聖姉弟は作者の最推しですので、いつか書きたいと思っていました。
「相談があるんです。他の誰でも無い、貴女自身に」
今自分の目の前にいる女性、聖白蓮にそう言われたのはもう一時間も前のことになるだろうか。あれから一向に話を切り出さず、二人で向かい合う時間が続いている。
私も暇では無いのだがと彼女――豊聡耳神子は天井を見上げた。そこには普段は見る事の無い、しかし何度かは目にしたことのある命蓮寺の天井が広がっていた。
神子と白蓮は本来ならば敵同士だ。いや、敵という言葉を使う程険悪な間柄では無いのだが、それでも片や道教を信仰し、片や仏教を信仰する者としてどうしても完全に仲良くという訳には行かなかった。
そんな彼女から相談があると言われた時は内心かなり驚いたものだ。彼女の相談を聞いてくれる者など周りに沢山いるだろうに。毘沙門天の代理を務める妖怪もいれば、彼女を姐と慕う者もいる。それに今は、彼女達以上に親密な者が近くにいるではないか。
それでも自分の事を頼るということは、自分はある一定の信頼は彼女から得ているらしい。幾ら敵であろうとも、他人に頼られることに悪い気はしなかった。
聡明な自分にかかればなんてことは無い。そう言って引き受けはしたものの、本人からの言葉が何もないとなると話は別だ。能力を使えば彼女の願いを聞くこともできるが、無断で人の心に立ち入るのは無粋というものだろう。
これ以上は埒が明かない。もういっそのこと断って帰る事にしよう。神子がそこまで考えたところで漸く、一時間ほど前から一切開かなかった彼女の口が開く。
「こんなこと、貴女が聞いても困るだけかもしれませんが…」
「構わないさ。引き受けたのは私だ。解決できるかと言われたら話が別だが、聞いてやることくらいは出来る」
そう言うと白蓮は心底安心した様な表情を見せる。話を聞いて貰えると言われただけでこの反応とは、どうやら相当追い詰められていたらしい。それ程までに彼女を悩ませる問題とは一体何なのだろうか。差し出された茶を飲みながら、神子は彼女の動作を見守る。
白蓮は一度大きく深呼吸をし、やがて意を決したかのような目つきで口を開いた。
「最近、弟――命蓮の仕草がエロ過ぎて、これ以上耐えられる気がしないんですが、どうすればいいのでしょうか?」
その予想の斜め上を優に飛び超えた言葉に感想を抱くよりも前に、神子は思いっきりむせることとなった。
かつて、聖白蓮には弟がいた。
聖命蓮。彼女にとって最愛の弟であり、彼女が人を捨てることになった最も大きな要因の一つである。
病弱であった彼は幼くして病によって命を落としてしまい、彼の死によって死そのものを恐れるようになった彼女は人外となる事を決意した。
そこから何百年もの時が経った三か月ほど前のこと。聖命蓮は突如として彼女の前に再び姿を見せることとなったのだ。
また彼の姿を見る事が出来る。また彼に触れることが出来る。それが理解出来たその時には彼女の目から止めどなく涙が溢れ、暫くの間彼を抱き締めて泣き続けてしまった。
そうして数十分もの間泣き続けて涙が枯れた時、白蓮は漸く彼の状況を認識する事が出来た。
まず最初に目に飛び込んできたのは、彼が座っている車椅子だ。確かに彼は生前病弱ではあったが、それでも一人で歩く事は出来た筈だ。
一体何故、それを彼に問いかけるよりも早く次に目に入ったのは、彼の額に付けられた見覚えのあるお札だった。
白蓮はその札が何のために存在するのかを知っている。あれはかの邪仙が死者を蘇らせる為に使用する札であり、キョンシーを意のままに操ることの出来る札でもある。そしてこの幻想郷において、キョンシーを使役する邪仙などただ一人しかいない。
それを知った白蓮はそれはもう荒れに荒れた。途中から彼女の巨大な魔力を感じて何事かと飛んできた星達が何とか止める事に成功したが、危うく五戒の一つを破ってしまう所であった。どの戒めかは察して欲しい。
そうしてなんやかんやあって二人の再会から凡そ一週間後、命蓮はなんとか自分の主である青娥を説得して命蓮寺へと住むことを許されたのだ。因みに寺に自分の名前が使われていることを本人は滅茶苦茶恥ずかしがっていた。
白蓮も数日の間は命蓮が寝取られただのなんだのと普段からは想像も出来ないような言葉を喚いていたが、やはり最愛の弟と一緒に過ごせるというのは嬉しいらしく、彼が寺に来てからは一切文句を言うことなく彼にベッタリ寄り添い、幸せそうな毎日を過ごしていた。
その様子は一応青娥の関係者でもある神子も耳にしていた。というか青娥から愚痴を聞かされていた。しかし多少のいざこざはあったものの平和的に解決出来そうで何よりだと思っていたら先程の相談事だ。どうやら神はまだ彼女を平穏へと引き戻す気は無いらしい。
「・・・さて、話を聞くと言ってしまったからな。取りあえずその決断に至った経緯を話してくれ」
ひとまず落ち着いた神子は白蓮に事情の説明を促す。本当は帰りたい気持ちでいっぱいであったが、引き受けると言ってしまったのだ。一時間前の自分の言動が悔やまれる。
「その…ここ数週間命蓮と共に過ごして来て…ほら、あの子は車椅子生活ですからお世話が必要なんですよ。それである日命蓮とお風呂に入っていた時に気づいたんです。あれ?これその気になれば既成事実作れるんじゃ?と」
「・・・ん?」
「そう考えたら急に意識しちゃって…私は元々命蓮の事が好きでしたし。『姉様、一緒に寝ましょう?』と言って毛布を少し捲ったり、『姉様、お風呂に入りましょう』と服を脱ぎながら言うんですよ!?これはもう誘ってますよね!?」
妄想乙と口にしそうになったが、神子は何とかその言葉を喉元で抑える。
「(あれ?私の宿敵ってこんなにポンコツだったっけ?)」
そう思わずにはいられなかった。風呂に入ろうとしているのだから服を脱ぐのは当然ではないか。確かに風呂には誘っている。最早自分の知るかつての聖白蓮は何処にもいないのだなと、神子は一抹の寂しさを感じた。
「・・・というか今更だが、何故その相談を私にする。当の本人である命蓮は無理でも、お前の周りには相談の出来る相手がいるでは無いか。ほら、星や一輪は相談に乗ってはくれなかったのか?」
「二人にも相談したのですが…私では対処しかねると言われまして…」
成程、つまり彼女等は逃げた訳だ。そして巡り巡ってこちらへと被害が来たらしい。出来ればその悩みは身内で収めて欲しかったものだ。
しかし彼女とて十人の声を同時に聞き分けるという難題をやってのけたかの聖徳太子。無理難題を振られるのは慣れている。彼女は暫くの間顎に手を当てて考え込む。
「・・・まぁ、いいんじゃないか?」
そして彼女の高度な思考が最終的に行きついた結果は、まぁ別にいいんじゃね?という結論であった。というよりこれ以上面倒ごとに巻き込まれたくなかった。
「別に態々気持ちを抑える必要も無いだろう。確かに仏教には五戒の一つに不邪淫戒があるが、あれは無闇に淫らな事をしたり、配偶者を嫌ってはならないという意味だった筈だ。つまり貴女がずっと命蓮を愛せば問題ないことになる」
「な、成程…」
「寧ろ下手に気持ちを抑えてある時にそれが暴走する方が怖い。それに命蓮本人も姉に慕われて嫌な気持ちはしないだろう」
「・・・そうですか、そうですよね!相談に乗ってくださりありがとうございます!」
安堵と喜びが混じった声音で何やら話し続ける白蓮であったが、神子の耳には一切入っていなかった。
「(すまない、命蓮。私ではお前の姉を止める事は出来ない…)」
これから犠牲になるであろう一人の少年に、神子は心の中で頭を下げることしか出来なかった。
この作品ではキョンシーの定義や命蓮の死因などを改変しております。
それとこの作品は全年齢向けですのでエロいことは起こりません。予めご了承ください。