音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第98話

「待たせたな」

「いえ、来たばかりですよ」

「ならせめてくつろぐ姿を隠そうとする努力をしたらどうだ?」

 

待ち合わせ場所にいた相手を見て思わずため息をつきながらもカフェの席に着く。来たばかりという癖に珈琲を嗜む姿は堂に入り過ぎている。明らかに15分以上は楽しんでいるだろう。

 

「それは此処のコスタリカ珈琲が絶品なのがいけないのです、貴方も如何です?」

「ならばいただこう。マスター、私にもお勧めの珈琲をブラックで頼む」

 

自分の注文にマスターは低い声で「あいよ」と答えて直ぐに準備を始めた。そして少しするとやって来た珈琲、何方かと言えば紅茶派な自分……というよりも家の趣味で紅茶が多かっただけなのだが……さて……と口にすると苦味が美味いと感じられるほどにコクがあって美味な物だった。

 

「ホゥ……これはいいな」

「私のお気に入りです。マスター、彼女は私のライバルです」

「……サイン、貰えるか?」

「ああ、これ程に美味い珈琲が飲める店ならばまた来たい。是非書かせて貰おう」

 

低い声ながらも何処かテンションが高めなマスターにサインを手渡すと同時にツーショット、スリーショットを撮るとマスターは顔には出さないが嬉しそうにしながらも御礼としてケーキをサービスとして出してくれた。それをゴルドドライブは有難く受け取るのであった。

 

「最近の其方はどうですか」

「何も変わらんさ、トリプルティアラという看板目的で取材はひっきりなしだが……最近は無遠慮な愚か者が多くてトレーナーからの指示で取材は全般的に拒絶している」

 

彼女の戦績はたった一人のウマ娘に負けるまでは名前の通りに輝いていた、だがそれも崩れ去った。そんな自分の心境を聞きだそうとする愚かな者が増えており正式に訴えを出すレベルだ。これが敗者のシナリオという奴なのかと少し項垂れた事もあった程だ。

 

「ゴルドのトレーナーさんですか、どんな方なんですか?」

「そうだな……あまり細かい事は気にしない豪快な男だな。大らかで常に笑っているが、意外と激情家だな」

 

純粋な興味から尋ねてみたら思った以上に饒舌に語り出した。あまり細かい事は気にしないからか、スケジュールは結構適当な所があるので自分が修正したりトレーニングに関してもそれは同じで苦労していると愚痴を零している―――つもりなのだろうが当人は終始笑顔であった。

 

「そんなトレーナーだが、私は彼以外のトレーナーの指示で動こうとは絶対に思わん。私に対して無遠慮な記者がいたんだがそいつに本気で怒ってくれてな……そうだな、あの時ほどこういう人が父親で居てほしかったと願った事は無かったな」

 

そんな言葉を口にしたゴルドに思わずチェイスは驚いた。そして同時に少し悪い笑みを浮かべた。

 

「随分と惚れこんでるじゃないですか」

「惚れこっ!?い、いや違うぞ!?私は別にハートの事を別にそういう目で見ている訳じゃないんだ!?」

「成程、ハートさんというんですね。それがニックネームなのかは知りませんが随分と親し気に呼んでますね」

「ち、ちがっ……!?」

 

顔を赤くしながらも必死に否定する姿なんてもう完全に恋する乙女じゃないか、まあ担当ウマ娘とトレーナーの恋物語というのは割かしメジャーなジャンルではあるので別に珍しくはない。そしてチェイスは察した、もう二人はかなり深い仲なんだと。

 

「お、おい聞いているのかチェイス!?」

「ええ聞いてますよ、その赤いコートもそのハートさんに選んでいただいたんでしょう?」

「な、何故それを!?」

 

この辺りは完全なメタ的な知識だが、これはもう確定的だ。そのハートとやらは自分が知っているハートだと。だがそうなるとメディックはどうなるのだろうか……という考えが浮かぶのだが……まあそれは何れ聞けるだろうと余り突っ込まないでおこう。これ以上ゴルドを弄るのも可哀そうだ。

 

「ゴルド、貴方それでマスコミにそういう類の話を振られたらどうするつもりなんですか。一発で拡散しますよ?」

「フンッあいつら程度で揺れる私などではない」

「じゃあなんで私の言葉で揺れるんですか」

「お前と奴らは違う、そういう事だ」

 

納得出来るような出来ない様な……そんな気持ちになるが、まあそういう事にしておこう。

 

「さてと―――久しぶりのオフなんですから思いっきり遊びますか」

「そうだな……ったく妙に疲れたぞ……というか碌に遊び方も知らんくせに大きな口を叩くな」

「いいじゃないですかウィンドウショッピングだって立派な娯楽です」

「これが天下の三冠ウマ娘だと思うと泣けてくるな」

「よしウマッターでハートさんの事言ってやろっと」

「おいバカやめろ」

 

そんなやり取りをする二人をこっそりとみていたマスターは僅かに微笑んだ。天下のクラシック三冠ウマ娘とトリプルティアラウマ娘だろうと年頃の娘である事は変わりないのだと。折角だ、お代わりの珈琲と趣味で作ったケーキでもサービスしてやるかと動き始めたのであった。

 

「全く……あそこのマスターには随分と世話になってしまったな」

「まさか元パティシエだったのは意外でしたね、今度マックイーン先輩にお勧めしても良いかもしれませんね」

「お前の指定した店は楽しませて貰った、今度は私が店を紹介してやる」

「期待してますよ」

 

久しく重なったオフ、二人は存分に英気を養うとその日の夜に全く同じ時間に一緒に楽しんだ写真を投稿してSNSを盛り上げるのであった。




なんでゴルドのトレーナーがハート様なのかって?
単純明快、蛮野への嫌がらせ。

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