音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第95話

「なあチェイス、お前曲作ってるって本当か?」

「事実ですが」

 

唐突に沖野に尋ねられたチェイスは思わず肯定する。天倉町での癖が出たというべきか……だが何故そんな事を聞いてきたのだろうか。

 

「というか、何故そんな事を聞いてくるんですか」

「いやな、今年は新入生が来る前に春のファン感謝祭を開くんだけどその時にチェイスのステージをやらないかって話が持ち上がってんだよ」

「……何故私のステージという話が?」

「理事長が言ってたぜ、お前菊花賞の時にライブ出来ないのが悔しかったから何かしたいって相談したって」

 

確かにそういう事は相談していた。結果的にそれは有記念でのライブで実現する事になった―――のだが、流石に全てがその通りになったという訳ではない。だとしてチェイスとしてはライブを確りと出来た事に満足だったのだが……まさか此処で掘り返されるとは思いもしなかった。

 

「その時に菊花賞で歌えなかったお詫びにオリジナルの曲を歌いたいって言われて理事長も感動したって言ってたぞ」

「そ、そうですか……理事長そこまで言わなくてもいいじゃないですか……」

「まあまあそれだけの熱意を持ってくれてるって本当に喜んでたんだよ。ンでまあ他のウマ娘の兼ね合いもあって結局winning the soulだったろ、そのリベンジをファン感謝祭でやらないかってのが持ち上がってんだよ」

 

まあ確かに自分の曲では他のウマ娘が対応出来ないので致し方ない面もあった、だがファン感謝祭でソロライブの舞台を作り上げてしまえば問題なく実行する事が出来るので理事長はやりたかった事が出来なかったチェイスへの配慮としてソロライブの企画を考えているらしい。

 

「チェイス的には如何だ、その曲っていうのは出来てるのか?」

「まあ出来てるのもありますけど……私が歌うのを前提として作ってないのもありますし」

「いや、お前が作った奴だろ」

「男性ボーカルのつもりで作ったのもあるんですよ」

 

一応出来ているのもあるのだが……チェイス的には満足していない。矢張り素晴らしい歌い手の声を吹き込んでこそ曲は完成される、一応自分が歌うのも試した事はあるのだが……原典を知っているが故の弊害かもしれないが、満足出来るようなものではなかったのである。

 

「まあでも、考えて貰ってもいいか。感謝祭ではソロライブを目玉にする事を考えてるらしいから、まあ他のウマ娘もライブするだろうけどな」

「分かりました」

 

話を聞いてから一度部屋に戻ってノートパソコンでデータを確認してみる、完成しているのはオーズにビルド……後なんかウマ娘的にグッとくる歌詞だった冒険者の歌。これを歌えという事になるのだが……個人的な趣味でやっていたライダー曲の再現、それを歌おうとしたが結果的に未遂で終わった。だがそれを改めてやる事を考えると……不安がある。

 

「受け入れられるのかなぁ……」

 

これは何かを作る人達は必ず思う事なのだろうか、民宿で料理を出していた時には感じる事も無かった経験に戸惑いを隠せない。

 

「どっすかな~……」

 

思わずそんな事を呟きながらも歩きだしていくチェイス、適当に歩きながらも思案を巡らせる。やっぱり此処は誰かに一度聞いて貰って意見を求めるべきではないか、天倉町のようなお祭りでの出し物ではなく実際にライブで歌う者としての意見を求めるべきだろう。

 

「……取り敢えず、走るか」

 

色々考えていた頭の中が煮詰まって来てしまった、一度それをスッキリさせようと思って少しばかり外を走ろうと思い至る。但しトレセン学園の敷地の中、学園と寮の周囲に限定しようと思って走り出した時―――学園の校門近くで何やらトレセン学園を見つめている少女を見掛けた。憧れと決意に溢れているような瞳の強さを感じさせる少女にチェイスは見覚えがあった。

 

「あれ、もしかして……」

「えっ……チェイスさん!?」

 

それは以前、キャロットマンの撮影に望んでいる時に出会った幼女―――の筈なのだが、あの時からあまり時間が経っていない筈なのになんだか大分大きくなっているような……また小さな少女だった子が何時の間にか成長期を迎えたような……。

 

「あ、あの私です分かりますか……?キャロットマンの撮影現場で」

「ええっ分かりますよ、サインをしてあげた後に一緒にキャロットマンの所までいった女の子……ですよね?」

「はっはいそうです!!凄い、お父さんとお母さんも驚いていたのにチェイスさんは分かっちゃうんだ!!」

 

何処か興奮しているような少女、そんなに自分は凄い事をしたのだろうか……。

 

「しかし如何したんですか、こんな所で」

「わ、私今年の春からトレセン学園に通うんです。だからその、我慢できなくなって見に来ちゃって……そしたらまさかチェイスさんと会えるなんて……!!」

 

成程そういう事だったのか。そして話を聞くとあの日から数日後に本格化が始まったとの事。思春期のある段階に入るとウマ娘は急速に成長する、それが本格化。彼女にもそれが訪れて身体が大きくなったとの事で服を買い替えたりして大変との事。

 

「チェイスさんはこれから走るんですか!?それならご一緒したいんですけど!?」

「ああまあ、走ろうと思ってたんですけど……ちょっと考えるのをやめたくて」

「何か、心配事が?」

 

と不安そうな目で尋ねられるのでそこまでの事ではないと言いつつもファン感謝祭での事を素直に話す。正直どんな意見でもいいから欲しいというのが今の気持ちだからだ。

 

「私、聞きたいです」

「そうですか」

 

とまあファンである彼女の視点から見たらチェイスのソロなんて聞きたいし見たいに決まっているのである、これは意見を求めるのを失敗したかなと思うのだが……

 

「チェイスさんが歌うんですもん、きっと大丈夫です」

 

純粋な眼差しでそう告げる少女、何の根拠もない言葉だが何故か力強く感じられる。不意に太陽が雲から出た時の彼女の髪は何処か金色に輝いて見えたのもきっと気のせいではないだろう。

 

「そう、ですね……やるだけやりますか」

「私感謝祭絶対に来ますから!!」

「是非、それじゃあ少しですが一緒に走りますか。えっと……そう言えば名前をまだ聞いてませんでしたね」

「えっあっそう言えば!?え、えっと私オルフェーヴルです。お父さんやお母さんにはオルちゃんって呼ばれてます」

「オルフェーヴル、良い名前ですね。覚えました」




はい、という訳で皆さんの予想通りに金色の暴君ことオルフェーヴルです。
気性難で有名ですけど、大人しいという話も確りある三冠馬です。
有馬記念での5歳の少年との話は本当に好き。

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