剣持刀也とはどんなやつか、と尋ねられて多くの人の意見をまとめるとおそらく、いつも男子とわちゃわちゃしてるけどどっちかというと真面目な感じの子、という印象に落ち着くでしょう。もちろん私も少し前まではそのような印象を抱いていましたし、少なくともいちクラスメイトとして学校生活を送る上で知ることの出来る剣持刀也とはそういう生徒でした。
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「おはよー」
「おはようございます」「刀也くんおはー」
私が彼と会話、という程のものでもないですが、言葉を交わすのは少ない日だとこれくらいです。しかも私個人に向けた挨拶ではなく私のいるグループに向けられた言葉。剣持さんは剣道部の朝練があって朝教室に入ってくるのは朝礼の始まる5分前になることが多いですね。
私の所属している部活は朝練なんて大それたものはないですし、図書委員の朝当番に当たっていないときであれば私は大抵朝礼の始まる20分ほど前から教室のいつもドア近くの私の席で友人と固まってお喋りに興じています。彼はそこに律儀に挨拶をしてくれるのですが、別に私達だからと言うよりも、いつも顔見知り以上の人間とすれ違う時には挨拶を欠かさないのでクラスメイトの私達はもれなく適用内という訳です。
ただこの前すれ違った樋口さんと親しげに会話していたのには驚きましたね。しかもどうやら「でろーん」というよく分からないあだ名で彼女のことを呼びながら挨拶にとどまらず立ち止まり談笑し始めた光景には思わず2度見してしまいました。
今は吹奏楽部だけど元々はヤンキーで今でも不良とつるんでいて喧嘩してるとか、中学の時は地域のトップだったとか、眉唾ではあるものの、そのような噂のある人と親交があるとは普段の剣持からは想像もつきませんでしたから。
中学校が同じとか……いや、確か樋口さんは高校進学を機に関西から引っ越してきたはずですからそれは無いでしょうし……でもわざわざ彼の交友関係について尋ねるほどの交友関係ではないですし、その時はそんなに気にしなかったんですけどあだ名の「でろーん」ってなんなんですか……樋口さんの名前にでろーん要素0じゃないですか……くそっ、今になってめちゃくちゃ気になるじゃないですか。なんでそんなこと思い出しちゃったんですかね……
「……さんはどっち派?」
「はい?」
おっと、そんなことを考えてたら当の本人から話しかけられていたのに築きませんでした。もう、うっかりさんなんだから!
「きのこの山とたけのこの里どっち派? っていう質問を今みんなに聞いてるんだけど、どっち?」
「そうですね……特にどちらかを好んで食すわけではないですね。剣持さんはどうなんですか?」
「僕はきのこの山一択だね」
「そうでしたか、きのこの山の方が美味しいですかね?」
「まあ、きのこの山は美味しいですよ。ただ神ではないです。たけのこの里がゴミなだけで」
「ゴミとは大きく出ましたね……たけのこの里過激派から殺されませんかね」
「僕強いから大丈夫、返り討ちにします」
そう言いながら背中にかかったまんまだった竹刀を指さすと、じゃあ、と絆創膏だらけの手を軽く挙げて、元いたグループの輪の中へと戻って行った。
「男子って馬鹿だよねー、わざわざクラスの全員にどっち派か聞いて回って統計を取るんだってさ」
「ほんと高校生になっても子供から成長してないというか……」
「面白そうじゃないですか、私そういうの好きですよ?」
「でもさっきどっちも興味ないって言ってたじゃん?」
「それはあくまで私個人がどちらの派閥でもないだけで、統計結果が出るのはちょっと楽しみってことですよー」
だってクラス全員の趣味嗜好をわざわざ調べあげて戦わせるのって面白いじゃないですか? ただSNSとかで公式がキャンペーンを打ち出すのは調査の皮を被ったただの広告なのでそんなにそそられませんけどね。
友人が変わってるねーと言う声が聞こえたんですけど、変わっているのはお互い様だと思うんですけどね……むしろあなたがたの方がよっぽど変わってる気がしますが。夏休みに誘う要件が遺跡発掘な人中々いませんよ……?
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いやーそれにしてもすっかり遅くなりましたね、図書室を閉める時間の直前に生徒が大人数本を借りにきたせいで閉館作業が遅れてしまいました。多くの生徒の方々に読書に興味を持っていただけるのは大変嬉しいことですが、閉館時間と貸し出し等の作業の終了時間が同じなのは許し難いですね。おかげで閉館時間を過ぎても閉館作業に追われて普段よりも遅い時間になってしまいました。
まあ、早く帰ろうが遅くなろうが特に門限があったり少しでも遅いと親に尋ねられるような家庭では無いので私としては全く問題は無いので構わないんですけどね、ただちょっと残業代としてお菓子とかジュースくらいは出てもいいなー嬉しいなーとは思います。
……そういえば明日が締切の課題があったようななかったような……多分もうやってあったような気がしますが、もしあったらめちゃくちゃ後悔するので近道して帰りましょうか。ちょっと遅くなってしまったのて近道で通るところはあまり通りたくは無いのですが……背に腹はかえられないのでちょちょっと通り抜けちゃいましょうか。
「げ、汚しちゃったな……最悪」
「やっば、もちさん派手にやってんねぇ」
……と思ったんですが今日はとことんツイてないですね、ここを通りたくなかった一番の理由である不良と遭遇してしまう可能性があるというババを引き当てちゃったみたいです。しかも話の内容を聞く限りでは返り血をガッツリ浴びてる程の喧嘩をしていたみたいですね……幸いすぐ引き返せば人目の多い道に戻れなくは無いので戻りましょうか。
「剣持さんえぐっ!どんだけ派手にやったんですか…」
「いやー、返り血浴びたくなかったんだけどなぁ…あー、汚ぇな…」
……剣持さん? それに応える声もここからでははっきりと分かりませんがクラスメイトの剣持さんに酷似していますね、でも彼が喧嘩なんてする訳ないですし……なんせ男子がチャンバラして遊んでいる時も……いや、高校二年生になって休み時間にやることがチャンバラなのは……まあ、そんなことはどうでもよくって、その時に武道の精神がどうたらとか言って結局最後までチャンバラには参加せずにいた記憶がぼんやりとあります。
それくらい些細なことに武力を行使することについて慎重な彼が不良とつるんで喧嘩をするとはとても思えないのですが……でも残念ながら知的好奇心に勝る欲求は私には無いので、聞き耳を立てて少し近づいてしまいました。物陰からこっそり覗き見するくらいなら簡単には見つからないはずです。
「つーか、もちさんなんでそんな血嫌がってんの?」
「いや、普通に汚くない?だって相手の体液じゃん…逆にあんなものかかって平気でいられる方が理解し難いですよ。あと俺部活あるからそんときに血の跡残ってて顧問とかになんか言われたら嫌だし。」
「うげぇ、部活とか辞めればいーじゃん? よくあんな面倒なのやってられんな」
「ホントだよねー、でろーんさんといいよくやってるよほんと。私には無理」
この角度から見えるのは4人……多分全員うちの制服ですね。全員着崩しているので断定は出来ませんが。
そしてその4人の中に剣持さんがいました。
このことを10分前の私にして信じるでしょうか、あの優等生の剣持刀也が、クラスの中心人物である剣持刀也が、ヤンキー仲間達と路地裏で喧嘩しているなんて。絶対無理でしょうね、だって私今でも信じられませんから。そもそも剣持さんにヤンキー風の知り合いがいるっていうだけで私の中ではかなり大きな出来事だったのに、その人達と実際に喧嘩をしているなんて信じられるはずがないに決まってます。
「おーい、もちさん? 話聞いてる?」
「ん? あぁ、ごめん聞いてなかったわ」
「って、おーーーーい」
おっと、今確かに剣持さんと目が合ってしまったような気がするんですが……確か…葛葉さん? だったと思うんですが……とにかく白髪の男子生徒が剣持さんに話しかけてくれたので、私へ何らかのアクションを起こすことはないと思うんですが……念の為ここは遠回りになりますが大通りから帰りましょう。
結局家に着いたのは7時を優に回った時間帯になっていて、ただ家に早く帰りたかっただけなのに近道をせずに帰るよりもずっと遅くなってしまいました。図書委員では残業をさせられて、家に帰る道では不良が喧嘩していて…ほんとに今日は厄日かもしれません。それでも優等生だと思っていたクラスメイトの秘密を知ってしまった、という私にとってとっても大きな事件はそんな小さな不幸を吹き飛ばしてそのまま私の心を昂らせてやまないのでした。
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さて、今日も今日とて朝の当番はないので8時には教室についていつも通り友人たちとのお話タイムです。
もちろん昨日あったことは話しませんし、話すつもりもないですが、ただ少しだけ剣持さんと顔を合わせるのが少しだけ怖いですね、確実に目は合っていたので何を言われるか…。
「おはよー」
「……っおはようございます」「おはおはー」
ついつい身構えてしまいましたが、特に変わった様子もなく今日も彼はいつも通り挨拶をしながら教室へ入ってきました。あんな非現実的な光景、むしろ私の勘違いだった気がしますが確かに昨日、私は路地裏で剣持さん達が喧嘩していたと思わしき現場に遭遇しています。帰り道にびっくりしすぎて足元が覚束ずに転んでしまいしっかり擦りむいた跡が残っているので間違いありません。
クラスの中で(恐らく)私だけが知っている秘密ってなんだかセンシティブな響きですね。まあ実際は優等生だと思っていたクラスメイトが裏ではヤンキーだったっていうなんのお色気もない内容なんですけどね……。
普段はあの時間にあの路地を通ることはまあないので、今まで気づかなかったですが、彼等がどんなメンバーでどんな喧嘩をしているのか気になってしまっている私がいるのは確かです……好奇心は猫をも殺すと言いますがその程度ではこの私を殺せるとは思わないでいただきたいですね。
それにしても彼がヤンキーだったという事実は未だに衝撃的で、非現実的でした。あの相手の返り血に嫌そうに顔を歪めていた彼の姿が今も脳裏に焼き付いて離れません。そして剣道部の練習で怪我が絶えないからだと思っていたあの絆創膏だらけの手も、本当は喧嘩して出来た傷なのでしょう、昨日学校で見た時よりいくつか増えていた絆創膏に気づいた私は、こんな平和な学校生活の日常の中に非日常的な事の痕跡を感じて少しだけ高揚感を覚えていました。