東方光照譚―その手を差し伸べる―    作:たいお

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暫く戦闘回になりそうです。
安西先生……ギャグとかが書きたいです。


第64話 『勘違いしてはいけないことがあるの』

 

 これほどの緊迫感が漂っている空気を感じるのは久々であった。

 

 今、俺の前にはかつての自分をボロボロに痛めつけてきた張本人がいる、そしてそのプレッシャーはとてつもない。もし余計な動きをしてしまったり、視線を彼女から逸す様なことをしたり……ということになれば、そこに付け込まれて一瞬で片を付けられてしまうような気がする、というか可能性が半端なく高い。

 油断は絶対に出来ない、そういうことだ。

 

 対するルーミアはというと、背中の大剣を構えるそぶりも無ければそもそも戦いを仕掛ける様な姿勢を見せておらず、その場で優雅に佇んでいる。しかし先ほども言ったが、彼女の身体から放たれている重々しいプレッシャーが戦闘意欲を隠しきれていない証拠であるのだ。

 第一、挨拶代わりに強烈な蹴りを入れて来るくらいなのだから彼女は間違いなく俺と戦おうとしているに違いない、なんともうれしくない確信だ。

 

「(とりあえず、奴の動きには注意を払っておかないと……)」

 

 対峙している最中、肌に纏わりつくピリピリとした感覚がこの上なく鬱陶しく思える。

 警戒を厳重にしながら視界にルーミアの姿を捉えていると、彼女の口がスッと開きだした。

 

「やはりただの人間ではなかったみたいね……あの頃から千年程度は経っているというのに、全然歳をとっていないじゃない。元気にしていたかしら?」

 

 …………どうやら、ただの世間話らしい。

 いや、だったらどんな会話をしてほしいのか?と聞かれてしまったらこちらも返答に困るんだけど。というか、開幕早々蹴りつけてきたり未だに威圧感ダダ流しなのに普通に会話をしてくるあたり、やはり妖怪というのは奔放な生き物らしい。

 

「まぁ、なんとかやらせてもらっているよ。そういうお前こそ、見た目が変わってないみたいだけどな」

「妖怪の身体成長なんて人間のように規則性があるわけじゃないのよ。私としては余計な体格でいるよりも、これくらい小柄な方が身体も軽くて楽だから助かるんだけど」

「あぁそう。ところで紫……俺と一緒にいた奴はどこにやった?」

 

 彼女の動向に目を配りながら、俺は消えてしまった紫の姿を捉えるべく最低限の眼の動きで周辺を探りまわる。だがしかし、やはり彼女の姿はあの悲鳴を皮切りにどこにも見えなかった。

 やはりルーミアが、彼女に何かをしたとしか思えない。

 

「紫……あぁ、さっきからあなたと一緒にいた妖怪の事かしら?彼女なら……ここよ」

 

 そう言ってルーミアは、先ほどから彼女の隣に浮かんでいる黒い球体に手を添えて微笑んだ。

 あの黒い球体の中に、紫がいるという意味か。

 

「折角久しぶりにあなたを見つけたというのに横槍を入れられるのも無粋だと思ってね、闇に飲み込ませてあげちゃったわ」

「……まさか、殺したのか?」

「それでも別に良かったんだけど……どうやらあの女もそこそこ質の高い妖怪みたいのようね。殺すつもりで闇に包みこんだ筈だったんだけど、動きを封じただけで済まされちゃったみたい」

 

 ……取りあえず、紫は死んだわけではないようで良かった。やはり彼女もただの妖怪という枠には当て嵌まらない実力を有しているな。

 

 しかし安心ばかりもしていられない、状況は未だに怪しい雲行きを漂わせている事に変わりは無いのだ。

 俺と紫が背後を取られていたことに全く気が付かなかったこと、先程俺に叩き込んだ蹴りの威力を考えるとかつて戦った時と比べて戦闘力が衰えていない、それどころか年月を経てさらに向上している可能性すら考えさせられる。俺も昔のような強さではなくなっているが……どちらにしても、彼女との力の差は覆っていないであろう。

 せめて紫が戦力として加わってくれれば、戦いを有利に進められるチャンスもあったのだろうが……今の彼女は闇の中に閉じ込められてとても参戦できるような状態ではない。いずれ彼女が自力で脱出してくれたとしても、脱出に労力を割いた彼女が100%の状態で戦えるか、そしてそれまで俺が戦い抜けていられるかが際どいところだ。

 つまりは俺一人で戦うしかない、ということ。普通の妖怪ならまだしも、ルーミア相手となると、な……。

 

「それにしても、人間であるあなたが妖怪と旅をするなんて随分と奇妙な話じゃない。一体どう言う魂胆でやっているのかしら?それとも、逆に利用されているとか?」

「別に、連れ添いがいる旅というのもたまには悪くないかと思っただけさ。向こうも興味本位で俺に同行したらしいしな」

「ふぅん、変なの。人間なんてただの餌に過ぎないっていうのに」

 

 ……流石は人食い妖怪、その辺りの思考は妖怪として模範的でいらっしゃるようで。

 

「まぁあなたが何と旅をしようが私には関係の無い事ね。そんな事よりも――」

 

 

 

 

 

「――今度こそ殺してあげるわ」

「っ!!」

 

 彼女が掌を此方に翳す動作を見た瞬間、俺は嫌な予感を感じた。『何か』が来る、避けなければマズイ、と。

 濃が鳴らす危険信号に従って、俺はその場から横転して先ほどの場所から逃れる。

 

 その刹那、彼女の掌から人の頭部程度の大きさの黒球が飛び出し俺がさっきまでいた地面に直撃する。

 すると黒球は地面を悠々と抉り取ってサイズ通りの穴を生み出し、散乱して消えていった。その場に残っていたのは、無残な穴が空いた地面のみ。

 恐らく、あの黒い塊が彼女が口にしている『闇』という奴なのだろう。確か以前に俺が戦った時にも、彼女は俺の炎を同じようなもので防ぎ、消し去ってしまっていた筈だ。

 

「ほらほら、そんな風に棒立ちしてちゃただの的よっ?」

 

 以前の戦いをゆっくり思い出す余裕も無く、次の闇球が俺に向かって飛んで来た。

 

 俺はそこらの木を隠れ蓑や盾として利用しながら、次々と放たれてくる闇の弾を避け続けていく。幸いにもスピード自体は理不尽な速さではなく、今の状態でも見切れることが出来た。

 彼女が放っている闇の弾は俺が盾に使った木の幹を無視するかのように貫通させ、バランスを失った一部の木が倒れていく音が後ろから聞こえていた。

 

 そう言えば、かつては俺が遠距離で火の弾丸を撃ちまくって彼女を追い詰めようとした場面があったっけか。ただしあの時は遊ばれていたうえ、今は完全に立場が逆だけど。

 

「千年前の意趣返しってことか……良い趣味をお持ちのようで」

 

 誰にともなく皮肉を言いつつ、俺も反撃とばかりに掌から火球を生み出してルーミア目掛けて放っていく。

 闇の弾とすれ違ってルーミアの元へ向かっていく火球であったが、彼女に避けられ、空を切って終わってしまう。

 

 火球を避けたルーミアはそのまま移動を開始し、俺と鏡合わせになるように旋回を行って闇の弾を複数発射してきた。

 対する俺もそれらを交わしていきながら、火球を続けざまに撃ち続けていく。まるで西部劇のガンマンが、遮蔽物に身を紛らわせて撃ち合いをしているかのようなやり取りである。

 

 そうして火炎と闇を撃ち合っていく中で、互いの距離は徐々に詰められていくのが分かる。

 俺もルーミアも考えている事は同じで、射撃の合間に相手に接近を行い近接攻撃に移ろうという魂胆なのだ。

 互いの距離が10m、7m、5mとまで狭まった時……俺たちは撃ち合いを止めた。

 

 撃ち合いを止め……互いの蹴りが交差した。

 俺は最近身に着けた仙術を駆使して強化を施した足で、ルーミアは妖怪特有の身体能力による素の状態で、互いの足が激突する。

 

「っ……」

「へぇ……普通の人間ならへし折れるくらいには力を込めたつもりなんだけど、やっぱりあの頃より強くなってるみたいね」

 

 そう言って、楽しそうな笑みをルーミアは浮かべてくる。

 

 だが俺はそんな風に笑っていられる心境ではなかった。何せ強化を行ったにもかかわらず、ぶつかった拍子に足に鈍い痛みがやってきたのだ。もし強化をしていなかったならば……彼女の言うとおり、俺の足は折れてしまっていたかもしれない。

 

 不意に、俺は接近するものに察知して身を捩じらせる。

 彼女の腕がこちらに向かって伸びてきたのだ。その手は握られているわけではなく、こちらの身体のどこか……位置的に頭部を掴もうとして来たのが予測できる。

 

 俺の頭部を掴み損ねたルーミアはすかさず、次手としてローリングソバットの動作に移った。グルリと片足でその場で回転、軽く跳躍を行い振り向きざまに俺目掛けて空気を切り裂く音がハッキリ聞こえる程の蹴りを放ったのだ。

 

 当たれば間違いなく痛手では済みそうにない攻撃に危険をかんじた俺は、冷や汗を頬に垂らしながら彼女の蹴りを腕で受け流す。

 

「(本気で殺す気だな……)」

 

 何を今更な事を、ではあるが。

 そう思いながら俺は、相手にばれない様に内側で能力行使の準備に移る。いつでも炎が出せるようにしておくのだ。

 

 するとルーミアは自身の蹴りが受け流された事で、ひらりと新体操のような滑らかさで後方に翻し俺と距離を取っていく。

 その途中、俺に対して闇の玉を2、3発撃ってきた。

 

 しかし俺はいつでも撃てるようにあらかじめ準備しておいた火球を掌から放ち、向かってくるそれぞれの闇の弾にぶつけたことにより、攻撃を無効にした。

  火球と闇の玉は俺とルーミアの間で衝突し、爆発音を立てながらその場に霧散していった。消え行く際、多少闇の残留が長かったように見えたのは、やはり能力の差という奴だろうか。

 

 俺がルーミアの攻撃を防いでいると、爆発が収まった頃には既に彼女は地面に着地を果たしており、妖力弾による弾幕を展開し、こちらに向かって撃ってきた。一つ一つの弾の大きさこそ握りこぶしより少々小さい程度のサイズであるようだが、その数は数えるのが面倒になるほど多数。

 

 密度の高い弾幕が迫り来る中、俺はそれに対して隙間を見出すと次々に潜り抜けていき、直撃を免れていく。一部の玉が衣服や肌にかすってしまったが、殆ど大した損害にならないのでいい塩梅だ。

 9割方潜り抜け、弾幕を脱出するまでのルートを導き出したと同時に俺は足に炎を集束させ、弾幕を潜り抜け切った瞬間にルーミア目掛けて三日月状となった炎の塊を足から撃った。

 

 だがルーミアは片腕を振るう事で俺が撃った炎を弾き、見当違いな方向に飛ばすことでダメージ無しという結果に済ませてしまった。

 

 

 

 互いの攻勢がここまで続いたところで、区切りがついたという風に二人の攻撃が止んだ。

 互いの攻撃が止まってから数十秒の静寂が発生し、その後でルーミアがポツリとこう呟いた。

 

「まず第一試験は合格、といったところかしら」

「なに……?」

 

 試験?合格?

 

 ルーミアの言葉の意味が分からず、俺は怪訝な表情を浮かべながら彼女の次の言葉を待つ。

 

 そしてルーミアは、俺の表情を悟ってかその答えを口にし始める。

 

「まず聞いておきたいのだけれど……私とあなたの今の戦況、そっちはどう捉えているのかしら?」

「戦況……?まぁ見たところ、戦況として言うならある程度は互角に戦ってたんじゃないのか?ところどころ俺が押され気味だったと自覚してる点はあったし、お前はまだ余裕そうな感じではあったけど」

 

 先ほどまでの戦闘を記憶から辿って行きながら、俺は素直な感想をルーミアに告げた。

 ここまでの戦闘において、俺たちはまだとりわけ目立つような外傷は発生していない。俺は彼女と蹴りをぶつけ合った際の足の痺れが微妙に残っているのと、弾幕を潜り抜けた際の微小な掠り傷が主なダメージと言えるが、戦闘に支障を来たすほどではない。対するルーミアはほぼノーダメージだが……。

 

「そうね。確かにここまではあなたの言うとおり、それなりに拮抗した戦いにすることが出来たわ。私もあなたが此処まで戦えるようになっていたのは、少なからず驚いているもの。――だけど、勘違いしてはいけないことがあるの」

 

 勘違い……?

 

「そう、確かにあなたは良い食らい付きが出来る程に力を付けている。最初に出会った頃の実力だったならさっきの一戦で確実に手痛い傷を負う事になったか、下手をしたら死んでいたでしょうに、今となっては近接戦闘も怖がらずに挑むことが出来ているなんてね」

「……」

 

 彼女の言いぐさを頭の中で噛み締める。

 言い方こそ妖怪が人間を相手する典型と呼べるほどの高圧さを感じ、やはり彼女も妖怪的思考を持ち合わせているのだと分かる。

 しかし、仙術を学んだ俺はここまでルーミアに食らいつくことが出来ている。彼女が言っていたように体術もしっかり戦闘に組み込むことができているし、少なくとも以前戦った時のような圧倒振りは起きなかった。

 

 戦況が拮抗してくれている今のうちに、どちらかの『モード』に変身して一気に勝負を――

 

「まぁ、いくら力を得たところで――」

 

 

 

 

 

「――あなたは私の下に過ぎない」

 

 

 

――っ!?

 

 

 

「……あら、その姿は初めて見るわね」

 

 周囲に土煙を巻き起こしながら、ルーミアは俺の今の姿を見て感心した様子を見せる。

 

 間違いなく、死んでいた。

 あと一歩『モード・カグツチ』を展開するのが遅れていたのならば、今の俺は彼女の腕で貫かれて命を落としていただろう。

 現在ルーミアが腕の先に捉えているのは、瓦解した大地の一部。ただの拳でありながら、その光景を見てしまってはもはやその破壊力がどれほどのものなのか理解してしまう。ただの人間が喰らってしまえば、肉体がバラバラになるほどの威力だ。

 

 着ている鎧の下の肌が沸々と鳥肌が立つのを感じる。

 認識が、甘くなっていたんだ。

 千年近くを過ごし、その中で能力の制御と肉体の鍛錬をこなし、力を着実に付けてきた。戦い始めていた際は、彼女と何とか戦えていることに少なからず安堵を覚えていたのは間違いない。

 

 だが、その安心こそが……彼女の言う『勘違い』だという事か。

 

 (人間)ルーミア(妖怪)の、覆らない圧倒的な差と言う奴を……!

 

「さぁ……ここからが本当の戦いというやつよ?」

 

 

 

 前座は畳まれ、次の舞台が始まろうとしていた。

 

 

 

―――終わり

 




次回、中盤戦に移ります。
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