マイティ・ソーが北欧異聞帯を攻略するようです 作:ドレッジキング
ゲルダは北欧神話で最も知名度が高い神格の一つであろうトール神を知らないと答えたのだ。
ソーは立香、マシュと共に第23集落の中を散歩していた。先程ゲルダが北欧神話の中でも著名なトール神を知らないと答えたのが妙に引っ掛かっていた。となるとこの北欧異聞帯に存在していたトール神は昔に死んだのであろうか?だが北欧を代表する神の一柱であるなら伝承ぐらいは残っている筈である。やはり異聞帯という世界は歴史も神話もどこかしら歪んでいるのではないかとソーは考えた。
「ゲルダはこの世界のトール……即ち我の事を知らんと答えた。やはり異聞帯という世界は歪なようだ」
「確かにそうですね……。ソーさんほどの知名度のある神を知らないのは妙です」
「うむ。それに――」
そう言いつつ、ソーは空を見上げる。この北欧異聞帯に来た際に見た宙に浮かぶ異様な太陽は今も上空で輝いている。宙にある異常な太陽といい、ワルキューレが戦士でもない無辜の民をヴァルハラに連れていこうとしたり、アースガルズを代表するトール神の事を知らなかったり何もかもが歪んでいるとしか思えない。ウォリアーズ・スリーの面々は集落に住んでいる子供たちと戯れている。特にヴォルスタッグは人気のようで、幼い少年少女が彼に群がっている光景は何とも微笑ましい。
「ハハハ!この勇壮なるヴォルスタッグが来たからにはもう安心だ!」
「ヴォルスタッグ!」
「あそぼー!」
ヴォルスタッグがそう言うと、子供たちは歓声を上げて彼の巨体に飛びついてくる。この集落では25歳以上の人間はいない為、中年男に見えるヴォルスタッグが珍しいのだろう。マシュもヴォルスタッグが集落の子達と遊んでいる様子を見て嬉しそうに微笑んでいる。
「立香、マシュ。我はこれより北欧異聞帯を支配している王に会いに行くつもりだ。そなたたちカルデアもこの地を治める王に会いに行くのであろう?」
ソーの言葉に立香とマシュは頷いた。
「はい!私と先輩もこの異聞帯を支配している王に会いに行きます!ソーさん、共に行きましょう!」
マシュの言葉にソーは笑みを浮かべる。
「うむ。それでは行くとするか。ヴォルスタッグたちはこの集落で留守番をしてもらおう」
ソーは自分の臣下であるヴォルスタッグ、ファンドラル、ホーガンの3人に対してこの第23集落で留守番をするように伝えた。3人ともソーと共に行きたがってたものの、ゲルダの住んでいるこの集落に御使い……ワルキューレが再び来ないとも限らない。それ故にソーは3人に対して集落の防衛を命じておいた。
「我が君ソーのご命令とあらばやむを得んな……」
「そうだな……仕方ない」
「うむ」
そう言って残念そうな顔をするヴォルスタッグたちを説得したソーは立香とマシュに対して言う。
「立香、マシュ。我の身体にしがみつけ」
「は、はい……」
「う、うん……分かった」
突然のソーの言葉に困惑しつつも、2人は言われるがままにソーの身体を掴む。ソーの身体は大きいので二人ぐらいがしがみつくには十分だった。そしてソーは自分の得物であるムジョルニアの革紐を掴んで勢いよく回転させる。そして十分に回転させると空中へと舞い上がった。ソーは自分の武器であるムジョルニアの力で飛行する事ができ、音速に達するスピードで空を移動できる。流石に音速で飛行しては2人が無事で済む保証は無いので、時速300キロ程度にしているが。立香とマシュはソーの身体に掴まってはいるものの、まるで猛スピードのジェットコースターに乗っているような恐怖を感じていた。
「ハハハハハ!楽しいか!?」
ソーは空中で高笑いしながら大声で二人に問いかける。
「え、ええ……と、とても!」
マシュは冷や汗を流しながらなんとかソーの問いに答えた。立香もマシュと同じかそれ以上に冷や汗を掻いていたが辛うじて頷く事ができた。
ソーの身体にしがみついた状態で立香とマシュは北欧異聞帯を空の上から見下ろす。こうして空から見ているとこの世界の全容がよく分かる。ソーはムジョルニアを頭上で振り回しつつ、空中でホバリングしており、立香とマシュは眼下に広がる北欧異聞帯を見下ろしつつ、上空から下界を見渡すことができた。まず目を引くのは辺り一面に広がる広大な銀世界だ。ロシア異聞帯と同じくここでは一年中冬が続いているのであろう。そして山嶺の半ばから北部にかけて、木々がない場所に浮かんでいる青い炎。あの炎の正体は未だに分からないが、良いものではない事は薄々ソーも感じていた。この氷雪で覆われた世界を支配する異聞帯の支配者とはどのような存在なのだろうか。
「……集落でゲルダが我の事を知らぬと言っていたが、それについて深く考えていたところだ」
「はい……。ソーさん程の有名な神を知らないというのは不自然ですね」
「うむ。それについてだが心当たりがないわけでもない。――――ラグナロクだ」
ソーの言葉に立香とマシュは目を見開く。そう、北欧神話において神々と巨人が激突する最終戦争こそが北欧における終末の日ラグナロクなのだ。
「ラグナロクにおいて神々は滅びる運命だが、それでも生き残った神々は少数だがいるのだ。にも拘わらずこの北欧異聞帯を支配している神は一柱のみで、しかも我の名前も人々から忘れられているときた」
そう、ラグナロクといえども本当に全ての神々や人間、動物が死に絶えたわけではない。バルドルを始めとする複数の神々はラグナロク後も存命しているのだから。
「我の故郷であるアスガルドにもラグナロクは存在していた」
「ソーさんの故郷でもラグナロクがあったんですか?」
「あぁ、そしてそのラグナロクは何度も起きていたのだ。故郷アスガルドはラグナロクというサイクルの中で存在していた。アスガルドを影から支配していた『影の上に座する者達』によってな」
―――――『影の上に座する者達』
ソーとウォリアーズ・スリーの故郷であるアスガルドを影から支配していた神格たちであり、ラグナロクが発生するエネルギーを吸収する事によって生き永らえていたアスガルドの創造主。アスガルドはラグナロクという円環のサイクルの中で存在し続けていたのである。だがオーディンがソーを地球に送り込み、謙虚さを学ばせる事によって『影の上に座する者達』の支配から徐々に解き放たれていき、ソーを「運命の糸」で縛り付ける事が不可能になってしまった。何度もラグナロクを迎えるという運命を断ち切る為、ソーは父オーディンから託された膨大な知恵とルーンを手にし、『影の上に座する者達』を滅ぼし、アスガルドはラグナロクの輪廻から解放されたのだ。
「そんな事があったんですか……」
「うむ。この北欧異聞帯もラグナロクによって狂った世界だとすれば説明が付く」
ソーは再びムジョルニアを用いて探索を開始した。何処かにこの北欧異聞帯を支配している王の居城があるかもしれないからだ。しかしデミ・サーヴァントであるマシュはともかく長時間ソーの身体にしがみ付かなければならないマスターの立香は疲労困憊の様子だ。
「マシュ……俺もう限界……」
「先輩!?ソーさん、先輩が疲労しています!一度休息を取ってからもう一度捜索しましょう!」
「そうか?なら一度休憩するか」
ソーはそう言って地上に降り立った。そして立香は雪で覆われた地面に座り込んで大の字になって寝転ぶ。ここで一旦休憩する事にした。
「あー疲れた」
立香は長時間の飛行で疲れ切っていたようだ。マシュは寝転がる立香の傍に寄り添い、心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか、先輩」
マシュの言葉に立香は軽く微笑み返す。
「立香、お主のような年端もいかぬ少年がこのような世界に来て戦いをしているとはな」
ソーが元々いた世界にも未成年の少年少女のチームであるヤングアベンジャーズがいるが、見る限りでは立香はヤングアベンジャーズの面々のような超人的な身体能力もスーパーパワーも持っていないようだ。ごく普通の少年でありながらこうしてマシュと共に過酷な旅路を歩んでいるというのは称賛に値するだろう。
「ですが先輩は立派です。普通の人がこんな厳しい戦いを生き延びるのは並大抵の事ではありませんから」
「お主たちはこれまで多くの戦いをしてきたようだな……。立香、マシュ。お主たちに家族はいるのか?」
「私は南極のカルデアで生まれたデザイナーベイビーですから、遺伝子上の親はいても生みの親というのはいなくて……」
「俺にはいますよ。父さんと母さんが。けど二人の顔も声もよく思い出せなくなってて……。こうして聞かれないと両親の存在も頭に浮かばなくなってる感じです」
立香の言葉にマシュは俯く。カルデアに来てからの戦いの日々の連続で、故郷にいる自分の両親の顔も思い出せなくなってきているのだろう。
「けど、この戦いが終わったら家に帰るつもりです。そして父さんと母さんに"ただいま"って言ってもう一度二人の顔を見たいんです」
「そうですか……ご家族の皆さんに会う為にも頑張らないといけませんね」
そう呟くマシュの声は何処か寂しげだった。
「ふむ……お主達の置かれた状況は想像以上に厳しいようだ。よし、なら我が力を貸そう。いつまでも共にいられるかは分からぬが、この北欧異聞帯において、このソーがお主達の為にムジョルニアを振るう事を誓おう」
ソーの言葉に立香とマシュは笑顔になる。
「トール神って神様だけど凄く親しみやすいんですね」
「はっはっは!それは嬉しい言葉だ!」
立香の言葉に上機嫌そうに笑うソー。マシュもソーにつられて笑みを浮かべる。
「我が力があれば如何なる障害も打ち砕けるだろう!よし、この異聞帯を支配する者がいる居城を探すとするか!」
ソーは再び立香とマシュを自分の身体にしがみ付かせ、ムジョルニアを用いて空中を飛行する。それから数十分後、ついに3人はそれを見つける。現実世界におけるスカンジナビア半島オスロ・フィヨルド北部にその城は存在していた。建物自体が氷で造られており、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「あれがこの世界の王の城のようだ」
そう言ってソーは地上へと降り立った。3人の目の前には巨大な氷城が聳え立っている。恐らくここが北欧異聞帯を支配する王の居城だろう。
『影の上に座する者たち』っていうのは原作にも登場する神格たちですよ~。ちなみに公式設定でソーさんのムジョルニアは地球のような大気圏内では時速770マイル(約1240km)で飛行できます。