?

 

「私だって、私だってぇ!トリプルティアラ、いやそんな事どうでもいい!!お前に勝ちたいんだぁ!!!

 

トリプルティアラなんて称号に心のどこかで心地良さを覚えていた、だがそんな事は本当は如何でも良いんだよ!!お前に勝つ為だけに取った称号なんだ、勝ちたい、勝ちたい、お前に勝ちたい!!そんな思いが形になったのか、ゴルドドライブは加速していく。だが―――未体験だったツインターボを甘く見ていた事が重く圧し掛かる。

 

「―――ずっと……マッハァァァァ!!

MAAAAAAAAXツインターボ!!

 

『マッハチェイサー、マッハチェイサーだゴルドドライブを完全に抜き去って更に先へと向かって行くぅ!!!』

 

―――そうか、ぁぁっ……これが、これが世界なんだな……なんて世界は遠くて、熱くて、楽しいんだ……。

 

『さあ有記念、勝利を争うのはこの二人だ!!逃亡者ツインターボ!!音速の追跡者マッハチェイサー!!念願のGⅠを取ったウマ娘はそのまま無敗の三冠ウマ娘を破るのか!?それとも無敗の三冠ウマ娘が意地を見せるのか!?凄まじいデッドヒートだ!!この一戦を目に焼き付けろぉ!!』

 

「今日こそ、今日こそ私が勝ぁああああああああつッッッ!!!」

「ターボが勝つんだぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

中山の急坂だとしても二人の勢いは全く衰えない、寧ろさらに燃え上がっていく。凄まじいまでのデッドヒート、抜きつ抜かれつつの大接戦。このままこの二人が争い続けると誰もが思っていた、そう誰もが―――だが挑戦者はまだいたのだ。

 

「だぁあああああああああああああああ!!!!!」

 

『ゴ、ゴルドドライブだ!!先頭争いから脱落したと思いきやここで大挽回だぁぁ!!そのまま横並んだ一直線だ!!ツインターボ、マッハチェイサー、ゴルドドライブ、これが最後の大激戦!!!』

 

「遅いですよゴルドォ!!」

「お前を、抜きに来たぁ!!」

「役者がそろったね!!」

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

全力全開MAAAAAAAAXツインターボ!!

フル、スロットルゥゥゥゥゥ!!

 

最後の仕上げだ!!と言わんばかりに力を振り絞って更に加速する三人。完全に先頭争いはこの三人に絞られた、後はもうどこまでそれを維持出来るのか、という勝負になった。さあ坂を越えて最後の勝負所―――

 

『ゴルドドライブ、後退していく!?流石に限界だったのか!!そのまま下がっていく!!最後に女王の威厳を見せましたが此処で下がっていくぅ!!』

 

初めての距離での超ハイペースで既に限界だったゴルドはそのまま下がっていく、そして―――最後の勝負。それはチェイスとターボの一騎打ち。

 

「私が勝つ、私が……絶対に!!」

「ターボが、ターボが勝つんだ……!!」

「「譲らないったら譲らないんだぁぁぁぁ!!!!」」

 

全身全霊を振り絞り尽くさん叫びと共に走り続けていく二人、それは距離を圧縮したかのような凄まじい走りへと変えながら人々の目をくぎ付けにして記憶に焼き付いた。この世紀を一戦を。そして―――

 

「「だああああああああああああああああ!!!!!!」」

 

『マッハチェイサー、ツインターボ何方も譲らない!!どっちがどちらが勝つんだ!?ほぼ横一直線、だが―――マッハチェイサー、マッハチェイサーだ!!僅かに抜き出た!!そのまま、抜き出て……ゴォォォオオオオル!!!マッハチェイサー無敗のまま、有を征しましたぁ!!!二着ツインターボ、三着ビワハヤヒデ!!四着トウカイテイオー、ゴルドドライブは五着!!ですが最後の走りは見事でしたぁ!!』

 

ゴールを越えて止まったチェイスは荒い息を吐き続ける、実況の言葉を直ぐには信じられなかった。自分が本当にツインターボに勝ったのか……?と思わず疑ってしまった、だが大歓声と自分の名前が一着を照らすのを見て漸く理解した、勝ったのだと……。

 

「チェ、チェイスゥゥゥ……強かったぞぉぉぉぉぉっ……あとちょっとだったんだけどなぁ……!!」

「タ、ターボ先輩強すぎます……何とか勝てました……」

「全く末恐ろしい後輩だなお前は」

 

振り向いてみればそこには眼鏡を直しつつも微笑ましい瞳を作りながらも此方を見つめて来るビワハヤヒデが居た。ツインターボに手を貸しつつも其方を向き直る。

 

「見事だったぞチェイス」

「あ、有難う御座います……でももう、フラフラで……」

「あの走りなら当然だ、だがシニアはもっと激しいぞ。其処で走れるか?」

「―――走りますよ」

 

その言葉を聞ければ満足だと言わんばかりに拍手を送る、それに合わせるように他のウマ娘達も拍手を送り始める。浴びるような拍手を浴びる中でゴルドが此方を見ているのに気づいた。

 

「ゴルド」

「……ハハッ全くこれだから面白い、目標が増えたな。ツインターボ、貴方も倒す。そう誓う」

「おおっ良いぞ!!何時でも挑戦を受けるぞ!!」

 

如何やらゴルドの目標にツインターボが加わったようだ、彼女にとってあの大逃げそれまでに刺激的で勝ちたいと思える物だったのだろう。それを見届けながらもチェイスは観客の方を向き直る。ヘルメットを脱ぎながらもポーズを取る。

 

「追跡ィ!!大逃げェ!!何れも……!!マッハ!!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!」

 

「如何皆さん!!!最高に熱いいい絵だったでしょう!!」

 

その言葉を否定する者は一人もいなかった。正しく一年の締めくくりに相応しい最高のレースだった。その後のウイニングライブも最高の物だった。その場で―――

 

「え~皆さん、菊花賞では怪我の為にライブを欠席してしまい申し訳ありませんでした。ですので皆さんさえ宜しければですが、此処でその分のライブをさせて頂きたいと思っております。如何でしょうか皆さん!!」

 

チェイスは菊花賞で出来なかったライブをやりたいと言い出した。理事長にもお願いしてみたら思った以上にすんなりとOKが出た、但しそれは有で勝つ事が出来たらの話、そして観客の皆さんと他のウマ娘の賛同が得られればの話。しかし、それを断る者なんて一人もいなかったのだ。

 

「有難う御座います!!それじゃあ皆さん行きます―――さあ、ノリノリで行っちゃおう!!」

 

まさかの連続ライブだったが、その場は大歓声に包まれた。様々な意味でこの有記念は伝説となったのかもしれない。




ゴルドの敗因はターボのハイペースに配分が追い付かなかった事、そして2500が初めてで適性がA寄りのBだったことが原因。

それでも最後の最後に並べたのは驚異的。トリプルティアラは伊達ではないという所を見せ付けた。

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