命蓮寺における家事をする人物は、当番制である。
そもそもとして家事をするのには何かと不便な命蓮を除き、命蓮寺に住む者は全員が交代で朝食を作ったり廊下を掃除したりなど、それぞれの役職が毎朝割り振られる。聖は最近は命蓮の側で彼を寝かしつけることが増えたために、必ずしも綺麗に仕事が振り分けられるという訳では無いのだが。
そしてそれは命蓮寺に定住している訳では無い、しかし定期的にこの寺を訪れる者にも適応される。具体例を挙げるとするならサトリ妖怪の古明地こいし、疫病神の依神女苑、能面の付喪神である秦こころなどが該当する。
それは今台所に立っている彼女――二ツ岩マミゾウも例外ではない。彼女は今白蓮と仕事を分担しながらも、朝食を作っている真っ最中であった。
何か余計な無駄口を叩く訳でも無く適度に意思疎通をしながら朝食の準備をしていく二人であったが、やがてマミゾウの方から白蓮へと話しかける。あくまで他愛のない雑談といった口調で。
「なぁ、聖」
「はい、なんですか?野菜は切り終えるまでもう少し待っていてくださいね」
「いや、それは関係無いのじゃがな…」
マミゾウはそこで一旦話を区切り、チラチラと彼女が野菜を切っている様子を流し見てから再び言葉を紡ぐ。その様子は、何かを心配している様であった。
「・・・そろそろ、命蓮を自立させんか?」
その瞬間轟音と共に、野菜とまな板が真っ二つに分断された。予測していたことが起きてしまった。しかし台所本体に被害がないだけマシかと、マミゾウは何と言えば良いのかわからず引き攣った笑みを浮かべる。
「な、ななな何を言っているのですか?みょ、命蓮が自立…?自立ってなんでしたっけ?」
「自分の知能を下げて現実逃避をしようとするな。自立はお主にとって言い方がショッキング過ぎたかもしれんな。もっと正確に言うのなら…坊に一人で何かをやらせてみたらどうかと思ったのじゃ」
「だ、駄目です!あの子はまだ子供…それに足が不自由何ですよ!?」
「子供と言ってもあ奴の精神年齢は年相応を優に超えておる。それに足が不自由といえどもキョンシーじゃ。車椅子だって自分で動かせるし、最低限の事は自分で出来るじゃろ」
「で、ですが万が一一人のうちに妖怪に襲われでもしたら…」
「儂だっていきなり妖怪の山へ行ってみろ等の無茶ぶりを言うつもりは無い。まずは簡単な事からじゃ。それにこのまま甘やかされる生活を続けていたら、坊は間違いなく駄目人間になるぞ?」
「・・・私はそれでも構いませんよ。命蓮が一生私に甘えてくれるなんて嬉しいではないですか」
私が一生命蓮を養いますよ的なことをサラッと言う白蓮に、マミゾウは改めてブラコンの恐ろしさを感じた。このままではいつか命蓮のことをこの寺に監禁しそうな気配すらある。
「これは里の寺子屋の教師からの情報じゃが…ある程度子は自由にさせておかねば反抗期の際に荒れるぞ?肉体年齢の成長が止まっても精神年齢は上がり続けるからの。お主も坊に嫌いとは言われたくあるまい」
「ぐっ、それは…」
マミゾウの発言に暫くの間天井を見上げて表情を歪める白蓮であったが、やがて観念したかのように顔の力を抜き、マミゾウの方へと向き直る。
「・・・確かに、貴女の言う事は一理あるかもしれません。それで、その様な事を申されたということは、何か提案があるんですよね?」
「無論じゃ。しかし…それは朝食の後に話すとしよう。我々の今の目的は朝食を作る事であるからな。他の保護者からの意見も伺いたい」
「わかりました」
そこからはまた彼女達は淡々と朝食の準備を進める。後に先程の話のせいで朝食を取っている間白蓮はずっと弟をチラチラと見ていたせいで、大分弟に不思議がられていた。
「・・・儂の案に意見や文句のある者は手を挙げて欲しい。それによってこの案を採用するか判断しようではないか」
時間は進み朝食を終えたマミゾウは、他の住人に自分の考えた案を示し、賛同を求めていた。
今この会議を行っている部屋に命蓮はいない。自分だけ仲間外れにされることを不満に感じていた様子であったが、姉の『大事な話なので、子供の命蓮にはまだ早いです』という言葉で不思議がりながらも納得していた。彼にとって姉の言葉を疑うなど有り得ないのだ。姉に言われたのなら従う、それが彼の中に存在する物事の価値観の基準である。
マミゾウの言葉を受け、彼女の意見に不満がある者達がおずおずといった様子で手を挙げる。名前を挙げるのなら白蓮、一輪、星、水蜜、響子。手を挙げていない者は提案者のマミゾウを含めナズーリンと雲山の僅か三人。多数決という方法を取るのなら、マミゾウの意見は却下される事になる。
「なるほどなるほど…過保護過ぎるじゃろお主ら!」
「だって命蓮様一人にお遣いをさせるなんて…外の世界ならまだしも野良妖怪が跋扈する幻想郷ではあまりにも危険過ぎますよ。せめて誰かがついて行くべきです」
そう言うのは命蓮寺に住む舟幽霊こと村紗水蜜。響子と同じく命蓮と遊ぶことの多い彼女は、何故態々そんな危険な事をさせるのかと心底不思議そうな表情をしていた。
マミゾウが彼女達にした提案とは、命蓮にお遣いをさせてみてはどうかというものであった。目的地に制限はあれど比較的自由に動けるという点、自分のすぐ側に保護者がいないという感覚に慣れさせること。彼の自主性を育てるにはいい練習になるのではと思っての意見だ。保護者達からはイマイチ不評の様だが。
「にしても一輪や聖はともかくご主人もそっち側か…」
「いえ、私はマミゾウの意見には一定の理解は示しますしどちらかといえば賛成しますよ?ただやはり一人だけというのは水蜜の言う通り危険すぎると思います。せめて誰かが遠目から見守るべきかと…」
「成程、それは確かに一理あるの…では、命蓮に接触しないのならば気づかれない程度の距離で見守るのは許そう。一番大事なのは身近な者が周囲にいないという状況にして、あ奴に自分の意思で判断をさせることじゃからな」
「それならいいのでは無いですか?命蓮様に危険が無いのでしたらその案は非常に現実的だと思います。お遣いという認識なら、比較的軽い気持ちで臨めるでしょうし」
そう言って星は手を下げる。水蜜と響子もまぁそれなら…と多少心配は残るもののならば自分達で見守っていれば問題無いかと納得しゆっくりと手を下げた。
「んで、残るは一輪と聖な訳じゃが…何か言いたい事があるなら言うてみよ」
「あ、私も星同様特段反対という訳ではありませんよ?私はただ姐さんと命蓮様の意見を尊重しようと思っているだけです。最終的にお二人の承認が無ければその提案は実行出来ませんし」
一輪のその言葉でマミゾウの意見を受け入れていない者は実質白蓮のみとなった。雲山も何も意見はしていないが、手を挙げていない上に口を挟まず黙っているということは特に反対という訳でも無いのだろう。ひょっとしたら自分の事実上の主である一輪に付き従うつもりなのかもしれない。
「それで、案の定お主が残った訳じゃが…お主は一度朝食を作っている最中に話して納得したじゃろ。何が不満なんじゃ?」
「私も一輪や星同様貴女の意見に真っ向から反対している訳ではありません。確かに命蓮が一人で何かを出来るようにするのは必要でしょう。ならばまずはお遣いと言っても何処に向かわせるのかを教えていただきたいです。懸念があれば貴女の示した経路を変更させていただく。それならば構いません」
「それくらいなら構わん。儂だけでは把握しきれていない幻想郷の危険地帯もあるかもしれんからの。その程度でお主の賛同が得られるのなら寧ろ有難いくらいじゃ」
マミゾウの言葉に白蓮もそれが受け入れられるのならばこれ以上言う事は無いのか、最後まで挙げていた手を膝の上に持って行く。
そこから始まるのはマミゾウ主体による命蓮の初めてのお遣いルート決め会議。
危険地帯だらけの幻想郷において比較的安全な場所を選ばなければならないその会議は思いの外白熱し、最終的に白蓮の首が縦に動くまでに三時間の時を要した。