これは決してあり得ない物語。
存在することすら許されなかった彼が、もしも許しを得ることができたのなら。
彼自身もきっと望むことないだろう、小さな幸せを得ることができたとしたら。
人々も、神も、世界を作る誰からも見放された彼を酔狂な部外者が拾ってしまったとするならば。
これはそんな小さな夢物語。
帝京歴768年。
帝都官邸で一人の少年が包囲されていた。
厳重な装備を身に纏う警官部隊にくわえ袴に身を包んだ大勢の退魔師たち、そしてその中にあっても一際目を引く巨体を誇る大男。
大男は顔立ちだけを見ればもう老齢と言って差し支えないが、その身体だけを見て老人だと思うものは皆無であろう。
大男の名は安倍玄徳。
かつて天皇としてこの世界のトップに君臨していた男だ。
警官隊も、退魔師たちも、この男が一人が放つ圧倒的な覇気にはまるでただの添え物のように思えてしまう。
そんな彼らに囲まれた少年は、ひょろりとした優男である。
綺麗に整えられた長い黒髪を背中で束ねており、歳は15歳ほどだろうか。
顔だけ見れば童顔の美男子であるが、どこか表情に幼げなものが残っている。
その証拠に少年は目の前の光景を見ても一歳怯える様子を見せていない。
世界はすべて自分の思い通りになると思い込んでいる幼子のようであった。
「うーん…祖父上よ、これはいったいどういうことだい?」
「しらばっくれるな、晴明!!貴様が行おうとしている所業、もう見過ごすことはできん!!」
晴明──少年のことを安倍玄徳はそう呼んだ。
彼は安倍晴明、次期天皇の候補筆頭であり、明晰な頭脳と甘い顔立ちから周囲からの評判だけはすこぶるよい少年。
しかしその実態は──
「ああ、私の論文を読んでくれたのかい!?祖父上!!神の血を色濃く受け継ぐ兄上の協力があれば、我々は本来の姿──神へ至ることができる!!」
傲慢で──
「私たちの原初は人ではない、神として本来の姿を手にできるのだ!きっと兄上も満足してくれるだろう!!」
愚かで──
「さぁ祖父上!!早く実験のための研究施設を用意してくれたまえ!!既に必要な機材と実験体のデータは作成済みで──」
神すら見放した──
「大バカ者ぉおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
「ぐぶぅッッ!!!?」
一人熱弁を振るう晴明の顔面に、玄徳の容赦ない拳が叩きこまれた。
その後、安倍晴明の自室からはおびただしい数のおぞましい内容の論文が見つかった挙句、綿密に記されたクーデターによる親族の抹殺計画までも見つかった。
こういった文書が見つかったことにより、彼は天皇家を追放された。
"全ては神に至る過程のためだ!!この崇高さがなぜ分からない!!"
晴明追放の是非を決める親族での会議の最中、彼が最後に叫んだ言葉はそれだった。
言うまでもなく、安倍晴明は全員一致で天皇家を追放となった。
帝京歴785年5月。
ガイア2大都市の一つ、帝都。 多くの若者は、この地を目指す。 時代の最先端、あらゆる技術、娯楽が集う場所。
そんな帝都の首都から外れた郊外の山奥にある拓けた土地。
拓けたと言っても自然にできた土地ではなく、土地開発のために開拓されたものだ。
今の時刻は俗に丑三つ時と呼ばれる時間。
昼間には重機の音や人々の声が飛び交っているであろう開発現場も、この時間だと静かなものだ。
そこに繋がる山道には立ち入り禁止の看板と柵が設置されているが、滅多に人が立ち寄るような場所でもないため厳重に封鎖されているわけでもなかった。
そんな場所に二人の人間?らしき影がふらりと現れる。
一人は黒いくたびれたスーツに身を包んだ男性だ。
背は男性の平均より少し低い程度。
童顔で長い黒髪を一つに束ねており、顔立ち自体は整っている。
しかし長い髪は面倒だからと伸ばしたままにしているようで、手櫛で無造作に束ねたような乱雑な結び方だ。
背中には大ぶりなリュックサックを背負っており、ぜぇぜぇと息を荒くしながら山道を歩いている。
彼の名は安倍晴明。
かつて天皇家を追放され、今は帝都大学に勤めているしがない非常勤講師の32歳童貞だ。
その背後を歩きながら、晴明に対し呆れた目線を向けているのは女性だ。
背丈は女性の平均より少し高い程度で、癖のある長い黒髪をふわふわと揺らしながら涼しい顔で歩いている。
そんな彼女も肩になにやら布でくるまれている長く巨大な塊を担いでいた。
彼女は目の前で重いリュックに四苦八苦しながら通行止めの柵を乗り越え、奥に向かおうとする晴明を見ながら思わずため息をつく。
「──で、本当にここに出るんですか、ガシャドクロが。」
ひょい、と肩に担ぐ巨大なものの重さを感じさせない身軽さで柵を飛び越えながら女性が晴明に問う。
ガシャドクロというと多くの死体や怨念から生まれるという巨大な骸骨の妖怪だ。
滅多に出るような妖怪でもなく、目撃証言もない。
晴明は女性の言葉に対してふらつく足取りで振り向きながらも、満面の得意げな笑みを浮かべて声をあげた。
「ぜぇ…ぜぇ…当たり前じゃないか神楽!天才であるこの私が予測したんだよ、出ない訳がない!!」
「はいはい、分かりましたよ。」
その笑みを見て神楽と呼ばれた女性は諦めた様に頷き、おとなしく付き合うことに決めた。
亀のごとき遅さで山道を登り、ようやく拓けた土地にたどり着くが、そこには特に変わった様子は無かった。
あるものといえば簡易的に作られたプレハブ型の事務所に仮設トイレや重機たち。
一般的な工事現場に見られる光景と変わらない。
「…なにもいないんですけど?」
「まぁ待ちたまえ、ここは開拓時に小さな慰霊碑が破壊されているはずなんだ、それが意外に曲者でね。」
「へぇ~、どゆことです?」
「小さな慰霊碑故に忘れ去られてしまっていたようだが、ここでは帝京歴が始まって間もなく、戦後の混乱期に土地をめぐって人間同士が相当争ったらしいんだ。」
「なるほど、その争いの後に死者の魂を鎮める慰霊碑が置かれたと。」
「Exactly!くくくくくッ!そして帝都周辺の歴史に関しては徹底的に頭に叩き込んでいる私はここの開発計画を聞いてピンときたのさ!これは妖怪──ガシャドクロが出るに違いないと!」
大仰に身振り手振りをしながら声を荒げる晴明に対し、神楽は慣れた様子であーはいすごいすごいと相手にしながら受け流す。
「でも、いないじゃないですか、ガシャドクロ。」
「まぁ待て待てそう慌てるな、こういうときにこそ私の発明品の出番だ!」
晴明はそう言ってリュックをようやくとばかりに降ろすと、中から巨大な杭打機のような物体を取り出した。
人の腕程もある太さの杭が装填され、なにやら怪しげなモーターやシリンダーにくわえ銃のマガジンのようなものが組み合わさっている。
実際にその杭打機には持ち手と引き金が備え付けられており、さらには腕を通せる筒状の空洞まで作られていた。
「晴明様…なんですかそれは?」
「これは特性のパイルバンカーと呼ばれる武器さ!」
ドヤ、といら立つ笑みを浮かべながら晴明が言う。
そして懸命に本来は手に装着するであろうパイルバンカーを非力さゆえに地面に引きずりながら動かしつつ、言葉を続ける。
「生徒がこの武器について語っているところに遭遇してね、馬鹿げた武器だと思ったが私にかかれば有用なものとなるのだよ。」
「これが?」
「ああ、この火薬式の杭打機──パイルバンカーには霊力を通せるように回路を作ってあってね、つまり強力な衝撃と同時に霊力を放つことができるのだよ。」
「でも、肝心のガシャドクロがいないんじゃその武器も使えないんじゃ──」
「誰が武器として使うと言ったんだい?」
分かってないなあ、とばかりに呆れた顔で肩をすくめる晴明を見て神楽のこめかみがぴくぴくと動く。
晴明はそんな神楽を一切気にすることなく、地面に向ってパイルバンカーを立てると、その場で地面に固定し始めた。
「今、ガシャドクロになる要因である怨念は長い期間鎮められていたせいでまだ休眠状態にある、もっともいつ目覚めるかわからないけどね。」
「待って、それが目覚めるのが今夜じゃないの!?」
「予測することは簡単だよ?でも私はこんな妖怪如きに自分の予定を決められるなんて嫌だからね、それに目覚めさせた方が実験にもなる。」
「…まさか晴明様…そのパイルバンカーってぇ…!!」
「そうだよ神楽!!戦闘準備をしたまえ!!!」
晴明はそう叫びながら固定されたパイルバンカーに腕を通し、トリガーを引いた。
火薬の炸裂音と共に杭が地面に突き刺さり、反動で固定具がいくつか吹き飛ぶ。
同時に強烈な霊力が地面に向って放たれ稲妻のような光と共に地中に向って奔った。
パイルバンカーの目的、それは──
『うぉああああああああああああああ!!!!!!!!!!』
鎮まっているガシャドクロに強烈な霊力の波動をぶつけることで強制的に目覚めさせるためのものだった。
「おい晴明いいいい!!!!!!!??」
無理やり妖怪を目覚めさせた晴明に怒鳴り声をあげるが、当の晴明は地面をのたうち回って苦しんでいた。
「ぐ、ぐうううううう!!腕がぁぁぁ!!!!」
どうやら固定具だけでは吸収できなかったパイルバンカーの反動で腕を痛めて悶絶しているようだ。
神楽はこの馬鹿も腕の一本でも折れれば少しは反省するだろうかとその様子を眺めていたが、ガシャドクロという妖怪が目覚めたことを思い出し、慌てて周囲を見回す。
いた。
巨大な骸骨の腕が地面から地を割って飛び出ていた。
腕は周囲のプレハブ小屋や重機をおもちゃの様に弾き飛ばしながら地面に手を置き、続いて頭蓋骨がゆっくりと姿を見せ始める。
「か、かか、神楽ぁ!!早く使えお前に渡した新兵器をおおおおおおお!!!!」
「し、新兵器って山に入るときに渡されたでっかいこれ!?」
もだえながら急な命令を出す晴明に神楽は困惑しながら問う。
布にくるまれた巨大な長い塊は山に入る際の晴明から持てと言って渡されたもので、何も話を聞いていない。
「見ればわかる!早く布をとるんだ!」
その言葉に神楽が布をとると、中から現れたのは巨大な銃──いや、銃というよりもはやキャノン砲?
一般的な銃の数倍もある大きさの銃口、それに比例するように長く、太い砲身。
マガジンは分厚い辞典の様に巨大な箱型で、機関部は強烈な火薬の炸裂に耐えうる様に重厚に作られている。
「す、すごい…なによこれ…!」
「ふははははははは!!試作型の対巨大妖怪用兵器!!18ミリキャノン砲"ヴァナルガンド"だ!!!」
得意げに高笑いを上げる晴明だが、彼はまだ地面に這いつくばっていた。
そんな彼を無視して神楽はヴァナルガンドを確かめる。
右手でグリップを握った途端、身体から自然に妖力が流れる感覚があった。
だが、それは決して妖力を吸い取られている感覚ではなかった。
妖力がヴァナルガンドと神楽の肉体を繋げて循環している感覚に近い。
先ほど晴明はパイルバンカーに霊力を通す回路を作ったと言っていたが、このヴァナルガンドにも同じ技術が使われているようだ。
「ふん…晴明、あんたやっぱり馬鹿だけど天才みたいね!!」
「何訳の分からないことを言っているんだ貴様は!早く撃て!そして結果を私に見せてみろ!」
まだ地面から完全に姿を見せていないガシャドクロ相手に、神楽がヴァナルガンドを構える。
その周囲に、風が舞った。
神楽、その正体は羽を持たぬカラス天狗。
羽こそ持たないが、空を舞うために風を操る力は生まれながらに身に着けている。
その力を今はヴァナルガンドに籠める。
相手に必中させるため、風を練り、流れに弾丸を乗せる──
「そこぉッッ!!!」
轟音。
衝撃。
そして。
『げぎゃぎゃああああああああがあああああああ!!!!!!?????』
ガシャドクロの右腕が付け根から破壊され、弾け飛んだ。
巨大妖怪の身体の一部を、たった一撃で破壊したのである
「いくら何でも化け物すぎるわ…このヴァナルガンド…!」
全身の骨が軋むような痛みに対し、神楽の額に汗がこぼれる。
妖怪として人とは比べ物にならない肉体をもっている神楽でさえ、何発撃つことができるか分からない衝撃。
妖力の流しやすさを含めた威力は認めてもいいが、それ以外はとても褒められたものではない。
おかげで完璧に風に乗せたはずの弾丸が最後に逸れ、頭蓋ではなく右腕に命中してしまった。
次は命中させる。
軋む身体に鞭を打ち、神楽がヴァナルガンド構えた。
「よし、もう一発行くわ…よ…あれ?」
グリップを握る感覚がおかしい。
先ほどまで妖力が流れ込んでいたはずが、何も反応がない。
そう思った瞬間、不意にゴトン!と重いものが落ちる音がした。
ヴァナルガンドの砲身が、外れて落下した。
「は?」
神楽が呆然と落下した砲身を眺めているとどんどんと他のパーツも落下していき、隙間から黒い煙がもくもくと溢れ出す。
またたくまにヴァナルガンド"だった"ものは神楽の右手に残るグリップだけになった。
「は、晴明…あんたこれ…。」
「ふーむ、威力に関しては計算通り、しかし神楽の力があれば命中率も問題ないと思っていたのだが…まったく、期待外れだね、所詮は"羽なし"か。」
晴明の言葉に神楽のこめかみに大きな青筋が浮かぶ。
神楽は怒りのまま手に残っていたグリップを晴明の顔面目掛けて全力で投げつけた。
「ぐぶぅッ!!!」
「あ、あ、あんたこれ壊れたじゃないの!?どうなってんのよ!?」
「い、いだい…スクラップ品から作り上げたからね…しかし一発は確実に撃てるとは私の計算通りだ。」
「つまりガラクタで作ったってこと!?」
「うるさいなぁ、君がエーテル機関に命中さえさせればよかったんだ!!まったく、役立たずめ!!」
わーきゃーと口喧嘩を続ける二人であったが、そんな二人の声を引き裂くように大きな咆哮が響く。
『うぉああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!』
ガシャドクロの咆哮である。
右手を失いながらも完全に姿を現したガシャドクロは、周囲のものをことごとく跳ね飛ばしながら二人へと向かって来る。
「あああああ!!!あれはどうすんのよクソ童貞!!?」
「まったく落ち着き給えよ、こういうときにすることは一つだろう。」
慌てふためく神楽に対し、晴明は涼しい顔で懐からスマートフォンを取り出した。
「救援要請すればいいだけじゃないか。」
AM5:00。
朝焼けが周囲を包む中、疲労困憊の退魔師たちがそこにはいた。
ウタイと呼ばれる退魔師組織に所属される彼らは深夜の急な救援要請にも関わらず集まり、ガシャドクロを封じ込めた。
そんな誇らしき存在の彼らから少し離れたところで、安倍晴明(32歳童貞)は正座させられていた。
その顔面はぼこぼこに腫れあがっており、目の前にはガシャドクロとの戦闘で傷と土まみれになった神楽がいた。
「おい、安倍晴明。」
「ふぁい…。」
「ごめんなさいは?」
「…。」
「ご め ん な さ い は ?」
「うぅ──」
「…ごめんなさい。」
これは決してあり得ない物語。
存在することすら許されなかった彼が、もしも許しを得ることができたのなら。
彼自身もきっと望むことないだろう、小さな幸せを得ることができたとしたら。
人々も、神も、世界を作る誰からも見放された彼を酔狂な部外者が拾ってしまったとするならば。
これはそんな、小さな夢物語。