「離れないでくれよ命蓮君。もし君に怪我でもされたら、私が白蓮達から酷い目にあってしまう」
時間は移り朝食を食べ終えた命蓮は、保護者役のナズーリンと共に命蓮寺からそう遠くない森の中を二人きりで歩いていた。
森と言ってもここは魔法の森の様に人間にとって有害な瘴気や魔力が満ちている場所ではない。それどころか妖怪や危険となる獣も殆ど見る事の無い、幻想郷の中でも数少ない安全な森であった。
命蓮は死んでキョンシーとなったお陰でそういった過酷な環境でも生前の様な影響は受けないのだが、姉の白蓮は弟が危険にさらされる可能性を全て排除したい様だ。少々過保護だと思いもするが、世間知らずな彼を守るにはこれくらいが適当なのかもしれないと、ナズーリンは片手でダウジングロッドを弄りながらそんなことを考える。
この一か月程命蓮寺へ用事がある度に彼女の様子を見ていたが、その変化には驚かされた。今まではいつもニコニコと笑顔を振り撒いていた白蓮が、別人かと思う程に表情を変化させるようになったのだ。中には彼と談笑している際に殺気を向けられたり命蓮が彼女に甘えている時にちょっとお見せ出来ない様な顔をしていた時もあったのだが、それはともかくとして彼は間違いなく聖白蓮を変えたのだ。それはどちらかと言えば、良い変化なのだろう。
「それにしても…突然どうしたんだい?いきなり私の宝塔探しについて行きたいなんて」
先程命蓮寺にて行われたやり取りを思い出しつつも、ナズーリンは隣で自ら車椅子を押す命蓮を見る。普段ならば自分達保護者が彼の車椅子を押す役割なのだが、彼は何故か今日はそれを断り、自分で車椅子を動かす事を選んだのだ。
寺での会話もそうだ。何時ものように彼女の主である寅丸星が宝塔を紛失し、一言二言小言を言った後に宝塔を見つける為に寺から出ようとしたら命蓮が突然話しかけて来たのだ。宝塔探しに一緒に連れて行って欲しいと。
そもそもとして、ナズーリンは主達の様に命蓮と仲が良いのかと聞かれたらそこまでではない。険悪という言葉で表現するのはあり得ないのだが、まずナズーリン自身が命蓮寺に住んでいないが故に命蓮と会う機会も他の人達に比べて圧倒的に少ないのだ。ナズーリンから見た彼の印象は、親戚の子供といった程度だろう。
だからこそ彼がついて行きたいと言った時はかなり驚いた。正直に言えば彼がいると命蓮寺保護者組の過保護スキルが発動し危険地帯を探す事が出来なくなる為に目標を重視するのであれば迷惑なのだが、これも人付き合いというものだろう。ここで断って嫌われていると認識させてしまうのも後で誤解を解くのが面倒くさい。
もし危険地帯に宝塔が落ちていたのならまた後日にしよう。そもそもとして何度も宝塔を無くすご主人が悪い。仮に見つからなかったとしてもそれは自分のせいでは無いだろう。ナズーリンの脳内での宝塔の価値が一気に下がった瞬間であった。
「私も…私も皆さんと同じように、姉様の役に立ちたくて…」
「聖の役に?」
彼女にとっては君の存在自体が心の癒しだろうに。ナズーリンはそう思ったがしかしそれを自覚していない命蓮は少し会話に熱が入ったのか、普段よりも少し感情的に彼女に訴える。
「私は復活してから今まで、青娥の下にいた時も姉様の下にいた時も、ただのんびりと過ごしていただけなんです。せっかく取り戻すことの出来たこの体を、頑丈になったこの肉体を、私は全く活かせていない。これじゃあ、何の為に地上へと戻ったのか…」
一応言っておくが、命蓮は姉の様に無償で善を提供する訳では無い。彼はあくまでも世話になった相手に何か恩返しがしたいという極々ありふれたことを考えているに過ぎないのだ。十もいかない歳でそんな思考回路が出来ること自体驚きだが。
「ふぅん…頑丈になったねぇ…全く動かせないその足でそれを言うかい?」
そう言ってナズーリンは彼の足を指先でツンツンと突く。彼の最早退化したとも言っても良いその足には既に痛覚は残っていない。その為に触られても痛くは無いのだが、突然の彼女の行動に驚きはする。
「ま、確かに今の君は全く命蓮寺の為に行動はしていないよね。姉の聖白蓮に介護を受け、ご主人達にも介護を受け、完全に頼りっきりだ」
「むぐぐ…」
「しかも青娥とかいう邪仙の下でもその生活をしていたというから驚きだよ。どうやら君は甘やかされるのが得意な人間らしい」
遠回しに君に働く姿は似合わないと言われている気がして命蓮の精神的ダメージは一気に上昇した。しかしナズーリンは彼の心情など気にしない。さらに言葉をまくし立てる。彼女はあくまで客観的な意見を述べているだけだ。そこに悪気は一切存在しない。
「そもそも君のその体では何かをすることは難しい。足が使い物にならないんじゃ移動だって難しいし、聖の様に説法をしようとしてもどうしても額にあるお札が目に付く。幾ら里の人間でもキョンシーの知識くらい少しは持っているさ。キョンシーは里の人間にはあまりいい印象を持たれていないから、信用を勝ち取るのは困難だろう。加えて誰かの相談に乗ろうとしても君には圧倒的に経験と常識が足りない。正直に言おう、君には働くことの出来る仕事が一切無い!」
「ふぐっ…!」
彼女の口撃をまともに受けた命蓮は精神的に大きなダメージを被り、思わずガックリと肩を落とす。自分でもわかっていたつもりだったが、いざ他人の口から言われると大分心に来るものがある。彼はまだ齢十にも満たない少年だ。そんな彼が遠回しにでも何でも無く無能だと言われたら、かなり傷つくであろう。
ナズーリンはそんな彼の分かりやすい反応に苦笑を浮かべた後、彼の肩をポンポンと叩き、元気づける様な優しい声音で言葉を付け加える。
「君は働かされる為に現世に戻って来たんじゃない。あの邪仙がどう思っていたのかは知らないが、少なくとも白蓮は君を側にいて欲しいから寺に置いている。彼女は、見返りなんて求めちゃいないさ。多忙を極める白蓮にとって、君という完全に心の許せる存在は貴重なんだ。ご主人達も少なからず、君のことをそういう風に思っている。それは間違いなく、君にしかしてあげられないことだよ」
「私にしか出来ない…」
「そう。言うなればそうだな…マスコットかな?君には癒し枠という役職が一番合ってる。出来る事をやればいいのさ。焦る必要も、自分への理想を上げ過ぎる必要も無い」
ナズーリンは彼の背後に回り、保護者がいつもするように命蓮の車椅子を押す。なんだかんだ言って、彼女も面倒見のいい保護者であることに変わりは無いのだ。命蓮の事はそれなりに気に入っているし、可愛がりもする。ただ白蓮達とは一緒にして欲しくは無いのだが。
「まぁ、それでももっと別の事で役に立ちたいと言うのなら、早くこの現代の常識と知識を身に着けることだね。私も暇なときは協力してあげるからさ」
まずは校外学習として、一緒にご主人の宝塔を見つけ出そう。彼女はそこで話を切り上げ、森の奥へと車椅子を押しながら歩いて行くのであった。
この後命蓮は無事に星の宝塔を見つけ、彼女にお礼を言われた時は初めて役に立てた様な気がしてとても喜んでいた。