ある僧侶の告白   作:迦羅

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四話

「・・・」

 

 活字がビッシリと記された本を、命蓮は目を左右に動かしながらかなりの速さで読み進める。

 青娥と別れてから三時間程が経過した現在、彼の姿は命蓮寺には無かった。

 命蓮が病によりその命を終えてから既に千年以上もの月日が流れている今日、彼にはこの世界の常識が大きく欠落していた。それこそ読み書きの際に何を使うかと聞かれたら、筆と硯と答えてしまうくらいに。

 普通ならば彼の状況と生前の年齢から考えて人里に存在する寺子屋へと通うべきなのだろうが、彼は姉である白蓮から直々に英才教育を施されていた為、他の同年代の子供よりも遥かに賢い。それ故に寺子屋では他の子供達との価値観等に差が生まれ、一人ぼっちになってしまうかもしれない。あの寺子屋の教師がその状態を黙認するとは思えないが、彼にその様な経験はさせたくないという姉心故、彼は寺子屋へは通っていなかった。

 ならば彼が何処で現代の情報を吸収しているのか。その答えが今彼がいる場所、紅魔館の地下に存在する大図書館である。

 

「勉強熱心なのは素晴らしいけど、あまり詰め込み過ぎるものでは無いわよ?どんなものも、一日で多くを習得しようとするのはお勧めしないわ」

 

 そう言って命蓮の前に紅茶を置くこの地下の大図書館の主――パチュリー・ノーレッジに彼は軽く会釈をした後に本を閉じる。そしてこの館のメイド長が淹れ、彼女が注いでくれた紅茶を火傷しない様にゆっくりと口に含む。

 

「確かに貴女の言う通り、詰め込みは良くないのかもしれませんが、私はこの体故に自由に動き回ることが難しいので結構退屈なんです。それと今更ですがすみません。私がただ一方的に本を貸して貰ってしまって」

 

「別に、本を大事にさえしてくれるのなら構わないわ。貴方は何処かの白黒ネズミと違って無断で本を持って行くことも、死ぬまで借りるなんて言う意味の分からない理屈を立てたりしないし」

 

「あぁ…魔理沙さんのことですか…」

 

 以前この図書館で一度だけ見た人騒がせな人物を頭に浮かべながら、命蓮は苦笑いを浮かべる。思い出しているのは今話に出て来た問題児、魔法使いの霧雨魔理沙と初めて会った日の事だ。

 あの時は箒を使って図書館中を飛び回って本を借りる――もとい盗んでいた彼女が、危うく命蓮にぶつかりそうになってしまったのだ。結果的に魔理沙の方がギリギリ方向転換をしたために大惨事には至らなかったのだが、それを見ていた白蓮が思いっきりキレて彼女を箒ごと地面に叩き落とし、日が暮れるまで説教を続けたことがあった。自分の最愛の弟が事故にあいかけたのだ。怒るのもじゅうぶんに理解できる。

 

「・・・あれ?そういえば、姉様は何処におられるんですか?」

 

 本に夢中になっていたせいで気づかなかったが、近くに姉の存在が感じられない。途端に少しばかりの不安が訪れた命蓮は周囲を見回すが、やはり姉の姿というのは存在しなかった。

 それに対してパチュリーは事情を知っているらしく、特に焦った様子も無く本をパラパラとめくりながら命蓮と目を合わせずに彼の質問に答える。

 

「彼女ならレミィと一緒にいる筈よ。何でも相談したい事があるんですって。私も貴方も声をかけられていない以上、きっと貴方のお姉さんはレミィだけに話をしたかったのだと思うわ」

 

 これあげるから、大人しく待っていなさい。パチュリーはそう言って、紅茶と同じく咲夜の用意したクッキーを彼のカップの隣に置く。

 甘い物に目がない命蓮はその差し入れに目を輝かせ、ポリポリとハムスターの様に頬を膨らませながらクッキーをもの凄い勢いで食べ進めるのであった。暫く図書館には本のページをめくる音と、クッキーを食べる心地いい音が木霊し続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・貴女はどう思います?私のこの悩みについて」

 

「そうね、取りあえず私が言いたいのは…貴女、気は確か?」

 

 場所は変わって紅魔館の一室、もといここ紅魔館の主にして吸血鬼、レミリア・スカーレットの私室にて、彼女は目の前にいる煩悩まみれの聖人に呆れている所であった。

 そうなった理由は至って単純。なんとこの僧侶、以前に神子に話した相談内容をそのまま彼女に相談したのだ。一人だけの偏った見方ではなく複数の人の意見を参考にすることは非常に素晴らしいが、内容が内容なだけにその素晴らしさも帳消しだ。もしここに星や一輪なりの命蓮寺の面子がいれば、これ以上恥を晒さないでくれと手で顔を抑えていた所だろう。ついでに彼女の口も塞いでくれると助かったのだが。

 

「失礼ですね、私は至ってまともです。まともでは無いのは命蓮の可愛さだけですよ」

 

「その思考に至っている時点で十分おかしいわよ」

 

 彼女は白蓮とそこまで親密な仲である訳では無い。同じ幻想郷に存在する勢力のトップとして、名前や実力などを多少知っている程度だ。しかし自分の知っていた彼女とは明らかに違うその様子に一瞬別人かとすら思えてしまった。彼女の頭がおかしくなったのか、それとも彼女にこれだけの影響を与えられる弟が凄いのか、残念な事にレミリアには判断がつかなかった。仲がいい訳でも無いレミリアがこの僧侶の状態異常を判別するには、あまりにも情報不足であった。

 

「妹がいる貴女には理解して貰えると思ったのですが…貴女にも自分の妹が途轍もなく可愛く見える時はあるでしょう?」

 

「・・・まぁ、それは否定はしないわ。自慢の妹だもの」

 

「私の命蓮はそれが永続的に続いているだけです。常にかわいいから常に襲いたくなる。それは当然の事でしょう?」

 

 そこで彼女達の会話は一度途切れる。数秒の沈黙を要して、レミリアは漸く彼女が言葉を最後まで言い終えたのだということを理解した。

 

「(え、まさか今ので説明できたとでも思っているの?)」

 

 先程とは別の意味で驚くレミリア。外国語で外国語を説明されても困るのだ。ちゃんと日本語で説明して欲しい。もし仮にあれを日本語というのなら、自分の耳が壊れた可能性を疑う方が賢明だろう。

 

「・・・取り敢えず結論だけ言うけど、その相談は私では判断しかねるわ。その相談の是非については他をあたって頂戴。ただ一つ言うとしたら、本人の気持ちもしっかり聞いておくべきよ」

 

 後で彼の方から拒絶されたんじゃ目も当てられないわ。そう言ってレミリアは漸く一息つき、従者から出された紅茶を一口飲む。いつも通りの完璧な味だ。長時間手を付けていなかったが故に多少冷めてしまってはいるが、それでもやはり美味しい。一仕事終えた後の報酬としては、紅茶の完成度と相談事の重大さがあまりにもかけ離れている気もするが。

 

「命蓮の意思…わかりました。態々相談に乗ってくださりありがとうございます」

 

「別にいいわよ。貴方の弟には色々とお世話になっているもの。引きこもりのパチェの数少ない友人であったり、フランの遊び相手になって貰ったり」

 

 弟が、誰かの支えになっている。弟が、誰かと関わることが出来ている。そのことに白蓮は嬉しそうに頬を緩めながらも席を立つ。何故だか無性に、彼の事を撫でまわしたくなった。

 

「では私達はそろそろお暇させていただきます。帰る頃には丁度夕飯の準備を始めなければならない時間でしょうし」

 

「そう。命蓮に伝えて頂戴。フランが退屈して自分からそっちに行かない様に、月に何度かは遊びにいらっしゃいってね」

 

「承知しました」

 

 白蓮は再度彼女に一礼し、部屋を後にする。今日の献立はどうしようかと弟に食べさせる姿を想像しながら、彼女は軽い足取りで地下の図書館へと向かうのであった。

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