ある僧侶の告白   作:迦羅

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十八話

 その日、命蓮はいつもよりも早くに目を覚ました。

 ぼんやりとした意識の中暫くの間目の前にある布団のシーツをボーっと眺めていたが、やがてゆっくりと視線を隣に映す。そこはいつも姉が寝ている場所だ。

 しかしそこには姉の姿が無かった。これを見ては朧気だった意識も覚醒していく。

 というのも命蓮が先に起きることはあるのだが、白蓮が命蓮を置いて布団から出るというのは殆ど無いからだ。彼女は命蓮よりも先に起きてしまった場合彼が起きるまで二度寝するか、彼を起こして着替えを手伝うのどちらかしかしない。唯一例外として白蓮が朝食を作る当番の場合があるが、今日は彼女は担当では無かったはずだ。

 一体何処に行ってしまったのだろうか。少々不安を感じた命蓮であったが近くに置いてあった車椅子に座り、苦戦しながらも着替えを済ませる。一人での着替えだって時間はかかるが出来なくは無いのだ。布団を畳むのは不可能な為に敷きっぱなしにするしか無いのだが。

 そのまま彼は自分の手で車輪を回し、廊下へと通じる襖を開ける。すると外では何やら普段聞きなれない賑やかな音が聞こえており、それは命蓮寺の本堂から門にかけての道の方から聞こえている様だった。

 命蓮と白蓮の部屋は、本堂から少し離れた所にある為、ここにいても聞こえるという事は、かなり大きな音の筈だ。増々何が起きているのかわからない。

 困惑した様子で取り敢えず本堂の方へ向かおうとする命蓮であったが、道中でバッタリ星と出くわした。

 

「あ、星さん。今日は何かやってるんですか?何時もより大分賑やかな気がするんですけど」

 

「おはようございます命蓮様。丁度今起こしに行こうかと思っていたんですよ。内緒にしていたんですが、今日は少々特別な日でしてね」

 

「特別?」

 

 彼の疑問に答える事はせず、星は命蓮の背後に回り車椅子を押す。どうやら説明するよりも直接見た方が速い様だ。

 

「・・・えぇ!?」

 

 命蓮寺の正門から本堂へと続く道。普段は広く閑散としたその場所が、今日は凄まじい賑わいを見せていた。

 見渡す限り人、人、人、たまに妖怪。道の両端には屋台が並び、微かな馥郁とした香りが漂って来ていた。これ程まで賑わっている場所に行った事が無かった命蓮は相当驚いたのか大声を出し、目を見開いていた。

 

「星さん星さん!こんなに人が沢山…どうなっているんですか!?」

 

「命蓮様にはお伝えしていませんでしたが、今日は命蓮寺で年に一度開かれているお祭りの日なんですよ。人間の皆さんは里の外に基本的に出る事が出来ないのですが、一年中そうだと窮屈でしょう?なので里では年に数度お祭りを開いているんですが、これもその一つという訳です」

 

「成程…それで、姉様は何処へ?」

 

「聖はこの寺の住職ですから祭りの運営で忙しくしています。もう暫くしたら私が変わりますので、命蓮様は身支度を整えておいてください。折角のお祭りですから、楽しまないと損ですよ」

 

 そう言って星は彼に手を振った後、屋台の方へと歩いて行ってしまう。いつもはついて来てくれるのだが早々にこの場を後にした辺り、彼女もかなり忙しいのだろう。

 命蓮は今一度祭りの様子を眺めた後、取り敢えず顔を洗う為に洗面所の方へと向かう。その顔からは普段よりも少しだけ、好奇心が伺えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では早速向かいましょう…と言いたいところですが、まずはこれを」

 

 星と交代したのか一度寺へと戻って来た白蓮は、境内に出たくてウズウズしている命蓮の頭に笠を被せる。それは命蓮の顔が見えなくなってしまうという、普段の彼女では絶対にしない行為であった。

 

「これ…笠、ですか?」

 

「えぇ、貴方は命蓮寺に住む私の弟ですが、同時にキョンシーでもあります。キョンシーという存在は幻想郷でも広く知られておりますが、里の方にはあまり良い印象を持たれていません。ですので貴方がキョンシーだということが知られれば色々と面倒な事になると判断しました。知り合いの方には顔を見せても構いませんが、それ以外の時は相手に顔を見せないでください」

 

「・・・わかりました。私のせいで皆さんに迷惑をかける訳にも行きませんからね」

 

 そう言って命蓮は頭に被せられた笠の位置を調整し、目深に被る。彼の動作に満足そうに頷いた白蓮は今度こそ車椅子を押し、境内へと下りる。

 

「さっき星さんを見かけましたけど、響子さんや一輪さん達は何処にいらっしゃるんですか?」

 

「祭りの運営は私と星、人里の代表である慧音さんで行っていますので。響子達も何処かで祭りを楽しんでいますよ。祭りの範囲もそこまで広いという訳ではありませんので、もしかしたらばったり会うかもしれませんね」

 

 命蓮は先程からキョロキョロとせわしなく周囲を見回している。これが一輪達を見つける為なのかそれとも真新しい光景であるが故なのかは定かでは無いが、楽しそうで何よりだ。

 

「姉様姉様!私、あの食べ物を食べてみたいです!」

 

「あれ…?あぁ、焼きそばですか。命蓮は食べた事ありませんでしたっけ?」

 

「焼きそば?お蕎麦を焼いているんですか?私お蕎麦なら食べたことありますけど…」

 

「貴方の知る蕎麦とは似て非なる物ですよ。折角ですし、買ってきてあげましょう」

 

 ちょっと待っていてくださいね。白蓮はそう言って彼の車椅子を道の端に移動させ、焼きそばとやらを買いに少しの間彼の下を離れる。

 買い物の時とは違い姉が目に見える範囲に存在する為特に不安も無い。姉が買ってくる焼きそばを今か今かと楽しみにしている命蓮だが、その肩を背後から誰かが叩いた。

 

「やぁ、命蓮君。初めて会った時以来かな?」

 

 そこにいたのは人里に住む妖怪の代表者、上白沢慧音であった。先程姉が彼女の名前を挙げたので、噂をすればということなのだろうか。

 命蓮は彼女と会ったのはたった一度だけなので、少々緊張を抱きつつも流石に返事を返さなければ失礼だろうと考え笠を少し持ち上げ、恐る恐る口を開く。

 

「お、お久しぶりです。上白沢さん」

 

「あぁ、慧音と呼んでくれて構わないよ。生徒と同い年くらいの君にそんなに畏まられては、私の方が悲しくなってしまう」

 

「わ、わかりました」

 

 こちらを気遣って言ってくれたのだろうが、正直に言うと命蓮は慧音の様なタイプの人間はあまり好まない。

 彼女のことが嫌いと言っている訳では無いのだが、生前に人と全くと言って良い程関わってこなかった彼は他人との丁度いい距離感を掴むのが人よりも苦手だ。それ故に慧音の様な向こうから歩み寄って来る人間では無く、パチュリーや星、アリスといった自分が程よい距離感を掴むまで待ってくれる相手の方が命蓮にとっては楽だし、彼に好かれやすい。

 

「君と話したのは一度寺子屋に来た時が最初で最後だったかな?白蓮殿曰く紅魔館で独学で幻想郷について学んでいる様だが、経過は順調かな?」

 

「えぇ、独学では無くパチュリーさんの手を借りていますけどね。でももしわからない部分とかがあれば、お聞きすることがあるかもしれません」

 

「あぁ、いつでも来てくれて構わないさ。君は普通の子供よりも精神が成熟しているから、寺子屋の子供達と話が合わないのも無理はない。それでも私を頼ってくれると言うのならそれに応えよう。誰かに頼られるというのは案外いいものだぞ?」

 

「存じていますよ」

 

 寺子屋に通わないかという誘いを断ったのにも関わらず、彼女はなおも自分に優しさを与えようとしてくれている。打算無しに善意を周囲に与え続けている彼女を、命蓮は純粋に凄いと思った。

 

「それで、君はこんな所に一人で何をしているんだ?」

 

「姉様が焼きそば…?という物を買いに行っているのでそれを待っているんです。ほら、あそこにいるでしょう?」

 

 そう言って彼が指さした先には白蓮がおり、先程とは違う屋台に並んでいた。そこにはカタカナで『チョコバナナ』と書いてあったのだが、命蓮はまだカタカナの読み方を完全には把握していなかった為にそれを読むことは出来なかった。しかしそれでも、姉が自分の為に新しく何かを買ってきてくれているというのは理解する事が出来た。

 

「成程、姉弟水入らずでお祭りを楽しんでいるという訳か。では私は邪魔な様だし、そろそろ消えさせて貰うよ。あの様子では、彼女もそろそろここに戻って来るだろう」

 

 そう言ってすぐこの場を去りながら手を軽く振る慧音に対し、命蓮も同じ様に手を振り返す。それから一分程が経って白蓮が彼の下に戻って来て、彼女が追加で買ったチョコバナナが命蓮の好物ランキングの堂々一位に君臨する事となった。

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