「第一回、幻想郷リトルシスターズ会議!」
「フランちゃん、それだと命蓮君が入らないよ」
「そうだった。えっと、じゃあ…なんていえばいいの?」
「名前なんて何でも良いよ!兎に角開催!」
「いえ~い!」
「い、いえ~い…?」
命蓮寺の一室、今現在ここで謎の企画が開催されようとしていた。
今この場にいるメンバーは三人。会議の名前を決めあぐねている吸血鬼の妹、フランドール・スカーレット。兎に角自由気ままにこのイベントを楽しもうとしているさとり妖怪の妹、古明地こいし。そして二人のノリにイマイチついていけず困惑を露わにしている我らが主人公、大魔法使い兼僧侶の聖白蓮の弟、聖命蓮。何れも幻想郷と外の世界関係なく世間一般では妹、或いは弟と呼ばれる三人だ。
「えっと、お二人とも突然遊びにいらしたかと思えば…なんですか、これ?いつの間にか星さんもいなくなっていますし」
「当然!これは幻想郷の弟妹たちによる重要な会議だもの。幾ら命蓮君の保護者と言えども参加させる訳には行かないわ」
「はぁ…それで、どの様な企画?会議?なのかを教えて欲しいんですけど」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたね命蓮君!」
困惑する命蓮とは正反対に、こいしは片目に手を当てて何やらノリノリよご様子。ドヤ顔を披露しながら彼にこの企画の説明をし始める。
彼女の言葉を要約すると、このイベントは日頃溜まっている姉に対しての鬱憤を晴らすといった旨の企画らしい。この企画は定期的に開催するつもりらしく、第二回、三回はもっと人を呼んで、適度に雑談を交えつつの交流会の様な物にしたいと言っていた。
しかし残念な事に、鬱憤など彼には存在しない。姉の言葉が絶対である彼にとって白蓮の言葉こそが絶対であり至高。彼女の言葉に不満など存在しないのだ。どうやら彼女達は人選をミスったらしい。
二人がその事を知っているのかいないのかは定かでは無いが、未だに若干の困惑を残している命蓮を置いて二人はトントン拍子にイベントを進めていく。
「はい!じゃあ私からいい?」
「フランちゃんはレミリアさんに何か文句があるの?この前遊びに行ったときは仲良さそうにしていたけど」
「あるよ。あいつお客様が来た時は愛想していい人ぶるけど、私には結構酷い事するよ?私のおやつだって勝手に食べるし、紅魔館は全部自分の物だとでも思ってるのかノックもせずに部屋に入って来るし、おまけにいっつも偉そうに変な事言ってるんだもん。こいしちゃんも命蓮君も一回私みたいな状況になればわかるわよ」
「そっか~、確かにレミリアさんってなんかこう…頑張っていいお姉ちゃんであろうとしている様な気がする。それが裏目に出ちゃってるって感じかな?」
「こいしちゃん、いい姉っていうのは妹を五百年近く幽閉したりしないんだよ。知ってた?」
「あはは、そんなの私だってわかるよ~…あれ?ならレミリアさんのしていることって一体?」
レミリアがフランを五百年近く監禁していたという衝撃の事実がしれっと明かされているが、命蓮は取り敢えずそれは置いておいて彼女の言った通り自分がフランと同じ立場になった場合――つまり白蓮がレミリアと同じことをした場合を想像してみる。
まずおやつを勝手に食べる…あり得ない。白蓮は人の物を盗むことは絶対にしないし、何なら自分に好きな物を分けてくれる。次にノックもせずに部屋に入る…これはそもそも命蓮は姉と同じ部屋で過ごしている為、ノックして部屋に入るという発想に至らない。態々自分の部屋にノックをする人はいないだろう。最後に偉そうなことを言う…残念な事にこれも想像出来ない。命蓮は生まれてこのかた、姉が威張っている姿を見たことが無かった。小さい頃から子供二人だけで生きていた彼らにとって人からの手助けというのは無くてはならないものであり、威張る余裕など無かったのだ。
結論、誠に申し訳ないが自分が当事者になる姿が想像できないので、彼女の愚痴に共感することは出来ない。これにて閉廷。
「そういうこいしちゃんこそ愚痴なんてなさそうじゃない?さとりさんはお姉様と違って大人しそうだし、喧嘩なんてしない様な気もするけど」
「んー、確かにお姉ちゃんはフランちゃん達みたいに手を出すことは無いけど、喧嘩した時はレミリアさん以上に面倒だよ?だってお姉ちゃんって頭いいから話術でチクチク攻めてくるんだもん。それにああ見えて結構頑固だから私が謝らない限り絶対に許してくれないし。困ったお姉ちゃんだよ全く…」
やれやれと言った様子で首を左右に振るこいしだが、実際は彼女達が喧嘩をした際にこいしの方から謝ったことなど一度も無く、いつもペット達に説得され最初に怒りが収まったさとりが謝りに行っているのだ。この姉妹が喧嘩した時に一番苦労しているのは、燐や空をはじめとするペット達なのだ。
「・・・さっきから全然会話に参加して来ないでダンマリだけど、命蓮君は白蓮さんに不満とか無いの?」
「私ですか?私はありませんよ。一度今生の別れをした身にとっては、こうして姉様と共にいられるだけで幸せですから」
「・・・聞いた?こいしちゃん。これ、多分私達が一生かけても理解出来ない思考だと思わない?」
「うん、私もちょっと理解出来るとは思わないかなぁ…多分また今度このイベントやってたとしても、命蓮君と同じ考えの人なんていないと思う」
だがしかし、この程度で引き下がる二人では無い。今日彼女達が二人だけで紅魔館で遊ばずに吸血鬼が苦手な太陽の存在する昼間に態々命蓮寺を訪れたのは、一言二言で良いから彼の愚痴を聞きたいという好奇心からだ。子供というのは一度決めたらそれが達成するまで意見を曲げる事は無い。
「それでも、一つか二つくらいは文句があったりするものでしょ?この際白蓮さんじゃなくてもいいからさ、何か文句というか不満というか、そういう類のものは無いの?」
「そ、そんな無茶な事を言われましても、命蓮寺の皆さんも優しい人ばかりですから文句なんて――あ」
ジリジリと近づいて来る二人の対応に困っていた命蓮であったが、そこで不自然に動きが止まる。フランもこいしも何か思い当たる節が彼にあったのだと悟り、期待で目を輝かせている。
「えと…文句、という程では無いんですけど、一つだけ…」
「なになに?教えて!」
「あのですね…私、最近初めて一人でお遣いというものをして、それを問題なく終わらせることが出来たんですよ。その後から思い始めたんですが…私って、大分過保護に扱われていません?」
「「え、今更…?」」
仮に命蓮の今の言葉を聞いた場合、彼を知る者が十人いたとしたら十人が揃って同じ返答をするだろう。それ程までに周知の事実であるその話題を、まさか本人が今更ながらに持ち出して来るとは思わなかった。
「私を大事にしてくださるのは嬉しいんですけど、ちょっと私を貴重に扱い過ぎと言うか…今の所生活に困っている訳では無いので別に構わないんですけど」
「ふむふむ成程…ではこのこいしちゃんが、その問題を解決する秘策を教えてあげよう!」
意気揚々と宣言するこいしであったが、正直彼女に解決する気はあまりなく、面白いもの見たさの好奇心の方が強かった。そしてフランも、それがわかって止めないでいる。
さらに残念な事に、命蓮は人を疑うということを知らなかった。
「秘策…ですか?」
「そう!命蓮君への過保護度を軽減する方法、それはね…相手を嫌いだと言えばいいんだよ!」
「え!?む、無理ですよそんなの!」
罪悪感というのもあるが、彼は生まれてこのかた一度も暴言を吐いた事の無い為に、ただしい悪口の言い方というものを知らなかった。正直演技出来る自信がない。
「なんで命蓮君がそんなに大事にされてるかっていうと、それは白蓮さん達が命蓮君を好きだからだよ!ならこっちが悪口を言えば、向こうの距離感も少し離れるでしょ?我ながらグッドアイデア!」
面と向かって『嫌い』なんて言えば少し所か大分距離感が離れる。相手が友人の場合、下手したら絶交もあり得るだろう。しかし彼女達はそんなことお構いなしに命蓮にその提案を勧める。何故なら自分には一切害が無いから。
そして命蓮は押しに弱い。上手な断り方を知らないので、簡単に二人の言葉に流されてしまう。
「わ、わかりました。すぐに冗談って言いますよ?私だって皆さんとの距離が広がるのは嫌ですし…」
「いいよいいよ。何事も実践あるのみ!取り敢えず、一輪さんとかに言ってみたらどうかな?」
しかし幾ら命蓮に恐ろしい事をさせようとしている悪魔の二人であっても、流石に白蓮の下に彼を行かせようとは思わなかった。もし命蓮に面と向かって嫌いと言われた場合、彼女は立ち直れない程に病むかすぐさま死を選ぶだろう。流石にただの悪戯で死人は出したくない。
「あれ?三人共お部屋から出て、もうお帰りになるんですか?」
廊下を人を探しながら歩く三人の前に現れた最初の犠牲者は、先程まで命蓮と共に部屋にいた村紗水蜜であった。心の中では出来れば彼女達が飽きるまで誰にも会いたく無いなぁとも思っていた命蓮は、二人の提案を実行せざるを得ない状況に陥ってしまい少し落ち込む。
三人は小さく話を作り、そこでヒソヒソと作戦会議を始める。
「・・・それで、何と言えばいいんですか?私、悪口の言い方なんて知りませんよ?」
「んー、別になんでもいいと思うよ。なんか適当に理由つけて最後に嫌いって言えば、それは悪口になる筈」
「成程…わかりました」
作戦会議を打ち切り、命蓮は改めて水蜜の方へと向き直る。彼女は命蓮達が何をしているのかわからず首を傾げているが、それでも律儀にこちらが話し終わるまで待っていてくれた様だ。
命蓮は一度大きく深呼吸をし、出来るだけ眉を顰めるよう努力して、普段より強い口調で彼女に話しかける。
「・・・お庭の池で遊ばないでください!」
「・・・はい?」
「確かに水蜜さんは舟幽霊ですけど、だからって庭の池を荒らしていい理由にはなりません!いつも響子さんが庭を掃除するついでに後始末をしているんですよ?人に迷惑をかける人は嫌いです!」
あれ、これ別に建て前とかじゃなく本心じゃね?
命蓮の言葉を聞いていたフランとこいしはそう感じざるを得なかった。不満がやけに具体的だったのが気になるのだ。ひょっとして彼は不満を抱いてはいるものの、その発散の仕方――つまり愚痴の吐き方がわからないでいただけでは無いのだろうか。確かに彼は優しいが、姉やかの聖徳王と違って聖人という訳では無い。不満だってそれなりに溜まるのだろう。
「き、きらっ!ぐふっ…!」
因みに命蓮の言葉は見事水蜜にクリティカルヒットしたらしく、綺麗に膝から崩れ落ちていた。彼女の口から血が吐き出されるのを見た気がするが、多分気のせいだろう。口撃で血が出る訳無い。多分。
「あら、弟様――って村紗!?どうしたのそんなところで倒れて!?」
命蓮が彼女に追い打ちをかけるよりも早くに現れたのは、ただ何の気なしに寺の廊下をブラブラと歩いていた一輪であった。
久しぶりに何かトラブルや用事がある訳でも無い日常を満喫していた彼女だったが、それが原因でこの騒動に巻き込まれてしまうとは、何とも哀れである。今の命蓮は留まる事を知らない。普段誰に言う事も無く少しずつ蓄積されていた不満が漏れ出しているのだ。
「一輪さん!」
「は、はい!」
「あんまり私に構わないでください!」
「「「えぇ!?」」」
この言葉には提案をしたこいしとフランの方も驚いていた。しかし彼も年頃の少年。普通の人間とは育ち方が違くとも、異性を相手にした時の羞恥心はある程度は持っているのだ。普通の子供と比べれば圧倒的に少ないが、塵も積もれば何とやらだ。
「私の為を思って側にいてくれているのはわかってます。でもお昼寝の時もトイレの時も一緒にいる必要は無いでしょう!?それに私は貴女に抱っこされずとも車椅子くらい自分で押せます!私にだってそれなりに羞恥心はあるので…正直に言ってしまえば迷惑です!」
「め、迷惑…!?ぐはっ!」
命蓮のあまりにも正直な物言いに一輪は胸に手を抑え、水蜜と同じように床に倒れ伏す。心配しなくてもそこに傷なんてない。
言いたい事を言えてすっきりした命蓮はその後復活した二人に事の詳細を話した。するとフランとこいしの二人は、見事に水蜜と一輪に怒られましたとさ。因みに水蜜が庭の池で遊ぶことは無くなったが、一輪の方は命蓮が罪悪感から冗談だと言ってしまったので、二人の距離は変わらずじまいであった。