ちなみに『未来都市編』は合計12話で『諏訪大戦編』は合計10話。
そして今回の『天狗山の激闘編』は合計13話……意外にも現時点での最長編となっています。まさか能力開花のある編やルーミアとの因縁が出来る編ではなく、強化変身のある編が一番長くなるとは…。
気が付いた時には、目の前が真っ暗であった。
脳が活動を始めたことによって俺の意識が宿りつつある証拠である。そして目の前が真っ暗なのは、目を瞑っているからだと気付く。
閉ざされていた瞼をゆっくりと開ければ、そこには既に見慣れた天井が――。
「はいはい、起床起床」
運よく今日は目覚めが良いせいか、ガバッと身を起こす。そしてその流れで軽い柔軟体操を行う。
……いや、一々起床の風景とか説明しても、眼を開けたら日が差し込んできたとか、見慣れないもしくは見慣れた天井が移り込むとかだし。それに4日目ぐらいに似たような思考を働かせてた気がするから、なおさら面倒くさい。
それ以前に、説明って何だろうか。そもそも誰に向かって俺の起床シーンなんか説明しているのだろうか。
「……まっ、いっか」
気にしたら負けな気がするし。
そう結論付けると、俺は支給された寝巻きを脱ぎ捨て、普段着ている紺のブレザー服へと着替え始める。晩秋や冬ぐらいだと着替える時にすごく寒くて嫌になるけど、今の時期は朝でも程よい気温になるため、抵抗感は無い。
ピタリ、と。
上着を脱ぎ終え上半身が露わになった時に、俺は着替えの手を止めた。少しだけ考え事がしたくなったのだ。
「ここから出てったら……何すればいいんだろう、というかどこに行けばいいんだ…?」
難しい顔で眉間に皺を避けつつ、俺は思考の海へと没する。
俺が怪我をさせた天狗に代わって仕事を行えば無事に解放させるという提案の下、俺は7日間もの間この山で巡回を行ってきた。
この業務の期間は7日間……つまり、今日で俺はここから出られるという事なのだ。しかも前日に聞いた話によれば、今日は天魔に諸々の話を聞いたら解放するとのことだったので、実質、仕事を行う点については昨日の時点で終了している。今日という日を迎えて考えてみても、実に嬉しいことだ。
さて、ここからが本題。
今日でここから出られるというのであれば……俺はこれからどこへ行けばいいというのだろうか?
いや、その前に思い出してみよう。もしかしたら俺は行く当てを既に決めていたかもしれないじゃないか、そんな時に天狗に捕まって足止めされて……といった展開だったかもしれない。イマイチ覚えてないけど。
では早速、記憶を探ってみようじゃないか。思い出せ、俺。
………………。
……あっ、思い出した。
俺、此処に来る前も全く同じ話題で悩んでたんじゃないかよ。確か平城京が出来上がるまで1,000年位はかかるから、その埋め合わせにどうしていこうかって感じで。あぁそうだったそうだった。いやー、濃密な一週間ともなると中々思い出すのに苦労して――。
って駄目じゃねーか!
結局俺、一週間前からちっとも方針が定まってないって事じゃないか。天狗に捕まってたとは言え、これじゃあどうしようもないだろう。
…仕方ない、一からスタートする気持ちでもう一度考え直してみるとするか。
確か、俺が以前に案件を浮かべていた中に『仙人っぽく山に籠って修行』とかがあったはずだ。それならばどうだろうか?折角新しい力を手に入れたのだし、それを慣れさせるために練習する期間は欲しかったところだ。
けどやっぱり山籠もりはなぁ……ここ最近山の景色ばっかりで飽きてたから、モチベーションが何年も持つと思えないんだよな。アニメのヒーローに憧れて身体を鍛え始めるけど、結局飽きて継続せずに止めちゃうって感じで。
…自分で言っておいてあれだが、酷い例えだ。
まぁそれは置いといて。『新しい力』というフレーズがまだ頭の中に残っていたおかげで、1つだけ名案が思い浮かんだ。
それは『諏訪子と神奈子に修行をつけてもらう』ということ。ちなみにこれも似たような案として一週間前に提示していた。
その時は何の成果も無しに帰ったら馬鹿にされるんじゃないかと思って切り捨てていた案だけど……今ならイケるかもしれない。
今回俺が手に入れた新しい力……それは、カグツチから貰った指輪による武装と肉体強化だ。
確か以前に諏訪子は、俺が持っているこの指輪やコノハから貰った腕輪、そして未だに宝石の色が完全に戻っていないアマテラスさんのネックレス……彼女はこれらを神具、と呼んでいた。
あの時鬼を圧倒した力、それがこの神具によって生まれたものという事は……。
コノハの腕輪とアマテラスさんのネックレス。この二つも指輪と同様に、俺に新しい力を齎してくれるものだと考えることが出来る。
もしそれが本当だとすれば、俺は諏訪子たちを通じてこれらの力を扱えるようになりたい。
そうすれば俺は更に力をつけることが出来るし、当初の旅の目的である強くなる事が果たされるから。そしてこの力で、より多くの人の助けになれる筈だ。
…そこまで思考を廻らせると、俺は意識を再び現実の方へと引き戻す。とりあえず、当面の方針は固めることが出来て良かった。
そう言えば、まだ着替えの途中だったっけ。早く着替えてしまって――。
「入るわよー。準備が出来たならそろそろ天魔様の所……に……」
その後、甲高い悲鳴が上がると共に俺の身体はぶっ飛ばされていた。出会い頭に跳び蹴りはないでしょーよ。
7日目、最終日。
――――――――――――――――――
場所は先ほどとは変わり、天魔の部屋に向かう途中の通路へと移る。ここに来るときにひっそりと思うのだが、偉い人の家はどうしてこうも大きいものだろうか。旅先の村長さんの家も他より少し大きめの造りになってるし……やはり威厳とかその辺が絡んでくるのだろうか。
まぁ、その辺は別に気にする必要もないし、別にいいか。
ちなみに俺の隣には、朝から俺に攻撃を仕掛けてくるヴァイオレンスな射命丸さんが並んで歩いている。いや、ヴァイオレンスな行動に走らせた原因は俺にあるけどさ。
朝の出来事が間違いなく原因で、その顔色は時間が経って薄くなったとはいえ赤みを帯びている。それに加えてさっきからこっちの方をずっと見ようとしていない。
確かに恥ずかしいイベントだったかもしれないけど、見られた俺の方が万倍恥ずかしい思いをしてる筈だからな?むしろそう言う反応は被害者の俺がやる……とキモいな。というか男がやると誰でも気色悪い、誰得だよ。
そんなハチャメチャな展開で朝が始まった所為で、互いに言葉を交わすことなく気まずい雰囲気を纏ったまま此処まで来てしまった。実に居心地が悪い。
……が、そんな空間も終わりの時を遂げようとしていた。
気が付けば俺たちは天魔の部屋の前までやってきており、大きな扉が眼前に移り込んでいる。
「天魔様、ご命令通り暁宮 満希を連れて参りました」
「ああ、入ってくれ」
室内にいる天魔に向かって扉越しに一言言葉を交わすと、射命丸は『失礼します』と口にしながら扉を開いて部屋の中へと入っていく。
俺も射命丸と同じ言葉を言いながら、彼女の背中を追いかけるように部屋に向かって行く。
部屋の中に入れば、奥の台座にて天魔がどっしりを腰を下ろして待ち構えていた。
……天魔の実態を見聞きしていると、やはりこういう威厳のある風格も演技なんだな。そう思うと何だか、和む。是非これからも頑張ってほしいものだ。
「天魔様、お話の通り今回は暁宮 満希を代行の任より外し、天狗の山より解放するための手続きとして此方にお呼びした、という事でお間違いは無いでしょうか」
射命丸は先ほどの沈黙とは打って変わって、さらさらと喋り始める。流石に天魔の前でもずっとだんまり等というわけにもいかないからだろう、表情も既に真剣そのものだ。
案外、こういう切り替えが得意なのかもしれないな。
「ああ、ご苦労であった射命丸。……それでは人間よ、話を始めるとしよう」
天魔は俺の方へと顔を向け、口を開く。
「まずは此度の代行任務、見事に果たしてくれたようだな。途中で起きた鬼の襲撃も、お主の力添えで被害を存分に抑えることが出来た。この件に関しては、素直に礼を言わせてもらおう」
その言葉の後、天魔は姿勢を正して俺に向かって小さく頭を下げてきた。
トップの立場が頭を下げる、しかもそれがプライドの高い天狗の長というのは相当な事だよな。部下が今の天魔の姿を見たら、目ん玉が飛び出るくらいのリアクションを起こすかもしれない。もしこんな事が別の妖怪が聞いたらどう反応するだろうか。
ちなみに射命丸の方は……全然驚いてるように見えないな。もしかして天魔がこういう行動に出るって分かってたのか?
……けど、天魔の礼を素直に受け取る事は出来ない。なぜなら……。
「頭を上げてくれ、天魔さん。俺はただ自分のやりたいように動いただけだ。わざわざ感謝されるような筋合いはないし」
そう、今回俺が動いたのはあくまで俺のやりたいようにやるという思いから為った結果だ。
まぁ根本を詰めれば『天狗たちを助けるため』という答えが浮かび上がるのだが、それ抜きにしてもその時の俺は巡回兵という立場。俺がどう思おうがやらなければならない事は決まりきって居た事なので、天魔がわざわざ感謝の言葉を述べる必要はない。そんな事をすれば毎日『ありがとう』を言う羽目になるだろうし
「……そうか。……お主の言っていた通りだな、射命丸よ」
「ん?」
何故ここで射命丸に話が降られるんだ?
射命丸も射命丸で天魔に話題を振られた途端、誰から見ても明らかなほどに動揺した様子を見せている。しかも漸く引いた顔の赤らみが再び息を吹き返しているし……ホントに風邪をひいてるんじゃないだろうか心配になってくる。
「て、天魔様!その件については内密にと……!」
「ん?ああ、そうであったな。済まないが、今の言葉は忘れてくれ」
「あ、あぁ……」
どう言う事なのか尋ねようか思った矢先、射命丸が慌てた様子で天魔を引き留めたため、この話題は個々で終了となってしまった。
取り敢えず、射命丸の様子から見て風邪をひいているとかってわけじゃないようだが…結局なんだったのだろうか。
「……なぁ、射命ま――」
「うっさい馬鹿、こっち見るな阿呆」
「えー……」
謂れの無い罵倒を浴びせられた、死にたい。
……というのは冗談だ。心が傷ついたのは間違いないけども。
「……話を戻そう。お主がここに現れた際に撃退した巡回の天狗は先日を以て既に全治している、その者は本日より通常勤務に移ってもらう所存だ」
「で、代わりに働いてきた俺はお役御免になる……と」
「その通りだ。今日までの7日間の勤務……大儀であった、暁宮満希よ」
だからそんなに大層なアクションはしなくていいのに。する側は真剣にやってくれてるんだろうけど、受ける身としてはどう反応したらいいか分からなくなるんだから、内心困る。
……まぁ、俺がどうこう言っても天魔の姿勢が変わるかなんてわからないし、大人しく受け取っておくとしよう。
「こっちこそ世話になったな。……もう俺は解放されたって事でいいのか?」
「ああ。部下たちには既に話を通しているから、下山中に襲われるという心配も抱く必要は無い」
それなら良かった。万が一、事情を知らない天狗が下山中の俺に襲い掛かって来たらと思うと……また怪我でもさせたら、ここでの暮らしが延長していたかもしれない。
俺が密かに安堵を浮かべていると、天魔は急に考えるようなそぶりを見せ始めた。何気に視線がチラリ、チラリと射命丸の方に何度か向けられている。
「ふむ……そうだな、射命丸よ」
「なんでしょう?」
「暁宮 満希を山から降りるまで見送ってやるといい」
「御意……んなっ…!?」
天魔から出されたいきなりの提案。
その内容は対象である射命丸を驚かせるには十分な内容だったようで、射命丸は了承の言葉を放った直後、弾いたような勢いで驚いてみせた。
そして落ち着く時間を用いないまま、天魔に対して食って掛かり始める。
「お、お待ちください天魔様!この男は客人では無い故、送り迎えをする必要などは…!」
「そうか?それにしては昨日は暁宮 満希が去ることについて話した時、寂しそ――」
「うわわわわぁっ!?そ、それ以上の発言はご勘弁をっ!」
「そうか。私なりの配慮のつもりだったのだが。先日呟いていた独り言で、『もっとあいつと話し――」
「てて、天魔様ぁ~!」
「ふふ…すまない、少しからかってみたくなった」
…何だか仲いいな、あの二人。
――――――――――――――――――――――
「…で、結局見送りする事になったのな」
「し、仕方ないでしょ。天魔様の命令なんだから」
…あれって命令だったっけ。別にやれとは言ってなかったような気がするが…まぁいいか。
現在俺たちは、天魔の屋敷より出てきて下山している所だ。
下山とは言っても、素直に山道を歩くという手段は用いていない。射命丸はその翼を羽ばたかせて滑空し、俺も彼女と並走するように跳躍飛行を行い、山を駆け下りている。
歩くよりも圧倒的に速いこの移動手段のお陰で、既に麓までの距離は半分を切っていた。やっぱり自由に空を飛べるというのは便利なものだよな。……俺のは厳密に言うと跳ぶの方だけども。
「まったく、本っ当に濃密な7日間だったわ…」
「それ、俺が言いたい台詞なんだけど」
「私としても十分に濃すぎたのよ。おもにアンタの所為で」
俺の所為?俺、なにか不味い事でもしたっけ。
「いつもだったら、今回みたいに侵入者が現れる事なんて滅多に無い筈なのよ。一度侵入者が現れた日には、次に別の侵入者が出現するまでざっと60日くらいは現れることは無いくらいにね」
「60日って割と長いな……けど俺が働いてた時期には河童と鬼、二人の侵入があっただろ」
「天狗にとってはアンタを含めて7日の内に3人の侵入となるけどね。正直に言うとこの数値は異常なものよ。初めにやってきたアンタが不幸を持って来たんじゃないかって思うほどよ」
「いやいやいや」
いきなりを何を言い出すのだろうかこの娘っ子は。
確かにタイミングを考えてみると、ドタバタし始めてきたのは俺が此処に来てからだった。けどそれはあくまでこじつけに過ぎない筈だ。俺がトラブルメーカーなんて、そんなことあるわけ……。
1.月移住計画執行時、突然の妖怪襲撃
2.諏訪大戦中、ルーミアの手撃
……あるわけ…………あれ、俺その時どっちもいたよな?
もしかして俺…本当に不幸を一緒に持って来た感じ?……やだ、うそ…。
「…自覚が湧いてきたみたいね」
「…ウソでしょ?」
「私に聞かれても知らないから。…ほら、もう麓まで着くわよ」
呆れ顔でこちらを見てくる射命丸の言うとおり、既に俺たちは山を下りきるところまで来ていた。
それにしても、本当に俺って不幸を背負い込んで来てるのだろうか……諏訪子たちの所に着いたらついでに聞いてみようかな。もしかしたら本当に不幸体質だったときは加護とか付けてくれるかもしれないし。
それはさておき、俺たちは地上十数メートルと言ったところまで下降すると、それぞれ距離を減衰させながら降り立った。
地面に足を着かせると、俺は射命丸の方に顔を向けて口を開きだす。
「色々と世話になったな、射命丸」
「っ……べ…別に礼を言われる筋合いなんて無いわよ。私はただ天魔様の命令に従って、アンタと一緒にいたに過ぎないんだから」
俺が言い放った感謝の言葉を、射命丸はぶっきらぼうな答え方をしながらそっぽをむいてしまった。
確かに射命丸にとって、俺の事なんてただ上司の命令に従って付き合っていた関係に過ぎなかっただろう。最近は別の命令が下っていたのか俺への風当たりが多少緩和されていたが、出会って最初の頃は、俺の事は毛ほども興味が無い存在といった感じに接されてきたからだ。天狗にとって人間は格下の存在という定義だから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
だがそれでも、俺は射命丸に感謝している。
対応こそは冷たかったものの、仕事に関して教えてくれることは教えてくれたし、天魔の命令に従って俺を危険にさらすような真似はしようとしなかった。
それに知り合いが誰もいない場所で働く身としては、射命丸は比較的気軽に話し掛けられる貴重な存在でもあった。周りに人はいるのに話し相手がいない時間が一週間も続くとあれば、流石に俺も堪えるものがあっただろう。一人ぼっちの空間など御免である。
先程も射命丸が言っていたが、俺と一緒にいたのは天魔の命令があったからで、彼女の意志ではない。天魔の命令が無ければ、彼女は俺と一緒にいるという選択肢すら存在していなかった筈だ。
「それでも、な?」
「…そ、そう……な、なら素直に……受け取っとく」
眼を明後日の方向に反らしながら、射命丸はたどたどしくそう言ってきた。
少々声色がか細いせいで言葉が小さくなっていたが、大体聞き取ることが出来た。どうやらちゃんとお礼を受け取ってくれたみたいだ、良かった良かった。
…さて、そろそろ行くとしようか。あまり長居しても邪魔になるだけだしな。
「んじゃ、行くわ。またいつか会おうな」
「え、あっ……」
こちらから顔を反らしていた射命丸から身体を捻って踵を返すと、俺は彼女に背を向けて歩き出しつつ、手をヒラヒラ。
次に俺が向かう場所は、諏訪の国。
鬼との戦いにおいて手に入れたカグツチの力を、より確かなものとするために。そして残り二つの神具について追究する為に。
期待を胸にし、気持ちを新たにし、俺が歩みに重みを入れようとしたその時……。
「あ、暁宮っ!」
この時、俺は射命丸の行動に対して内心驚いていた。…いや、ひょっとすると顔に出ているかもしれない。
少し離れた場所から背中越しに掛けられた射命丸の呼び声に反応を示す俺。驚いた内容は、彼女が俺の事を引き留めた事などではない。何か俺に関係する用事が残っているかもしれないから。
俺が驚いた要因。
それは、射命丸が初めて俺の事を『名字』で呼んできた事だ。
今迄の射命丸は俺の事を『アンタ』『この男』『人間』などだったり、最近では『暁宮 満希』とお固くフルネームで呼んできた。どこか距離の取られた呼ばれ方だとは思いつつも、言って直してくれるとは限らなかったため、特にそれを指摘するようなことはしなかった。
しかしここに来て、彼女は俺を『暁宮』と呼んできたのだ。一体、どういう心境の変化が起きたのだろうか?
「あ、あんたの……好きなもの、って…なに?」
俺の疑念が浮かぶ最中、彼女は俺に対してそう問いかけてきた。どうして急に呼び方に親しみが付加されたのかが気になるところだが…質問には答えないといけないな。
…とは言うものの。
「せめてもう少し内容を絞ってくれると答えられるんだが……いきなり好きなものって言われてもな」
「そ、その辺りは拘らなくてもいいわよっ。食べ物とか趣味とか、そう言うありきたりなもので」
「なるほど。そうだな……」
趣味に食べ物、か。昔だったら時代も進んでいてバリエーションが豊富だから色々と思いつくんだが、殆どこの時代には無いものだろうしなぁ…。もしラーメンとかサッカーとか言った矢先には、変人を見るかのような射命丸の顔が容易に思い浮かんでしまう。ああ、ラーメンのあの味が恋しい。
でもこの時代の食事も質素ながら十分に美味いし、一概に文句ばかり言う環境じゃないんだけどな。素材の美味さとか昔以上に感じられるし、食材の鮮度とか段違いだし。
その辺りを踏まえるとなると…うん、思い付くものがある。
「趣味なら釣りだな、よく川辺に出ては即興で竿を作ってやってるし。食べ物は、そうだな…」
「ふむふむ」
「…っておい、なんで急にメモ……手帳に書き込みしてるんだ?」
「折角聞いたのに忘れちゃ意味が無いからでしょ、当然じゃない」
まぁ、メモする理由なんてそれしかないしな。でもメモするほど大事な事だっただろうか。別にそうでもないような気がするが…まぁその辺りの捉え方は射命丸の自由か。
「…そ、それで?」
「何が?」
「ほ、ほら…好きなもので、その……あるでしょ?」
いや、あるでしょって言われても。
趣味、食べ物、それ以外だと…………動物?いや、敢えて酒の種類とかかも……詳しく知らないから答え様が無いんだが。
俺がうんうん唸っていると、煮え切らなくなったのか射命丸の方から会話の続きが始められる。
「~~ああもうっ!異性よ、異性!どういう女の子が好みなのって聞いてるの!」
い、異性?つまり聞きたいのは…好きな女性のタイプって事だよな?
女の子は身近な男の子の好きなタイプに興味があるから、つい聞いてみたくなっちゃう、って昔は紗奈が言ってたような気がする。…けど射命丸がそれを聞いてくるのはメチャクチャ意外なんですが……まぁ射命丸も立派な女の子だし、深く考えないでおこう。
え~っと、好きな女性のタイプか…。
……。
…………。
………………。
…あれ?オカシイな、全然思い浮かばないぞ。
っていうか俺ってこういう恋バナ系の話、全然興味を持ってなかったような……。大人になったら自然にそう言う機会が来るだろうからって、まるで気にしてなかった気がするな。
どうしよう……まさかの質問に答えられない感じ?素直に恋愛に興味が無かったからっていうしかないのか……けどそれじゃ射命丸が納得してくれるとは思えない。あんなに剣幕を張って問いかけられたんじゃあな……。
悩みに悩む様子を見せる俺。もしかすると、今までの人生で一番悩んでいるかもしれない。
だが射命丸の方もこちらの返答をまだかまだかとそわそわしながら待っている。手に持つ筆をクルクルと回して見せたり、手帳に筆の尻部分をトントン叩いて見せたりと、落ち着きが無いようにも見える。どう見ても俺の返答が早く欲しいみたいです、本当にありがとうございました。
……ええい、ままよ!
「……礼儀正しい」
「ん?」
「礼儀正しい子…とか、かな?」
正直に言ってしまうと、別に俺は礼儀正しい子が好きというわけではない。苦し紛れに答えた発言は、所詮はその場を逃れるための虚言に過ぎない。敬語で話す女性というのは淑女ってイメージがあるし、俺の周りの女性で敬語で喋る人って珍しいから、現状で恋愛とか考えると一番好みに近いタイプ……の筈。
「ま、まぁそう言うわけだから、じゃあな!」
「あ、ちょっ……」
早くこの場から去ってしまいたいという思いに駆られ、俺は逃げるようにその場を走り去っていった。射命丸が後ろから呼び止めてくるが、もう質問には答えてるし十分だろう。下手したらさっきの恋バナを掘り下げて聞かれてしまうかもしれない、そうなれば俺も完全に言葉を詰まらせてしまだろう。
それにしても、全く慣れない話題を振られたせいで何か疲れた……適当な所を見つけたら休もう……。
そんな事を思いつつ、俺は天狗の山から離れていった。
今度射命丸と会う時は先ほどの話題を振られませんように、とひそかに願いながら。
「礼儀正しい……やっぱり敬語とか使えてる女性が良いのかしら?……あれ、でも私って目上以外の人に全然敬語使ってないような気が………………今日から勉強しないと」
――終
ここまでやっておいてあれですが、射命丸さんはヒロインではありませんので悪しからず。
射命丸「なんで!?」
あくまで片思いポジションって決めてましたし…それに射命丸はそんなイメージが私の中で強いので。
射命丸「容姿端麗の私をヒロイン候補から省くとか…ないわー」
自分で言うなし。