東方光照譚―その手を差し伸べる―    作:たいお

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 かつて言い放った。
 とある妖怪を助けた時に。
 『自分がやりたいように動いただけだ』と。



 しかし。

 それは本当に。



 真実であったのか?



第46話 暁宮 満希の動揺

 

 

 

「貴方の誰かを助けたいという思い、それは本心ですか?」

 

 

 

 

 

 数秒の間。

 神子によって放たれた、たったひと言の言葉が何とも言えない沈黙の時間を生み出した。

 しかし、俺の心情はその微妙な空気に対して何も思う所は無かった。……否、思う余裕が無かったという方が正しいか。

 

 

 

 

 

 俺の心は、いつになく揺れていた。

 

 

 

 

 

「……イマイチ、意味が分からないな」

 

 半分だけ、嘘をついた気がした。

 喉の奥から捻りだすようにして出てきたのがこの言葉だ。聡い人間が傍から見れば、平静であろうと装うその姿は、実に不自然で滑稽だと感じるだろうと自覚している。俺が客観的に見ても、低得点をつけたくなる虚像であると。

 何故嘘をついたのか?そもそも、何に対しての嘘なのか?どうして、確信を得られていないのか?

 

 この虚勢は――。

 

 

 

 

 

 心のどこかで、彼女の言葉を『肯定』した自分を認めたくなかったから?

 

 

 

「では、話を掘り下げていきましょうか」

 

 彼女、神子は俺に対して向けている視線を一切揺らすことなく、言葉を続けはじめた。

 

「既に貴方は知っていると思いますが、私も炎を操る貴方と同じで能力持ちの存在です。どんな能力かは、お話ししたことがありましたよね」

「『程度の能力』……だったな」

「はい、その通りです」

 

 この辺りは、俺がかつて日本史で学んだ内容と合致している。彼女が持っている能力というのは、聖徳太子は十人の言葉を正確に聞き取ることが出来た……という話が元なのであろう。

 実際に能力を使っている所は見た事が無いが、布都たちからはそんな能力を持っているという話だけは聞かされていたので、今になって驚くことでもない。『ホントに聞き取れるのかよ』っていう衝撃を受けたのは随分前の話だ。

 

 だが、俺はこの時点で訝しく思う事があった。

 何故今になってそのような話を持ち出してくるのか。確かに彼女にはその能力があるのだろうが、それと彼女の最初の発言には殆ど関係事があるとは思えない。それとも、俺が知らないだけで、実際は強い関わりがあるという事だろうか。

 

「話に脈絡が無い……そんな顔をしていますね」

「ん……」

「そうですね、まずはその辺りの説明を含めながら話を進めさせていただきます」

 

 俺の心中を察した神子は一つ呼吸を置くと、話を動かし始めた。

 

「先ほども言ったように、私の能力は『十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力』。どんなに言葉が重なろうが、言の速さに不規則な緩急をつけようが、十人までであればほぼ確実に聞き取る事が出来ます。流石に聞き取れない声量で話されるのはキツイですけどね」

「十分凄い能力だと思うんだが……で、それがなんなんだ?」

 

 曰く。

 彼女、豊郷耳 神子はある日を境に、人の身を超えた力を手に入れたのだという。その辺りを話すと更に話の根幹から遠のいてしまうという事なので割愛される事となったが、その文字通り超人の域に達した時、能力の獲得という恩恵を彼女は得たらしい。

 能力を得る前までは2~3人までであれば話を聞き取ることが出来たと言うが、件の能力を得た途端、まるで手に取る様な容易さで、混沌と交わる相手方の言葉が理解できてしまうのだという。

 恐らくではあるが、脳の強化が原因ではないだろうか。身体の超人化に伴って脳の活動力も急激に向上し、それにより耳に入った情報の処理が圧倒的にスムーズになり、多数の人間の話を一斉に聞き取ることが出来たのではないだろうかと、彼女の能力の真相を推理してみる。人間の身体構造については専門外なので、憶測の域を抜け切れていないのは否めない。が、今は取り留めのない内容のため置いておく。

 

「ともあれ、得てして能力を得た私ですが……初めてあなたと会った時より更に前に、ちょっとした『感覚』を掴むことが出来るようになったんです」

「『感覚』?」

「はい。その人が今、どんなことを望んでいるのか、なにがしたいのか……そういった感情がぼんやりとですが感じることが出来ます」

「つまり……人の欲が分かるっていうのか?」

「薄らではありますがね」

 

 内心驚かされた。まさか超人化でそこまで変わり、得る物があるというのだろうか。彼女の万能っぷりはここ数年で思い知らされているけれど、その裏にはこんな事情があったとは。

 

 そこで漸く、俺は気付いた。

 

 

 

「そろそろ、気付いたのではないですか?」

 

 

 

 彼女が何故、俺の心に疑問を投げかけたのかを。

 

 

 

「貴方の胸に抱いている、誰かを助けたいという欲望」

 

 

 

 俺が……俺が今まで持ち続けていたこの思いは。

 

 

 

「本心と呼ぶにしては、どうにも燻っているように見えました」

 

 

 

 

 

――偽って、いた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う」

 

 彼女の言葉を否定する。ほんの僅かに震えた情けない言葉で、彼女の言葉が偽りであると強く願った。

 俯きながらも否認を示すその姿は、まさしく強がりの一語に尽きる。我ながら何ともみっともない。

 けれど、そうでもしないと……。

 

「満希さん、聞いてください」

「違う、偽ってなんかない。俺は本当に、周りの人を……」

 

 そうだ。俺の気持ちは本心だった。間違いなかった。

 遠い昔、永琳さんたちと一緒にいた頃もカグツチの出産を命がけで助け、月へ旅立つ日も最後まで残って皆を逃がした、助けたいと思ったから。

 かつて諏訪の国にいた頃だって、子供が近くの森に迷ったと聞かされた時は率先して動いたし、村人の困りごとは積極的に相談した、助けたいと思ったから。向かいの家の女性の陣痛が始まったと知った時は出来る限りの手助けをした、助けたいと思ったから。

 天狗の山での騒動では重傷を負った文を救った、助けたいと思ったから。

 そしてこの都でも……。

 

 俺はこれまで、誰かの為に動いて来た。例え地上に生きる全ての者は無理だとしても、せめて自分の手が届くところまでは、助けたいと願ってきた。

 

 だから、違う。俺は本当に――。

 

「満希さん」

 

 そっと、肩に手を添えられた。

 誰の手なのかは、考えなくても分かる。此処で話をしているのは彼女だけなのだから。

 

 僅かに頭を上げてみると、彼女は申し訳なさそうな具合に表情を歪めていた。

 

「すみません満希さん、少し私の言い方がまずかったですね。貴方の誰かを助けたいという思いは、間違いなく存在します」

「でも、さっきは……」

「はい。ですから、『白色に近い色』というのが貴方の想いです」

 

 俺は、イマイチ言葉の意味を理解できなかった。

 そんな俺の事を察して、彼女は更に言葉を続ける。

 

「白色を『本心』、それ以外の『偽りの思い』を黒として例えます。貴方の助けるという欲は間違いなく強く、そしてそれは本心に近しい物であると分かりました」

「本心に……近しい?やっぱり、俺は――」

「いいえ。違います。確かに真っ白かと問われれば、否と答えざるを得ません。しかし大半の人間は貴方ほどの強い想いは持っておらず、自分の利益の為だけに助けるなどの善の意思とは異なる黒色が存在します。大半は黒に寄った灰色……中には黒しかないという人物さえいます」

「そんなに酷いものなのか?」

「……都も完全に豊かというわけではありません。人の心にはそのような色が宿りますし、拭いきれるほど心を改めるのは非常に厳しいものがあります。人の心を完全に御する権利もありませんしね」

 

 納得した……が、やはり俺の心は晴やかではない。

 自分を完全無欠の真人間だと自称するつもりは無いが、やはり自分にもそう言った感情が宿っているという事を知ってしまったからだ。やはり俺もどこかしらで、自分の為に誰かを助けようとしていたんだと。

 

 ……そう言えば昔、こんな感じの問答を誰かにしたことがあるような気がするんだが……思い出せない。遥か昔の事だとは思うが時間が経ちすぎた所為だろう。

 

 

 

 しかし、神子が次に放った台詞はそんな俺の沈んだ思いを裏返す様なものだった。

 

「ですが満希さんは違う。貴方の抱えている僅かなそれは、黒ではない」

「え?」

「欲望というのは言葉で表現するにしては非常に複雑なものがあります。満希さんの思いに混じった感情、それは……」

 

 

 

 

 

『使命感』

 

 白になり損なった、半端な色の原因。

 100%を100%で無くした、俺の中の感情。

 

 その正体が、それであった。

 

「…………」

 

 神子は口を閉ざして、俺の様子を窺ってくる。観察してくるかのようなそのそぶりは、恐らく俺がまた否定をするのではないかという確認の為かもしれない。

 

 だが、俺は否定しない。

 彼女が放ったその言葉に対して、俺の中で確かな『心当たり』が存在するからだ。

 

「漸く辿り着きましたが……私が貴方の事を気にするようになったのは、まさにそれです」

 

 ここにきてついに語られる、神子からの言葉。

 

「本来ならば大小様々とはいえ抱くはずの、利に対する貪欲。それを一切持たず、純粋な正義感と多からずも確かにある使命感……このような組み合わせで欲を持った人は、正直初めてみました。先ほど貴方に本心かどうか質問したのは、あなた自身が自分の欲について整理を付けているかどうかを確かめたかったからです」

 

 だから彼女は、俺に対して繋がりを持つように待遇の良い措置をとって来た。

 俺のこの感情、欲望に興味を持ち……理解をするために。

 

「差支えが無い様だったら……聞かせていただいても良いですか?純粋な興味として、そして……友人のことをもっと知る為に」

「……分かった」

 

 彼女の真剣な眼差しを身に受け、俺は彼女の希望に応えることにした。

 別段隠す必要はない、時代が明らかに違う部分が出てしまうだろうが、そこはぼかしてしまえば問題ない。

 

 あぁ、でも。

 俺が約束を破った、最低な奴だと知ったら……神子は俺から離れてしまうのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 なぁ、『早苗』。

 

 

 

 俺が赦される事なんて。

 

 

 

 あるだろうか?

 

 

 

―――終

 




神子「私の欲を知る力って、神霊化した後で手に入る筈ですよね?」

こまけぇこたぁいいんだよ!

神子「真面目にやってください」

すいませんでしたorz
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