ある僧侶の告白   作:迦羅

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十五話

「姉様…我が儘な弟を、どうかお許しください」

 

 ある日の夜。命蓮達がいつも一緒に寝ている寝室では、普段とはまるで違う光景が広がっていた。

 敷かれた一つの布団の上に白蓮が仰向けに寝転がり、そこに命蓮が覆いかぶさり彼女の顔を見つめている。白蓮から見える彼の綺麗な瞳は普段とは違い、期待と不安で大きく揺れ動いていた。心なしか彼の呼吸もいつもより浅い。

 これでは普段とまるで体勢が違う。これでは命蓮が白蓮を襲っているみたいでは無いかと、普段の彼ら彼女らの関係を知る者からすれば驚きの声が上がるだろうがそれは事実だ。今この場においては、命蓮が姉を襲おうとしていた。

 

「命蓮…駄目ですよ。姉弟でこんなこと…」

 

 白蓮は一体何を想像しているのだろうか。そもそも彼の教育をしたのは彼女であり、その教育内容に性と付くものは入っていない筈だ。にも関わらずそういったことを想像している時点で、口では否定しつつも彼女の方がそれを求めているのはまるわかりだ。純粋な命蓮が近親相姦なんてする訳無いだろ。いい加減にしろ!

 

「・・・姉様は、私を受け入れてくれないのですか?私はこんなにも、貴女のことを思っているのに」

 

 訂正。やっぱりするかもしれない。

 

「そ、そんなことは…というか何処で聞いたんですかそんな言葉」

 

「マミゾウさんが姉様にこう言ってやれ、そしてそのまま押し倒せと仰っていました」

 

 命蓮の素直なカミングアウトに、彼女はもの凄く反応に困っている様な表情をする。命蓮の方が自分のことを押し倒しているというこのシチュエーションを作ってくれた彼女にはありがとうございますと声を大にして言いたい気持ちもあるのだが、それと同時に湧き上がってくるのが弟の純粋な心を汚されたということだ。この行き場のない感情をどうしてくれようか。今彼女の近くにストレスの、そして欲望の捌け口となるのは一人しかいなかった。それが余計に、彼女をその気にさせる。

 

「そして彼女は、私にその後どうすべきかも教えてくれました。姉様、今日だけは私に身を委ねて貰えませんか?」

 

「な、何をするつもりですか?私は仏の教えに反することは出来ませんよ」

 

 嘘である。確かに彼女にとって仏教の教えは重要だ。しかし彼女の脳内優先順位は常に命蓮が圧倒的一位であり、彼の願いより上のものなど未来永劫存在しないのだ。だから彼女は命蓮に頼まれたら何でもする。仏の教えと天秤にかけた場合多少は揺れ動くだろうが、それでもその天秤が傾く方向は一つでしか無いのだ。

 では何故彼女は言い訳を使いこの場をやり過ごそうとしたのか。その理由は至極単純、言ってしまえば恐怖というものが、彼女の頭の中を一瞬よぎったのだ。幾らそれなりに長い年月を生きて来た僧侶であろうとも元は人間。未知への恐怖だって人並みよりは少ないかもしれないが抱く。その恐怖が彼女のわずかに残っている理性を刺激し、待ったをかけたのだ。

 

「大丈夫です。マミゾウさんがこれは仏様の教えには反していないと仰ってました。淫れなければセーフ?だって」

 

 しかし残念な事に、今回ばかりは命蓮――というかマミゾウの方が一枚上手だった様だ。このことを命蓮に伝えている時の彼女はどんな気持ちだったのだろう。きっと顔には歪んだ笑みが貼り付けられていたの違いない。

 言い訳を切り捨てられ言葉を詰まらせる白蓮であったが、命蓮はそんなことお構いなしに彼女の手を掴む。幾らキョンシーであると言えどももとは只の人間だし、青娥に戦闘用として生み出された訳ではない体だ。魔法(物理)の力を持った彼女からすれば容易に振り払うことが出来るだろう。だが弟を傷つけることは出来ないという彼女の思いが、腕を動かすのを躊躇わせていた。同時に期待という感情も、理由の一つにあったのかもしれないが。

 そしてその様な明確な隙を、今日の命蓮が見逃す筈が無い。彼は素早く体勢を意図的に崩し、姉の顔へと急接近する。

 そしてやがて――二人の影が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・はっ!」

 

 そこで、白蓮は目を覚ました。そう、目を覚ましたという表現――彼女は夢を見ていたのだ。夢オチとは、何ともありがちな展開である。いままぁ、確かに何度か現実では有り得ないことは起きていた。あの未だに子供はコウノトリが運んでくると思っている命蓮が子作りなんて発想は出来ないし、押し倒そうと考えたとしても羞恥心から体が上手く動かず、布団に入る前に転んでいるだろう。そういう所も可愛いのだが。

 彼女にとっては相当刺激的な夢を見ていたせいか、呼吸が何時もより荒い。それを大きく深呼吸をすることで落ち着かせつつも、目線を下げ布団の隣を見る。

 そこに命蓮はいなかった。どうやら彼は自分よりも速くに起きたらしい。それを確認した白蓮はホッと小さく息を吐き、自分の使っていた枕に顔を埋める。

 ここで少女漫画的な展開としては、夢の内容を思い返し悶えるのが普通であろうが、ここは少女漫画では無い。確かに彼女は足をジタバタさせて悶えてはいるものの、その感情は羞恥とは全く別のものだ。

 

「うぅ…なんで命蓮の告白をすぐに受け入れなかったのですか、夢の私!」

 

 もう少しで命蓮との濡れ場を経験する事が出来たのに!彼女は中途半端な場所で夢が終わってしまったことを嘆いていた。

 命蓮の方から愛の言葉を囁いて来るなど、現実では絶対に有り得ないことだ。頼めば言ってくれるかもしれないが、それは心がこもっているとは言えないだろう。

 今すぐにでも寝直して夢の続きが見られるかもしれないという淡い期待に縋りたい彼女であったが、流石に夢の中の命蓮よりも実際に命蓮の顔を見て、その体に触れたい。そう考え名残惜しそうにではあるものの布団を畳み服を着替え、寝室を後にする。

 

「おはようございます、聖」

 

 廊下を歩いていると、片手に木桶を持った水蜜と遭遇した。確か今日の家事担当は彼女と響子だった筈なので、恐らくは廊下の拭き掃除をしていたのだろう。

 

「おはようございます、水蜜。朝からご苦労様ですね。先程から命蓮の姿が見えないのですが、貴女はあの子が何処にいるか知っていますか?」

 

 因みに余談だが、星と一輪を除いた命蓮寺の住人の多くは、命蓮がいるかいないかで彼女の呼び方を『聖』と呼ぶか『白蓮』と呼ぶかを使い分けている。命蓮がこの寺に住人になったことで苗字呼びでは紛らわしいと思い名前呼びにして欲しいと言ったのだが、彼女達が長年苗字呼びだったから違和感があると言っていたので、命蓮がいない時は苗字で呼ぶことを赦したのだ。

 彼女達が自分の事を聖と呼び捨てで呼ぶのは最初からでは無い。いつか彼女達と命蓮の仲が更に親密になった時、自分と同じように呼び捨てで彼の名前を呼ぶのだろうか。そう考えると、白蓮は少しだけモヤっとした感情を抱いた。

 

「命蓮様ですか…?確か響子と一緒に散歩に出かけている筈ですよ。朝食までには帰るようにとお伝えしていたので、そろそろ帰って来られるとは思いますが…」

 

 彼女から紡がれた弟の名前に様付けがされていることに安堵すると同時に、白蓮はここに弟がいないと言う事実に少しばかり落胆する。

 最近命蓮は、外に出かける事が多くなった。

 初めてのお遣いを成功させてから既に五日程が経過した。あの時は最後に紅魔館で彼がどういう状況なのかがわからず不安でいっぱいであった為に、彼が帰って来た時はそれはもう大喜びし、一輪や響子と共に彼の頭を撫でくりまわしたものだ。当の本人は姉達のテンションの高さに驚いて星や雲山の背中に隠れ、暫くの間逃げ回っていたが。

 その日から自信がついたのか、命蓮は以前よりも外出の回数が増えた。以前は多くても三日に一回程度であったのが、ここ最近は毎日だ。しかも紅魔館の大図書館に行く等の明確な目的がある訳でも無く、ただ周囲をブラブラうろついたりといった明確な目的の無い外出だ。その外に対しての余裕さは、以前の妖怪を恐れていた彼からは考えられない。

 普通に考えるのならば、初めてのお遣いという企画は命蓮にとっていい意味で大きく影響を与えただろう。そろそろ弟離れをする時が来たのかもしれないと一瞬そんな思考を抱くが、すぐにその考えを切り捨てる。そのような考えを受け入れられるのならば、それはブラコンとは言えない。

 

「そうですか…ここにいないのなら仕方ありませんね。私も早く起きたせいで暇ですし、家事を手伝う事にします。何か手が必要な仕事はありますか?」

 

「いいんですか?なら、台所に向かって響子の手伝いをして欲しいです。私の方は後この廊下を水拭きすれば終わりなので必要ありません。さっきチラッと台所を見たら、あの子はまだ朝食の完成に時間がかかるみたいでしたから」

 

「わかりました。いらぬ忠告かもしれませんが、手を抜かずにやるんですよ?中途半端に終わらせれば、それは必ず自分へと帰ってきます」

 

「勿論です」

 

 調子よく敬礼する彼女に笑みを返しつつ、白蓮は台所へと向かう。暫くして命蓮が帰ってきた時に五分程彼を抱き締め続けたおかげで、心の中に残っていた夢でのモヤモヤは無事に解消された。

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