ある僧侶の告白   作:迦羅

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三話

 時刻は午後一時を過ぎた頃。命蓮は予定通り青娥の下へと向かおうとしていた。しかしたった一つだけ、彼にとって想定外の事態が発生していた。

 

「では向かいましょうか――と、言いたいところなのですが、一輪さん、何故姉様では無く貴女がここに?」

 

 そこにいたのは命蓮の姉では無く、命蓮寺に身を置いている妖怪――雲居一輪であった。

 不思議そうに問いかけて来る命蓮には純粋な疑問はあるようだが、残念だとか一緒にいるのが嫌だといった感情は一切感じ取れなかった。

 というのも彼女は昔から白蓮のことを姐さんと呼び慕っていたのだが、一時期それを知った命蓮がもの凄く嫉妬したのだ。

 

『姉様のことを姉様と呼んでいいのは私だけです!』

 

 と、言われた時には一輪はもの凄く対処に困った。一方の白蓮は弟の見せた嫉妬心に滅茶苦茶嬉しそうにしていたが。あれから大分時間も経ったせいか、どうやら自分は容認して貰えたらしい。一輪はそのことに結構な嬉しさを感じつつも彼の質問に答える。

 

「えっと…姐さんは所用が出来てしまったらしく…あの人はこの寺の住職ですから。急用が出来てしまう事が多々あって、それで代わりに私が弟様と一緒に行く事になったんです」

 

 そのような説明を彼にしたものの、これは建て前であり実際はそんなことは全く無い。

 では何故今この場に白蓮がいないのかというと、命蓮寺の者達が彼女が青娥の下へ行くことを全力で止めたからだ。というのも出掛ける準備をしていた彼女の表情は傍から見ても分かる程に不満がにじみ出ており、あのまま行かせて青娥が彼女を煽ることがあれば本格的な殺し合いに発展しかねないと判断したのだ。今の彼女ならそれをやりかねないし、あの邪仙も同じくやりかねない。

 そういう経緯があって、今この場には一輪がいる。

 

「お寺の仕事があるのなら仕方ありませんね。では一輪さんも私の用事に付き合わせてしまってすみません」

 

「いえいえ、私もどうせ暇でしたから。それに弟様は姐さんの家族ですから、私にとっても家族同然です。家族にそのような遠慮など要りませんよ」

 

「面と向かって言われると恥ずかしいですね…でも、ありがとうございます」

 

 恥ずかしそうに笑みを浮かべる命蓮を微笑ましく思いつつも、一輪は彼の座る車椅子を押して道を進む。因みにいつも近くにいる雲山は隣にいない。彼は白蓮の溜まったストレスを発散する相手をさせられているのだ。要するにサンドバッグである。雲山には申し訳無いが、こうでもしない限り白蓮は止まらなかっただろう。雲山は犠牲になったのだ…

 

「あの、弟様。それでつかぬ事お伺いしたいのですが…青娥のいる仙界まではどうやって向かわれるおつもりですか?」

 

 彼女の問いかけは尤もであった。

 一輪は青娥とはそこまで交流がある訳では無いのだが、それでも彼女が此処とは別の世界である仙界に住んでいる事は知っている。しかし自分も命蓮も異空間へと移動する術は持ち合わせていないのだ。基本的に異界へと転移するには、その様な術を使うか異空間の主が招待してくれるのを待つしかない。しかし後者はその招待がいつになるかが全く予測できない故、殆どの者は前者を選ぶ。異空間を移動できる者が殆どという言葉を使える程存在するかはまた別の話だが。

 

「一輪さんは、青娥を呼んだ経験はありますか?」

 

「いえ…布都とは交流がありますが、他の神霊廟の人間とはそこまで親密な仲ではありませんので。用がある際は基本的に向こうがこちらにやって来ますし」

 

「そうなんですか。彼女の世界に行きたい時は、こちら側から声をかければいいんですよ」

 

 基本的にそれが出来ないからこそ聞いたのだが…

 そう考える一輪をよそに命蓮は一度咳ばらいをし、息を深く吸い込み、それを声に変換して一気に吐き出す。

 

「せいがぁあ!大好きですよぉ!」

 

「・・・はい?」

 

 あまりにも唐突過ぎる彼の発言に何を言ったのかを理解出来ない一輪であったが、彼女がそれを理解するよりも早くに彼女達の目の前の空間に穴が開き、中から命蓮の現在の主――霍青娥が現れる。

 

「私も愛しているわ命蓮ちゃん!」

 

 そう言って出て来るなり命蓮へと抱き着く青娥を見て、一輪も漸く平静を取り戻した。同時に彼女にいきなり抱き着かれて平然としている命蓮にも驚いた。

 

「お、弟様。何故そのようなことを口にしたのですか?」

 

「すみません、説明も無しにいきなり叫んでしまって。青娥はこうやって言うと何処にいようと迎えに来てくれるんです」

 

「あら、貴女は命蓮寺の…貴女もいたのね。残念だけど貴女に言われても迎えに行かないわよ。芳香ちゃんと命蓮ちゃんだけの特別待遇よ♪」

 

 望まれても言わねぇよ。可哀想なものを見る目をしながらこちらへ話しかける青娥に思わずイラッと来た一輪であった。

 というか何故弟様こと命蓮は青娥のこの呼び出し方を平然とやっているのだろう。ひょっとして彼女がそう指示したのだろうか。洗脳って怖いね。やはり白蓮をここに来させなくてよかったと、一輪は心の底から安堵した。

 

「それで、青娥。今日の用件なんですが…」

 

「言われなくても分かっているわ。お札の交換でしょう?流石に貴方以外の人がいるんじゃ、手を出す事は出来ないわね」

 

 おい今サラッととんでもない事言ったぞこの仙人。やはり命蓮と青娥を二人きりにしておく訳にはいかない。というかもしここにいるのが自分では無く白蓮の時でも同じことを言うつもりだったのだとしたら、彼女はひょっとして自殺願望でもあるのではないだろうか。

 普段は温厚な僧侶である聖白蓮だが、命蓮と共に過ごすようになってからは命蓮が絡む事になるとたちまち性格が豹変する事がある。もしや彼女はブラコンでありヤンデレ一歩手前なのでは?と命蓮寺の住人の殆どが思っていたが、その愛を一身に受けている命蓮本人は、全く気が付いていない様子であった。正確に言うのならば、彼にとっては生前からこれが普通なだけなのだが。

 なんてことを考えているうちに札の交換は終わったらしく、青娥が先程まで命蓮の額に貼ってあった札を破り捨てていた。

 

「はい、これで大丈夫よ。・・・ねぇ命蓮ちゃん、やっぱりまた一緒に暮らさない?芳香ちゃんも貴方に会えなくて寂しがっているのよ。『命蓮は私のこと嫌いになったのかー?』って」

 

「芳香には申し訳無いですけど、私には姉様がいますから。青娥にはまた姉様と再開させてくれた事には感謝しています。でもやっぱり私は姉様と共にいたいです。ごめんなさい」

 

「・・・むぅ、やっぱりそうよねぇ。私としては芳香ちゃんもだけど出来る限り貴方達の意見を尊重したいから、これ以上は何も言わないわ。でも、もしもあの僧侶が嫌になったらいつでも戻って来てくれて構わないわよ?それとお札交換の時以外にもたまには会いに来て頂戴。芳香ちゃんも喜ぶでしょうから」

 

「えぇ、わかりました。芳香に伝えてください。『私は決して貴女の事を嫌いになった訳ではありませんよ。また遊びましょう』と」

 

「わかったわ。貴方の望みであり芳香ちゃんの為だもの。断る理由が無いわよ」

 

「ありがとうございます。では一輪さん、帰りましょうか」

 

「貴女、命蓮ちゃんをお願いね。もしこの子に怪我でもさせたら許さないわよ?」

 

「貴女に言われずともわかっていますよ」

 

 一輪は命蓮の座る車椅子を動かし、寺へと戻っていく。命蓮は自分の保護者達は過保護だなぁと思いつつも、後ろに見える青娥に向けて手を振り続けるのであった。

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