東方光照譚―その手を差し伸べる―    作:たいお

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 時の流れは早きもの。


第3章ー約束ー
第37話 暁宮 満希の都入り


 紀元が前を通り越して100年以上流れた頃。

 九州方面において勢力を伸ばしていた豪族たちが、一斉に蜂起し始めたのだ。豪族たちによる戦乱は十数年と続き、規模そのものについては風の噂でしか聞いたことが無いが、圧巻とも呼べるものだったとか。当時の死者数や被害状況など、聞いていて気持ちの良い話題ではない。

 また、その騒ぎに刺激されて各地でも勃々と戦争が行われたらしい。つくづく、余所が暴れているからといって命を粗末にするような行為は本気で勘弁願いたいものだ。

 

 なお、この急とも言える動乱には裏があった。

 今迄は各領地の主となって民を治めていた、八坂神奈子を中心とした大和の神々が、人間たちの元を離れたためだ。そのため統率者を失った各地の長たちは、我こそはといった様子で自身の武力を、他国への侵攻という形で示したのだ。

 当事者である神奈子からこの件について直接話を聞いたところ、彼女はこう語っていた。

 

 

 

――いつまでも神々が人の世に大きく介入していては、人の子は育つことをしない。人間たちが神の力だけに頼らず、己の力で国を支えるためには、この辺りで我らが身を引かなければならない。

 

 

 

 との事。

 年月が経ちすぎて俺が受けてきた学校教育による知識も曖昧になっているのだが、確かこの時期の大乱は、倭国の王位継承者を決めるための戦いだったような気がするのだが……。少なくとも、俺が教わった時代では神々の現世離れによるものではなかった、筈。

 やはりこの世界は、俺が学校の教科書で学んできた時流とは大体の誤差があるらしい。もっとも、どちらが真実なのかは俺が決めるものではないが。

 

 さて、この豪族による乱だが終幕については俺の知っているものと同一だった。

 

 歴史においてトップレベルの知名度を誇る倭国の女王、卑弥呼の即位である。

 卑弥呼はその手腕を以て瞬く間に乱を治めると、国の平定と同時にすぐさま外交面にも目を向け、施策。今の中国に位置する魏国に向けて使者を遣わせていくなどを皮切りに、活発的な動きを見せていた。

 

 そして即位より約70年後、卑弥呼はこの世を去った。

 彼女の亡骸は百名の部下と共に大規模な墓に手厚く収められ、その後は継承者の問題でてんやわんや……といった具合だったらしい。詳細までは流石に俺も分からない。

 

 それから数十年が経過した頃、俺の居る本島ではヤマト政権が確立され、政も本格的に進みだした。

 

 ……詳細を話しておきたいところだけど、実はこの頃はあまり話すようなネタが無いんだよね。各地の豪族たちが『俺の作った古墳、超カッケぇぇぇぇ!!』的な事やってた風に感じたし。いや、ちゃんと政治もやってたからその辺りは勘違いしない様に。それに鉄とかもこの頃から加工されて、武器や防具にも本格的に使われたし。

 

 ……そうそう、鉄で思い出したけど話すネタが見つかったわ。実はちょうどこの頃、諏訪子が俺の即興で夜に始めた怪談話で怖がって、朝起きたらおね――。

 

「それ以上喋ると口を縫い合わすぞ」

 

 ごめんなさい。幼女の顔立ちでその般若みたいな顔は勘弁してください、恐ろしく怖いんで。

 

 

 

 

 

 ……話が逸れたので軌道を戻そう。

 

 200年。

 大和政権が大した滞りを起こすことなく進み、それほどの年月が経過した頃。年号で言うと約500年と言ったところだろうか。その辺りでとある存在がこの国に伝来した。

 

『仏教』

 

 今後の日本、もとい倭国の基軸として国に住む人たちの思想に根付くこととなるものだ。最近では蘇我氏と物部氏の2大名族が宗教戦争を行い、蘇我氏が物部を滅ぼしたと話題になっている。宗教の力というのはかくも恐ろしいものなのかと、神仏の影響が強い今の時代を実際に生きてそう感じることが出来た。

 

 時代が大きく動こうとしている。

 俺もそろそろ、動き出さなければならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で……明日、都に行こうと思う」

 

 諏訪神社内に設けられた居住スペースの一室。

 

 ちゃぶ台を互いの間に挟んだ状態で、俺は対面している八坂 神奈子と洩矢 諏訪子に向けてそう言い放った。

 

 

 

 およそ900年だ。

 かつて妖怪の山に足を踏み入れ、様々な妖怪と出会い、そして新たな力を手に入れたあのひと時。あれからかなりの年月が経過していた。

 

 妖怪の山から帰還した俺は洩矢神社……改め、守矢神社への住み込みを村人たちや諏訪子たち本人より許され、身を寄せてきた。最後に村を出てから100年以上経過していたため村人たちの対応が排他的になるのではないかと若干の不安は抱いていたが、それは杞憂に終わる結果となった。

 あとから聞いた話だと、村には『かつて妖怪の魔の手から村を守ってくれた、洩矢神の加護を得た仙人』として知れ渡っていたようで、一世代先の者達は温かく俺を迎え入れてくれた。

 

 そこからは『守矢神社の神主にして洩矢神の加護を授かった旅の仙人』という看板を担いつつ、神奈子たちから神具により得た力の教授を受ける生活がスタートした。無駄に長ったらしい看板である、どうでもいい事だけど。

 それにしても、実にあっという間の数百年であったと思う。もう既に普通の人間10人分の年月が経っているというのに、その身で体感した思い出は、まるで昨日の出来事のように思えた。時間が短く感じてしまう程に、この場所は居心地が良かったのかもしれない……というか、俺が土の中から出て来た後で最初に訪れた場所なのだから、傍目から見たら故郷に里帰りしたような感覚なんだろう。

 

 という事は、諏訪子や神奈子は俺の家族みたいなもの……ということか?

 

「そっかぁ……ついに行っちゃうんだね」

「都の方も人が増えて賑やかになったって聞いてるからねぇ……満希の本来の目的を考えると、確かにそろそろだろうね」

 

 家族、か……。そう思ってみると、なんだか胸の所がフワッとするな。

 

 よくよく考えてみたら俺はこの世界に来てしまった時、家族に対して別れの言葉を一言も言えなかった。いきなり事故って、一緒にいた親友たちを泣かせながら死んでしまって……いや、まぁこうして生きてるんだけど。

 どちらにせよ、結局俺はひょっこりいなくなって身内を心配させた不孝者みたいなものだ。そんな俺でも、別れの際には寂しさを感じてくれる存在が、此処にいる。

 

 諏訪子、神奈子。

 

 ちょっと気恥ずかしいけど、俺にとって二人は家族に近いもの――。

 

 

 

 

 

「じゃ、お土産よろしくー」

「ああ、私へのお土産は酒でよろしく」

 

 おうコラ、たこ助ども。

 

「なに折角の感動場面をぶち壊してんのお前等。ここはもうちょっとお涙ちょうだい的な感傷にひたるところだったろうが」

 

 それが何なのこのオチ?2秒しか継続しなかった、あの寂しさの滲んだ表情は一体どこに捨てやがったのさ?つーかよりにもよって掛ける言葉が『元気でね』とか身体の心配をする言葉じゃないし、ただの己の物欲に忠実な台詞を飛び込ませてきやがったし。

 

「いやだって、なんやかんやで満希って病気とか全然しなかったし、元気でね~とか言ってもどうせ元気にやってくれるじゃん」

「そうそう、というわけで上等なお酒待ってるから」

「ちくせう!お前らなんて家族でもなんでもねーやい!」

 

 何もかも台無しだよコノヤロー!見てろよお前等、次帰ってきた時はめっちゃ豪華なお土産並べて、ありったけの感謝の言葉言わせてやるからな!

 

 という謎の気合とヤケクソ気味なテンションを抱えたまま、俺は感動の裏切りにあった影響で涙を流す眼を腕で隠し、その場を走り去っていった。

 

 

 

 

 

 …………と、その前に。

 

「なぁ二人とも、俺がいない間の神主とかどうするわけ?お前らまともな自炊出来ないだろ」

「あぁ、それなら前もって巫女をやってくれる子を選抜しておいたから大丈夫だよー」

 

 襖の脇からひょこっと顔を除かせて問いかけた俺に対して、諏訪子はそう答えてくれた。

 それを聞いた俺は確かな安心感を得ることが出来た。俺がいない間は新しい巫女がこの二人の世話をしてくれるらしいから、二人の生活が乱れることも無くなるだろう。

 

 残念な事に、二人とも家事が出来ないんだよなぁ……。米を炊くくらいはギリギリ出来るらしいから餓死することは無かったそうだけど、後から聞いた話ではご飯に水を掛けた、水ごはんなる物を食ってたらしいし。泣ける話だ。

 

「っていうか、わたしはちゃんと家事くらいできますぅ!出来ないのは神奈子だけですぅ!」

「はぁ!?何言ってんのよアンタ、私だって家事くらい普通に出来るし!」

「うっそだぁ、だって神奈子ってばこの間『食器と洗濯物、一緒に洗えば効率が良い』って言って両方洗って衣類を逆に汚してたじゃん!」

「ばっ……!そ、そういう諏訪子だって、炊飯の水の分量をバッチリ間違えて、お粥以上にベチャベチャしたご飯作ってただろう!」

「じゃふっ……!だ、だってアレは――」

 

 ……まーた喧嘩が始まったよ。というか俺が留守の間にそんなことしてたのか、お前ら。

 まぁこんな感じで家事が激しく下手くそな二人だが、これからは新しい巫女が何とかしてくれるよな。

 

「んじゃ、行ってくるわ」

 

 絶賛喧嘩真っ最中の二人に声を掛け、俺は喧騒の神社から足早に立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日から守矢神社の巫女を務めさせていただきます、東風谷 翠です!神奈子様、諏訪子様、これからよろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 洩矢の村にいた頃、都の噂については耳にしたことがあった。旅の行商人曰く、この村とは比べ物にならないほどの人が行き交い、昼間は人の話し声や売店の声掛けなどで賑やかものだと。

 

 百聞は一見にしかず。俺の眼に映る都の情景は、まさに話の通りの場所だった。

 巨大な入り口の門をくぐって見れば、耳に早速届いたのは子供たちの笑い声。木の棒を互いに持ちながら、わんぱくな様子で走り回って遊んでいる。その姿に微笑ましさを感じて、フッと笑みを零しながら俺は街道に歩を進める。

 広々とした通り道、街道の人通りは濃い。

 寄ってらっしゃい見てらっしゃい。お決まりのフレーズを口にしながら、雑貨屋の前で客引きをする若い男。こちらにも声が掛かって来たが、また後でと言い残して店の横を通り過ぎる。

 八百屋の前も通り掛かる。やはりというかイメージ通りというか、店にいるのは明朗快活なオバちゃんだった。オカンな雰囲気を漂わせながら、店に訪れるお客に質の良い野菜を手に取り、勧めている。残念ながら料理を出来る環境が整っていないため、その場を後にした。

 宿屋にも寄ってみた。幸運にも空室の数に余裕がある場所を見つけることが出来た。受付のおじさんにまた後で来ると伝えると、愛想良い笑顔を向けて見送ってくれた。

 

 

 

 さて。

 街道を中心に一通り見て回ったが、都は相当広いようだ。先ほど売り子をしていた20もいかない女の子と世間話をしてみたのだが、どうやら俺が多少の時間を掛けて歩いた街道だけでは、都全体の3~4割を回った程度にしかならないのだとか。まぁ残りの大半は居住区らしいので、無理に全部見て回る必要はないだろう。

 となれば、これ以上歩き回っても大きな発見は無いだろう。生活するうえで必要になる店は大方把握できたし、こちとら旅の身なのだから早く宿屋の布団で休みたい。

 

 そうと決まれば、早速宿屋へ向かおう。そう決めた俺は事前に泊まる場所を決めておいた宿屋へと足を向け――。

 

「……おっ」

 

 ――ようとした時、俺の眼にふと気になる物が移り込んだ。

 

 現在俺が居る場所は入り口である巨大な門の近くなのだが、その門をくぐってこちらにやってくる者がいた。その者は見たところ60歳程度の外見をした老人で、隣に馬を並べて屋台サイズの小屋を引かせている。旅の者にしては仰々しく、それらしい風貌ではない。

 

 興味を持った俺はその老人の元に近づき、屋台の中を軽く見回してみる。

 中を見てみると、そこには久しく見たことが無かった和菓子が陳列されていた。この時代、菓子類は果物が主とされていたと記憶にあるが、ここに並べられているのはフルーツではなく、俺が良く知っているスイーツ的意味合いの菓子であった。

 種類こそ多くないものの、色つき餅や飴などが複数置かれている。

 

 俺が屋台の中身に興味を示したことに気付いた老人は、俺に対して声を掛けてくる。

 

「おや、お客さん。もしかしてこれらの貴重さが分かるのかえ?」

「そりゃあ勿論。まさかと思って覗いてみたら、こんなの一体どこで手に入れたんだ?」

「ほっほっほ。大事な卸道を教えてしまったら、儂の商売が干からびてしまうよ」

「む、それは確かに」

 

 どうやら、この老人だけが知るルートがあるらしい。その出処を聞き出すことが叶わなかったのは少々残念だが、現にこうして甘味をお目に掛けることが出来ただけでもよしとしよう。

 

「どれ、若いのに中々目利きの良いお客さんには特別じゃ。ちょいと値段を安くしてあげようかの」

「え、いいのか?」

「あぁいいとも。ただしそのかわり……皆にしっかり美味しさを伝えておくれよ?」

 

 老人はそう言うと、ニカッと明るく笑って見せた。

 

 なるほど、要は俺に宣伝役になってくれと。確かに多少の割引で宣伝が出来るというのは魅力的な話だ。こちらは安価で甘味を味わえるという美味しい目にあい、向こうは知名度を簡単に上げるという美味しい目にあう……どちらにも得な話だ。

 

 よし、そう言う事なら乗った。折角安い値段で菓子を食べられるというのなら、断る理由も無いだろ。

 

「う~む……どれにするかな」

 

 選別スタート。俺は陳列された数種類の菓子を吟味し始める。

 

 餅の方はどういう違いがあるのかが見ていて分かりやすい。淡く色がつけられていたり、小豆をこね混ぜたりしているなど見ていて味の想像が膨らむ。

 ぶっちゃけ飴は見てくれだけじゃ分からない。形に差があっても色がクリア色に統一されているから、味の差が想像できないのだ。別に悪く言っているつもりはないので、悪しからず。

 

 取り敢えず、まず種類くらいは絞り込んでおくか。そうでもしないとキリが無くなってしまうからな。

 

「やっぱり餅が良いかな……」

「そうですね……他の甘味も捨てがたいですが、この餅はどこか作りたてのような印象を受けますね」

 

 ふむ、言われてみれば確かに。

 仮に時間が経っていたとするならば、外気に晒され続けた餅はこれほどまでに艶やかな外観にはなっていない筈だ、時間が経てば多少なりのかさつきが出来てしまうからな。

 

「ほほぉ……御嬢さんも中々良い眼をしなさるの。よし、御嬢さんもそこのお客さんと同じく値段を下げてあげよう、しっかり宣伝してくれるのであればの」

「もちろん、引き受けましょう。さて、どれにしましょうか……」

 

 うん、決めた。やっぱり今回は餅にしてみるか。他の甘味はまたの機会にしておくとしよう、あんまり買いすぎて今後の生活に支障をきたしたら元も子もないし。

 

「あ、この黄緑色のやつ良いかも」

「こちらの桜色も中々良いと思いませんか?」

「うんうん、分かる。けど淡い色以外の奴も美味そうなんだよなぁ」

「貴方の言うとおりですよ。後は布都たちへのお土産も選んでおかなければ…やはり一緒の味の方が、喧嘩しなくて済みますか」

 

 折角の甘味という事で、年甲斐も無く悩みに悩んでしまっている俺。あれも良いこれも良いと、見境なく様々な餅を見比べてしまっている。

 しかし、いつまでも見ていては老人の営業の邪魔になってしまう。折角安くしてくれるというのにここで商売の足を止めてしまっては、申し訳が立たない。

 

 俺は改めてもう一度、商品全体を見比べる。こうも迷ってしまうのであれば、いっそ直感で選んだものにするのも手であろう。どれも美味しそうに感じるという事は、どれをとっても外れにはならないという事。

 

 そして俺はついに、ある一点の餅に眼をつけた。

 すかさず俺は腕をスッと持ち上げ、その餅の方へと手を伸ばして……。

 

 

 

 

 

「これください」「これください」

 

 

 

 

 

 2つの声は、全く同じタイミングで重なり合い。

 2つの手は、桜色の餅の直前で触れ合う。

 

「……えっ?」

「……あっ」

 

 俺の手とは異なる、それが別の者の手だという事は直ぐに理解できた。呆けた表情を声を出しながら、俺は俺ではない方の手を沿っていくように見ていき、やがてその手の持ち主の顔にまで視線を動かしていく。

 

 女性はこちらに対して顔を向け、俺と同じく口を開けて呆けた様子となっている。容姿が整っている辺り、良いトコのお嬢様だろうか?

 クリーム色の髪はまるで犬の耳のようなはねっ返りを上向きに現しており、ワックスで固定させたかのような安定感を見せつけている。ふわふわと揺れているからその手の物は使っていないのだろうが、崩れる様子が一切感じられないからだ。

 服装は袖の無いセーラー服、が一番しっくりくる表現だろうか?色は淡桃色メインに紫のラインと全然違ったものだが。

 耳には……ヘッドフォン…………いや、あれはただの耳当てだと思う。っていうか絶対耳当てだ、そうに違いないそうであってください。もう時代を感じさせないファッションとかアイテムとかに突っこむのウンザリなんだから……。

 

 というかこの人…………いつの間に俺の隣に?

 

 などと考えていると、一足先に我に返った女性は慌てた様子で俺に声を掛け始める。

 

「あ……す、すいませんっ。どうぞ、これは貴方が買って下さいっ」

 

 そう言って手を女性は伸ばしていた手を引っ込め、俺に餅を買う権利を譲って来た。

 

 いや、譲ってくれるというのは有難い話なのだが、俺にそこまでされる理由は無い。俺がこの餅を選んだのはあくまで直感であって、決して女性のようにしっかりと選んだというわけではない。わざわざ人に譲られてまで買う程ではないのだ。

 というか、餅は3個あるんだからわざわざ譲ってくれなくてもいいんじゃ……あっ、そう言えばさっき土産がどうこう言ってたよな。もしかしたら俺がこれを買ったら数が合わなくなるんじゃないか?

 

 ならばなおさら、譲られるわけにはいかない。

 

「いやいや、俺は全然大丈夫だから。君こそこれを選んだんだから、買っていきなって」

 

 という訳で、買う権利は女性に譲り返すことにした。

 もっと俺にこの餅に対しての執着心があれば有難く買わせてもらっていたんだろうけど、無い以上はこうするべきだろう。これで女性は俺の勧めに乗せられ買って、めでたしめでたしとなるわけだ。

 

「いえ、私は直感で選んだだけですので、わざわざ譲っていただかなくても大丈夫ですから!」

 

 アンタもかい!?

 

「いや、もうホント大丈夫だから、俺は全然大丈夫だから。ほら、さっきお土産がどうこう言ってたじゃん、それに俺も直感で選んだだけだし遠慮しなくていいからさ」

「いえいえいえ、私こそホント適当に選んだだけですからどうぞ買っていって下さい。部下へのお土産とかそこら辺の草と小石少々で大丈夫ですし」

「いや、全然大丈夫じゃねーからそれ!」

 

 どさくさに紛れて何言ってんのこの人!?

 草や小石が土産とかどんなブラックジョークだよ…………って、あれ?俺も一昔前に似たような事言ってたような気が……。

 

「ほ、ほら!とにかくこれは貴方が持っていってください!」

「っておいこら!急に腕を掴むなってのっ!」

「うわ、なんで振りほどいたの!?これが良いって言ってましたよね!?」

「いや、無理矢理掴まされても抵抗感が湧くっていうか……反射的に」

「どっちでもいいから、早く選んでくれんかの?」

 

 さっきまでの明るい表情はどこへやら。

 店主である老人の目つきは打って変わって冷ややかなものへと変貌していた。

 

 いや、確かに自分の経営する店の前でこんなガヤガヤされてしまったらこんなリアクションになってしまうのも仕方がない。

 だがここまで譲り合いが白熱してしまっている以上、白黒はっきりつける他ないのだ。

 

 そう、俺は必ずこの女性にこの餅を買わせてみせる!

 

「あ、あ~……よく考えたら俺が食べたかったの、これじゃ無かったかもなぁ~」

「えぇっ!?でもさっき完全にこっちのお餅に手を伸ばしてましたよね!?紛うことなくこれを選ぼうとしましたよね!?」

「いや、俺って生まれつき伸ばした手が自然と左に逸れちゃう現象抱えてるからさ。間違えちゃったんだよ、うん」

「いや、これ右隅の商品ですから!逸れずに手を伸ばしてもそこには何もありませんから!」

「……あったかもしれないじゃん」

最初(はな)からねーからさっさと選んでくれんかの」

 

 ああ、お爺さんの対応が更に冷ややかに……けどもうちょっと頑張って!すぐに決着付けるから!

 

「あぁじゃあアレだ、こうなったらどっちが買う権利を手に入れられるか勝負しよう。それなら文句ないだろ」

「え、しょう……え?何か譲り合いだったのに急に奪い合いになってませ――」

「それじゃあかくれんぼしようぜ、俺が鬼なー。ハイい~ち、に~い……」

「うわわわっ、ちょっといきなり数えるのは反則ですよ!えぇっとどこに隠れたら――」

「お前らぁぁぁぁ!!追加で作ってやるからさっさと買えやぁぁぁっっ!!」

 

 その後新しい餅を即席で用意してくれたお爺さんであったが、餅を作った後は俺と女性を正座で並ばせ、小一時間説教という中々ハードな仕置きをした。

 譲り合いの精神は確かに大事だけど……何事もほどほどが一番という事で。

 

 

 

――終

 




プロローグ:誰に向かってでもなく、いきなり自己紹介を始める。
第1章:能力の制御が出来ずに森林を燃やしかける
第2章:【諏訪大戦編】…変態ロリコンと戦う。【天狗山の激闘編】:とりあえず見張りの兵士をブッ飛ばす。
今回:露店の営業妨害。

【悲報】主人公が各章・各編の始まりでロクな事してなかった。
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