東方光照譚―その手を差し伸べる―    作:たいお

9 / 73
黒いローブの男「小説を読むときは部屋を明るくし、画面から目を離して観よ。…何故私をここに呼んだのだ」
満希「作者曰く、苦肉の策だとさ」



第7話 出産と救い

「…それで、ここでお醤油をこれ位入れるの。そうすると味にアクセントが加わるようになって、いつも作ってる料理みたいな味を出すことが出来るの」

「なるほど……料理って難しいですね」

「慣れれば満希くんも美味しいものが作れるようになるわよ。はい、それじゃあやってみましょうか」

「了解」

 

 

 

 俺が此処にやってきて、早くも半年が過ぎた。

 

 コノハナサクヤと知り合った4か月前から、俺は何事もなく平和な日常を謳歌している。

 

 仕事は永琳さんのサポートから秘書的役割を担うようになり、電話応対などの新しい仕事も最近教えられている。また、彼女とは仕事以外にもプライベートで一緒にいる機会も増え、以前よりもさらに仲良くなれている。

 

 プライベートと言えば、コノハナサクヤとは相変わらずの関係だ。と言っても以前のように口を開けばすぐに喧嘩…と言う訳でもなく、近頃は軽口を叩き合うようなもので収まっている。まぁ、ある程度ヒートアップしたら互いに手が出てしまうので根本的な部分は変わってないって事か。

 

 そして生活の方はアマテラスさんから家事を教えてもらっていたおかげで、殆どの作業をこなすことが出来るようになった。とは言うものの、それはあくまで掃除や洗濯などだ。料理についてはある程度は出来るものの、俺の腕ではまだまだアマテラスさんの様な味を作り出すことは出来ない。

 

 そして、今もアマテラスさんに教えられながら料理を作っている所だ。

 彼女は俺の隣に立って俺の調理の様子を眺め、こうすると良いといった部分を適宜教えてくれる。時折『頑張れ』など激励の言葉を駆けてくるため、自然とやる気が出てくる俺は単純なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 俺の調理も終了し、食卓にはアマテラスさん監修の俺の料理が並んでいる。

 食べ物の元になった動植物に対する感謝の言葉を述べ、俺とアマテラスさんはそれぞれ好きなようにおかずを箸にとって食べていく。

 

「ど、どうですか?味とか濃かったりしてませんか?」

 

 実を言うと、俺は今かなり緊張している。

 何せ今回の味付けは基本的におれのさじ加減で行っているからだ。何か所かアマテラスさんがアドバイスをしてくれた部分もあったが、あれはあくまで隠し味としての味付けであって、ベースは俺が担っている。

 

 俺の作った料理を口に含んで咀嚼しているアマテラスさんの様子を、俺は恐る恐る見つめる。

 やがて、ゴクリと喉に食べ物を流し込み終えたアマテラスさんは一息つくと俺に向かって笑みを浮かべながら口を開く。

 

「うん、味もちょうどいいし美味しく出来てる。安心して良いからね、満希くん♪」

「………ふぃ~」

 

 そう評価をもらった俺は、大きく息を吐いて肩に入っていた力を抜くと椅子の背もたれに背中を掛けた。

 どうやら彼女の口にあった味に出来ていたらしい。もし合わなかったらどうしようかと思っていたものだ。

 

 俺が脱力する姿が可笑しかったのか、天照さんはクスクスと笑いを零すと俺に言葉を掛けてくる。

 

「ふふふ…そんなに緊張しなくても良いのに。さっきも言ったけれど、ちゃんと美味しく作れてるし大丈夫だからね?そうね…今度やる時は食材の大きさを更に整えて、味の付け具合や食材の食感をもう少し統一してみることを意識してみようかしらね」

「あちゃ~…切り方が甘かったか…」

「そこまで悪くは無いから、調整する程度の気持ちで問題ないわよ。それでどう?明日も作ってみるかしら?」

「はい、アマテラスさんが良ければ明日もやってみたいです!」

「なら決まりかな。明日も楽しみにしてるからね、満希くん♪」

 

 そう言われてしまったら、今日より良いもの作るしかないじゃないですか。

 

 俺は彼女の言葉に力強く頷くと、食事を再開した彼女に続いて自分の作った料理を食べ始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 食事と洗い物を済ませ、俺はアマテラスさんと一緒に居間でテレビを見ることになった。

 今日は俺もアマテラスさんも仕事が休みなので、二人揃って家でゆっくり寛いでいようという事になったのだ。

 

 現在進行形で流れている朝のニュースを会話のネタに、俺とアマテラスさんはお喋りをしている。

 

「あら、永琳の作った新しい傷薬が各薬局で販売決定ですって」

「あれって一昨日作ったばかりなんですよね……量産化に至るまでの道のりが早すぎないですか?」

「だって永琳だもの」

「…そですね」

 

 ちなみに実験体は、久々に直接喧嘩して怪我をした俺とコノハナサクヤの二人。え?最近は軽口で収まってるんじゃないかって?それはそれ、これはこれという事で。

 まぁそれはともかく、スプレータイプで傷口に吹きかけるだけでいいというその新しい傷薬の効果は、1週間くらい跡が残りそうな傷も翌日の内に完治していた。病院が廃れそうなくらいの高性能で俺もあいつもビックリしていた。

 

 

 

「おお、隣町で繁盛してたラーメン屋さんがこの街に第2店舗構えたって。今凄い勢いですよね、あの店」

「私の友達もあそこのお店で食事をしたことあるそうだけれど、評判通り美味しかったんですって。今度行ってみる?」

「いいですねー。…あ、ついでにあいつも呼んどきましょうか。誘わなかったら後から何言われるか分かんないし」

「ふふふ…そうしましょうか。………自分から誘う辺り、やっぱり二人とも仲良しね」

「?」

 

 アマテラスさんが何か言っていたような気がしたんだけど…気のせいか?

 それにしても隣町のラーメン屋か…俺もアマテラスさんも話にしか聞いてなかったから楽しみだな。あいつのはしゃぐ姿も目に浮かぶな。

 

 

 

「あっ、あのアーティスト解散しちゃったの?あの人たちの曲、結構好きだったのに…」

「ホントですね。えっと理由は……音楽の方向性の違いの衝突?」

「随分とそれっぽい理由ね」

 

 というかこのグループって8年くらい活動してたんだよな。8年も経ってその理由で解散って…。

 

 

 

その後もニュースを見ながら話をしていき、ニュースの時間も終わりを迎えようとした時。

 

「あれ?何か様子が変じゃないですか?」

「あら、ホントね」

 

 ニュースを見ていると、突然アナウンサーの近くにスタッフらしく人が駆け寄って資料を渡し、アナウンサーはそれを受け取るとその資料の内容に軽く目を通し始めた。

 資料を見始めて数秒後、驚いた表情を浮かべたアナウンサーは資料から目を離し、画面の方を向くと喋り始めた。

 

『失礼致します。ここで臨時ニュースのお知らせです』

「臨時ニュース?」

「あら、何かしら」

 

 どうやら、緊急のニュースが飛び込んで来たらしい。一体何なんだろうか。

 

『先ほど8時40分頃、先月の頭より身籠っていらっしゃったイザナミ様が自宅にてお産づき、先程○○病院の方へと搬送された模様です』

「あらあら。もう赤ちゃん産まれるのね、予定よりもう少し掛かると思ってたのだけれど」

「え、早すぎません?普通妊娠って10月10日が基本じゃあ…」

「人間はそうなんだけどね。神はひと月半くらいで出産することができるのよ」

 

 マジか…そういえばこの手の話は縁が全然無いから知れなくてもしょうがないか。

 それにしてもこの国のトップの一角である神の出産か……確かに臨時で全国に知られるのも当然だよな。なんたってあの国産みのイザナミだし。

 

 そう言えば、どんな神を生むんだろうな。最近こっちの世界に慣れてきてるから、前の時代の知識とかが若干曖昧になりつつあるのはちょっといただけないな。

 …そう言えば、紗奈と光莉は今頃どうしてるんだろうな。ちゃんと元気にやってくれてるだろうか。あいつら嫌な事があるとそういうの周りに言わずに自分の中で閉じ込めるから、余計に不安だ

 

 

 

 

 

『また、話によると既にお子様の名前はお決めになっているらしく、【カグツチ】と名付けられたそうです。また、医師の診察によりますと火を司る神として今後の――』

 

 

 

「―っ!!?」

 

 カグ…ツチ…!?まさか、あの火具土なのか!?いや、火を司る神って言っていたし間違いないっ!!

 いや、そんな事は今はどうでもいい、重要なのはそこじゃない!!

 

「ど、どうしたの満希くん?急に立ち上がって…そんなビックリしたような顔をして…」

「…すいません、俺、ちょっと出かけてきますっ!」

「あ、え、満希くん!?」

 

 俺はアマテラスさんに出掛ける事だけを言うと、家を飛び出していった。

 イザナミの名前とカグツチの名前が近いうちにでたせいか、俺は今になって漸く思い出すことが出来た。

 

 これから起こるであろう、悲劇の結末を。

 

 

 

 

 

 くっそ!!なんでもっと早く気付けなかったんだよ!

 

 自分の記憶力の悪さに悪態をつきつつ、俺は足の筋肉をフルに使い全速力で街の中を走っていく。

 道行く人々は人通りの中でも構うことなく突っ走る俺に驚き、そそくさと道を空けて行く。通り過ぎる時に驚いた顔を見ると申し訳なく感じてしまうが、今はとにかく急がなければならない。

 

 ○○病院は確かここから2㎞くらい離れた場所に立っていた都でもかなり大きな病院だ。タクシーを拾って向かおうと思ったが、道路の様子を見る限り今日はかなり混雑しているみたいだったから走っていくことにした。

 正直、2㎞を休まず全力疾走とかきつ過ぎる。アスリートな肉付き、体力を持ってない俺にとっては軽く地獄を見るようなものだ。

 

 けど、だからといって今は足を止めることは出来ない。

 イザナミがカグツチを産むときのあのエピソードを知っているのは、別の時代から来た俺しかいない。

 もしかしたら、アマテラスさんがカグツチが生まれる前から存在してるしこの時代ではあのような出来事は怒らないかもしれない。そう言う可能性も確かにあるだろう。

 

 だが、俺の知っている通りの事になれば。

 

 

 

 俺はこの先の未来を知っておきながら何もしなかったという事になる。

 

 

 

 イザナミを、その後に殺されるカグツチを、助けようとしなかったことになる。

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 そんな事……俺が絶対に許さないっ!

 

 俺は、自分の脚が今までより早く動いている事を感じながら、遠くに見える大きな病院に向かってがむしゃらに走り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

「っく…はぁ…はぁ……ここかっ…」

 

 どれだけ時間が掛かったのだろうか、走るのに背一杯で碌に覚えていない。少なくとも死ぬ思いで走って来たので、遅いというようなことは無かった筈。

 病院に辿り着いた俺は入り口へと向かい、自動ドアのゆったりとした動きにイラつきつつも院内に入って真っ直ぐカウンターの方へ向かっていく。

 

「こんにちは、本日はいかが――」

 

 俺が近付いてくるのが見えた、白衣を着た受付嬢は俺に笑みを浮かべながら用件を窺って来ようとする。

 しかし、一刻を争っている最中の俺は悠長にその言葉を最後まで聞いている余裕が無い。

 

「イザナミ、さんの…病室は、どこですか?」

 

 俺は受付嬢の言葉を遮り、イザナミさんの病室を聞き出すべく切れ切れな言葉で質問を投げ掛ける。

 

 一方、質問をされた受付嬢は茫然とした様子で俺の事を見てくる。まぁこんな反応をされることは何となく分かってた。

 

「えっと……イザナミ様のご親族の方ですか?」

「なんというか…親戚のところで、お世話になってる者です」

「…申し訳ございません、イザナミ様の病室は親族以外の方には秘匿とさせていただいておりまして…」

「くっ…」

 

 くそ、こんなところでつまづくとはな……。

 確かに、国のトップでもあるイザナミさんの病室をそうホイホイと情報開示するわけがないだろうな。俺みたいな関係者と思えないような奴を通さないことで、余計な見物人を作らないため…と言ったところか。

 

 しかし、どうすればいい?このままではイザナミさんの病室に行く事が出来ないまま終わってしまう。

 確かこの病院、各棟で担当科が分けられてる集中型の病院だったな。

 なら、早速産婦人科の棟に行って、病室をしらみ潰しに捜して――

 

「……ぁぁああああ…!!」

「っ!?」

 

 今の声…まるで苦しがっているような感じだった…しかも音が遠く響いて聞こえてくるということは、大分離れている場所なのだろう。なのにそれなりの大きさで聞こえて来たという事は、相当強く叫んでたってことか…!

 

「い、今の声は一体………!?」

 

 先程の叫び声が聞こえていた受付嬢は、戸惑ったように声のする方角を見つめると、突然目を見開いた。そして彼女の顔からじわりじわりと透明な液体が流れ始めた。

 

 そんな受付嬢の様子と俺自身の感覚を証明に、俺はあることに気付くことが出来た。

 

「…っ!気温が変わってる…!」

 

 先ほどまで冷房を利かせていた筈の室内が一瞬のうちにして一変。真夏に外に放り出されたような蒸し暑さが、病院全体を覆いだした。

 

 この急激な気温の変化に加え、先程の叫び声。

 俺の頭の中では、その二つの条件が自然と最悪の展開を導き出していた。

 

「…っ!!」

 

 俺は、少なくない汗を流している受付嬢に詰め寄り、先程よりも迫真の勢いで問いかける。

 

「なぁ、頼むっ!このままじゃイザナミさんだけじゃない…生まれてくるカグツチも、この病院に居る人全員が危険なんだよ!早く病室の番号をっ!」

「え…それって…」

「早くっ!!」

「っ!……さ、産婦人科棟の4階…一番奥の423号室…です…」

 

 病室番号を聞き出した俺は受付嬢から離れ、急いで教えられた部屋に向かって駆けだす。

 

 

 

 走る際、病院まで走った時に溜まった熱が鬱陶しかったので能力で外へ放出。更に先ほどから漂っている蒸し暑さを消すべく、自分の周囲の熱を奪って従来の気温に戻す。

 本当はさっきのエントランスに能力を使って元の気温に戻したかったが、もしその選択を行えば、俺が此処に来た意味は無くなってしまう。根本的な問題を解決しなければ、意味が無いのだ。

 

 段飛ばしで階段を次々と駆け上がり、やたら長い廊下を一気に走り抜ける。

 

 そしてついに4階まで辿り着いた時、俺がここまで制御してきた分では足りない程の熱気が俺を襲い始める。常人が居続ければ遠くない内に水分を枯らしてしまう温度がこの4階を支配しているのだ。

俺は能力の出力を上げて4回に漂う熱気を俺の周辺のみ元に戻し、俺は奥の部屋へと向かう。

 

 そうして、俺はついにイザナミさんがいるという423号室の前に辿り着いた。手術中のランプがついたその部屋の前には長椅子が用意されていたが、そこには誰もいなかった。

 イザナギさんは中にいるだろうか。そう思った俺の元に――

 

「いやああぁぁぁぁっ!!熱い、熱いいぃぃぃっ!!」

「イザナミ、しっかりするんだ!イザナミっ!!」

 

 耳をつんざくような女性の悲鳴と、叫ぶようにイザナミさんの名を呼ぶ男性の声。

 

 二人の叫びにビクリと反応した俺は、すぐさま眼前の病室の扉に手をかけ、それを開いた。

 

「すいません、失礼しますっ!」

 

 室内へ入った直後の俺の目に飛び込んできたのは、最早病院の室内とは呼ぶことが出来ない、火災現場のような有様の光景だった。

 近くのカーテンやベッドには炎が既に移っている。人並みの大きさの炎が燃え盛り、もうもうと灰色の煙を宙にまき散らしているその姿はまさに危険の一文字に尽きると言えよう。

 

 …なんて呑気に説明してるヒマはない。

 俺は能力を発動して道を遮る炎を次々と吸収し、熱が濃くなっていく方向を頼りに紅蓮の世界を進んでいく。

 煙は流石に能力の管轄外である為、なるべくそれを吸い込まない様に、姿勢を低くしつつ迅速に行動を起こしていく俺。

 

 そして、この炎の発生源に辿り着くまでそう時間は掛からなかった。

 病室の隅のベッド、既に炎で半分以上燃えているカーテンで囲われたそこに俺が探していた人たちがいた。

 

「…見つけた!」

 

 ベッドの上でお腹の中にいるカグツチの熱に苦悶の表情を浮かべているイザナミさんと、そんな彼女の傍に寄って彼女の手を握っているイザナギさん。

 

「っ、誰だ君は!?今は君の相手をしている暇なんてない、直ぐに出て行ってくれっ!」

 

 俺の声が聞こえたイザナギさんがこちらのほうを驚いた様子で見て来たが、すぐに鋭い眼でこちらを睨みつけると、すぐにイザナミさんの方へと顔を向けてしまう。

 

 だが、俺はそんな事を言われて帰るつもりは毛頭無い。

 俺はイザナギさんの言葉を無視してイザナミさんが横になってベッドの近くに駆け寄ろうとする。

 

 

 

 

 

「…聞こえなかったのか?」

 

 しかし、俺のその行動が果たされることは無かった。

 

「がっ!?」

 

 近付こうとした瞬間、俺は突然壁に叩き付けられた。

 壁にぶつかった後に、俺の襟を掴んだイザナギさんが目にも止まらない速さで俺を壁へと叩き付けたという事が理解できた。

 やばい、全然見えなかった…。これが国産みの神の力って事か…!

 

「私の妻は今まさに苦しんでいるのだ。君が何をしにこんな状況の中で此処にやって来たのかは知らないが、邪魔だ」

「ぐっ…」

 

 イザナギさんが腕に込めている力が強くなり、それに比例して壁に叩き付けられている俺の苦しさも増していく。

 なんとか振りほどこうと試みるものの、神と人間の力の差は歴然で、まるで兆しが見えてこない。

 

「…く、あああぁぁぁぁぁぁっ!!」

「っ!?」

「イザナミ!!」

 

 俺たちがそんな事をしている間にも、イザナミさんはカグツチの熱に苦しんでいる。

 

 俺はイザナギさんの意識がイザナミさんの方へと向いた一瞬の隙を狙い、緩んだ彼の手を振り払うと、イザナミさんの元へ再度駆け寄った。

 背中からイザナミさんの制止の言葉が聞こえてくるが、俺はそれを振り切って今度こそイザナミさんのベッドの傍に辿り着く。

 そして俺は未だ膨らんでいる彼女のお腹に手を当て、熱を下げようと能力を発動する。

 

 しかし、能力を発動した瞬間、俺の手を伝って信じられない感覚が俺の頭に衝撃の事実を突きつける。

 

「この感覚……炎が……身体の中で燃えてるっ…!?」

 

 人間からしたら有り得ない現象に、俺の眼は今までにないほど見開く。

 しかし、今目の前にいる女性は神。さらにこれから生まれようとしているのは火の神であるカグツチだ。よくよく考えてみても神の間じゃ不自然ではないのだろう。

 

 俺はすぐさま操る対象に炎を加えて、炎と熱を同時に操り始める。

 

「ぐぅ…きっつ…!」

 

 俺の能力は前述のとおり、炎と熱の二つを操ることが出来るが単独で操るのは勿論、それぞれを同時進行で操るということも事実としては可能である。

 しかし、それには単体制御よりもより綿密かつより強くイメージする必要があり、難易度が大きく違ってくる。

 

 当然、今俺が制御しようとしているのは産まれる手前とは言え神の力。その強大さは人間のみである俺にとってかつてないものであり、イザナミさんのお腹越しに伝わってくる熱は俺の能力の許容量を十分に超えている証明と言えよう。

 

 今の俺の力ではカグツチの炎熱を抑え込みきれない、そういう事だ。

 

「くそっ…!!」

 

 現状に悪態をつきながらも、俺は無理をして更に能力の出力を上げて熱の吸収と、体内の炎の鎮静化を急ぐ。先ほどより手に熱がこもっているのを感じつつ、俺はイザナギさんの顔を見やる。

 イザナミさんの表情は先ほどの苦悶の表情よりも大分和らいでいるが、まだ完全に鎮静していないうえ、これからどうなっていくかまだ分からない以上、油断はできない。もしかしたらカグツチが更に熱や炎を発生させる可能性もあるからだ。

 

 そうして手一杯な状態の俺に向かって、先ほどまで俺を止めようとしていたイザナギが背中から声を掛けてきた。

 

「…君は、一体何なんだ?」

「…?」

「今回の事態は、私にとっても予想外の事態だった。火の神と聞いてはいたが、彼女の…イザナミの力ならば問題は無いだろうと。しかし、今回のような事が起こってしまった。…だからこそ気になった、何故君はまるでこの事を知っていたかのように此処に現れ、彼女を助けようとしているのかが。…こんな人間には危険な場所で、手がそんな風になるまで」

 

 イザナギさんの言葉によって気付いてみれば、能力の使用による影響で俺の腕は既に真っ赤になっていた。

 イザナギさんの言う事は尤もだ。今回の出来事を予想できなかった者にとっては、俺の登場は実に都合の良いものとしか思えないだろう。俺が同じ立場にいたとしてもそう思える。

 

「…確かに、俺はお二人と面識は全くと言っていいほど無いです。それに今回の事だって…詳しく話すことは出来ませんが、俺はある程度知ってました。火の神であるカグツチを産んだら、イザナミさんは危なくなるって」

「なら何故、君は此処にいる…?私たちは国産みとして上に立つ者だが、言ってしまえば君とは他人なのだ。他人に対してなぜそこまで危険を冒すことが出来る?」

 

 怪訝そうに俺の方を見てくるイザナギさんを見る限り、やっぱり俺の行動は周りから見たらおかしいんだろうな。

 まぁ、確かに俺も能力なしでこんな所にいたら確実に死んでるだろうし、今の俺の腕を見ても、俺が今まさにやっている事も能力を持っていても相当危険な分類だ。

 

 けど……。

 

「いっ…あああぁぁぁぁぁっ!!?」

「っ!?急に熱が上がって……!いや、炎もまた出始めてきたっ…!」

 

 突然、イザナミさんの苦しみ方がぶり返し始めたと同時に熱と炎も呼応するかのように発生しだした。

 

 くそ…一体何が起きたんだよ!

 

 そう思いながらも、俺は既にギリギリの出力で能力を使っていたところを絞り込むように更に上昇させる。

 

「あ…ぎ…!?」

 

 熱いっ…!まるで炎の中に手を突っ込んでるみたいな熱さが…!

 多分、本来俺が使える能力の限界を無理に引き出した結果かもしれない、身体が能力の使用についてこれていない。

 

「おい、君!もうこれ以上は危険だぞ!」

「…イザナギさん。さっきの質問、答えておきます…」

 

 手が熱くて、もうこのまま死んでしまうんじゃないかと思う程の苦しみが俺を襲ってくる。思わずイザナギさんが俺を止めようと諭すくらいに、俺の状態は危険なのだろう。

 

 しかし、俺は苦しみながらも喉の奥から吐き出すように言葉を紡いでいく。

 

「俺はっ…昔、近所の子供を助けられなかった、時がある……俺は、その子の近くにいたのに、結局何も出来なかったっ…!そんな自分が憎くて、虚しくて、だからっ…!」

 

 俺は、限界点を超えた能力を更に行使し、再び溢れて来た炎と熱を必死に抑え込む。

 

「だからっ、俺は助けられる命があるならっ、絶対に助ける!他人がどうとか関係ないっ、…これが俺の進む、生き方なんだっ!!」

 

 これが、あの時俺が決めた道。

 

 俺一人が助けられる命なんて、きっと俺が思っている以上に多くないのかもしれない。

だけど、俺はこの意志を曲げるつもりは絶対に無い。

 どんなに苦しい事があったって、辛い事があったって、俺はこの手を差し伸べ続ける。

 

 それが、天国にいるあの子にしてやれる俺なりの弔いでもあり、償いなのだ。

 

 

 

 そして、あいつへの……。

 

「…そうか」

 

 ポツリ、と。

 小さな声でそれだけ言うと、イザナギさんは俺の隣に立って俺の手の上に自身の手を重ねはじめた。

 

 どういう事なのだろうと、俺はイザナギさんの方を見る。

 

「イザナギさん…?」

「見知らぬ少年が私の妻の為に必死に頑張っているというのに、亭主である私が何もしないなどおかしな話であろう。少年、そのまま能力を使っていくんだ」

「えっ…?」

「私の能力の一つに『限界点を操る程度の能力』がある。私が君の能力と肉体の耐久力の限界点を可能な限り上昇させるから、君は構わず能力を使っていけばいい。そうすれば、イザナミを助け出すことは出来るだろう」

 

 なるほど、つまりイザナギさんの能力で俺の力を全体的に引き上げるという事か。

 俺が納得していると、先ほどまで死ぬほど熱かった俺の腕はみるみるうちに熱さが引いていく。イザナギさんの話しぶりからすると、俺の能力の容量が上がったのと体が能力に耐えられるほどに頑丈になったのが影響しているのだろう。

 

 これなら、いける!

 

「少年、名前を聞いてもいいかな」

「暁宮です。…暁宮 満希」

 

 俺の名前を聞くと、イザナギさんは小さくを笑みを浮かべ、イザナミさんの方へと向き直る。

 俺もイザナギさんに続き、彼女の方へと体を向けた。

 

「よし……ではやろう、満希くん」

「はいっ!」

 

 

 

 

 

「イザナギさん、体内の炎は全部吸収しました!身体の熱も平常の温度に戻ってます!」

「よし、これで出産に向けてのコンディションは整った…満希くん、引き続き炎と熱の管理を頼むよ……っ!子供の頭が、出てきている…!」

「っ!」

 

 カグツチの頭の先が、彼女のお腹から膣を通して外へと姿を見せ始める。

 

 

 

「くっ…うぅ…」

「イザナミ、気をしっかり持つんだ。もう少しだよ」

「はぁ…はぁ……はいっ…」

 

 頭が半分以上出てきている。

 

 

 

「うええぇぇえん!うええぇぇえん!」

「っ!イザナギさん!」

「ああ…もうひと踏ん張りだよ満希くん。イザナミ、子供の頭が全部出て来たよ!」

「はい…頑張り、ます…!」

 

 頭がすべて出て来て、子供の泣き声が室内に響き渡る。

 

 

 

「満希くん、こっちへ!この子の炎を抑えつつ、イザナミに炎と熱の影響が出ない様に調整するんだ!」

「了解!」

「うええぇぇぇん!」

 

 身体が3分の1以上現れ、出産も折り返し地点を超えて行く。

 

 

 

「後は足だけだ!二人とも、最後まで気を抜かない様に!」

「了解!」

「はい…!」

 

 既に腰まで身体を出してきた子供。残る部分は足だけになり、最後の追い上げが始める。

 

 

 

 

 

 そして、ついに………。

 

 

 

 

 

「うええぇぇぇん!うええぇぇん!」

 

 開始から1時間後。

 ついに子供――カグツチはこの世に生命を成した。

 

「あぁ…ようやく、ようやく…生まれてくれた…!」

 

 我が子の生誕に巡り合えた瞬間。それに感情を抑えきれなかったのかイザナミさんは涙を瞳からこぼしながら愛おしそうにカグツチを胸元に抱き寄せる。

 

「よし、後は…」

 

 感動のシーンを見納め、俺は未だ炎に塗れている室内へと目を向ける。

 出産に立ち会って色々と疲れている俺だったが、まだ最後の仕上げが残っている。

 

 俺は出産中にも周りの炎が広がらない様に室内の炎を吸収していたが、まだ室内に残留している小さな炎を吸収し、延焼が起きない様に処置を施す。

 

 それが終わったところで、俺は全身にかかっていた緊張感を解くと、どっとその場に座り込んだ。

 

「これで、イザナミさんもカグツチも大丈夫だよな…?」

 

 俺は近くの壁にもたれながら、イザナギさんたちの方を見る。

 イザナミさんはまだベッドで横になっているが、嬉しそうに生まれてきたカグツチを己の腕に抱き抱えている。イザナギさんも同様に嬉しそうな表情をしながら、二人の様子を眺めていた。

この様子なら安心、って感じだな。

 

 本当に、良かった…。

 

「ふぅ…安心したら、ねむ……」

 

 気が緩んだ途端、今までにないくらいの唐突さで睡魔が現れ、俺の瞼がどんどん閉じられていく。

 あ、イザナギさんがこっちに向かって手招いている。俺にも赤ん坊を見せたいのかな。

 

 けど…すいません、もう結構…限界…。

 

 

 

 既に疲労で限界になっている俺の意識は、魅惑的な眠気に導かれてゆっくりと闇の中へと落ちていった。

 

 大きな達成感を得た後の眠りの瞬間は、とても心地が良かったのを俺は瞬間的に感じることができた。

 

 

 

――終

 




10000文字オーバーときたもんだ。前後編に分けても良かったかもしれないと思案。

ちなみに今回の話が古代スタートをするうえで一番やりたかったイベントです。書けて大分満足感を得ています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。