けど使いました。これもすべて作者の言語ボキャブラリーが貧困なせいです。あと妖怪の仕業です。
聖徳太子、突如病床に伏す。
町にそのような噂が立ち上るようになったのは、俺が神子と茶会を開いてから僅か1週間後の事であった。
その数日前から、俺は何でも屋の依頼の一環で都を離れて護衛任務にあたっていたため都で起きた情報の取得が遅れていた。
なので、都へ帰ってきた途端に神子が倒れたという話を聞かされたのだ。
俺はすぐさま旅の荷物を自宅に置き放ち、神子が住まいにしている法隆寺へと急行。
屠自古たちの案内を受けて、神子が療養している部屋へと案内させてもらえることになった。
神子の部屋。
部屋の中央には布団が敷かれており、布都が今にも泣きだしそうな顔で布団の中にいる人物を見守っている。
噂の通り、その布団の中では神子が横になっていた。
ハッキリ言ってしまうと、神子の容態は異常だった。
以前と比べて頬や腕の肉が見違えるほどに削げ落ちてしまっており、布団にくるまれて見えない胴体や足もきっと同様なのだろうと容易に推測できた。顔色も死人と思わせるほど青白く、目元などには小さい隈が出来上がっていた。
これまで見せてきた健勝な姿は影も形もない。僅か1週間でここまで体調を崩してしまうものなのだろうか。
神子のあまりの変貌ぶりに、俺も開いた口が塞がらなかった。
「太子……満希を連れて参りました」
俺を此処に連れて来た神子が、病床に伏している神子に対して言葉を掛ける。
その言葉を耳にした神子は、瞑っていた目をゆっくりを開くとこちらの方に顔を向けて、小さく微笑みかけた。
最悪の体調だというのに笑うその姿は、まるで炎が消えかかったロウソクのように弱弱しい。見ているのも辛く感じる程だった。
「やぁ……満希殿」
「っ……随分雰囲気が変わったな、神子」
俺はそう言うと彼女の傍へ近づき、腰を下ろした。
「ふふ……数日振りの再会だというのに、こんなみっともない姿を見せてしまってすみません」
「いい。そんなことより、どうしてこんなことになってるんだ。普通じゃこれほどの衰弱は考えられないぞ?」
今、この場で最も気になっている部分から切り出し始める事にした俺。他にも聞いておきたいことはあるのだが、先ずはこうなってしまった原因を聞かないと何も始まらないからだ。
神子は静かに頷いて見せると、俺にことの詳細を話し始める。が、最初の内容から既にぶっ飛んでいた。
何せ彼女は、水銀を飲み込んだと言うのだから。
水銀とは、常温や常圧で凝固することが無い唯一の金属元素であり、銀のような白い光沢を有している事からその名が付けられた、原子番号80番目の元素。古来の日本語では「みづかね」と言う名で呼ぶのだとか。
主な使い所は占星術や錬金術、アマルガムと呼ばれる特殊な合金を生成する為に使用すると言ったところである。
しかし俺の居た世界で水銀について最も知れ渡っていた知識は、その毒性にある。
水銀化合物は見るからして生物が口にするべきものではなく、飲んでしまえば人間だろうが動植物だろうが悪影響を及ぼしてしまうほど強力だ。日本では水俣病などで知られている通り、飲めばどうなるかは調べてみれば簡単に検索できてしまうだろう。
ならば、どういう意図を持って水銀を飲むというのだろうか?
植物……というよりは作物に使われる場合、かつては農薬として用いられていた。多分水銀の効果で作物に手を出そうとする小虫などを撃滅する為に使用されていたんだろうが、やがて中毒症状が発生したことによって農薬使用を禁止されていた。
そして、人間に使う場合だが……。
――……っ!
その刹那、俺の脳内で急速な情報整理活動が開始される。
水銀の性質、その毒素。
古来よりの運用方法、体内摂取という手段。
効果、使用国、使用者。
聖徳太子という存在、歴史における役目――。
「……なぁ、神子」
この時、俺の中ではとある一つの予想が浮かび上がっていた。と言っても、予想と言いつつかなり筋が通っている話になるので、半分以上は確定と感じている自分がいる。
が、先ずは突いてみない事にはどうしようもないだろう。
俺は神子に対して……。
「――いつから道教に手を染めていた?」
……そう尋ねた。
この瞬間、各人の反応は以下の通りであった。
先ず俺の斜め後ろくらいに座っていた屠自古は、その表情に驚愕の色を満たしていた。唖然としたその面からは『どうして気付くことが出来たんだ』と言わんばかりの迫力すら感じた。
俺の対面側に居た布都も、屠自古と似たような感じだ。先ほどから控えめに泣きぐずんでいた彼女であったが、俺の発言を聞いて俺の方に見開いた眼を向けてきていた。その眼周りは、涙の跡がしっかりと残っていた。
しかし、神子の反応は先ほどの二人とは違っていた。まるで俺がその事に気付くことをあらかじめ知っていたかのように、ほんの僅かに口元を緩ませた。
「……やはり、貴方には何でもお見通しという訳ですか」
「何でもは言い過ぎだけどな。それで、いつから道教に興味を持ってしまったんだ?」
「さて……いつからでしたでしょうか。青娥殿から話を聞いた時は話半分程度しか関心がありませんでしたが……いつの間にか、道教の力に魅せられていたみたいですね」
やはり、青娥の差し金だったか。
間を置くことになってしまったが、人間が水銀を飲むとどうなるのかという話を戻そう。
俺がいた時代では水銀の毒性を完全に理解されており、人が口にする事は即ち毒を飲み込む事と同義だと言われていた。
だが、歴史では水銀の摂取についてとある一説が唱えられていた。
『不老不死』
古代中国からの皇帝を台頭に、古来では水銀は不死の薬の原料として多くの権力者から愛用されてきた。もっとも、成功例は皆無という結果に終わっており、唐の時代には水銀服用の手段は廃れてしまったと言われているが。
そして日本でも、水銀を使って若さと美しさを保とうと飲用した者がおり、飛鳥時代の女帝持統天皇がこれにあたると言われている。
神子……聖徳太子は遣隋使を隋の国に派遣したことで有名だ。ならば隋で広まっている道教の内容の一部である不老不死について知る事は可能である。加えて彼女の知り合いには向こうの大陸から来ているという青娥がいるので、彼女から更に綿密な情報を得る事もできるはず。
そして、隋の文化が広まりつつあるこの時代に水銀を飲むという行動に出たのであれば、そこから導き出される答えは必然的に……。
「神子……お前が口にした物は、不老不死になるための薬なんかじゃない」
しかし、彼女たちは知らなかった。水銀の正体が何であるかを。
だからこそ、俺は教える必要があるだろう。知られていなかった真実を。
「確かに、特殊な修行を積んだ仙道の人間なら不老不死に辿り着く可能性もあったかもしれない……だけど、は普通の人間にとっては毒にしかならないんだ」
「……っ!?」
俺は、水銀の正体について告白した。
当然、皆はその真実を突きつけられて動揺を露わにしてしまっていた。
屠自古は愕然とした様子で悲観の声を漏らし、神子は元々悪かった顔色が更に――。
「満希ぃぃっ!!」
怒号。部屋全体に響くほどの声量でそれを発したのは、水銀の被害にあった神子ではない。
彼女の右腕とも呼べる存在である、布都によるものだった。
布都は神子を上から跨いでこちら側に跳び渡り、飛び掛かる勢いで俺の元へやってきて乱暴に襟元を掴んだのだ。
「なぜじゃっ!!なぜお主はもっと早く教えてくれなかったのじゃぁ!!」
「おい馬鹿!止めろ、布都!」
屠自古が止めに掛かろうとするが、鬼気迫る形相で俺に掴み掛かっている布都は、俺から手を離そうとしなかった。
「お主がもっと早くに教えてくれれば、太子様はこんなお姿にはならなかったのに!!今頃、元気なお姿で、笑ってくれていたというのにっ!!」
「もう止めろ布都っ!今更満希に当たったってどうしようもないだろうが!!」
俺は布都に思いっきり掴まれているが、抵抗することをせずに現状を甘んじて受け入れている。
彼女が叫ぶ言葉一つ一つが、俺の耳に残ってくる。
確かに彼女の言うとおり、俺がもっと早い段階で神子の行いに気付くことが出来ていたならば、水銀を飲むということをしなくて済んだのかもしれない。
俺だって、そう出来るのであればそうしたかった。彼女にこんな思いをさせたくは無かった。しかし……。
「……済まぬ」
「……?」
「済まぬ……お主に、こんな事を言ったって仕方がないのに……お主は何も悪く、ないのに……でも……でもぉ……我はぁ……!」
「布都……」
既に布都は、言葉を発する事すら辛そうであった。彼女が抱え込んでいる悲しみがどれくらい多いのかを示すには、十分すぎる程に。
いつの間にか俺の胸ぐらを掴むその手は力を失っており、彼女は頭を俺の胸にうずめてしまっている。
そして彼女は、声を押し殺して泣き出した。
「(……ごめん。こんなに辛くさせてしまって)」
俺は胸中で布都に詫びを入れつつ、静かに泣きじゃくる彼女の背中を優しく擦ってやる。少しでも楽になって欲しいと思ってみたのだが……見ただけでは、彼女の心は分からなかった。
ある程度布都の背中を擦り終えると、俺は近くにいる屠自古に目配せを行った。
この子を頼む、と。
屠自古は俺が伝えたい事を察してくれたらしく、行動を起こす。
布都の傍に寄って彼女に小さく一声掛けると、嗚咽を零す彼女をゆっくりと連れて行き、部屋を出たのであった。
二人の退出を確認し、頃合いと見た俺は声を掛けた。
天井に向かって。
「……そろそろ出てきたらどうだ、青娥」
「あらあら、ばれちゃってたのねぇ」
突如、天井の一部に謎の丸い穴が発生した。が、タネを知っている身としては驚くことではない。
それは、『能力』の行使によって出来た穴。
彼女の……霍 青娥の持つ『壁をすり抜けられる程度の能力』がもたらしたものだ。
青娥はクスクスと笑みを零しながらひょっこりと上半身を出し、そのまま身を翻しつつ全身を穴の中から出してくる。彼女が穴から出終えた頃には、天井は穴1つ無い姿に戻っていた。
「それにしても助かったわ~。今のあの二人に姿を見せちゃったら、有無を言わさず殺しにかかってきそうだもの」
「こんな所で騒ぎを起こすわけにはいかないからな。神子の体調に響く」
「あら、そうなると此処じゃなかったら別にいいってことになるのかしら?」
「さぁ、どうだか。少なくとも……今の俺もあんまりいい感情を持ってない事は知っておけよ」
「肝に銘じておくわ。それはそうと太子殿、まさか錬丹術を使おうとしてまで仙人を目指そうとするとは……随分逸ってるみたいね~」
俺がぶつけた静かな怒りを流しつつ、青娥はそんなことを言ってきた。
……何?
「どういう意味だ、青娥。お前が神子に水銀を薦めたんじゃないのか?」
「いいえ、私はあくまで仙人になるための手段を何個か教えただけ。詳細とかは書物を貸してあげたり、口頭で質問に答えてあげたりしたくらいよ~」
ひらひらと手を振って身上を語る青娥を横目にし、俺は神子の方を見やる。
神子は俺に視線を向けられると同時に、バツが悪そうにしながら顔を僅かに反らしてしまった。
「はいはーい、それじゃあ説明をしていきましょうね。まず何でも屋さんがさっき言ってたことだけど、確かに太子殿が飲んだ水銀は不老不死になれる薬なんかじゃないわ。正確には、水銀の摂取というのは不老不死になる為の手段の一つ、いわば過程の段階に過ぎないのよ」
「…………」
その後も、青娥は説明を続けた。
かなり専門的な話になっていたので、俺が理解できる範疇でザックリとした解釈を行ってみた。
まず水銀を飲むという行為についてなのだが、これは道教に伝わっている錬丹術が発端だという。錬丹術とは、不老不死の仙人になるための霊薬を精製することであり、その霊薬を生み出す為に特定の金属を加工して丹薬を作るのだとか。
その錬丹術の研究で判明されたことらしいのだが、不老不死の材料の一つである水銀は同じく不老不死の元とされていた金と同格の存在なのではないかと言われるようになったらしい。
黄金は火に籠らせて幾度も鍛え直しても消えることは無く、土にあっても腐ることは無い。その不朽の姿から、不老不死の象徴として霊薬の材料に定められた。
そして霊薬の材料の一部である丹砂(硫化水銀)は、加熱すると水銀に還元して再び硫黄を混ぜると元の姿に戻る。この光景を見た人はそこに水銀の永遠性を見出し、金と同じく不老不死の薬であると決定づけたのである。
そしてその不朽の存在を人間の体内に取り込むことで、不老不死の仙人へと昇華することが出来る。
と、いった具合だ。これが錬丹術の内容の一部であるらしい。
「つまりお前の国のお偉いさんは、水銀や金を体に取り込めばその恩恵を受けて不老不死の存在になれると思っていたんだな?」
「有体に言うとそう言う事。もっともこれは実証例があるにも関わらず成功例はほぼ皆無、あまりお勧めできる内容でも無かったから太子殿に教えることは無かったんだけど……書物から知ってしまったみたいね~」
神子……。
「どうしてだ、神子。種類が何であれ、金属類を体内に取り込むことが危険なのはお前なら分かってたはずじゃないのか?なのにどうして……」
「……っ」
俺の言葉を聞いて、クッと口元を噛み締める神子。
その胸中に抱いているのは、悲しみか後悔か、それとも……。
「……私には、この国を良い方向に導く義務があるから……」
「神子?」
「私は現皇后に代わって、この都で政を担い続けて来ました。最初の頃は勝手がわからない事もあって苦戦していましたが、今となっては都の人々は私を為政者として尊敬してくれて、都の外に住む民たちも、私の政治を受けて満足してくれたという話を耳にしたことがあります。その報を聞いた私は、日々の多忙が苦にならないくらいのやりがいを感じていました」
「……」
「けど、私も所詮は人の身。あと数十年もすればこの身体も老いが目立ち、頭も鈍くなり……やがて死を迎えることになるでしょう。私は迷える多くの人々を導くためにこの力を、この才を、生を受けた瞬間から与えられたのだと思っています。その能力を、ただ老いると言うだけで失いたくない……」
ポツリ、ポツリと。
か弱くなった声で語られる彼女の言葉。誰にともなく、独り言のように呟かれる台詞。
まるでそれは、彼女の心の内をそのまま吐露しているかのように、切実であった。
「道教についても、政治の余計な介入と思って最初の頃は突っぱねていました。だけどその内を知っていく内に、不老不死という最たる願いを知ってしまって……仏教を広めていく裏で、永遠の命を求めるようになっていました。……逸った結果が、この様ですけどね」
「神子……」
「本当に、私のこれまでの苦労は何だったのでしょうね……青娥殿が貸してくれた資料を毎晩政を終えた後に読み漁って、内密に研究も重ねていって……挙句の果てが、近道に頼って自滅だなんて…………こんなの、嫌……」
ついには、目元を手で覆い隠した神子。これまでの道を思い返した事により、その感情が溢れかえってしまったのだ。
このまま死んでしまう事への恐怖。選択を誤ったことによる後悔と嫌悪が籠った涙が、目元を覆った彼女の手からスッと零れだしていた。
俺も、初めて見た神子のその姿に複雑な感情を抱き、彼女に対して言葉を掛けることが出来なかった。
……そんな中で、青娥はこう言い放った。
「そんな太子殿におすすめな方法があるんだけどぉ……『尸解仙』って知ってる?」
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俺、神子、青娥による話は既に終わり。
場所は移り変わって、現在は都の大通りを青娥と並んで歩いていた。
既に時刻は夕方時となっており、人の往来も昼間と比べて閑散とした状態になっている。
その中で俺は、青娥に対して小声で話しかけた。
「『尸解仙』……死んだ後に自分の肉体を消滅させて、身体の代用となる者に魂を宿す。そして年月を経た後になれるという仙人……神子はこの道を選んでしまったんだな」
「あの人にとって、人の死という運命は覆すべき事象でしかない。このまま水銀で弱った肉体で余生を過ごすよりも、そっちの方が良いって思ったのでしょうねぇ」
神子は、尸解を経て仙人となる事を選んだ。
既に水銀の毒によって長くない命となった彼女にとって、その話は飛びつかざるを得ない内容とも言えたのだろう。説明を聞き終えた瞬間に、彼女は尸解の手段をとったのだ。
その選択に対して俺がどう考えているかというのは……彼女が自ら選んだ選択にとやかく言うつもりは無いといったところである。
死を間近にしている彼女に否定の言葉を掛けるなど、俺にはできそうにもないから。
「失敗する可能性は?」
「無いと思ってくれてもいいわよ~。やり方もそう難しくは無いし、後は死ぬ勇気さえあれば問題なしね」
死への覚悟、か……。
何だかんだで死んでしまった俺がどうこう言える立場でもないし、その辺りも神子の意志に任せるしかない、か。
とにかく、神子たちについては青娥に任せるしかないだろう。
「そこの主、ここらで何でも屋というのを営んでいる者を存じないかな?」
俺は俺で、やらないといけない事ができたみたいだからな。
――終わり。