ある僧侶の告白   作:迦羅

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九話

 その日、命蓮はいつになく上機嫌な様子で、自分の手のひらにある物を眺めていた。

 そしてやがてその袋から一粒のお菓子――金平糖を取り出し、自分の口の中に入れる。それをコロコロと口の中で転がした後、心地の良い音を立てながら金平糖を噛んで砂糖の素朴な甘さを体感し、やがて唾液ごとその甘さを嚥下しうっとりとした息を吐く。

 今の彼の表情は、誰が見ても分かる程に幸せそのものであった。

 

「くくっ、坊は本当に金平糖が好きなんじゃなぁ。その顔を見ると、儂も土産に買って来た甲斐がある」

 

 そんな彼の反応を楽しそうに眺めるのはこの命蓮寺とそこそこの交流を持つ化け狸、二ツ岩マミゾウだ。

 現在マミゾウは縁側で胡坐をかきながら煙管から煙をふかし、彼女の足の上に命蓮が座っているという状態にある。命蓮は実は彼女の膝の上というポジションを気に入っているのだ。そこにお菓子が加われば姉の膝の上よりも優先度が上がるほどに。

 彼が生きていた時代において、砂糖というのはとんでもなく高級品だった。それ故に彼は生前には砂糖なんてものを一度も口にしたことが無い。そもそも両親がおらず姉と二人きりで生活していた彼にとって、おやつなどという贅沢をする程の余裕は無かったのだ。

 それが今の時代は砂糖を使ったお菓子が子供のお小遣いでも買う事が出来る。命蓮が時代が進んでいることを実感した最も大きな要因の一つだ。

 

「坊は煙草の匂いを嫌がらないから助かる。最近の人間は煙草の匂いで顔を顰めるばかりか、子供の前で吸っていると寺子屋の教師にも小言を言われる。全く…世知辛い世の中になったものじゃ」

 

「私はキョンシーですから体に影響はありませんからね。それに私は煙草の煙の臭いは嫌いじゃないですし」

 

「おっ、嬉しい事言ってくれるではないか。ならもっと嗅がせてやろう。フーッ…」

 

「ケホッケホッ!で、でも、その臭いが嫌いな人には配慮すべきだと思います。それとそんなに間近で吹きかけられると流石キツいです…」

 

「おぉ、それはすまんな。気分転換に煙以外の匂いを嗅がせてやろう。ほれ」

 

「むぐっ!?」

 

 問答無用と言った様子で、マミゾウは命蓮の顔を自分の胸に埋める。悪びれる様子など一切なく命蓮の頭を手でぐりぐりと抑えつけるその姿は、完全に彼を玩具にして遊んでいた。命蓮はなんとか拘束から逃れようと手をジタバタとさせるが、残念な事に彼女は狸の大妖怪、叶う筈も無い。

 一度白蓮が二人のこの意味の分からない、しかし妙に距離が近い関係に危機感を覚えマミゾウに問いただした事があったのだが、彼女は別に命蓮を襲ってしまおうなどといった青娥的思考は持ち合わせていないらしい。彼女曰く、自分の孫を見ている気分とのこと。

 孫に対していいように悪戯をしかける祖母というのもそれはそれでどうかと思ったが、恋愛感情を持ってないならいいやと当時の白蓮はマミゾウへの懸念を切り捨てた。

 切り捨てた結果が、今や彼女にすら劣らない程命蓮がマミゾウに懐いているという事実だ。彼女への警戒を怠った当時の自分をぶん殴りたいという衝動に、命蓮とマミゾウが仲良く話しているのを見る度に駆られる白蓮であった。

 

「くくっ、本当に坊は悪戯のし甲斐があるのう。儂も妖怪の血が疼いて仕方がないわい」

 

「妖怪の血って…星さん達からはそんなことされたことは一度もありませんけど」

 

「あやつらみたいに僧侶に諭されて大人しくなった奴など妖怪の中ではごく少数じゃ。殆どは人間の恐怖か人間そのものを求める奴ばかりじゃからお主も油断しているとパクッといかれるかもしれんぞ?」

 

「いや、私人間じゃなくてキョンシーですし」

 

「そんなことは些細な事にすぎん。常にエサに植えている低級妖怪にとって、キョンシーと人間など生きているか死んでいるかの違いじゃ。どちらにしろ食えば腹にたまる」

 

 そう言ってカラカラと笑うマミゾウであったが、命蓮にとっては全く笑える話では無い。

 今までキョンシーとなってから彼は自分が死ぬことなど考えもしなかった。何故ならキョンシーとは死んだ人間がなるものだと青娥から教わっていたからだ。

 既に死んだ人間が妖怪に跡形もなく食われたら一体どうなるのか。想像しただけでおぞましい。形容しがたい恐怖が彼を襲う。

 

「・・・少々怖がらせ過ぎたか。安心せい、普通の人間や死体程度ならまだしも、お主に限ってそのようなことが起こる確率は限りなくゼロと言って良い」

 

 相変わらずお主は感情が表に出やすいのう。そう言って笑みを浮かべながら命蓮の頭を撫でる彼女の表情は先程の様な妖怪らしい笑みでは無く、心配性な子を安心させようとする母の顔であった。本人曰く、自分は母では無くおばあちゃんとのことだが。

 

「ほ、本当ですか…?」

 

「本当も本当。もし仮に危険な場所で一人になれば戦う力を持たぬお主が低級妖怪の餌食になるのは必至じゃが、そもそもお主の姉達がそんなことを許さん。無論、儂もじゃ。お主は自分が思っている以上にここの住人に大切にされ、愛されておる。と言っても、いつかはお主がある程度一人で行動できるようになる必要はあると思うがの」

 

 マミゾウはポンポンと規則正しいリズムで命蓮の背中を優しく叩く。普段の彼女を知る者からは想像も出来ないその優しさに命蓮も段々と緊張がほぐれて来たのか、先程とは違い大人しく彼女の胸に顔を埋める。数分が経った時には緊張は完全に解れ、気持ちよさそうに目を細めていた。子猫を撫でている様じゃなと、マミゾウは心の中で呟く。

 

「それでもお主の不安が抜けないのならばそれもいい。警戒というのはし過ぎて困るということは無いからな。しかしいつも硬い表情をしていては、儂らも距離が広がった様で寂しい。自分の持つ警戒や恐怖といった感情を、自分の意思で制御出来るようになることが大切なのじゃ」

 

 そこでマミゾウは一度話を区切り、自分の胸から彼を引き離し、その顔を真っ直ぐ見つめる。額に貼ってある札のせいで顔全体が見えないことに一瞬イラっときたがそんなことは最早どうでもいい。大事なのは、彼の心に届くか否かだ。ひょっとしたら彼は、自分の思っている程子供では無いのかもしれないし、悲観的になりすぎてもいないのかもしれない。だがそれでも、彼にとっての選択肢は多いに越したことは無いだろう。彼女は中々に孫バカであった。

 

「小傘にも言われた様じゃが、知識というのは己を制御するのにおいては必要不可欠。知識があったからこそ人は妖怪から逃げる術を得、妖怪が闊歩するこの世界を生きていくことが出来たのじゃ。坊は賢い子じゃ、どんどん知識を吸収しなさい。それがきっと、死体であるお主を生かしてくれる」

 

 彼女の言葉を噛み締めているのか、それとも彼女に抱き締められているこの現状を終わらせたくないだけなのか、彼は特に何かを言うでもなくコクリと頷いた。

 彼の声の無い返事でもマミゾウは満足したのか、それ以上は特に何かを言う事も無く、彼の手に握られた袋から金平糖を時折摘まむだけで、穏やかな時間を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメ…いけません命蓮。彼女は所詮偽りの繋がり。どうして私を捨てて、彼女の下へ行くのですか…?」

 

「マミゾウ…弟様を抱っこする時はちゃんと脇の下に手を通さないと駄目じゃない。足が動かないのだから、万が一体勢を崩して弟様が落下したらどうするつもりなの…?それに自分の肩の上に顎を乗せるなんて、弟様は貴女より背が小さいんだからその体勢じゃ疲れるに決まっているじゃない…」

 

「・・・ねぇご主人。私の目が確かなら、日に日に白蓮達がおかしくなっている気がするんだけど…」

 

「何を言うのですかナズ、聖の行動は命蓮様を思ってのこと…素晴らしい家族愛ですね。私も見習わなければ…」

 

「戻って来るんだご主人!その考えに行きついてしまっては戻ってこられなくなる!」

 

 マミゾウに餌付けされた命蓮に一緒に過ごす事を断られて目からハイライトが消えた白蓮、マミゾウの命蓮の扱い方に大いに不安がありブツブツと彼女の一挙一動に文句を垂れる一輪、彼女達と同じく黄泉の道に片足を突っ込もうとしている星と主の危機を全力で止めようとするナズーリン。

 命蓮達のいる縁側に最も近い部屋の一室は、文字通り混沌を極めていた。

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