「―――はいOKです!!」
バイザーを上げてからシフトカーを引き抜くと同時に聞こえてくる声は本当のねぎらいの声に聞こえてくる辺り、かなり疲れているんだなという事が分かった。変身解除と共に差し出されたドリンクを差し出す沖野の顔を見て僅かにホッとしたのは少しばかりのヒミツである。
「お疲れさんチェイス、にしても……マスコミの取材は引き気味だったのにこういうのは積極的なんだな」
「だってファンですし」
「お、応……まあ勝負服からしてそうか」
今チェイスがいるのは大人気の特撮番組、キャロットマンの撮影現場。以前から撮影依頼やコラボなどの話が来ており、チェイスはそれを積極的に受けていた。そして漸くURAからの許可が下りたのである。なので堂々としながらキャロットマンの撮影にやって来た。
「にしても……三冠ウマ娘が特撮に出るって中々に前代未聞だぞお前」
「好きなものを好きと誇って何が可笑しいんですか?」
「ああいやそういう意味じゃないって、ほらっ前例が前例だからこういった事にも協力的ってのが珍しいんだよ」
「あ~……確かにシービーさんやルドルフ会長、ブライアン先輩もこういう事には興味ないでしょうからね」
自由人、真面目な会長、お肉好きな堅物。確かにこんな面子では今自分がやっている事をやるなんて絶対にありえないなと納得する。
「それにしても……このサインは一生のお宝です!!」
「高巌さんのサイン、だったか。俺でも知ってるぐらいの人だからなぁ……」
そんなチェイスが胸に抱いているのはキャロットマンを初めてとしたヒーローを演じ続けて来たスーツアクター、高巌さんのサインであった。その名前を聞いた時はまさか此処の世界にも!?と大興奮したのを今でも覚えている。そして高巌さんも自分の事を知っていたのかサインにも快く応じてくれた処か
『実は家族が君のファンなんだ、私にも君のサイン貰えないかな』
『―――勿論です。出来る限りの協力を惜しみません』
『あっ一緒に写真とか……』
『喜んで!!ファンサービスは私のモットーですから!!!』
『ハハハッ気が合うね、じゃあ私も君のモットーにファンサービスで応えないとね』
「―――三冠ウマ娘になって良かった……」
「それを、これで言われる事に対して俺はどんな顔をしたらいいんだろうなぁ……」
「笑えばいいんじゃないですかね」
出来る事ならば笑いたいが死んだ笑いしか出ないのである。だって漸く三冠ウマ娘になってからの前向きな発言を引き出せたのに、それはウマ娘関連のレースや取材ではなく、特撮界のレジェンドによって齎されたものなのだから……。
「チェイスちゃ~ん、ライブの撮影準備はいりますのでスタンバイお願いします~」
「分かりました。それではトレーナーさん、私行きますので」
「あ、ああ気を付けてな」
今まで見た事もない位に足取りが軽いチェイスに何とも言えない気持ちになって来た。
「複雑な気分だなぁ……だってあの顔、有馬に勝った時と同じかそれ以上に良い顔してるんだから」
「ハッ~……やっべぇなにこの充実感」
久方ぶりに顔を出す前世、ここ最近はレースに集中しっぱなしだったがキャロットマンの撮影は本当に素晴らしい。前世でも行きたい行きたいと思いつつも全然いけなかった、せめてロケ地に顔を出すのがせいぜいだった。
「というか高巌さんの身体能力エグかったなぁ……紘汰さんみたいなアクションを連発しまくってたなぁ……スーツ着たまま、補助も無しで壁を一瞬走ってそのままバク宙ってマジで半端ねぇ」
話を聞いてみると血筋に母と曽祖母がウマ娘だったのが関連しているのかもしれないと語っていた、その内この世界の人類の身体能力はもっととんでもない事になるのではないだろうか。というかマジでウマ息子とかその辺りが出てきてもおかしくない様な気がする……尚、ダンスが苦手というのは共通していた。
「ビコーさんに頼まれてたキャロットマンとかのサインもバッチリ。というか皆さんも皆さんで凄いドライバーに興味津々だったよなぁ……」
まあ自分達が作っている作品の中に登場するような物がマジで開発されたのだからそりゃ興味津々にもなるか……。
コンコンッ
「んっ……誰でしょう」
おっと、スタッフさんかな?ンじゃこっからはマッハチェイサーに戻らないとな……。
「はい」
「あ、あのマッハチェイサーさん……ですよね?」
えっ誰この幼女。
控室で休んでいたチェイス、扉をノックする音に耳を動かしながら扉を開けてみると……そこにいたのは綺麗な栗毛をした幼いウマ娘がそこにいた。
「はい、私がマッハチェイサーですがどうしました?」
「あ、あの……えっと……さ、サインください!!」
震える手で抱えていたサイン色紙をお辞儀しながら差し出す少女、その時思わずペンが零れて床に落ちる。それを慌てて拾おうとして拾えない少女の代わりにそれを拾って手を差し出した。
「勿論喜んで、此処では何ですから此方にどうぞ」
「は、はいっ有難う御座います!!」
控室に入れてあげながらチェイスは慣れた手つきでサインを書くのだが、その間も少女からは熱い視線を向けられる。ビルダーに似ているような気もするが如何も違う気がする。
「はい、出来ましたよ」
「あっ有難う御座います!!やったっ三冠ウマ娘のチェイスさんのサイン……!!い、一生宝物にします!!」
「フフッそれは光栄ですね」
そして話を聞いてみた。如何やら父と共にキャロットマンのファンで今日の撮影見学を抽選で見事に勝ち取って二人で来たのだが……如何やらトイレの帰り道で道に迷ってしまったらしい。そしてこの色紙も元々はキャロットマンのサインを貰う為の物だったらしい。
「成程……それじゃあ、これから貰いに行きましょうか」
「えっ……!?」
「大丈夫、私と一緒に行きましょう」
「は、はい!!」
一緒に手を繋ぎながら迷子を案内していたという体で控室に行き、丁度キャロットマンのスーツを着込んでいた高巌さんにサインをお願いして握手、サイン、写真をお願いして貰い少女は本当に嬉しそうにしていたので高巌さんと一緒に微笑んでしまった。
「それじゃあ、気を付けて帰るんですよ?もう迷わないように」
「はい、有難う御座いましたチェイスさん!!」
「いえいえ」
最後に別れようとした時に少女は去ろうとする自分に向けて勇気を振り絞るかのように声を張り上げた。
「私、チェイスさんみたいなカッコよくて強くて綺麗なウマ娘になれますか」
「ええ、なれますよ。諦めないで努力して、夢に向かい続ければ必ず」
「それじゃあ、何時か一緒に走ってくれますか!?」
「貴方が夢を諦めなかったら、走る時は来ると思いますよ」
そんな風に言うと少女は目を輝かせるお父さんらしき人に行くぞ~と言っているので今にも其方へと駆け出して行ってしまいそうになる。だがきっといつかある時は来るだろう。
「また、会える日を楽しみにしてますよ」
「はいっ!!私、トレセン学園に行きますから待っててください!」
そんな風に宣言をしてから少女は駆け出して行った。大きな夢を背負った物だと思いながらも、悪くないと微笑みながらその背中に向けて手を振る。
「夢を背負う、か……フフフッ」
「お父さん吃驚したぞ、あのマッハチェイサーと一緒に居るんだから……」
「ごめんなさい……でも見てこれっチェイスさんとキャロットマンのサイン!!お写真も一緒に撮ったの!!」
「羨ましすぎるよぉ~オルちゃん」
「えへへっ♪」
父に頭を撫でられるウマ娘、そんな彼女はトレセン学園へと目指す。そして彼女もまた―――三冠ウマ娘になる事を目指してターフを駆ける事になる。夢のバトンはこうして渡されていくのかもしれない。