The Warrior World 第一節「忘れられた剣」   作:犬丸ミケ

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前回のあらすじ
ひょんなことに暗殺一家レイニード家の次女、サーシャ・レイニードが記憶を求める剣士、ファイン・エクスロードとルームシェアをすることになってしまった。
その翌日、死神であり異能力を持つ青年、デスバザ・B・サイズが、サーシャがファインの記憶に何かしら関わりがあると疑問を打ち明ける。
そんな会話をしていると、サーシャがファインとデスバザの会話の中に乱入し、ファインを何処かへ連れて行くのだった………授業前に。


第8話

「……………」

「お、おいサーシャ…どこに連れて…」

「……………」

 

デスバザとの会話に突然乱入したかと思えば、どこかへ連れて行こうと手を引き、どこへ連れて行くんだと聞けばとにかく無視……

もともと妙な思いつきと行動をする奴とはなんとなしに思っていたが……ここまでとは。

妙な思いつきの例で挙げれば例えば……俺との同室とか。

 

「なぁ……いい加減無視され続けるってのもどう反応すれば良いか困るんだが……」

「…………」

「…なんなんだ……本当に」

 

俺からの発言をとにかく無視するサーシャではあるが、俺の手を掴むサーシャの手にかかる力は全く緩む気配すら見せない。

もし、強引にでも抵抗しようが、それでもサーシャは俺を力づくでも連れて行くだろう……そんな風に思える状態だ。

 

「…………」

「…………」

「…サーシャ?」

「…………」

 

沈黙、ただ沈黙が続く。

今頃どの教室でも授業が始まっている頃だろう、廊下に響く音は俺とサーシャの足音のみである。

……と言いたいところだが、聞こえる足音は俺のもののみである。

サーシャの足音と言えば、いくら耳を立てようと全く聞こえて来ないのだ。こればかりは流石だ、と褒めるべきか。

そのような状況が続いて行くと、次第に見覚えのある風景が目につく。

 

「なぁサーシャ、ここって」

「…そろそろ着く……あといい加減うるさいから少し静かにして」

「…………おう」

 

うるさい、と来たか。

そもそもサーシャが無理やり俺をここまで連れ出したのだ、事情ぐらい話すのが筋だと思うのだが……

だから、俺は悪くない。

悪くない……はずだ。

 

「……ここ」

「やっと着いたのか……てか、ここって…」

 

無理やり連れ出されて数秒か数分か、着いた場所は教室のような扉とは違い、その場の雰囲気よりもひときわ異彩を放つ物々しい雰囲気を持つ大きな二枚扉の前であった。

……あぁ、忘れるわけもない。

ここには2度と思い出したくもないようなトラウマがある場所だ。

そう、その場所とは適性試験の実技試験の会場であり、模擬戦闘用空間のある場所、『多目的ホール』である。

 

 

多目的ホール内………

 

多目的ホール、その名の通り様々な用途で使用される教室だ。

このW・S内で模擬戦闘用空間のある教室とはここしかなく、生徒の間では体育館なんて呼ばれていたりもする。

もともとこの学園は対悪魔の戦闘に特化した兵士を育成する学園なため、実技の時間はとても多いため、この部屋だけは別の空間にできているのではないかと思えるほど広くできている。

多目的ホールの構造は、二枚扉を開け目に広がるのは巨大な空間、周りに窓は特になく、あるものと言えば広場の奥にある扉と、扉の上にある小さな箱のような部屋がある。

その部屋とはコンピュータールームと言われ、そこからの操作でそれぞれの戦闘課に対して模擬戦闘用空間をセッティングするようだ。

なお、適性試験の時にベラース学園長やロールがいたのはこのコンピュータールームである。

 

「…なんつーか……とことん縁があるな……ここに……」

「……ちょっと待ってて」

「サーシャ?」

 

呼び止めようとするが、それには応じずにスタスタと奥の扉へと向かう。

どうやらあそこからコンピュータールームへと繋がっているようだ。

少し経つと、広場が心なしか少し明るくなり、俺の体が映像のラグのように少し歪んだように見え、すぐに元の状態に戻る。

つまり、模擬戦闘用空間をセッティングしたということだろう。

それからすぐに、奥の扉からサーシャが出てくる……片手に模擬戦闘用武器のダガーを手にして。

 

「………なんのつもりだ?」

「決まってる……やろ?ファイン」

 

やろう……つまりは戦闘もとい模擬戦を……か。

まったく、どこまでも自分勝手な奴とは思わされたがここまでとは。

その自分勝手さに、俺のはほんの少し憤りを感じていた。

だが、ここまで自分勝手に振る舞われてしまっては俺も我慢が効かなくなる。

その上で、俺は冷静にサーシャに聞く。

 

「…なんで」

「……言わなきゃ?」

 

特に何も言わなくても承認してもらえるとでも思ったのだろうかこいつは……

 

「あぁ、ダメだ。いい加減堪忍袋の尾が切れそうだからな」

 

と、今までにないような強い言い方で返す。

これでほんの少しでも理由を話す気になってくれればそれでいいが……

 

「…そっか……だったら……」

 

瞬間、サーシャの赤い瞳がギラリと睨みを効かせたと思うと、なんの躊躇いもなく斬りかかってくる。

 

「……っ!」

 

距離はすでに縮められ、不意打ちの形でサーシャのダガーは首を切り落とさんと迫ってくる。

俺の武器は……ない。

模擬戦闘用のロングソードは出ていない。

つまり、武器で流そうにも手ぶらな以上どうしようもないのだ。

なら、手元に武器がないのならば、"武器があるように"イメージする。

 

「いい加減に……しろ!!」

 

それはまるで"最初から手元にあったかのように"握られていた。

ズシリと両手にかかる重さ、それをにほんの瞬間的に掛けた力のみで振り上げ、ダガーを弾く。

そして目に映るものはこの多目的ホールの二枚扉のように物々しく、そしてとても鈍い印象を持たせる鉄板に剣という概念を持たせた武器、大剣を、メタルブレイカーを握っていた。

武具展開術式「ウェポンスイッチ」

緊急時の戦闘に使用する簡単な術式で、自分の保有する武器を頭でイメージし、その場に出現させるものだ。

俺の保有する武器はこのメタルブレイカーと、模擬戦闘用武器と、サーシャから渡された投げナイフだ。

では、なぜ模擬戦闘用武器ではなく、この大剣をイメージしたのか。

理由としてはとてもシンプルで、"とてもイメージしやすかった"からである。

 

「るぅぁぁあああっ!!」

「……っ」

 

振り上げた大剣の柄に力を込めて握り込み、その場で静止させた後にすぐに振り下ろすように力を込め、そのまま武器の重さのままに地面に剣を叩きつける。

だが、刃は空を切り、地面にに叩きつけた衝撃で地面は抉れ、土煙が舞う。

ーーーそれでいい。

言わばこれは威嚇のようなもので、サーシャの突然の行動を静止させるスイッチのようなものだ。

その証拠に、サーシャは少し距離を取り、間合いを伺い始めた。

 

「おいサーシャ…さすがにあんまりじゃないか…?」

「………」

「いい加減理由を話してくれ。話してくれればーーー」

「戦闘中にお喋りなんて…」

 

先ほどと同じようにサーシャは距離を詰め、ダガーによる一撃を放つ。

 

「ぐっ…!!」

 

ゾワリと体を襲う何かを察知し、とっさに剣の腹でその一撃を受け止める。

ーーー軽い。

先ほどの首狙いの一撃に比べ、かなり軽い一撃。

それが意味するのはつまり、

 

「ふっ…!」

 

即座に下段からの切り上げ、素早い斬撃の2撃目が襲いかかってくる。

 

「っ…!」

 

予想していたとは言え、やはり肝を抜かれる。

この2撃目も大剣で受け止めるも、ほぼ反射のようなもので、カウンターを合わせられるほどの余裕が感じられないほどサーシャの一撃は素早く、そして鋭いのだ。

 

「…………!」

「なんの!」

 

すかさず3撃目、下段から上段へと伸びたダガーを持つ手首を捻り、その勢いの一撃が飛んでくる。

さすがに3撃目となれば読めていたのか、2撃目に比べ落ち着いて受け止めることができた。

予想通り……と安心してるもつかの間

 

「……っ!!?」

 

頭部に衝撃が走り、視界が明滅しながら宙を舞う。

あまりの出来事に何が起きたか把握こそはできないが、宙に舞っているということは把握でき、その勢いのまま地面に受け身をするように転げる。

視界をサーシャに戻すと、サーシャの片足が振り上げられていた。

 

「……舌………噛むよ?」

「……このっ……」

 

体勢を立て直すと、左のこめかみの辺りからジワリと痛みが湧いてくる。

どうやら、3撃目の勢いのままサーシャの回し蹴りが頭部に直撃したようだ。

かなり重い一撃だったのか、時間が経つにつれてジワリジワリと痛みが増していく。

 

「行くよ……」

「っ……!」

 

腰を低く落とし、その体勢のまま下段から切り込んでくる。

すかさず剣で受け止めるが、まだここで終わらないことを悟る。

その後、予想通りに2撃目が、1撃目とは別方向からの下段からの一撃が迫る。

これもまた剣で受け止めるが、まだ終わりでないと悟る。

そのままサーシャは体重を乗せた一撃を上段から斬り伏せにかかる。

……まずい。

受け止めることしかできない。

予想外の蹴りの一撃があってだからか、次はどこから飛んでくるかを無意識に警戒してしまっているからか、攻撃する手が止まってしまっている。

この一撃もその気になれば剣で流した上で胴体に斬りつけることはできるのだろうが、今の精神状態では受け止めるのが精一杯であった。

 

「どうしたの?動きが鈍くなってるよ…?」

「っ……この……!」

 

ダガーを受け止めた剣を振り上げ、上段から斬りつけようとするも、

 

「……隙あり」

「!?」

 

剣を振り上げ、ガラ空きになった胴体に一撃。

そのまま流れるように回転しながら脇腹、背中、逆の脇腹と斬りつけ、

 

「がっ……!!」

 

最後に腹部を足の裏で蹴り、そのまま俺の後ろの壁へと突き飛ばす。

腹部への蹴りと背中を壁に打ち付けた衝撃で酸素が急激に奪われ、一瞬酸欠のような状態にさせられる。

 

「…はぁ……はぁ……ぅぐ……っ」

 

呼吸を整え、立ち上がろうとするも、急激に倦怠感が押し寄せ、大剣を杖にし、体重を掛け、寄りかかる体勢になってしまう。

ーーそうか、模擬戦闘用武器だ。

模擬戦闘用武器では切られたり、殴られたりしても痛みは感じない代わりに、攻撃を受けるたびに体力を奪う。

体力を奪い続けると疲労困憊となり、戦闘続行が不可能となった時点で勝負がつく…なんて説明を受けていた。

現時点で4箇所、切られた方向になぞって赤い線のようなエフェクトが体に刻まれている。

そこを手で触れると、まるで本当に削られたようにその部位が欠損していた。

しかも、サーシャの一撃がかなり的確だったのか、かなり深い部分までえぐり取られていたのだ。

これがもし実戦だったらと想像すると、間違いなく即死だっただろう。

……考えるだけでもゾッとする。

 

「……もう終わり?」

「…なんの……まだまだ…!!」

 

剣を持つ力は残っている上、立てるほどの体力も残っている。

なら、やることは一つ。

目の前の理不尽な奴を斬りふせるのみ……!

 

 

 

 

一方………

 

 

「………ったく……」

 

たんたんと行われる授業退屈そうに聞いている青年が1人、白くも濁りのあるような灰色の長い髪をオールバックのように後ろに回し、身に包む制服のブレザーのボタンは全開に、シャツの上のボタンを開け、ネクタイを緩めた上にズボンを腰より少し低いところで止めているだらしの無い格好をした青年、デスバザは空席になっている2つの席を眺めている。

1つはファインの席、1つはサーシャの席だ。

 

「(あいつら……一体どこでなにやってんだか……あのレイニード家のお嬢様が愛の告白するために男1人を連れ回すようなタチには見えねぇが……ほんとうになにしているのやら……)」

 

新入生の入学からまだ日も浅いのにも関わらず、2つの空席が違和感に思えていないのか、授業はたんたんと進められている。

 

「(しっかし……暗殺者つっても、アレもまた1人の年頃の女子……そんな奴がいきなり学園の男子生徒と同室希望なんて、普通に変な話だよなぁ……ほんと、なにを企んでいるのやら……)」

 

と物思いにふけっていると、黒板の方向からピリッとしたものを感じると、目の前にチョークが迫る。

そんなチョークをデスバザは、特になにも考えずに受け止め、投げた相手を探す。

 

「えー、ボーンサイズ君?空席の2人が気になるのは分かるけど、授業には集中してくれないと…ね?」

 

投げた相手は、黒い髪の前髪に白いメッシュを入れた執事服に眼鏡の男性、このクラスの担任の先生であるキルマであった。

表情は穏やかな笑顔であるが、その内からは怒気のようなものが感じられる。

デスバザに投げられたチョークのコントロール正確さから、デスバザの眉間に直撃するように投げたあたり、割と本気で怒っている様子がうかがえる。

 

「…あー、ちょっとあいつらが気になっていたもんで。サーセンっす」

「では、ちゃんと授業に集中してくれるかな?」

「ウィッス、キルマ先生」

 

投げられたチョークを投げ返すと、それを当たり前の行動のようにキルマは指で掴み取り、何事もなかったかのように授業が再開される。

本人らの間では特になにもなかったような一連の流れではあったが、その周りの生徒からはざわつきのようなものを感じられる。

 

「(…ま、あんなボーッとしてるやつに限って、そんな大事なわけはないか)」

 

退屈に聞き流していた授業だが、またチョークが飛んできては厄介と感じたのか、授業をとりあえずなんとなしに受けるデスバザであった………

 

 

 

多目的ホール……

 

「……」

「…はぁ……はぁ…はぁ……っ!」

 

意識が重い。

体も重い。

支えようとする両足もガクつき、もはや剣の支え無しでは立つのも難しくなる、そんな状態だ。

身体中には無数の切り込まれたエフェクトだらけ。

そしてそのエフェクトの数だけ、今の俺は体力を奪われてしまっているのだ。

 

「……この…っ!」

 

手足は枷でもつけられたかのように重い。

少しでも心が弱り、挫けていてしまったらもう立ち上がることすらできないであろうというほどに。

だが、それでも動いてみせる。

このままでは終われるわけがない。

つい数分前までここまで連れ回し、そして何を思ったかと思えばダガーを持って襲撃してきた理不尽極まりない奴がそこにいるのだ。

俺の心を支えているもの、恐らく怒りだろう。

目の前の自分勝手を働き、それどころか何も事情を話そうともしない奴に対する憤りこそが、俺の心を折らせない要因であると言ってもいい。

全ては、目の前の理不尽な目に付き合わせてきた奴に一泡吹かせるまでは……!

……だが

 

「……ファイン」

「……なんだ」

「熱くなりすぎ」

「……っ!!」

 

そんな憤りを感じている俺をよそに、サーシャはとても冷ややかに指摘してくる。

今思えば、目の前の少女からは息遣いが荒くなっている様子どころか、武器を構える姿勢に一点もブレを感じられない。

その上、彼女は冷静に俺の動きを見つめ、それに対して最適な対処を何度も何度も一点の誤りもなく続けてきたのだ。

武器の質量的にも、体格差から生じる筋肉の差も物ともせず、ただ冷静に、冷ややかに、相手の隙をついて致命打を浴びせようとする。

こと戦闘においては俺より格上なのだろう。

……それに対して俺はどうだろうか。

一太刀浴びせようと躍起になるあまり、隙を作ってしまっているではないか。

こんな状態で、彼女に一太刀浴びせることなどできるものだろうか。

 

「………そうだな……確かに俺は熱くなっているな」

 

これは認めるべき事実だ。

素直に認めざるを得ないだろう。

 

「……ファインーー」

「だがな」

 

認めざるを得ない事実であろうとも、俺の中の憤りが収まる様子もないのもまた事実、そんな俺は腰を落とし、姿勢を低くし、剣を下段どころか後ろに構え、力を貯める姿勢になる。

 

「正直、今の俺にあるこのお前に対しての怒りは消えちゃいない。お前に一泡吹かせるまで、絶対に落ち着いてやるもんかよ…!」

「……そう、好きにすれば」

「あぁ…!言われなくても!!」

 

力を込めるーーーーーー刹那。

 

「……っ……?」

 

何かが体の中で弾けたような感覚を覚える。

力を込める限界どころと思っていたところからさらに力が高められる。

ーーーなんだ……?これは……

 

「………っ!?」

 

その時だった、サーシャの冷ややかな瞳が途端に鋭さを増し本気の目になる。

そのままサーシャは腰を落とし、ダガーを逆手に持ち、こちらの動きに注視する。

……なんだろうか、この反応。

まるで、本気でやらねばこちらが負ける……とでも思っているような表情だ。

 

「……なら…!」

 

限界どころを振り切った上でさらに力を込める。

すると、体の一部一部からチラホラと"青い炎のようなもの"が見える。目の錯覚か、模擬戦闘用空間でのエフェクトの一部だろうか。

だが、そんなことは今はどうだっていい。

これほどの力、未だかつて出したことはないが、これは勝機と言えるはずなのだ。

かつて、この一撃は何事もなく流され、その上で反撃をもらったことがある俺の剣技によって放つ一撃だ。

今のサーシャの状態であるなら、例え俺がどれだけ本気を出そうとも、この技を見切られ、また同じように反撃されるかもしれない……だが。

今の俺にはこの一撃しかない、故に。

この一撃に全てを込めると、そう決めた。

この一撃に全てを賭けると、そう誓った。

 

「剣技…………………………」

「……!」

 

たとえこの技は一度見られていようと、

たとえこの技は一度破られていようと、

たとえこの技の対処を把握されていようと、

この一撃で斬り伏せてみせる。

何せ、この一撃は"俺の始まり"。

あの日、この一撃があったからこそ、森の主は退けられ、この一撃があったからこそ、俺は自分の記憶の手がかりを探そうと決めた。

つまり、今俺が出せる全力全霊。

搦め手とか小細工とか、そんなものを例えいくら用いたところで、彼女に敵うわけはないのだ。

正直、この一撃で勝てるかも怪しい。

だが、それでも俺はこの一撃に賭けよう。

この一撃こそ、俺の全力全霊ーーー

 

 

「一ッーーーーーーー!」

 

 

 

 

ーーーそして何より、この一撃こそが、1番勝利に近い一撃でもあるのだからーーー!!

 

 

 

 

「閃ッッッッッッッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 

そして、あらゆる決意をし、この一撃を、

この渾身の一撃を、放ったーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

「………………」

 

静寂、そこには静寂が訪れていた。

先ほどの一撃を放った俺は、構えた時と同じ姿勢に戻っていた。

まるで、居合斬りのように。

それを受けたであろうサーシャは、俺と背中合わせに背後に立っていた。

 

「…………びっくりした」

 

先に口を開いたのはサーシャだった。

あれほどまでに無口に無視を決め込んでいた奴がこの静寂の中で口を開き、そして驚いたという事実を俺に語ったのだから。

その一方で俺はーーー満足していた。

自分の中の全力をさらに上回った全力を出せたこともそうだが、なによりも……サーシャを驚かすことができたことが何よりも俺にとってプラスになることだったからだ。

一泡、吹かせることができたのだからーー

 

「……だろ?……本当は俺もーーー」

「だけど」

 

瞬間ーーーー何かがズルリと落ちた。

それは支えられる力もなくーー

否、"支えることのできる力もなく"

最初から、そうあるべきであったかのようにーーー

 

 

 

 

 

ーーーーー俺の両腕が、地面に落ちた。

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーーーー」

「前にも言ったけど……その技は」

 

それだけではない。

もう1つ、支えを失った"ソレ"は、重力に逆らうことなく緩やかに落ちていく。

普通ならすぐに落ちるものだろうが、俺の中ではその瞬間の1秒1秒が、とてもゆっくりに、とてもとてもゆっくりに、1分にも1時間にも感じられるようにゆっくりとーー

ズルリ、ズルリ、と斜面に平らなものを落とし、斜面に下に流れるようにスルスルとスムーズ落ちて行く。

 

 

 

 

 

ーーーーやがて、それは地面へと落ちて行く。

それと同時に、俺の視界の"上下も反転"する。

やがて、"頭部"に強い衝撃が走る。

それは、サーシャに蹴り飛ばされた時よりも強く、強く、そして乱暴に重力という力によって叩きつけられて。

だが、痛みを気にする余裕などなかった。

痛みを忘れるような衝撃が、"目の前"で起こっているのだから。

 

「…その技は私の前では……」

 

俺の目の前、そこには…………………

 

 

 

 

 

ーーーーーー立ち尽くしている"両腕"と"首"の無い俺の胴体があったのだから。

 

そして、サーシャは俺にこう言い放つ。

 

 

 

 

 

「私の前でその一撃は、選択ミス…だよ……」

 

 

 

 

あの時、サーシャに負けたあの時と同じセリフを言い放つ。

その言葉は記憶を失った後に聞かされたどんな言葉よりもはるかに衝撃的であり、何度も何度も頭の中で木霊した後に、

木霊が薄れるのと同じように俺の意識も薄れーーーーー

 

 

 

 

 

やがて、全ては真っ暗と化したーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー……イン……ーーーーー

 

声が聞こえる……誰だろうか。

 

ーーーーーーーーー…ァイン………ーーーー

 

なんて綺麗な声だろうか。

冷ややかなものが抜け落ち、そこには涼やかなものしか残っていないような……そんな優しく、とても心地よく頭に響く声だ。

 

ーーーーーーファイン………!ーーーーー

 

俺を呼ぶ声……それを聞いた瞬間、今まで冷たく、真っ暗なものの中に暖かい光のようなものが差し込んだような錯覚を覚えると同時に、次第に意識も薄いものからはっきりしたものになるような感覚を覚えたーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん……んん……」

 

意識がはっきりするのと同時に、重いまぶたの重さも自然と軽くなり、そのまま目を開けると、そこには俺の顔を覗き込む白い短髪に宝石のように透き通る赤い瞳の少女が俺の顔を見ている。

その表情は相変わらず無関心というか、とても冷たさを帯びているというか………まぁなんにせよ、一見すれば顔立ちの整った少女が俺の身を案じるかのように俺の顔を覗き込んでいるのだ。

 

「……あ……俺ーーー」

 

起き上がろうとすると、急激な疲労感や倦怠感が全身を襲い、力なく先ほどと同じ体勢になってしまう。

……なにやら後頭部に柔らかく、とても心地よい暖かさを帯びた何かの上に頭を置くように。

 

「……なぁサーシャ?」

「……?なに?」

「今俺の頭の下にあるもの……これって」

 

そんな質問に、サーシャは眉ひとつ動かすことなく、さも当たり前かのように、

 

「私の膝……だけど?」

 

と答えた。

…………なるほど………膝……ですか………

 

「………………はぁ」

「…?どうしたの?」

「いや……なんつーか………うん」

「…??」

 

普段の俺なら間違いなく驚いている。

そしてこの現状に衝撃を受け、そのまま飛び起きているだろう。

だが、今はそんなリアクションをする気分でもなかった。

そんでもって、そんな俺のため息に対するサーシャの疑問についていちいちツッコミを入れることすらもまた気だるく、返答もてきとうなものへとなってしまう。

 

「サーシャ?」

「………なに?」

「なぜに膝枕を?」

「…だって……固い地面の上だと寝心地悪いだろうかなって……思って?」

「………さすが寝趣味の暗殺者様はよく分かっていらっしゃる」

「…ひょっとして……皮肉?」

「いいや。むしろ感謝で胸いっぱいだ。ご馳走様です。」

「…………????」

 

いかんな、気だるすぎて発言もかなりてきとうになっている。

だがまぁ…正直な話会話しているおろか、こうして意識をはっきりさせるだけでもかなり辛いものがある。

戦闘中に負わされた模擬戦闘用武器での無数の切り傷に、両腕と首を切り落とされたのだ。普通なら死んでいる。

だが、模擬戦闘用武器では普通なら死んでいるようなダメージを負っても死ぬことはない。

ただし、今の俺のように全身に鉛を詰められたような身体の重さに、それを動かすことに対する気だるさを負うというペナルティは課せられるのだ。

 

「……今何時だ?」

「えっと………午前の11時後半くらい……かな?」

「…そういや午後ってここでの実習じゃなかったっけか…?」

「……………多分」

「………サーシャ」

「…なに?」

「寝ていいか?」

「…………寝るの?」

 

正直このまま寝てしまいたい。

このまま教室戻ったところでキルマ先生からは間違いなく怒られるだろう。

それもあってこのまま寝てしまっていたいのもあるが、こうやって頭を沈めていると心地良さという名の悪魔が気だるさに満ちた心に精神攻撃をしてくるのだ。

そんでもって、模擬戦闘用武器にてこのペナルティを負わされた俺はその心地良さに抗う力おろかそんな気もなく、このままサーシャの膝枕に宿る心地良さに溺れてしまっていたいのだ。

とは言っても、サーシャ本人からすれば迷惑そのものなことには変わりないだろうから、サーシャに許可をもらう必要はあるが、

 

「……いいよ、別に」

「さんきゅ」

 

眉ひとつ動かさず、二つ返事で普通に許可をもらえた。

ーーーーーほれ、この通り。

さすがサーシャ、眠りに関するこだわりは強いだけある。

今の俺の気持ちを察してくれたのだろう。

………こいつ、意外と良い奴かもしれない。

 

「……ねぇファイン?」

「…………どうしたー……?」

 

不意にサーシャが訪ねてくる。

というのも、基本的に話しかける時は俺からなため、こうやってサーシャから訪ねてくるのは、きっと前に一度くらいはあったかもしれないが、とても珍しいことに変わりはないだろう。

というか、今日1日で残ってるこいつたの会話の記憶と言えば、いくら訪ねてもシカトされたことくらいしか記憶にないほどだ。

そんなサーシャが訪ねてきたのだ、何かあるのだろうと睡魔に身を預けながらも耳を傾けると

 

「……私も手伝おっか…?………記憶探し…」

 

なんて言ってきた。

 

「………………え?いい……のか?」

 

今までの会話からでは予想だにしない質問が来たものだから動揺を隠せずにそのまま聞き返してしまう。

そんな質問に対しサーシャは

 

「…うん」

 

またも眉ひとつ動かさずにコクリと頷きながら答える。

ーーーこいつに感情はあるのだろうか?

なんて今までの会話からはどうでも良いような疑問が頭をかすめたが、特に気にしなくても良いだろう。

そんなことよりも、だ。

サーシャが、俺の、記憶探しを、手伝う、と。

そう言ったのだ。

 

「……またどうして……そんなこと?」

 

なんて不躾な疑問を返してしまう。

さっきのは一種のサーシャの好意のようなものだったのだろう。

ならば、それに対して真摯に受け止めることこそが礼儀なのだろうが、俺の頭の中では疑問符が浮かぶばかりだ。

確かに、今までサーシャの行動というものは突拍子もないものばかりで、それに対して俺はかなり翻弄されて来たが、今回のことは今までの行動の中でも群を抜いていると言ってもいいだろう。

………いや、突然のルームシェアと比べるとどうなのだろう……?

 

「……なんというか……ね?……さっきの戦闘も……その手伝いだったり………なんだけど……」

「そう……なのか…?」

 

なんと、さっきの戦闘が、か。

あれでどうやって記憶を取り戻せと申すのだろうかこの暗殺者様は。

 

「……その……かなり分かりずらかったとは思うんだけど……そうなの」

「そうか……」

「……というよりも……やっぱり疑問だった……から」

「疑問?」

 

ほう、疑問とな。

 

「ファイン……昨日の夜……言ったよね?あの大剣を使っていたのはつい最近から……って」

「………言ったな」

 

確かに言った。

そして事実でもある。

マイヤール樹林での森の主との戦い、今思えば随分昔のことのように感じるが、それでもあの戦闘から1月経ってるか経ってないかくらいの期間だろう。

故に、あの戦闘こそがメタルブレイカーを扱っての最初の戦闘で、つい最近のことでもあるのだ。

 

「……あの時…私……おかしいって思った」

「おかしい?」

「……だって……たかがほんの少し大剣の扱い方を学んだところで……あそこまで私と戦えるわけがないんだから………」

大した自信である。

いや、自信も何も事実だろう。

彼女の実力はもはや認める以外に選択肢はないと言えるだろう。

正確無比の斬撃、冷静な判断能力、そして大技に対する対処能力。

その全ては戦闘で勝つことに対して必要不可欠な基礎的なことであろうが、その全てがサーシャは熟練のものであることに変わりはないのだ。

故に、そこから伴う自信というのも、また必然のようなものでもあると言っていいだろう。

 

「……とは言われても……実際に俺がメタルブレイカーを扱い始めたのは本当につい最近で……」

「それは………記憶を失ってからの話……でしょ?」

「……何が言いたいんだ?」

「私が言いたいのは……その前は?……ってこと」

 

つまり、俺が記憶を失う前はメタルブレイカーを扱っていた……とでも言いたいのだろう。

 

「……可能性はある……だけど、今となってはそれも憶測の域でしかなくてだな……」

「じゃあ……聞くけど………」

 

なんだかじょじょに尋問じみてきた空気だが、目を逸らさず、耳を傾け、意識をサーシャに向け続ける。

そしてサーシャはこう言った。

 

 

 

 

「なにか……デジャヴのようなものは……感じなかったの?」

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーーー」

「……やっぱり……あるんだね」

 

確信でもついたのか、サーシャの顔が心なしかドヤ顔に見える。眉ひとつ動いていないが。

 

「……あぁ……ありまくる……なんて言ったらおかしいだろうけど……確かにある」

「……どんな?」

 

まず、マイヤール樹林でメタルブレイカーを見つけ、握った時のこと。

初めて持つはずが、妙にしっくり来たこと。

その瞬間に頭痛が起き、頭に流れたフラッシュバックのようなもの。

初めて扱う重量ある武器なのに、不思議と扱えたこと。

森の主を倒した剣技【一閃】を出すきっかけとなった頭に流れて来た言葉。

メタルブレイカーに関することは大体この辺りだろう。

これをサーシャに伝えると、まるで分かりきっていたような表情をし、こう続ける。

 

「……それだけのデジャヴがあるなら……もう確定かな……」

「……俺が……記憶を失う前からメタルブレイカーを使っていた……ということが?」

「あの大剣に限った話じゃない……もしかしたら別の大剣かもしれないし……もしかしたら最初からあの大剣かもしれない……ってとこかな」

「……まぁ……まだ憶測の域を出ないってとこかーーー」

「でも、」

 

俺の諦めの色を帯びた発言を遮ると、サーシャはこう返す。

 

「あなたの記憶はどうあれ……身体に染み付いた技術まで失うことはない……だから、ファインがあの大剣を見つけるよりも前に大剣を使っていたってのは事実……そこに変わりはないよ」

「………そう……か……じゃあ俺がお前に勝てないのはなんでだ…?」

「経験不足……主に記憶を失ってからの」

「ぐっ………」

「戦って思うけど……ファインって殺意を感じるような感覚は鋭いから六感みたいなものは優れているというか……記憶を失うより前に得ていたものかもだから直感は染み付いているみたい………でも、戦闘の経験不足からか理知的な判断能力はかなり欠けてる……かな。こればっかりは記憶に依存するだろうから仕方ないかも…………」

「うっ………」

「……でも、ファインってば一度カウンターを返された技をもう一度同じ相手に使うあたり………意外と学習能力が低いのか……それとも激情型なのか……」

「……………」

「………だから、渾身の一撃でも両腕と首を切り落とされちゃうんだよ……?」

 

はい、返す言葉もございませぬ。

その通りでございます。

 

「でも………あれには驚いた……」

「?」

「ほら……あの剣技【一閃】とかいう大技を出す前の………覚えてない?」

「……あぁ……あれか……」

 

剣技【一閃】を使う際に溜めの姿勢で力を溜めた時のあの感覚、身体の中の何かが弾け、いつもよりもさらに力を溜められるような感覚を覚えた時のことを言っているのだろう。

あの時のサーシャは動揺しているように思えたが……

 

「……あの時……凄まじく嫌な予感がした………あの状態で技を出されたらこちらが負けるってくらいに……」

「………マジで?」

「……うん……だけど、そこから出てきたのがあの技で良かったって……安心しちゃった」

「………」

 

なるほど、あの時の選択のミスはそれほどのものだったか。

……経験不足………か。

俺のあの時の選択肢というのは剣技【一閃】しかなかった。

他に選択肢があればそれを選んだであろうが、あの状態で出せる技というのが剣技【一閃】しかなかったのだ。

つまり、俺の戦闘の経験不足から伴う技術の引き出しの少なさが招いたものだと言えるのだろう。

………なんだか勿体無いことをしたとしか思えなくなってくるあたり、非常に悲しくなる。

 

「……それと……あの青い炎……」

「……?炎?」

「うん………見えなかったの?」

 

確か、チラチラと見えたそんな気はするが、あれはてっきり模擬戦闘用空間のエフェクトの一種なのだろうと思っていたが、違うのだろうか。

 

「……あの時……一体なんなのか分からなかった……」

「分からない?」

「……うん。直感的に魔力……かと思ったんだけど、それとは違うもの……」

「模擬戦闘用空間のエフェクトじゃない……のか?」

「……うん……あの時確かに感じた……目の前の敵を叩き潰す……とでも言いたいような圧力というか……獲物に飢えた獣の気迫……とか……とにかく、"原始的な戦闘においての頂点に位置する者"のような気迫が……あの時あった……」

「………なんじゃそりゃ……」

 

いや、逆に分からないです、サーシャさん。

なんというか……表現が豊富すぎて逆に分からないです。

まさか…サーシャって意外とポエマー気質なのだろうか。

 

「……じゃあ……ものすごく単調に言うね」

「……最初からそうしろとーーーー」

「あれ……ひょっとしたら"異能力"かもしれない」

「ーーーーーーーーーーーー」

 

……………………いや、サラッとなにとんでもないこと口走ってるんですか。

あまりにも衝撃的すぎて思考回路が処理落ちしかけたんですが。

 

「……待ってくれ」

「……?」

「あれが……異能力……だって?」

「………可能性はある」

「だけど……異能力って大半は能力者自身の魔力を介して発動するものってーーー」

「あくまで大半……例外はある」

「……じゃあ……なんだ?俺はそこにいるだけで周囲に影響を及ぼす神格クラスに匹敵するとでも言いたいんじゃーーー」

「その可能性はない…………こともない」

「ーーーーーーーー」

 

ますます訳が分からなくなってくる。

あの青い炎のようなエフェクトのことだけではない。

自分自身のことも、だ。

いや、そもそも記憶喪失の段階で自分のことはあまり理解できていないのだが、それでも、今までの生活から自分はどういう人間か、どういうキャラなのか、分かってきた……つもりだ。

だが、それが突然あなたは異能力を扱う能力者だって言われて理解できるだろうか。

あなたは神格クラスに匹敵する力を持っていますと言われて納得できるだろうか。

無論、理解もできなければ納得することなんてできるわけがない。

「んなわけねぇだろ」と小馬鹿にするように反論したい。

………だが、

 

「……まさか……そんなわけ……」

「……言い切れる…?」

「…………」

 

できない。

反論などできない。

……いや、できるはずがないのだ。

なぜなら、反論できるほど俺は俺自身のことを理解できていない。

本名は?生まれは?生年月日は?

………今思えば、理解していることよりも理解していないことのほうが多いのだ。

俺はまだ……その片鱗にすら触れられていないのだから。

 

「………サーシャ……」

「…………」

「俺は一体………何者なんだ?」

 

疑問が浮かぶ。

そして思考する。

自分が何者か、自分がどんな存在なのか。

記憶の奥底を探す。

だが、見つからない。

マイヤール村で目覚める以前の記憶は何も見つからないのだ。

それこそ、靄がかかっているとか、そういうものではなく、単純に"無い"のだ。

 

「……私には……分からない」

「………だよな……すまん」

 

当然だ。

サーシャに分かるわけがない。

何せ、出会ったのはつい先日だと言うのに、俺のことを聞いたところでサーシャに分かるはずがないのだ。

 

「……待ってくれよ……俺は過去に大剣の使い方を把握していて?しかも異能力者で?その上魔力を介さないで扱える異能力……」

「…………」

「…そんなこと言われて……理解できるわけがない…………けど」

「………ファイン?」

「…それを否定するだけの自分が……今の俺にはないんだよな……」

「ファイン………」

 

頭の中を探しても探しても見つからない。

それどころか探せば探すほどに虚無感の沼へと沈んで行くような感覚もする。

見つからないのではない。

"無い"と、探せば探すほど自覚させられていく。

 

「なぁサーシャ?」

「……?」

「……本当に……俺は何者なんだろうな……」

「…………」

 

自分を証明するための自分が、自分の中に存在しない……それが今の俺なのだ。

無い物は無い以上探すこともできない。

だからこそ、自分の外にあるものを知らなければならない……だが

 

「大剣の扱いを心得ていて、異能力を持っていて、しかもその異能力が下手したら神格クラスかもしれない……正直、そんなことを教えられたって、普通なら信じられない……信じられないんだよ……だけど」

「………」

「…俺の中に俺はいない……いないんだよな」

「……だから………信じるしかないと……?」

「…………かもな」

「……明らかに嘘のようなものであっても……?」

「たしかに、これらは憶測でしかない……憶測でしかないって分かっていても……」

「…………」

「……それが嘘か……真実か……証明することができないんだ……俺には……な」

「…………」

「……俺は……どうすればいいんだ……?明らかに嘘のようなものでも、俺にはそれを嘘だと言い切るためのものがない……だからと言って嘘だと分かっているのに真実だと自分に言い聞かせて、妥協させることなんて……俺にはできない……できないんだ……」

 

何を言っているのだろう。

何弱気になってしまっているのだろう。

だが、理解してしまったのだ。

自分の中に自分が存在していないことに。

他人に教えられるだけの自分が存在しないことに。

だからだろうか、心に思ってしまったことが次々に口から漏れ出ていくのは。

 

「………サーシャ……」

「………なに?」

「…俺は……………どうすればいいんだ?」

 

とうとうパンクする。

考えれば考えるほど、そこには何もなく、一度手にした光ですらも、それを探究すればするほど暗闇へと変わって行く。

それは底の見えない深い暗闇。

好奇心故に探究に追求を重ねれば重ねるほど、水面の光は遠ざかり、冷たい水底へと身を沈めて行く。

水底へと沈めれば沈めるほど明かりはなくなり、何も見えなくなる。

そして、気がつけば底に足をついたところで、そこには何かあるはずでも何もないと感じる暗黒の世界。

諦めを覚え、元の水面へと戻ろうにも、そこに至るまでがあまりにも長すぎる。

それどころか、身を沈めるよりもはるかに難しく、身体の重さが枷となり、もがき続けなければまた水底へと沈んで行く……

これが、記憶を失っているということなのだろう。

そして、今になって恐ろしくなってくる。

自分が何者か分からない事実に、その現状に。

 

『………辛く……ないの?』

 

昨日の夜、サーシャはこう聞いた。

 

『辛い……確かに思い出せないのはな。でも、幸いなことに俺がいた村の人たちはすごい優しくてな、時折自分が記憶喪失なこと忘れるくらいだったな。』

 

俺は、こう返した。

何が幸いなことか。

何が忘れるくらいだった、か。

こうやって実感すると分かる。

幸いなことなど何1つない。

自分が何者が分からない、ことほど恐ろしいことがあるのだろうか。

1番分かっていると思っていたことが、こうして思い返すと、始まるのは否定と疑問の連続、その果てに着くのは『俺は何者か』という疑問。

要は叩き潰された、叩き潰してしまったと同義なのだ。

 

『時折自分が記憶喪失なこと忘れるくらいだったな』

 

忘れる?……違う。

俺は、見ないようにしていたのだ。

マイヤール村の人々が暖かく、とても心地良く感じたから、俺はそれに対し重々しい雰囲気で迎えるわけにはいかないと思ってしまったから。

あの心地良さが幸福に感じたから、俺はそっちを選んだのだ。

だからこその【見ないようにしていた】なのだ。

結局のところ、俺は現状の本質を見えていなかったのだ。

だが、サーシャは違った。

サーシャはきっと見えていたのだ、ことの重大さが、それに気づけていない俺のことも。

だからこそ、サーシャは聞いたのだ。

 

『………辛く……ないの?』と。

 

………辛い、怖い、恐ろしい。

先ほどまで身体を支配していた気だるさが全て塗りつぶされるほどに、このような悪感情が湧いてくる。

そして、身体は動かねばと反応する。

ほんの少しでも、この悪感情に支配される感覚から遠ざかるために、身体を動かし、自分にとって益な情報を得て、安心しようとそんな衝動が湧いてくる。

…………だが、身体はやはり動かない。

それは模擬戦で負ったペナルティからではない。

 

『どこから手をつければ良いのか分からない』のだ。

 

だからこそ、エリナおばあさんはこのW・Sに俺を導いてくれたのだ。

少しでも、記憶の手掛かりになるように、と。

だが、そこから何が見つかるのだろう。

あたりの人に『俺について知りませんか』と聞いたところで、誰も分からないだろう。

それどころか、疑問に疑問が重なり続け、手をつけなければならないことが次々と増えて行く始末だ。

だからこそ、俺はどこから手をつければいいのか分からなくなっていた。

故に、動かしたくても身体を動かすことができないのだ。

………頭の中に疑問が浮かび続ける。

『俺はどこの誰か』『この剣はなにか』『レックスとは誰か』『レックスという人物と俺との関わりとは』『なぜメタルブレイカーを違和感なく扱えるのか』『時折見るフラッシュバックのようなものはなにか』『どうして俺は記憶を失ったのか』『剣技【一閃】をなぜ習得しているのか』『あの時の弾けたような感覚はなんなのか』『ふと見えたあの青い炎はなにか』『魔力を感じない、なぜ』『あれは異能力なのか』『魔力を介さない異能力……では俺は……………俺は………………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺は……何者なんだ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

疑問の連鎖の果てに、この疑問へとたどり着く。

だが、答えてくれるものはいない。

俺自身も答えることができない。

では何故かーーーーーーーー俺が、記憶喪失だからだ。

自分を証明するものは何もない。

俺自身を証明してくれる人物は誰もいない。

ひょっとしたら真実を握る人物はいるかもしれなくとも、それは憶測の域を出ないのだ。

結局のところ、俺自身を証明してくれる人物は……どこにもいないのかもしれないのだーーーーー

 

 

 

 

 

 

「………だから……手伝うと言った。私が……ファインの……記憶探しを………」

 

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ?」

 

ふと声がした。

刃物の刃のように冷たくも、鈴のように凛とした音が、俺の耳をくすぐったのだ。

ーーーーーーサーシャだ。

サーシャが数々の疑問へと陥った俺の頭を覚まさせたのだ。

それこそ、彼女が扱うナイフのように、浮かび続ける疑問の連鎖を断ち切ったのだ。

 

「ーーーーサー………シャ?」

「……ファイン」

 

ふとクシャリ、と頭に何が乗る。

頭に乗ったソレは赤子をあやすように俺を撫で始めた。

 

「…あなたが……何者かなんて……分からないし、決めることだってできない………」

「ーーーーーー」

「……それでもって、あなたはそれを決めることもできない……だって……記憶がないんだから……しょうがないよ」

「……あぁ……そう……だーーーー」

「だから………探すんでしょ?」

「………え…?」

 

それは至って単純な答えだった。

無いから探す。

ただそれだけだった。

 

「……だけど……探そうにもアテがーー」

「そんなの分かんないよ……あなたを知る人物がいるかもしれないし……いないかもしれない……そもそもアテなんてないかも……」

「………………」

「……だから……ね……私も手伝う」

「………?」

 

訳が分からず、疑問を浮かべていると、それを帳消しにするかのような鋭い痛みが頭に走る。

サーシャが髪の毛を一本抜いたのだ。

 

「いたっ!!?なにをーーー」

「……バカだよね……ファイン……」

「……はいぃ??」

 

ひどい罵倒だ。

髪の毛を引き抜いて痛みを走らせてきたと思うと、急に罵ってくる。

罵られる覚えはない……はずだが。

なんて考えを頭に走らせているとーーー

 

 

 

 

「…ほんとバカ……バカの極み……これからは"バカイン"って呼んであげようか…?」

 

 

 

 

………なんて言ってきた。

 

「……おい、しれっと人の名前を侮辱してんだ。てかバカインっていったいーーー」

 

"バカイン"

その人の名前を侮辱に塗りたくったような蔑称。

あまりにも単調で、あまりにも頭悪そうなネーミングで、あまりにもふざけた名前……だがーーーーーーーーーーその名前はとても懐かしく感じる響きを帯びていたのだ。

ふと思考が止まっていると、そんな様子を見て、からかうようにサーシャは続ける。

 

 

 

 

 

「……バカインはバカインよ……バカなファイン………略してバカイン……なんて」

 

 

 

 

 

知っている。

俺はその略称を、このセリフを知っている。

だが、それよりも衝撃なのは………彼女がほんの少し口元を緩ませ、笑みを作っていたのだ。

思えば彼女は、これまで一度も笑顔を見せたことがない。

というか、俺が彼女が笑っている顔を知らないからというのもあったり、そもそも彼女と出会ってからの期間がそんなにないのだ。

だからこそ、「サーシャは笑わない」と括るには期間が薄いため、そう断言し切れないのだ。

……けれども、それでも俺は彼女の表情は永久凍土のように凍りついているような印象をこれまでのやりとりだけでそう思わされたのだ。

だから、サーシャがほんの少しとは言え、口元を緩ませて作る優しい笑みができたことに俺は衝撃を受けざるを得なかったのだ。

そして、ふとこのやり取りの正体を思い出すーーー

 

『バカバカバカバカぁ!!一度ならぬ二度までも私たちを心配させるなんてぇ!!このバカイン!!』

『ちょ…バカインってなんだよ!?』

『バカインはバカイン!!バカなファインを略してバカインよ!!』

『いや訳が分からないからな!?』

 

そう、あれは森の主を倒した後、村に戻るも気を失い、目を覚ますと看病をしてくれていたトレディアが泣きつきながら発した罵倒であり、勝手に人の名前を改造して名付けた酷い名前だ。

 

「どうして……お前が……それを…?」

「……?なんのこと?」

「いや……お前が今……バカインって……」

「……えっと……ふと思いついた……ってだけだけど……?」

「……そ……そうか……」

 

どうやら全くの偶然のようだ。

だが何故だろう、こうも自分がバカらしく思えるのは。

先ほどまで疑問に疑問を重ね、連鎖を起こしていた自分がとてもバカらしいと思えるほど、清々しい気持ちになっていた。

 

「しかし……バカイン……バカイン…か。……ククッ」

「……お気に召した?」

「んな訳あるかい」

「……でも……笑ってるよ……?」

「そういうお前こそ」

「…………?」

 

どうやら自覚なかったらしい。

……どうやら、たとえ記憶があったところで、自分という生き物がどんななのかというものは分からないらしい。

そう思うと、とても自分がバカらしく思えて、思わず笑いがこみ上げる。

そうして小さな笑いがこみ上げ続け、フッと冷静に返り、こう返す。

 

「……サーシャ」

「……ん?」

「…その……なんだ……手伝ってくれるのか?……俺の記憶探し」

「………………」

「……サーシャ?ってあだぁ!!??」

 

改めて聞き返すとサーシャは顔をムッとし、髪の毛をまた一本引き抜いたのだ。

 

「つつ……なんで髪の毛を抜くんだよ!?」

「やっっっっぱりファインってバカ……バカイン……」

「その名前はやめてくれ」

「……そもそも、アテはあるの?」

「いや……ないけど……」

「なら探す?どうやって?」

「……えーと……」

「……だから手伝うの」

「えっ……」

 

ふとサーシャの表情が厄介な物を見る目に変わる。

それとは対照的に、その口調は優しさを帯びながらこう続ける。

 

「……ファイン……多分あなたはかなりややこしい人物だと思う……剣の技術もそうだけど……あの異能力のようなものもあるし……そうすると、多分キリがないと思う……」

「………確かに……」

「1人じゃきっと無理」

「………あぁ」

 

彼女の言う通りだ。

自分がどう言った者か、それを考えれば考えるほど有り得ないような結論に至ってしまう。

万が一、その結論に無理やり納得してしまっては、それでこそ自分を見失うだろう。

"1人では無理"………あぁ、その通りだ。

そう言われたのに関わらず、また1人で詮索しようとすれば先ほどのようにまたパンクしてしまうだろう。

俺も同じ過ちを繰り返すつもりはない。

だから、きっと彼女の助力は不可欠のようなものだろう。

 

「だから……私も手伝う……分かった?」

「………あぁ、分かった」

 

その一言が頼もしい。

そして、その一言がとても嬉しいものに感じた。

現状、今の俺は無力だ。

記憶がないだけでない、自分の身を守ることさえもおぼつかないだろう。

だからこそ、適性試験で悪魔に襲われた時、少し反撃ができた程度でほぼほぼ殺されていたようなものだったし、謎の異能力発言でサーシャを警戒させることができたとしても、俺にできた全身全霊の一撃は剣技【一閃】のみであり、そのため軽々とカウンターをされてしまった。

これが今の俺の現状、その姿だ。

だからこそ、今はどんな力であれ、その助力は必要不可欠だろう。

故に、サーシャが俺に助力すると言った時、心がとても揺り動かされた。

彼女の戦闘能力だけでなく、彼女の冷静な判断能力……いや、彼女そのものが俺にとってはとても頼もしいものだと言えるだろう。

 

「サーシャ」

「………?」

 

……なんだろうな、この気持ち。

とてもむず痒いというか、照れるというか。

……だが悪くない。

少なくとも、先ほど自分で思い詰めて自分でパンクしてしまったあの時の気分に比べれば、このむず痒さはとても心地よいものだと思ってしまう。

不思議なものだ……

さっきまで自分でどうにかしなきゃどうにかしなきゃと思っていたのに、彼女が俺に協力すると言った瞬間、自分の中の焦りが消え、とても晴れ晴れとしたようなものを感じたのだ。

だからこそ不思議…………ではないのか。

これは必然なのだ、不思議ではない。

人間は1人では生きてはいけない。

少なくとも、誰かしらの協力がなければ、この世界では生きることは不可能に近いほど難しいだろう。

故に、人は何処かの誰かに助けを求める。

故に、相手から手を差し伸べられた時、とても嬉しく感じるのは当然なのだ。

そんなむず痒さを胸に秘めながらサーシャにこう返す。

 

「その……なんだ………改めて……よろしく頼む」

「……うん」

「あとそれと」

 

この一言に、自分の"全て"を乗せよう。

疑問の連鎖に押し潰されそうになった俺を救ってくれた、この少女に、自分の心からの言葉を伝える。

 

 

 

「…ありがとう……お前と出会えて……本当に良かったって思える。救われたって思える。そして、これからもよろしく頼む」

 

 

 

「…………」

 

自分にとっては当たり前のことをしたがためか、それとも予想してない一言だったのか、サーシャは何に動揺しているからか、いつも眠そうな目をパチクリしながら俺の顔を見て、少し経つと目を逸らし。

 

「……その……よろしく………ねっ」

「っだぁ!!?」

 

言い終わりのタイミングで髪の毛を今度は3本ほどプチリと毟り、予期せぬ痛みで声をあげた。

………どうやら、剣技【一閃】は通じなくとも、言葉による【一閃】ならこうかは ばつぐんのようだーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

放課後………教室にて

 

「……………はぁ……」

「……………」

 

ため息をついたのは俺、無言なのはサーシャで、なぜ無言かと問われれば、これがサーシャのいつも通りと言ってしまえばいつも通りなのだが、今のサーシャは机に突っ伏している。

時間は夕日が差すころ、俺とサーシャは教室の1番前の列の真ん中の2席に座らされ、長時間のお説教と大量の反省文を書かされていたのだ。

反省文を書いた後、俺は午前中の模擬戦での疲れもあり、立ち上がる気すらなく、ただ椅子に背を預け、両手両足を投げ出すようなだらしない姿勢になっている。

 

「……疲れた……」

 

と、ずーっと無言だったサーシャが机に突っ伏しながら一言呟く。

 

「………誰のせいだ……誰の」

「……私………だね」

「その通り、お前が模擬戦闘用空間を無断で使用したおかげで、俺とお前は長々と説教されて、反省文を書かされて、それも終わってが今の状況だ」

「……解説………どうも」

 

机に突っ伏しながら親指をあげ、サムズアップのジェスチャーを取る。

あくまでも突っ伏した姿勢から起き上がる気はないらしい。

 

「……それにしても、さすがに用心してるんだね……模擬戦闘用空間の使用……」

「そりゃ……その原因に巻き込まれた被害者がここにいますし?」

 

適性試験の実技試験での一件があって以来、模擬戦闘用空間の使用はかなり慎重になっているらしい。

まぁ、実際に死人が出るかもしれないというほどの大事だったのもまた事実だ。慎重になるのも分からないことはない。

というか慎重になるのが普通なのだろう。

 

「……はぁ………」

「……またため息?……幸せ逃げるよ?」

「……おかげさまで明日以降の学校が不安で不安で楽しみなんでな……誰かさんのせいで」

「………私?」

「オフコース(その通り)」

 

というのも、今日の午後は模擬戦闘用空間を使っての実習授業、つまりは近接戦闘科の俺のクラスの生徒たちが多目的ホールにやってきたのだ。

そして、見られてしまったのだ。

俺がサーシャに膝枕されてる状態を。

その結果、俺とサーシャは午前の授業をサボって、人のいない多目的ホールでイチャついていたと思われ、今や学校中で噂になっているのだとか。

なお、ソースはデスバザ。

……まぁ、午前の授業をサボっていたことも含めて説教されたとも言っていい。

 

「まったく………これで俺とお前のルームシェアの件までバレたらどうなることやら……」

「どうなるの……?」

「俺とお前がこの学校の生徒の話題のネタとして一躍有名人になる。となるとどうなると思う?」

「………?」

「俺とお前は学校内のどこかで見かけられる度に質問責めまたは妙な視線に晒されることになる。そのせいでお前は寝る暇を失う……オーケー?」

「……………」

 

「寝る暇を失う」のあたりでサーシャは驚愕に満ちた表情でガバッと起き上がり、そのあとは冷や汗を流しながら畏怖の色を確認できるほどに青ざめた表情でカタカタ震えながら俺の方を見ている。

「どうしようファイン!!どうしよう!!?」

とでも言いたげな表情だ。

いや、それを聞きたいのはむしろ俺の方なんだが。

 

「………………どう……すれば……いい……?」

「それは俺が聞きたいくらいなんだが」

「……いっそ……質問しに来た人の数人を寝起きの不意打ちで攻撃すればーー」

「落ち着け、とりあえず落ち着け。あとそのダガーをしまえ」

 

どうやらサーシャにとって寝れなくなるってことはここにいる生徒を亡き者にするほどのことのようだ。

……もはやここまで寝ることに執着があると呆れ通り越して感心するというものだ。

 

「とりあえず、俺とお前の関係を怪しまれる行動をしないことだ」

「…………例えば……?」

「まずは今日の膝枕みたいな身体を密着させるようなことをしないこと。あとは俺とお前がルームシェアしてしまってることをバレないようにすること」

「……バレたら……?」

「諦めろ。お前がこの学校内で安眠できるところは野外か寮だけとなる。教室では間違いなくできないだろう」

「……ここの生徒くらいならいっそ……」

「寝首はかくなよ。あとダガーしまえ」

 

普段常に無言で冷静なサーシャが、その冷静さを失うほど動揺している。

これはこれでなんだか新鮮な気分だ。

……今勝負挑めば勝てるか……?

…………やめとこう……なんか瞬殺される未来が見えた。

なんて考えていると、少し冷静さを取り戻したのか、再び机に突っ伏して

 

「…………帰ろっか」

 

なんて言ってくる。

いや、帰ろうと思うならなぜ机に突っ伏す必要があるんだ?

そのまま立ち上がればいいだろうに。

……なんて言おうと思ったが、サーシャの妙な行動は今に始まったことではないので

 

「………だな」

 

と、軽く返す。

立ち上がろうとすると、ブレザーの裾から下に引っ張られるような妙な抵抗感を覚える。

サーシャがブレザーの裾を摘んでいたのだ。

 

「どうした?」

「……おぶって」

「………………はぁ?」

 

なるほど、それが目的でございましたか。

1つ言わせてもらうと、お前よりも俺の方が身体だるいんだぞ?

模擬戦闘用空間で首切り落とされるなんてダメージ受けてしばらく立ち上がれなかったんだぞ?

 

「…立つのだるい……」

「………」

 

なんて理由をつけてくる。

まったくコイツは…………

 

「眠い」

「理由言えばおぶってやるわけじゃねぇぞ?」

「………どうすれば……いい?」

 

ジトーっと半目を作りながらこちらに顔を向ける。

どうやらどうやってでもおぶらせて帰りたいらしい。

 

「お前……さっき俺が言ったこと覚えてるか?」

「寝れなくなるってことなら」

「…………じゃあ俺がお前をおぶって寮まで帰るとしよう……どうなる?」

「……?………………………………っ!」

 

分かってくれたか。

先ほどまで眠気に満ちていた表情に力が戻り、模擬戦での時のようなキリッとした表情に変わり、すぐに立ち上がると

 

「帰ろう、今すぐ帰ろう」

 

と言って来た。

……こいつって寝床が危うくなるようなことを言いくるめればなんとでもできるんじゃないか………?

なんて思いつつ、帰路へと着いたーーーーー

 

 

 

 

学生寮、自室

 

「………………なん………じゃこりゃ……」

 

これは神の悪戯か。

それとも悪魔の罠か。

それともドッキリか何かか。

自室に着き、部屋を開け、電気をつけると俺は驚愕………いや、むしろ呆れのようなものが頭の中を支配していた。

 

「………2段ベッド?」

「………だなぁ」

 

そう、もともと1つだったベッドが2段ベッドへと進化していたのだ。

さて、こんなことができるのは誰か……と考えるも、たった1人しか思いつかない。

すぐさまベッドを探ってみると、下の段の枕の下に手紙のようなものが置いてあった。

手紙の宛名はファイン、差出人は………ベラース・ウィリアムズ………

 

「………やっっっっぱりか!!」

 

思わず手紙を枕に叩きつける。

頭の中の謎感情は一変、怒りのようなものも混じってさらなるカオスを生み、もはや訳が分からず混乱して来た。

 

「………手紙……学園長から?」

「あぁ……そしてこの2段ベッドも学園長の仕業だろうな………いよいよ学園長は俺たちのルームシェアを認可しやがったってことだ……」

「………いいんじゃない?」

「俺はよくない!!!」

 

異性のいる間、それも家族とか親戚とかではなく、ついさっきまでまったくの他人だった少女、そのうえ暗殺者様と来た。

それだけで眠れなかったというのに、学園長の権限でルームシェアを認可されたとなっては………眠れぬ夜はさらに続くということなのだろう。

嗚呼………俺の安眠は何処に……………

 

「………手紙は……なんて?」

「あぁ……そうだな……読まなきゃ……だよな?」

「……?」

 

嫌な予感がする。

絶対にふざけたことを書いてある気がする。

それだけじゃない。

なにか、これを読むことで、なにか大切なものを失ったと告げられるような予感さえもしていた。

そんな予感を頭の隅の方に残しておきながら、手紙を開いたーーーー

 

 

『やぁこんにちは……いや、キルマ君のお説教と反省文を書き終わって部屋に戻ったころのハズだから……こんばんはの方が正しいかな?

何はともあれ、息災であるかな?ファイン・エクスロード君』

 

 

「……えぇ……なんとか元気ですよ……安眠できる時を失ってはいますがね……!」

「……ファイン?」

 

手紙にツッコミを入れながらも、さらに読み進めていくーーーー

 

 

『さて、本題だけど、私からの贈り物は気に入っていただけたかな?

これがどういう意味か、割と勘の良い君なら分かってると思うけど、念のため。

 

近接戦闘科クラス:【ウォーリア】A組、ファイン・エクスロード

並びに、同クラスA組、サーシャ・レイニード

上記2名のルームシェアを学園長権限に乗っ取って正式に許可するものとする。

 

ってね☆』

 

 

「……………………」

「……?」

 

分かっていた。

分かっていたが、このように現実を叩き込まれるというのは、なんともまぁ………悲しいものである。

手紙はまだ続いているようなので、さらに読み進めて行くーーー

 

 

『とまぁ、こんな感じで君とサーシャ君のルームシェアを許可しちゃった訳だけどね?

聞いた話だと君……サーシャ君に膝枕して多目的ホールで寝ていたんだって?それも午前のキルマ君の授業をサボってまで……なんというか……予想外というか……大胆なことをするねぇファイン君?』

 

 

「…………」

 

まぁそうだよな?

一応あの男もこのW・Sの学園長なんだもんな?

そういう報告があってもおかしくはないけど………けど………

 

「……こいつには知られたくなかったなぁ……」

「……?」

 

落胆はするものの、知られてしまった以上仕方ないものとし、読み進めることにした。

 

 

『とまぁ、冗談はおいておいて、膝枕騒動に至る原因となったのが模擬戦闘用空間での模擬戦って話はちゃんと聞いているから、そこは安心していてね?

模擬戦の様子も見ていたけど、さすがレイニード君、歯が立たなかっただろう?

実のところを言っちゃうとね?彼女とのルームシェアを許可したのは面白さ半分なんてのもあるけど、実はあの適性試験のことがあってのことでもあるんだ。』

 

 

「…………」

「……ファイン?」

 

 

『あれは悪魔側による気まぐれの介入……見たいなもので片付いているものの、私としてはどうも君は狙われている可能性を捨てきれなかったのだよ。

さてどうしたものかなぁ……と思ってたら彼女からのルームシェアの申請と来た。

本来ならば面白さ半分であれど、私の立場としても止めるべきなんだけど、それでも許可を出したのはこういう考えがあってのことだと思ってほしい。

私としても、記憶喪失の君が記憶の在り処を求めてこの学園に来たというのに、記憶も辿れずに悪魔に殺される……なんてことがあっては笑いも取れやしない。

君みたいなしっかりした子には少し気が気でないものとは思うけど、私は私なりに、君を悪魔の手に渡ることを避けるための処置だと思ってもらいたい。

それに、彼女の実力は私が認めてのものもあるから、悪魔族の雑魚の1体や2体に倒されることはまずないって思っていただいて構わない。

だから、そこは安心してほしい。』

 

 

「…………」

 

そうか、このルームシェアも学園長なりの考えがあってのことだったのか。

たしかに、あれを偶然として見るには腑に落ちないものも俺の中には残っている。

それは、おそらく学園長も同じなのだろう。

 

 

『ルームシェアの許可の条件として、彼女には君の護衛のようなものを依頼している。

そのために君の適性試験での出来事は話しているから彼女もその辺りは理解していると思っていただいて大丈夫だよ。

護衛ということもあって、基本的に君の側にいるものだから……ね?

万が一恋人とかと疑われてしまっても私を恨まないでいただきたい。

というか、君はそう疑われてもおかしくない状況を作っちゃったんだから、そこは君の自業自得ってことで了解してほしい。』

 

 

「……まぁ……そりゃそうか……」

 

確かに、いくら疲労していたとはいえ、サーシャに膝枕してもらって、その状況に異議を唱えることなく、ただただ流れのままに身を任せていたのだから、その辺りは俺のせいだろう。

……まぁ、もっとも「……壁に寝かせるでもいいから膝枕は勘弁してくれ……」とかなんとか言ったとしても、サーシャは却下したかもしれないことを考えると、どの道こうなるのは決まっていたと自然に思えてしまう。

あれでもサーシャは結構強情なところがあるのだ……………あれでもってのは違うな。

あいつの強情さは初めて出会った時、俺の席を占領していたところから把握していてもおかしくはないだろう。

 

 

『かつての大戦で、悪魔族は滅び去ったと思われているが、ここ最近様々な場所でも目撃情報が上がっており、また被害も出始めている。

君も知っての通り、悪魔族は我々人間が未だに脅威として認識している存在だ。

その上、我々人間の悪魔族への対策は未だ万全とも言い難いものがある。

そのために設立されたのがこのW・Sだ。

ここでは我々の脅威たる悪魔族への戦闘技術を身につけてもらうことになる。

近接戦闘科には近接戦闘の技術を。

遠距離射撃科には銃撃戦や狙撃などを。

魔法支援科にはバックアップや援護の立ち回り方などを。

それぞれの学科に入った生徒が悪魔に対する未来の抑止力たる者となるために生徒一人一人を育成していくのがこのW・Sの方針だ。

そして、その中でもファイン君、君は既に悪魔族の脅威、その強さをその身に持って知ってしまうことになってしまった。

それに関しては我々の不手際により招いたことだが、それでも君はこの学園に入学する道を選んだ。

脅威たる存在に立ち向かう方向を選んでくれた。

故に、私は君に大いに期待をしている。

贔屓と言われれば贔屓になるが、私も悪魔族の脅威を知っている以上、君のことはただの生徒一人として見ることができないようでね。

だからこそ、君に期待しているのだよ。』

 

 

「………」

 

期待、という言葉が出てきた瞬間、何かがズシリと覆い被さってきた感覚がし、思わず固唾を飲む。

そうだ、記憶をどうこうするのも必須だが、今俺は俺に対する脅威に立ち向かう道を選んだのだ。

今思えば随分と大胆なことをしたもんだ、と改めて実感させられる。

 

 

『だからこそ、君を失うのは惜しい。

そのためのレイニード君という護衛だ。

護衛の期間は君が卒業するまで。

それまでなら君は護衛を必要としないくらいに強くなるだろうと確信している。

ただし、悪魔族に対する技術を学ぶための学園とは言えど、楽しむことも必要だ。

幸い、この学園はかなり広い上に、それだけの生徒もまたいるんだ。

だから、記憶探しも大切だけど、この学園にいる間はこの学園の生徒と会話をし、友好を深めることもまた必要となるはずだ。

だからこそ、ここでの学園生活を大いに楽しんでほしいと、私は思っている。』

 

 

「友好を深める……か」

 

あまり頭の中には入れていなかったことだった。

あくまでも記憶探しのためにこの学園に入学した、と自分の中でどこか割り切っていたような気もする。

だが、実際にこの学園の生徒は多い。

そのおかげでロールやデスバザと知り合えたし、サーシャという協力者のようなものもできた。

だからこそ、記憶探しばかりにかまけているのではなく、そういった友好を広げ、深めることで何か手がかりを得ることにもなるのだろう。

学園生活を楽しんでほしい……か。

なら、今この学園にいる間は記憶探しも兼ねて、色々と楽しみを見つけるのもいいのかもな。

 

 

『では改めて、ファイン君。

この学園は君の入学を歓迎する。

卒業するまでの間、様々なものを経験したり、友好を深めたりなど、学生らしい楽しみ方を是非ともしてくれたまえ。

これにて以上だ。

それと、サーシャ君とのルームシェアとは言え、あまり気を緩め過ぎないように。

それと、くれぐれも住人は増やさないように。』

 

 

「…………」

 

これ前にも書いてあったな………

もう一度言うが、増えないし、万が一増やそうと手を出したらこの部屋から住人が一人減って死体が一つ増えるだけだっての……

眠ってる時のサーシャはすごいぞ?

一度教室で起こそうとしたことがあったが、あの無防備な状態から殺意剥き出しに瞬間的に切り替わるんだからな。

あれは怖い、今でも怖い。

 

 

『では、汝らに戦神の加護があらんことを。』

 

 

と書かれて、手紙は終わった………………と思っていた。

ふと手紙の下を見やると追伸のような物が書かれていた。

それを読むとーーー

 

 

『Ps.2段ベッド発注の処理をロール君に行って貰っていたんだが、ふとロール君に

 

「このベッドはどちらに運ぶんですか?」

 

と聞かれたもんだから。

 

「んー?ファイン君の部屋だよ。彼らのルームシェアを正式に許可することにしたんだ」

 

ってつい口を滑らしちゃってね。

やべっと思ってロール君を見たらワナワナと震えながら顔を真っ赤にして

 

「ファイン……君……出会ってすぐの女の子に膝枕まで飽き足らず………同じベッドで………」

 

って独り言を呟いていたんだ。

いや、2段ベッドだから一緒のベッドってわけじゃないよ?って補足を差し込もうとしたんだけど、それを心の中に思った頃には既に遅くってね、その後すぐに

 

「ふ、不純異性交遊は良くないと思いますっっ!!!!!」

 

って言って学園長室を飛び出しちゃったんだけど…………ファイン君、見てない?』

 

 

と書かれていた。

なるほど、ロールに、つい、口を、滑らした…………と

 

「………………ふんっ!!」

「…!?」

 

感情に身を任せ、手紙を横に引き裂いた。

引き裂いたと言ってもビリリという音は聞こえず、パンッ!!と破裂音のような物が響いた。

 

「……………ファイン?」

 

この突然の音にベッドを整えていたサーシャも驚いたらしく、少し動揺を感じられる表情になっていた。

 

「…………はぁ」

「……今のは何に対するため息…?」

「……………俺の今後の学園生活の不安に対するため息……」

「……?」

 

手紙のことは特に話すこともなく、明日からロールにどんな目で見られるのだろう、と不安で心を満たし、そのまま寝る時間へと至ったーーーーー

 

 

 

 

深夜、学生寮、自室にて

 

 

「……う………ん……」

「……………」

 

ファインがうなされている。

2段ベッドの下の段にファイン、上の段に私が寝ることになった。

職業柄か、ファインの僅かな寝息にも反応し、ふと目が覚めてしまった。

部屋の中はかなり暗い。

それどころかまだ朝日すらさすことは無いくらいの時間だろう。

まったく……どうしてこんな時間に起こしてくれたのだろう、このルームメイトは。

 

「………………」

 

思えば、今日はなかなかに濃い1日だったと思う。

強引とは言え、ファインに模擬戦を通して記憶を思い出させようなどとは思ったものの、まさか異能力を発現させてしまうとは。

……いま、まだ発現したと言うには本人の自覚が足らないところがある。

となれば、アレはほんの偶然のようなものだったと言えるだろう。

……だとしても、あの力の高まり方………私もらしくなく"本気"を出してしまった。

あそこまで行動不能にする気はなかったのだ。

だが、アレはかなり危険な匂いを感じた。

ファインの持つ武器が模擬戦用の武器であればまだ良かったが、あの時彼が持っていたのは彼の大剣だ。

もし、あの時にあの力を軽視して本気を出していなかったならば………あの時倒れていたのは私である可能性もあった。

それも、模擬戦用武器による気力の喪失ではなく、命の喪失という形で、だ。

これからあのような方法で記憶探索を行う時は、ファインには模擬戦用の武器を持ってもらうことにしよう。

………そう言えば、私とファインが最初に模擬戦を行った時の彼の武器は片手装備のロングソードタイプだった。

今度、学園長に両手装備の模擬戦用の武器がないか聞いておくとしよう。

ファインの記憶探索を理由にすれば、あの人は喜んで引き受けてくれるだろう。

何せ、彼とのルームシェアを私の護衛という条件で許可をしてもらえたのだ。

ファインの護衛はしよう。

そして、今日約束した通り、彼の記憶探索の手伝いもしよう。

……だけど、それとは別に私の"目的"も果たさせてもらう。

彼には悪いことをする気でならないが、何せそのためのファインとのルームシェアなのだから。

 

「…………」

「…………んん……」

 

私のいるベッドの段からファインの寝顔を覗いてみる。

起こされた私の気も知らずに随分と安らかに眠っている…………なんだか腹が立ってくる。

 

「………ん……サー……シャ………それ……おかしいって…………」

「…………」

 

どうやら私の夢を見ているようだ。

それも、彼の夢の中では私はかなりの奇行をしているようだ。

………自覚はある。

私は彼の気を考えずに今日は模擬戦を行ったのだ。

だからそんなイメージを持たれてしまうのはある意味仕方のないことなのだが………それでも無性に腹が立ってくる。

今度ファインを起こす時はまた髪の毛を引き抜いてやろうかな……なんて。

 

「……んむ……ん……すまん……な……」

「………」

 

今度は謝罪された。

それも、悪いことして罪悪感の混じった謝罪ではなく、何か感謝の意を込めた謝罪のような、そんな謝罪だった。

………私の奇行から感謝に移るって……いったい彼の夢の中で私は何をしているのだろう。

というか、彼の中で私はどんなイメージなのだろうか………今度聞いてみようかな。

 

「……………寝ようかな…」

 

ファインの寝顔観察も飽き、布団の中に潜り、無理やり眠気を呼び込んでそのまま寝ようと思う。

時間はおそらく深夜、起きるにはまだ早い。

………次第に微睡みへと沈んで行く意識をそのまま預け、やっと寝るれるーーーーと思うと。

 

「…………レッ…………クス………」

「ーーーーっ」

 

その一言を聞き逃すことなく、沈みかけていた意識はまた覚醒してしまった。

 

 

 

 

第一節「忘れられた剣」完

 

第二節「戦士たちの学校」へ続く

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