「・・・今日はここまでにしておきましょう」
薄暗く、そして大量の本棚に囲まれた大図書館にて、声の主ことパチュリー・ノーレッジはかけていた眼鏡を外した後、小さく溜め息を一つ漏らす。
「もう終わりですか?私はまだまだ勉強を続けることが出来ますよ」
「貴方、もう二時間も続けているわよ。前にも言ったでしょう、こういう知識を得る作業はコツコツと続けることが大事なのよ。一日で一気に詰め込んでは、それだけ忘れる可能性も高くなるわ。それに、人に教えるなんて慣れないことをしている私の疲労も考えて頂戴」
「・・・わかりました。パチュリーさん、ありがとうございました」
「呼び方…」
「あ、ありがとうございました。先生」
改めてお礼を言う命蓮に、彼女は満足げに頷いた後、同じように頭を下げる。授業中は先生呼びをすること。最初に彼と決めたルールだ。
既にお気づきだとは思うがここは紅魔館の地下に存在する大図書館。命蓮はそこで、パチュリーから講義を受けていた。
日にち的にはかれがマミゾウと穏やかな一日を過ごした三日程後の事。彼女の発言で改めて知識の重要性を感じた命蓮は、日頃通っている地下図書館、そこに存在する書物の全てを読破しものにしているパチュリーに自分の知識を広める協力をして欲しいとお願いをしたのだ。
初めのうちは誰かに教える事などしたことが無い故に断っていたパチュリーであったが、命蓮のどれだけ断り続けても頼み続ける根性と日頃からそれなりに友人として仲良くしている彼への好感度、そして断る度に彼に気づかれない程度の殺気を送って来る彼の後ろに佇む姉の姿に遂に根負けし、彼の頼みを承諾したのだ。
うまく教える事が出来るか、期待に応える事が出来るか不安だったが実際やってみるとどうだろう。自分の至らない点が感じられない程命蓮の学習能力が高く、説明に困った事は一度も無い。自分がすることと言えば授業に飽きられない様に時折適当な雑談を交える程度だ。流石かの聖白蓮の英才教育を受けただけはある。
「二人共お疲れ様。紅茶を入れたのだけど、よかったら一緒にどう?」
そう言って命蓮達に声をかけたのは、彼の姉では無く、パチュリーと同じ魔法使いであるアリス・マーガトロイドだ。命蓮とは知り合ってから長いという訳では無いが、この図書館で何回か会っている上この幻想郷でも数少ない常識人であるが故に、何か用事がある際に命蓮のお守りを任されていたりもする。
アリスは机のすぐ近くまで命蓮の車椅子を押し、彼の前に紅茶を置く。この紅魔館のメイド長が入れただけあって色、香りともに完璧であった。恐らく味すらも完璧なのだろうと容易に想像がつく。
「ありがとうございます。私達の分まで用意して貰っちゃって」
「お礼なら私じゃ無くてここにいない咲夜に言って頂戴。私はただ彼女が用意した紅茶をカップに注いで、クッキーを机に置いただけよ」
「咲夜さん…いつも気が付いたらいないんですよね。中々お話をする機会が無くて残念です」
「彼女は多忙だから仕方が無いわ。なんせ主が我が儘なお嬢様なんだもの」
命蓮と軽いやり取りを交わしながら、アリスはテキパキとティータイムの用意を続ける。パチュリーは紅茶を飲みながら読書をする気満々なのか、読む本を選ぶべく近くの本棚を漁っている。
「あれ…そういえばアリスさん、姉様は何処へ?私がお勉強をし始めた時は一緒にいたでは無いですか…」
「あぁ、確か探したい本があると言っていたわね。話を聞く限り魔法関係だとは思うけど」
魔法関係。彼女の言葉を聞いて反応を示したのは命蓮では無く、パチュリーの方であった。
聖白蓮は僧侶であると同時に魔法使いである。しかし一口に魔法使いと言っても、自分とアリスの二人と彼女のスタイルは全くと言って良い程異なる。
自分達は魔法を攻撃や防御など様々な用途に使用し、それをメインとして戦うが、彼女の場合は魔法は殆ど補助にすぎない。彼女の持つ法力をもってすれば、魔法による力などあっても無くてもそこまで大きな変化は無いのだ。魔法に頼りきりでは無いというのは、彼女達根っからの魔法使いにとっては羨ましく感じる。
この大図書館に存在する本の量は幻想郷随一と断言できる自身があるパチュリーであったが、その殆どが自分に必要であったり、興味をそそられた書物である筈だ。彼女が使用する魔法――つまり自分にとって無縁な魔法に関する魔導書など置いていない。一体彼女は何を探しているのだろうか。
「・・・ま、特に気にする事でも無いわよね。それよりも私は喉がカラカラよ。先に頂いちゃいましょう」
そう言ってパチュリーは思考を切り捨て命蓮達のいるテーブルへと戻り、自分の目の前に置かれた紅茶に口を付ける。アリスも同じ様に紅茶を飲み始め、命蓮はここにはいない姉を心配して暫くの間キョロキョロと周囲を見回していたが、やがて見つけられないと思ったのかテーブルに置かれたメイド長特製のクッキーをサクサクと食べ始めるのであった。
「いけませんね…ついつい夢中になってしまう」
命蓮、パチュリー、アリスの三人が優雅なティータイムを楽しんでいるのと同時刻、その場にはいなかった聖白蓮の姿は大図書館の最奥付近にあった。
薄暗い灯りだけが彼女と本を照らす。この図書館は例え飛んだとしてももの凄く広い為に一番奥へと行きつくのに十五分以上かかってしまう。それ故にこの図書館における窃盗常習犯の魔理沙でさえ、最奥へは面倒であるが故に行く事は無いのだ。パチュリーも本当に大事な本は、魔理沙に取られないようここに置いていることが多い。
つまりここには、パチュリーの魔法人生の集大成が多く存在する。賢者の石の製造方法や、悪魔召喚術、時間停止魔法など、普通の人間からすれば喉から手が出る程欲しい書物が山ほど置いてある。尤もそう言った本は大抵開く者を見定める様出来ている為に、不用意に本を開いたとして命の保証は出来かねるが。
その様な場所で一時化以上、彼女は本を開いてはパラパラと流し見て閉じる。それを繰り返していた。これだけの量の本があってなお、彼女の望む本は存在していなかった。
「パチュリーさんの知識量でも存在しませんか…死者を生き返らせる魔法というのは」
また同じ様に本をめくっては閉じ、それを本棚に戻す。その表情が喜びの色に変わる事は決してなく、彼女は小さく溜め息を吐いてから、自分が読んでいた本が収納されている巨大な本棚を見上げる。
死者蘇生の本。白蓮がそれを探そうと思ったのはごく最近のことであり、その理由には弟の命蓮が大きく関わっている。
命蓮が死んでから既に千年以上の時が経過しているが、白蓮がその間同じように死者蘇生に関する知識を求める事は無かった。彼が亡くなってから暫くの内は命蓮を生き返らせる方法を模索していたがやがて封印されてしまった上に、星達の手によって封印が解かれ幻想郷で住むようになってからは命蓮の墓は外の世界に存在する為、生き返らせることを半ば諦めていた。
しかし青娥はどういう方法を使ったかは知らないが外の世界から命蓮の死体を持ち帰り、キョンシーを作る事に成功した。まるで自分は青娥よりも命蓮へ執着していなかったと言われている様で非常に不愉快だったのは記憶に新しい。
態々彼女が大図書館の最奥に足を運び、死者の蘇生に関する本を探しているのもこれ以上彼女に命蓮を好き放題させないためだ。彼がキョンシーである限り、体は例え彼が何処にいようと青娥の支配下にある。そしてキョンシーであるということは、彼の額に青娥の作った札が二十四時間貼り付いているということを意味するのだ。
ただのブラコンの過剰反応と言うことなかれ。彼女にとって最愛の弟が他の女の物を一日中肌身離さず所持しているというのは苦痛以外の何物でも無いのだ。しかもよりによって彼の顔を隠す上に彼を見る際は必ず目に入ってしまう額の真ん中に貼るとは。キョンシーを作る際にはそこに貼るのが常識らしいがそんなこと知ったこっちゃない。こっちからすればいい迷惑だ。
「・・・っと、危ない危ない。危うく本棚を壊してしまう所でした。私もまだまだ感情を制御しきれていませんね。修行が足りない証拠です」
時計を見ると命蓮の下を離れてから二時間以上経っている。パチュリーによる授業もそろそろ終わっている頃だろう。彼女は一度に知識を詰め込むタイプでは無い筈だ。早く彼の下に行って、勉強で疲れた体を癒してあげる事にしよう。そう考えた白蓮は後で読もうとテーブルに置いていた本を手早く片付け、彼の下へ本が風で吹き飛ばされない程度の速さで飛んで帰るのであった。