東方光照譚―その手を差し伸べる―    作:たいお

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さて、今回でめでたく30話目になりました(話数自体は32話目ですが)。徐々に増えていくお気に入り登録数を見ると、自然とモチベーションも高まっていきますね。
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満希「なお、今月から休みが週一になったから更新速度がどうなっていくかは不明な模様」

(′・ω・`)ショボンヌ、セマル 社畜ルート



第30話 天・狗・対・鬼

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 天魔様と直々に話をしていた突如、今まで感じた事の無い巨大な妖力の存在を領内で感知した。

 当然ではあるが天魔様も私と同様にそれを察し、話はまた後ほどという事にして私に出撃の命をくだされた。このような妖力が山の中にいるというのに呑気にお話をしてるほど私たちも楽天家ではない。

 

 私は天魔様の屋敷を飛び出して、妖力がある場所に向けて一直線に飛翔する。飛ぶ速さには自信があるので、そう時間は掛からない筈だ。

 

 妖力の位置を再度確認する。場所は変わっていないようだが……周辺の妖力、つまり侵入者の撃退にあたっている天狗たちの変動が激しい。

 力の放出によって感知できた妖力は、どれも直ぐに感知できなくなってしまっているのだ、それも次々と。恐らく、それらはどれも侵入者によって倒されたのだろう。

 

「…まずいわね」

 

 焦燥の気持ちを押さえながら、私は更に飛行速度を上げた。

 

 

 

 快晴の空を突っ切っていく中、私はふとある男の事を思い出す。あの人間の事だ。

 

「…一応、戻って様子を見た方が良いかしら」

 

 別に逃げ出す様な男ではないと、この数日間一緒に働いてきた中で理解は出来ている。実力も巡回兵を無傷で撃破する程は備えている筈だし、最悪、私が油断している時に不意打ちを狙い、その隙に逃げると言った行動もそぶりすら見せなかったのがその証拠と言える。

 そう、あの男は実力者だ。そして今は天狗の代わりとして此処で巡回兵を務めている、ならば戦力として同行しても良いのではないか…。

 

「…………」

 

 しかし、私はそう思った直後、思い留まった。

 

「これはあくまで私たち天狗の問題…幾らなんでも人間の力を借りるなんていけないし、そも、流石にこの妖力じゃヒマヒマ言ってたあいつも戦う気が失せるでしょ」

 

 人間に頼ろうとした思いを即座に跳ね除け、私は進行方向をそのままに進んでいく。

 確かにあいつには実力がある。だが私たちは誇り高い天狗であり人間に媚びるような真似は決してできない、それにあいつ一人が加勢に入ったところで、状況が一転するとも限らない。

 ならば、天狗の力を結集して侵入者に当たり打ち砕いてみせる。

 

 私はそこまで考え至ると、人間の元に寄る事を止めて現場の方へ一直線に飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 数分も経たないうちに、私は現場へと到着する。侵入者の居た場所では既に数人の鴉天狗が上空に待機しており、下の方から激しい物音が聞こえてくる。まさに今、侵入者と戦っている証拠だ。

 

 上空から敵の容姿を観察する…男物の和服を着た男で、頭には角が生えているようだ……角?

 まさかとは思うけど、あの進入者って…いや確かにそうならこの妖力の規模も納得できる。寧ろ名を馳せたあの有名処の妖怪でなければ、一体誰だよという話になるものね。

 はぁ、それにしても随分と厄介な奴が来たものね…。

 

 何とも言えない気持ちを胸に抱きつつ、私は適当に近くの天狗に接近するとその肩を叩いて注意を引く。

 

 肩を叩かれた女性の天狗は、振り向いた瞬間に驚いた表情を私に見せると、慌ただしげに喋り始める。

 

「しゃ、射命丸さん!?まさか射命丸さんも侵入者の討伐に…!」

「ええ、そうよ。被害はどうなってるか把握できてる?」

「あ、はい。えっと…現在4人一組の編成で7組ほど今のところ死者はいませんが、皆打撲を中心とした重傷を負っています…」

 

 4人一組が5つ…つまりもう30人近くやられていると言うわけね。やっぱり今回の侵入者、一筋縄ではいかないみたいね…。

 

「相手の能力は判明してる?」

「それが…先ほどから様子を見ているのですが、能力を使ったと思われる動作が見つからなくて…もしかするとまだ使ってない可能性もあります」

「厄介だけど…ごねた所で何も変わらないわね。あなたはそのまま戦況を観察しつつ、増援に来た天狗には無暗に突っ込まないように釘を刺しておいて頂戴。それから負傷者の救護を急がせて」

「は、はい!」

 

 ともかく、これ以上侵入者に好き勝手させてる訳にはいかない。只でさえ何十人とやられてしまっているというのに、更に被害者を増やすなどあってはいけない。

 そしてここは私たち天狗の土地、何人たりとも踏み荒らす事は許されないのだ。たとえそれが、絶対強者と名高い鬼だとしても。

 

「侵入者には…私が当たるわ」

 

 折角、人が昇進の話を持ち込まれた時にやって来たのだ。

 

 次期天魔補佐の実力……その身で味わってもらうわよ。

 

 

 

「さぁさぁどうした!噂に名高い天狗と聞いてきてみりゃあ、どいつもこいつも弱くて話にならないぜ!!」

 

 侵入者である鬼は、そう叫びながら身近にいた天狗を殴り飛ばした。殴り飛ばされた天狗は随分な速さで森の中へと吹っ飛ばされていく。

 私は事前に持ってきた、腰に携えている刀に手を添えつつ空より鬼との距離を詰めていく。

 

「この俺を倒せるほどの猛者は、もう居ないのかっ!」

 

 目を細め、敵の姿を捉える。

 そして刀の射程距離内に入るまでの所で、腕に力を込めて一気に刀を振り出した。

 

「っ、そこかぁ!」

「くっ…!」

 

 しかし、刀が敵の肉体に届くことは無かった。私の接近を察知した鬼が、咄嗟に腕で私の斬撃を弾いたからだ。加えてその腕には手甲が装着されているため、全くの無傷。

 

 着地した私はすかさず地を蹴って距離を取ると、その流れのまま妖力弾を一発放った。

 

 私の打ち出した妖力弾に対し、鬼はまるで木の枝を掻き分けるかのように軽々と払い、余所に受け流してしまった。

 こうも簡単にやってのけられるというのも、攻撃を仕掛けた本人としては少し傷つくわね。もう少し苦し紛れな様子を表してくれてもいいんじゃないかしら。

 

 私は十分に距離を離せたところで地面に足を着け、刀を再度構える。

 

「ほう…どうやら今までの天狗よりかは強そうじゃないか、お前さん。纏ってる雰囲気が他のそれよりもずっと鋭い」

「…鬼の貴方からそれを聞いても嫌味に聞こえるわね、皮肉かしら」

「鬼はいつだって正直者だ。今のは紛れもない俺の本心だ、そのまま素直に受け取って誇っていいぜ。まぁ、でも……」

 

 鬼は言葉を言い切る直前で、その身を進めて私の元へと駆けだした。

 

 突然の鬼の突進に私は若干動揺しながらも、刀を構えて敵の攻撃に備える。既に鬼は私の近くにまで来ていた。

 

「負けるつもりは一切ないがなぁ!!」

 

 風を鋭く斬り裂きながら放たれた鬼の拳は、私に向けて真っ直ぐに向かってくる。丸太のように太い腕から繰り出される拳撃の威力、下手に直撃すれば一体どうなるだろうか…想像するだけでも鳥肌物だ。

 顔の横をスレスレで過ぎていく拳の姿を見送りながら、私はそんな事を頭の中で考える。背中から冷や汗が湧き出るのがよく分かった。

 

 一撃目を避けたところで、再び鬼は私に向けて拳を振るう。今度はもう一つの腕で仕掛けてくる。

 今度はそれを下に掻い潜る事で回避する。

 だが、その直後には鬼の膝が私の腹に目掛けて襲って来ていた。

 

「くっ…」

 

 咄嗟に刀の鍔で防御をとる事で衝撃を和らげ、直撃を免れる。しかしその衝撃は尚も強大で、私は思わず数歩後ずさってしまった。

 

「ふんっ!」

 

 距離が空いた私に対して、鬼はこちらに踏み出しながら重厚な前蹴りを放ってきた。

 

 斜め前に向かって転がり込むことで、私は蹴りを避ける。

 そして前に転がったという事は敵の近くに位置を変えたという事。わたしはすかさず袈裟斬りを鬼に向けてかまそうとした。

 

 だが鬼は、その斬撃を避けようという事はしなかった。鬼はただその場に立ちつくし、私が振り下ろそうとする刀の刀身に眼をやると……。

 

「むんっ!!」

「…っ!?」

 

 嘘でしょう…?

 刀を素手で、受け止めた…!?

 

 この刀は天狗の支給品とは言え、切れ味に関しては十分な性能を携えている。そこらの木なら容易く真っ二つに出来るし、岩にも深い斬り跡を残す事だって可能なほどに。

 

 それをまるで棒っきれのような感覚で掴んでいる鬼に、私は戦慄した。噂の違わない…いや、噂以上の力を見せつける眼前の鬼に対して。

 

「ふっ!」

「あぐっ…!」

 

 動揺を隠し切れなかった私に対して、鬼は速度のある拳撃を私の肩に当てて距離を突き放してきた。

 その際に、先程まで私の手にあった物の感覚が無くなって…っ、しまった…!

 

「残念だが…こんな刀程度に頼っていては俺に勝つことなんて出来ないぜ」

 

 私の刀は、奴の手中に収まっていた。先ほど奴に肩を殴られた時に私が手放してしまったせいで、奴の手元に残ったままになってしまったのだ。

 

 鬼は私の刀を適当に投げ捨てると、私の元にゆるりと歩み寄ってき始めた。

 

「っ…!!」

 

 警戒心の強まった私は、翼を展開して空へと飛ぶ。ふわりと体が浮く感覚に身を感じながら、私は下にいる鬼を視界に捉える。

 

 見たところ、奴は飛ぼうとする様子を全く見せていない。妖怪は皆妖力を使って飛ぶことが出来るのだから、鬼だって問題なく飛べる筈なのに…。

 もしかすると…奴は空中戦は苦手分野なのかもしれないわね。だからさっきからずっと大地に居座っているんじゃないのだろうか。

 

――ならば、まだ勝機はある。

 

 天狗が戦いの技術において最も優れているもの…。

 それは、速さだ。

 空を飛ぶ速さに関しては、天狗の右に出る種族は存在しない。大抵の妖怪は地上での生活に慣れてしまっている影響で、飛行速度が格別に高いわけではない。

 だが天狗は違う。日々その翼を広げ、飛び続けてきた私たちの飛ぶ速さは年代を重ねても全く衰えることは無く、寧ろより速くなってきている。

 

 見たところ、鬼はもっぱら地上型の妖怪。空の戦いは不得手と見てもおかしくは無い。

 ならば、ここからは持ち味の速さを活かして空から攻撃を繰り広げて行けば戦況は自然とこちらに傾く。

 

 

 

――これなら勝てる…!

 

 

 

 勝利への道筋が頭の中に現れ、私の顔には自信の籠った笑みが浮かぶ始めているのが自覚できた。

 

 

 

 

 

「流石に飛びながら攻撃、というのはこちらも手の打ちようがないからな。…『来い』」

 

 だが、私の抱いた希望は酷く脆いものであった。

 

「っ!?」

 

 鬼が私の方に手をかざして一言呟いた瞬間、グンッ!と私の身体が奴の方へと引き寄せられ始めた。

 まるで周囲の空気が私を押し出しているかのような、見えない力に引っ張られているような感覚。嫌が応にも、私の頭の中は軽く混乱を起こしていた。

 

 縄も何も使っていないのに…………まさか!

 

「これが、あんたの能力…!」

「ああ。『引き寄せる程度の能力』ってんだ。あんまり目立たない地味な能力だけど…俺は好きだぜ、この力」

 

『引き寄せる程度の能力』

 

 その内容は正に言葉通りだろう。あらゆるものを自分の方へと引き寄せることが出来るという事。

 確かに奴の言うとおり、内容だけをとってみれば地味で目立たない能力だ。別段強い能力でもないし、引き寄せる事しか出来ないので応用の幅も効き辛いのはかなりの痛手だ。せめて突き放す力もあれば、敵の攻撃も防ぐことが出来るだろうに…。

 

 しかし、鬼がその能力を気に入ってるという事を聞いて妙にすんなり納得してしまった。確かに、鬼の実力を考えれば…。

 

「俺は飛び道具とか使われたり、離れた場所からチマチマ攻撃されるのが嫌いな性質でね。だがこうして今みたいに俺の元に引き寄せてしまえば、いつでも俺の得意な舞台で戦うことが出来るからな」

 

 そう、鬼は巷では接近戦最強と謳われている。自然と遠距離から戦うという選択肢を選んでしまうだろう。

 だが奴の能力の元では、それは叶わない選択となる。どんなに遠く離れても引き寄せられてしまえば完全に向こうの得意な距離を生み出されてしまうのだから。

 

 私は何とか脱出を試みようと、精一杯もがいてみるが……異常に強い力によっていくら抵抗しても引き寄せられてしまう。真逆の方向に飛んでみようとしても、距離は着々と縮まっていく。

 

「無駄だぜ。この力から逃れるには、俺以上の力を発揮して強引に抜け出すしか方法は無い」

 

 なによそれ…鬼の腕力に敵う奴なんて鬼以外にいるわけないじゃない…!

 そうなると、私が逃げられる可能性は0……ならば!

 

「はっ!」

 

 掌から複数の妖力弾を放って弾幕を形成し、鬼に向けて一斉にけしかける。密度こそ急繕いのもののため分厚くは出来なかったが、無視できない程度の規模にはなっている。

 よし、これなら奴も私を引き寄せる事を止めて弾幕の処理に手を回すに違いない。

 

 その隙に態勢を立て直して、遠距離から仕掛け直して…――っ!?

 

 身体が更に強く引っ張られて……っ!待って、目の前にはさっき私が撃った弾幕が――。

 

「キャアァァァっ!?」

 

 突然私の身体を引っ張る強さが急増し、その事に動揺してしまった私。その眼前に広がっていたのは、たった今、私が鬼に向けて放った妖力弾の群れ。

 私の体は弾幕の中へと無理矢理突っこんでいき、次々と妖力弾が接触していった。身体に降りかかる痛烈な痛みと状況の把握不足で思わず悲鳴を上げる。

 

 そうして弾幕を抜け切った私を待ち受けていたのは…鬼の手であった。

 

「ぐっ…!?」

 

 鬼は私の首根っこを捕えて動きを封じると、そのまま前に差し出した。

 

 前に差し出す、とは一体どう言う事なのか。

 たった今その身で味わった私にはこれから何が起こるのかが理解できてしまい、自分の首を掴む鬼の手を強引に引きはがそうと試みるが…。

 

 当然、間に合うはずも無かった。

 私の放った妖力弾がこちらに辿り着くまでに鬼の拘束から逃れようだなどと。

 

「あ……がぁっ…!?」

 

 背後から所々に訪れる、妖力弾の直撃による痛み。ちょうど腹の裏に位置する部分に直撃した時には、腹の中の空気が抜けるんじゃないかと思う程の衝撃に襲われた。

 拘束を解こうともがいていた私の腕は、力無くダラリとぶら下がってしまう。

 

 依然として私の首を捕えたままの鬼は、標準的な表情で私に話しかける。

 

「悪いな嬢ちゃん。この程度なら能力を解除して弾いてしまっても良かったんだが…チョコマカ動かれるのも面倒だったもんでこうさせてもらったぜ」

「あぅっ!?」

 

 言葉を閉ざした鬼は私を乱暴に地面に叩き付けてきた。ただの叩き付けだというのに、まるで大岩にぶつかったかのような感覚だった。

 

 全身に襲い掛かる強い衝撃で一瞬頭の中が真っ白になりそうだったが、寸での所で堪えることが出来た。

 しかし、身体は度重なる攻撃と傷の影響で動きが鈍い。立ち上がろうと踏ん張ってみても、それを妨げるかのように全身から痛みが這い上がってきてしまい、思うように態勢を上げることが出来ない様だ。

 

 

 身体を起こすことにすら苦戦している地べたの私を見下ろす形で、傍にいた鬼はその口を開いた。

 

「今までの天狗と比べたら良く頑張った方だが……ここまでだな」

 

 そう言って、踵を返して私の方に背中を受ける鬼。あの様子だと、恐らく別の天狗に目をつけようとしているのだろう。

 

 

 

 だけど……。

 

「…待ちなさいよ」

 

 私は生まれたての小鹿のような覚束なさながらも、ゆっくりとその身を起き上がらせた。傷が蓄積したせいで身体の節々が悲鳴をあげているが、それでも一心不乱に態勢を立て直す。

 

「まだ…私は、終わってない…」

 

 これまで私が行ってきたことは、割かし平和なこの山の警護という実に面白みの無い物だった。

 適当に見回りをして、何かあったら報告。仕事が終わったら報告。ただその作業の繰り返しだ、何ともやりがいの無い。どんなに仕事をこなしても、辟易とした思いを積み重ねるだけだった。

 

 そんな時だった。私の実力を認められ、天魔様の補佐を請け負ってみないかと勧誘が入ったのは。

 当然、私は内心喜んでその話を承諾した。つまらない日常から抜け出せると、大いな期待を胸に秘めて。

 

 折角、もうすぐで天魔様の補佐の役職に就くことが出来るというのに。

 うろうろするだけで退屈な日常から、新しい環境へと移れる絶好の機会が訪れているというのに。

 こんな所で倒れていては、実力不足が証明されて天魔補佐の話が無かったことにされるかもしれない、そうなれば、私は振りだしに戻ってしまう。

 

 そんなのは……絶対に嫌だ。

 

 

 

「…良い根性だ。伊吹といい星熊といい、女というのはどこでも強かなもんなのかね」

 

 私は、対峙する鬼に対してグッと目力を入れて睨みつける。体が痛いが、もう今はそんなこと関係ない。

 ただ、こいつと戦うだけだ。

 

「いいぜ、どうせお前も限界だろう…この一撃で終らせてやるよ」

 

 そう言うと鬼は、一歩踏み込むと私に向けて拳を振るって来た。

 

 身体の反応が鈍い。思うように敏として動いてくれない今の体が恨めしく思う…なんて悠長な事を考えてる場合じゃない。

 鬼の拳が、私に届いて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――来ることは無かった。

 

「えっ…」

 

 先ほどまで私に襲い掛かろうとしていた鬼の腕。

 直撃を覚悟して眼を瞑っていた私が恐る恐る眼を開いた時には、それは私の眼前で止まっていた。

 

 いや…止まっていたのではない。

 止められていたのだ、私と鬼の間から伸びてきた第三者による手によって。

 

「お前…天狗じゃないな。一体誰だ?」

 

 鬼は怪訝な表情で、遮った手の方へと視線を向けていた。何者かを確認する為に。

 

 しかし、私にはその必要が無かった。

 理由は簡易だ。

 腕を出されたことにより判明された、最近見覚えがある袖の部分。

 そして何よりも、天狗ではないのにこの山にいる存在…これを聞かされて、わからないなんてことはないだろう。

 

 そう、こいつは……。

 

 

 

「暁宮……満希…」

「ギリギリ間に合った、な」

 

 

 

 人間……暁宮 満希だ。

 

 

 

 …どうして?

 

「あんた…何でこんな所に来てんのよ…?」

「…?」

「別にあんたが来る必要なんて無かったじゃない……この騒ぎに乗っからずに大人しくしておけば、危険な目に遭う事もないのに…」

 

 分からない。

 どうしてこの男はここに立っているのだろうか。

 

 さっきも口に出していたが、今回の騒ぎはかなりの規模だ。現在、山全体が進入者退治の為に慌ただしく動いているほどに。

 もしこの騒ぎに乗って身の安全を確保する為に大人しくしていても、監視も無いうえにわざわざ討伐を命じられる事もない。殆どの天狗が人間の力を評価していないので、誰も期待などしていないからだ。

 そう、ここに訪れずに私と別れた場所でジッとしておけばよかったのに。

 

 なのにこの男は、動かないという選択肢を選らばなかった。

 それどころか、わざわざここまで来て首を突っ込んで来たのだ。人間と鬼なんて勝ち目がある組み合わせではないと、誰もが分かるようなもののはずなのに。

 

 …どうしてこんな所に来てるのよ。あんたは…。

 

「…まぁ確かに、今の内に逃げてしまえば簡単に山を下りれるだろうな」

 

 だったらどうして?

 

 そう言おうと食って掛かろうとした私だったが、喉まで出かかったその言葉を押し戻した。この男が続けて何か言おうとしたことに、咄嗟に気が付いたからだ。

 

 想定通り、男は更に言葉を続けてきた。

 

「一応俺って今、天狗の代わりとして居るんだし逃げるのは流石に無いと思ったんだよな…まぁでも、天狗の代わりだろうとなかろうと、どっちにしてもやっぱり此処に来たと思う」

「…意味が分からないわよ」

「まっ、俺のやりたいようにやろうとしてる結果がコレ、ってことだよ」

 

 ますます意味が分からない。

 やりたいようにやる?妖怪同士の抗争に首を突っ込んで死にに行くような自殺的な行動が、やりたい事だって言うの?

 やりたい事って言ったら、もっと自分がしてて楽しいって感じるような事ではないのだろうか。少なくとも、こんな行動がやりたい事なんていうのは今まで聞いたことが無い。

 

 私は怪訝な表情を浮かべ、確認の意味を込めつつ聞き返してみることに。

 

「…本当なの?」

「こんな所で嘘言ってても仕方ないだろ」

 

 確かに本当のようだ。言葉も顔も、嘘を言っているようなものではない。

 やはり、この男は私たちを…。

 

「おいおい、俺を置いてけぼりにして盛り上がってもらっても困るんだけどなぁ」

「もう終わったとこだよ。…射命丸、下がってな。ここからは俺が戦う」

「で、でも――」

「だいぶ怪我してるんだろ、なら無理せずに俺に任せときなよ」

 

 確かに…今の私の体はもう万全に戦えるような状態ではない。今のままで戦っても、鬼に勝てる見込みは殆ど無いだろう。

 口惜しさを感じながらも、私は大人しく言うとおりに後ろに下がった。

 

 それにしても…暁宮 満希、か…。

 

 

 

――俺のやりたいようにやろうとしてる結果がコレ、ってことだよ。

 

 ちょっとだけ、興味が湧いたかも…。

 

 

 

――終

 




満希「怪我してるんだろ、ならここは俺に任せとけよ」
文「(そう言うあんたも怪我してるんだけど…)」

主人公、ラストになってようやく登場です。

そして次回、天狗山激闘編のクライマックス!そしてついに、満希がパワーアップ!?
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