「まったく、今回の火事は貴方が原因だと思ったけど……まさか火を放った後に薙げるとは思っていませんでしたよ」
「うぅ……返す言葉もありませぬ」
「いいですか?布都、確かに誰にだって怖いものの一つや二つはありますし、私にだって怖いものはあります。ですが、いつもそれで周りを騒がせてしまっていては駄目なのですよ」
「はうぅ……」
神子から説教をされている、陰陽師のような白い服を着た白髪の少女は、神子の言葉が重なるたびにその身を縮こまらせてしまっている。十分申し訳ないと感じているのだろう、その表情は反省の色が良く見てとれている。
そして俺はというと、自前の淡い緑色の髪よりも濃い、緑色の服を着た女性と共にその光景を傍から見物させてもらっている。
隣にいた淡緑色の髪の女性は、横に並んでいる俺に対して声を掛けてくる。
「悪いなアンタ。ホントなら客人との要件を済ませてからこういうのはやるべきなんだけど……今回はちょいと、な」
「気にしなくていいさ。自分ちが燃えるような事になったって言うなら、その辺りは早いうちに手を回しておかないとな」
そう、神子の前で正座をさせられているあの白い髪の少女が、今回の火災を引き起こした本人――物部 布都。
かつておこった宗教戦争の一派、物部氏の姓を持つ者だ。確かあの戦争で物部氏は滅んだと聞いた気がするのだが……何か事情があると考えるべきだろうか。
それにしてもこの女の子、可愛い顔をして中々派手な事をやってのける、ある意味での大物とも言えよう。
もっとも今の姿は母親に叱られている子供みたいで、名を馳せた部族の血をもつ者とは思えないカッコ悪さであるが。
そして俺の隣にいる女性もかなりのビッグネームだ。
蘇我 屠自古。かつての宗教戦争で勝利の栄光を手にした、蘇我氏の名を持った者。まさかこの場には神子を含め、有名人が3人も揃っているとは思いもよらなかった。
……けど、神子以外の二人は一緒にいて大丈夫なのか?蘇我と物部の組み合わせって、どう考えてもバッドな関係にしか思えないんだけど。
「話はチョロッとだけ聞かせてもらってるぜ。なんでも、都に面白い店を開きたいんだってな」
「あぁ……そう言えばさっき神子と話してたのはそう言う事か」
「他にも火災までの経緯とかがあったけどな。まっ、それはそうと……もうすぐ太子様の説教も終わりそうだな」
あぁ、本当だ。
屠自古の言うとおり、説教中であった神子はその口数を徐々に減らしており、今は既に再発防止を呼び掛ける言葉が並び出ている程度である。受ける側の布都も、しょんぼりとした様子ではあるがしっかり相槌を打って言葉を受け止めているようだ。
何はともあれ、これでまた火事が起きるという心配もなくなる筈だろう。……多分。
「さて……来て早々に身内の件でお待たせしてすみませんでした、満希さん」
「いやいや、気にしなくていいって。さっき屠自古にも言ったけど、また家事になるようなことがあったら困るし、注意は早めにした方がいいだろ?」
俺のこの一言で、今回の一件は一先ず棚に置かれることとなる。今回俺が此処に来たのは、俺がこの都で開業をするために手続き諸々を行うため。こういう団欒も良いものだが、やるべきことは済ませてしまうに限るだろう。
二人の新しい面子が加わった中、俺は神子に対して仕事の話を始めだした。
一通り打ち合わせが済んだところで、キリの良い所を見抜いた屠自古が俺に向かって声を掛けてくる。
「しっかし、アンタも中々酔狂な職をやる気になるよなぁ」
「……そうか?」
「そうだろ?何せ頼みごとが常に一定量やって来るとは限らないし、下手すりゃ一切来ない日だってあるかもしれないんだ。そうなると他の店とは違って、売り上げの入り方が不規則的だから儲かる仕事とは思えないぜ?」
「ん~……まっ、別に金が沢山欲しいから仕事するわけでもないしな」
他国の文化を取り込みつつあるこの時代、娯楽に関しては徐々に幅が広がっていると言える。以前よりは金銭の使い道にバリエーションが広がっていることは確実だろう。
しかし、今の俺には大金という言葉は魅力的に感じることが出来ない。どうにもその手の欲が薄いのだろうか、金銭の使い処が衣食住以外で果たされないのが原因か、低収入であることに抵抗は無い。あくまで俺が職を持つのは、俺の当初の目的の為にこの都に拠点を持つためだから。
「へぇ~、ならアタシも困った時には頼らせてもらおうか?財布に優しい値段でよろしく頼むぜ?」
「……あいよ」
とは言ったものの、低収入であるという事は覚悟した方が良いかもしれないな、これは。
心の中でそう考えていると、傍にいた布都もこちらに身を乗り出そうとしてきているのが窺えた。どうやら会話に混ざるつもりらしい。
「ほほぅ、金の為に働くのとは違うのじゃな。民の為に動くその姿勢……もしやお主……」
「ん?」
「聖人じゃな!」
「ちげー」
堂々と言い放った布都の言葉を、バッサリと切り捨てる俺。
漸くいつもの調子に戻った矢先、俺に否定されたことで再びしょんぼりとなる布都。しかし違うものは違うのだからしょうがない。
――そう。俺は聖人なんかじゃない。
『先輩、今度私の神社に遊びに来ませんかっ?』
――身近な後輩一人を守る事すら出来ない奴が、そんな名を語る資格は無い。
『おい……嘘だよな……?さっきまで、あんなに……元気で……』
――目の前の命を助けられなかった奴が聖人と言っても、『語る』物は全て『騙る』事となるだろう。
だからこそ、俺は……――。
「…………」
と。
ここで漸く、俺に向けられている視線に気づくことが出来た。
神子だ。口を固く閉ざし、こちらをジッと見つけてきている。まるで俺の事を観察しているかのような凝視ぶりだ。
そう言えば打ち合わせが終わってから、彼女は一言も口を挟んでいない。もしかして、ずっとこちらを見て来ていたのだろうか?
……流石にそれは無いか。たまたま今はこっちを見てるだけだろう。
「……?どうかしたのか、神子。さっきから俺の顔をジッと見て来てるような気がするんだけど」
「……いえ、なんでもありません。そう言う貴方こそ、どうかしたのですか?」
「何が?」
「顔。陰りが浮かんでますよ」
神子に言われて、俺の心境がクラリと揺れる。指摘されたことによる微弱な揺れだが、妙にハッキリと感じることが出来た。
それはきっと、動揺。神子の言葉が真であるという図星の現れ。
自分の頬をそっと撫でてみる。
いつもより筋に力が籠っていない、一種の脱力。そんな感想を抱かせる状態だった。
「……いや、ちょっとな」
ちょっと昔の事を思い出しただけ。
俺はそう言って口を閉ざした。
俺の表情を察してか、口を意図的に閉ざしたことを見たからか。そこから先の話を誰も追及するようなことはしなかった。
神子の視線は。
変わらず俺を観察するような雰囲気であった。
――――――――――――――――――――――
打ち合わせが終わった後、俺は3人に謝罪をした。
その理由は俺の表情が暗いと指摘された時の事。あの時、場の雰囲気を少し暗くして気まずくさせてしまったからだ。誰だって陰が掛かったムードという物は居心地が悪いものであり、俺のシリアスな挙動の所為で3人には申し訳ない事をしたと思っていた。
どうにも『あの二人』の事を思い出すと、無意識的に暗い雰囲気を醸し出してしまうみたいだ。周りに気を遣わせるのも気が引けるのでなるべく隠しておきたいところだが……歳を取ったせいか、昔の事になるとつい感傷に浸ってしまう。
3人は俺の謝罪に戸惑いつつも、気にしてないと言ってアッサリと許してくれた。心の広い3人には感謝だ。
さて、話は変わるが俺の開業についての事だ。
既に諸々の打ち合わせは済み、後は店を構えるだけである。かなりフリーな営業スタイルで必要に迫られる備品も特にないため、店さえ確保できれば明日にでも開店出来るくらいだ。
そしてこの件についても、宣告通り神子が手配をしてくれている。既に彼女は屠自古たちとは別の部下に都内の空き家を見つけ出させ、中でも比較的立地の良い個所を選りしてくれているのだ。曰く、火事を収めてくれた礼だとか。
そして俺は現在、彼女が選んでくれた空き家を訪れようとしているのだが……。
「ふっふふ~ん♪今日は日和で外を歩いてると気分が良い!やはり天気の良い日は、こうして出歩くのに限るのじゃ!」
めちゃくちゃ不安だ。
街道、爛々とした意気込みで俺の前を歩いている彼女……物部 布都は、案内人だ。都の地理を把握しきれていない俺に配慮してくれた神子が、彼女に空き家までの道のりの案内を指示したのだ。
もちろん、その厚意は嬉しかった。昨日都をこの足で直接見て回ったにしろ、所詮それは一日程度で作った土地勘しか築けていない俺にとって案内は欲しかったところだ。
……うん。確かに案内は欲しかったさ。現にこうして案内役を付けてくれたのは、本当に有難い話だよ。
だけど、この人選は……。
「む?どうかしたのか満希よ。さっきから黙りこくって……あぶっ!?」
前を歩きながら後ろにいる俺の方へ顔を向けた布都だが、直後に前方の歩行者と正面衝突。人通りのあるこの道で余所見は厳禁だという事をその身体で証明してくれた布都さんに感謝。
そして、もう一度言おう。
めちゃくちゃ不安だ。
「それにしても、さっきから本当に口数が少ない気がするのじゃが……まさか、どこか具合でも悪いのか?」
「いや、大丈夫。布都は神子に随分信頼されてるんだなって思っただけさ。流石は彼女の右腕と謂われるだけはあるな」
一たび聞くと、下手な話題転換に思えてしまうかもしれないが、今の発言は素直な感想だ。
何せ布都はつい先程の火災の元凶と言われていた。本来なら打ち首なり島流しなり罰を受けるところを説教だけで済まされ、直ぐにこうして新しい仕事を貰っている。かつて教科書で習った歴史での在り方では中々考え難い事例だ。
これほどまでの待遇となれば、彼女は神子から相当信頼されているのではないか?という一つの確信めいた想像が浮かび上がるのだ。信が無ければ有り得た話ではない。
そして俺の言葉を聞いた布都はというと……。
「……そ、そんなに褒めるでないぞ満希よ、照れてしまうではないかぁ!」
時すでに遅し、思いっきり照れております。
俺の言葉を賛辞として受け取った彼女は気分を良くしたのだろう、その表情は蕩けた様に緩んでいた。
「いやいや、本当のことだって。神子みたいな凄い人の一番の部下なんて、相当優秀じゃなきゃ勤まらない筈だろ?なら布都は凄い子って事だよ」
表情の変化にメリハリのある布都を見て、俺もつい面白みを感じてしまい。彼女を更に褒めてみることにした。
たった一回の賛辞であれだけ恍惚とした様子になったのだ。畳みかけて褒めちぎってやれば、きっと……。
「えへへへへ……ま、まったくお主は口が上手くて仕方ない奴なのじゃっ、このこの~!」
予感的中である。更にデレデレになりましたとさ。
いかん、このやりとりが面白くてちょっと癖になりそう。
まぁからかうのはその辺にして、そろそろ空き家までの距離を尋ねてみようか。寺を出て空き家を目指してからそれなりに時間が経ってるが、未だに到着の気配が無い。寺とはかなり離れたところにあるのだろうか。
「それで布都、空き家まであとどれくらいかかりそうだ?」
「む?ちょっと待っておれ、今場所の確認を…………」
……?
「……あ……えっとぉ」
ちょっと布都さんや、その気まずそうな顔は何ですか。どうして現在地の確認だけでそこまで返答に時間が掛かってるんだい。
まさか……道に迷ったわけじゃないよな?
いやいや、流石にそれはないだろう。彼女はこの都でもトップクラスの権力を持った人物だし、この都に住んで何年と経っているに違いない。そんな彼女が政を執る場所であるこの都で、迷子になる筈がない。
きっとあれだろう、ちょっと説明しづらい場所だったから答え方に困っただけだろ。
……え、説明しづらい場所って何だよって?俺は知らんけど、そういう場所があるんだと思うよ、うん。
さぁ布都さんや、そろそろ場所を教えてくれてもいいんじゃないかな?
大丈夫、たとえ説明が難しい場所でも頑張って解釈してみせるから――。
「……ま、迷ってしまった……のじゃ?」
ですよねー。
もう知ってたよ。変な間があった時点で察してしまったよ、迷子になったんだなぁって。さっきまでの自分に対する言い聞かせんなんてあるわけがないって思ってたんだもの。何だよ説明しづらい場所って、意味がわかんねーよバカヤロー。
……さて、色々思う所は心の中で存分に吐き出したし、行動に移るとしよう。
「都の間取り図か何かは持ってるか?」
「…………」
「……布都?」
「……い、要らぬと思って……置いてきてしまった」
詰 ん だ。
おれの ぼうけんは ここで おわってしまった!
……という冗談もさて置き、コレはどうした事だろうか。
地図に何らかの目印さえあれば、俺が読み取って進むことも出来ただろうに肝心の物が無くてはどうしようもない。現状、唯一場所を知っている……もとい知っていた布都はご覧の有様。
「ど、どうしよう……」
「どうしようって、そりゃあ……」
土地勘0の役立たずと迷子になった役立たず。
道しるべを持たない役立たず組の俺たちがとるべき最善の方法は、たった一つ。
「まったく、地図はちゃんと持っておきなさいとあれほど言っておいたのに……」
「しょんぼり……」
「それと満希さん、お願いごとの為にわざわざ土下座しなくていいですからね?」
「え、こういうお願いごとをする時は土下座が筋って聞いたことあるんだけど」
「そんな外聞、存在しませんよ」
「マジで!?」
神子に頼んで地図を貰って来ましたとさ。
困った時は他人に聞くorお願いする!常識だよな、コレは。
―――終
【NGシーン】
布都「我らが迷子になってしまったのは我の責任だ。だが我は謝らない」
満希「チョチョー!( 0W0)」
終盤がギャグ染まりの展開(悪く言えば投げやり気味)、個人的にはこの【仏教動乱編】は前半はコメディ調で送っていく予定でいます。前回がギャグを入れ込むのが難しかった分、特に布都はコメディ向けなリアクションが出来るので……。