ある僧侶の告白   作:迦羅

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七話

 もう周知の事実だろうが、命蓮は生前に他者との交流が殆ど無かった。

 いや、殆どではなく皆無と言ってもいいかもしれない。当時星も一輪達もおらず姉と二人きりで暮らしていた頃の彼はその体故に一度も外に出る事は無かった。なので命蓮は青娥によって復活する前は、姉と幼き頃の記憶にうっすらと残る両親としか話したことは愚か会ったことすら無かった。

 その環境が原因なのかそれとも生来の性格故なのかは定かでは無いが、実は彼は結構な人見知りである。

 ここ命蓮寺に来た時も例外ではなく、白蓮はともかくとして星達とまともに話せるようになるにはそこそこ長い期間を要した。そんな中唯一人命蓮に嫉妬を向けられて出会った初日から彼と遠慮なく話せるようになった一輪はある意味貴重かもしれない。

 つまり何が言いたいのかというと、初対面での印象は、彼にとっては一般人以上に重要であるということだ。

 そして今命蓮の目の前には、初対面で彼に最悪の印象を与えた人物――妖怪が存在する。

 

「はい、そこでストップですよ小傘さん。そこから先は命蓮様の領域となりますので、貴女はまだ立ち入りを認められていません」

 

「うぅ…確かに初対面の時にいきなり驚かせたのは悪いかもしれないけれど、ここまで露骨に避けられるものなの?」

 

 第一印象最悪な小傘という少女から命蓮を守るべく二人の間に立っている人物は幽谷響子、山彦の妖怪であり命蓮寺の一員だ。命蓮寺では他の面子に比べ命蓮と歳が比較的近い為に、彼とは他の者達とはまた違った、友人に近い関係を持つ人物である。尤も歳が近いと言ってもあくまで他の者達に比べればの話で、実際生きている年月は何百年も差があるのだが。

 多々良小傘がここまで命蓮に避けられている理由は至って単純だ。彼女は人を驚かせる妖怪であり、その人間の驚いた感情を糧に生きている。しかし彼女の驚かせ方は狐や狸とは違い安直すぎるが故に、子供にもあまり驚いて貰えないのが現実だ。その日も彼女は駄目もとで人を驚かせようと命蓮寺の一角に潜んでいたのだが、偶然そこで彼女の作戦の餌食になった命蓮が滅茶苦茶驚いたのだ。結果として彼女の腹は満腹になったが、命蓮の中での彼女の評価は最底辺からスタートすることになった。

 

「えっと…命蓮君。その、ごめんね?悪気は無かったの…」

 

「・・・追い打ちかけてきた。驚いた私のことを面白がって、何回もちょっかいかけてきました…」

 

「小傘さん?」

 

「うぐっ…それはその…あんなにも驚いて貰えるとは思わなかったから嬉しくなっちゃって…」

 

 おっとここで響子の小傘に対する不信度が再び上昇した。長い間命蓮寺メンバーの中で最年少だった彼女は初めて出来た年下の命蓮相手にお姉さんでいようと必死なのだ。なので多少彼を脅かしかねないものに敏感になってしまうのは仕方がない。そう、仕方がないのである。

 

「・・・まぁ、過ぎた事はいいです。もうしないと約束してくれるのなら、私はそれで構いません」

 

「・・・お腹すいたら驚かせても良い?」

 

「もう二、三メートル程離れてください」

 

「冗談、冗談だよ!」

 

 命蓮の言葉に小傘は慌てた様子で自分の発言を撤回する。結果的に彼女は命蓮から二メートル離れた場所に座る事を許された。

 

「そう言えば今更ですけど、小傘さんが墓地では無く本堂の方にいらっしゃるなんて珍しいですね。聖に何か用でも?」

 

「そういう訳じゃ無いんだけど…ほら、私って響子ちゃんの言う通りこのお寺の墓地にはお世話になっているでしょ?だから付き合いをよくするためにも、一度会ったとはいえ命蓮君にちゃんと挨拶した方がいいと思って」

 

「それはどうもご丁寧に。ちゃんとそう言った良識はあるんですね」

 

「な、なんか当たり強くない…?こう見えて人里で生活している妖怪だもの。そういうマナーは順守しているつもりだよ」

 

 フフンとドヤ顔で胸を張る小傘であったが、残念な事に彼の頭の中では『マナーを普段順守しているのなら初対面の人を驚かせたりしないのでは?』という疑問が展開されている。

 勿論誰かを驚かせられるか否かは彼女にとって死活問題にもなりかねないことなのだが、被害者である命蓮にはそんなこと知ったこっちゃない。生前において安寧という名の退屈の中で過ごして来た彼は恐怖や驚愕への耐性がゼロなのだ。彼は姉の様に聖人では無い。怒りたい時は普通に起こるし、怒りの沸点も一般人並みだ。今まで姉に甘やかされ過ぎて怒ったことなど一度も無いのだが。

 

「・・・というか、小傘さんって妖怪だったんですね。ひょっとして私を驚かせたのもそういった理由があるからですか?」

 

「今更!?確かに初めて会った時には妖怪だって言わなかったけど。この傘とか見たらわかるでしょ!」

 

「いえ、てっきり最近はそういった傘が使われているのかと…このお寺、妖怪である貴女が入って来ても大丈夫なんですね」

 

「いや、それを言うなら響子ちゃんだって一輪さんだって――というか星さんも船長も、殆どが妖怪じゃない」

 

「・・・え、そうなんですか?」

 

「「(今更…?)」」

 

 今度は小傘だけでなく、響子ですらも脳内にそんな感想が浮かんだ。だが確かに言われてみれば、自分達も彼と挨拶を交わした際に自分達は妖怪であるとは言わなかった。というか、見たらわかるだろと思っていた。

 

「なんで気づかないの?響子ちゃんなんてすごくわかりやすく人間とは違う耳があるじゃない!」

 

「いえ、私は生前姉様以外の人と会ったことが無かったので、そういう方もいるのかなぁ…と」

 

「私達のこと人間だと思っていたんですか…?雲山さんはとてもそうは見えないですけど」

 

「流石に雲山さんが妖怪だという事は私にもわかりますよ。あの人は確かに妖怪ですけど、一輪さんに負けて相棒になっているならいいかなって」

 

「成程」

 

 その理論はイマイチよくわかっていないが、まぁそれは良しとしよう。それよりも本人の口から言ったのにもかかわらず、命蓮が自分達が妖怪だと知っても嫌な顔一つしなかったという事の方が重要だ。響子の思考に安堵の感情が加わる。

 命蓮にとって、共に住む者が人間であろうが妖怪であろうがどうでもいい。彼は生前に関わりのあった人物が姉しかいなかった為に、妖怪或いは人間への偏見というものが良くも悪くも一切存在しないのだ。彼にとっては姉かそれ以外か、判断の基準はそれだけである。

 

「命蓮様が妖怪に理解のある方で安心しました」

 

「理解があるというより、私自身人間と妖怪の違いをイマイチ理解出来ていないからだと思います」

 

「えぇ…幻想郷でその認識は危険だよ?悪い妖怪に襲われちゃうかも――やっぱ何でもない」

 

 彼に危機感を持たせるべく多少脅してみようかと考えた小傘であったが、残念な事に保護者同伴の際に彼が襲われるという事態を想像出来なかったが故にそれ以上何かを言う事は無かった。保護者組が強すぎる。

 

「・・・確かに小傘さんの言う通りかもしれません。もし万が一姉様達とはぐれてしまったら、そういった幻想郷の知識というものは大事になって来るでしょうし…」

 

 言葉を中断した彼女に対し、命蓮はその言葉が割と深く心に届いたらしい。つい先程まで離れていた二メートルの距離を詰め、彼女に頭を下げる。

 

「小傘さん、もし宜しければ私に幻想郷の知識というものを与えてくださいませんか?」

 

「え…なんで私?もっと他に適任が――ほら、貴方のお姉さんがいるでしょ」

 

「姉様は忙しい身ですから。流石にそこまで甘える訳にもいきません。私は今、貴女にお願いをしているんです」

 

 なんか遠回しにお前は暇だと言われた気がしたが、当の本人にはそんなつもりは微塵もないのだろう。というか実際、里の人間にベビーシッター等を任されない限りは暇だ。

 

「あ、なら私も一緒にお教えしますよ。二人で先生をすれば命蓮様の知識もより深まるでしょう?それに、小傘さんが命蓮様に手を出さないか見張っておかないと」

 

「いやいやいやいや、響子ちゃんは私の事なんだと思ってるの?そんなことする人いる訳無いじゃん!」

 

「それが過去にいたんですよねぇ…青娥っていう人なんですけど」

 

「あぁ…納得」

 

 因みに青娥は彼の服を脱がそうとしたギリギリの所で弟の危機を察知して駆け付けた白蓮から魔法(物理)を受けて命蓮寺の敷地外まで吹っ飛ばされた為に彼の貞操は守られた。そしてその時白蓮が言っていた『命蓮の貞操は、私の中で五戒との区切りがつくまでは必ず守ります』という台詞に皆が戦慄――というかドン引きしていたのは、今となってはいい思い出だ。命蓮は貞操と五戒の言葉の意味が分からなかった為によくわからないが姉が自分を守ると言ってくれたと勘違いし、とても嬉しそうにしていた。結果的にお前は食われことになるんだけどな。

 

「・・・まぁ、断る理由も特に無いし、それで君との距離が縮まってくれるなら引き受けることにするわ」

 

「距離を縮める…小傘さん、貴女やっぱり…」

 

「いや違うからね?物理的にも存在している距離を縮めたいからっていう意味よ。ほら、いつの間にかまた命蓮君との距離が二メートルに戻ってるし」

 

 グダグダな感じで始まった命蓮の知識を深める勉強会だがこれが思った以上に会話が弾み、結果的に命蓮と小傘の距離は一メートルにまで縮む事となった。

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