帝京歴???年。
独房──そう呼ぶには勿体の無いような部屋に私はいた。
白く清潔に保たれた室内に、質素ながら太陽の残り香が漂う綺麗な布団。
扉に設置された受け渡し口には香ばしい焼き色をした魚の切り身と色とりどりに盛り付けられた野菜、ついさっきまで湯気がたっていたみそ汁とご飯が盆に載せられており、隣には清潔な衣服が置かれていた。
どれも、これも、私が今まで手にしたことのない物たちだった。
それらを遠ざける様に私は部屋の隅に座り込んでいる。
私の名は神楽。
先天的に羽がない、出来損ないのカラス天狗だ。
この部屋とは正反対に黒く汚れた雑巾のような服を身に着け、黒く泥の様に濁った髪は荒れ放題になっている。
人に捕まりこの独房に入れられて三日が経った。
捕まったのには理由がある。
まず私は生まれ落ちた天狗の里で出来損ないにふさわしい扱いを受け続け、その挙句に里を追放された。
それからは山で野猿の様に生きてきたのだが、ある日、人を襲うことを覚えてしまったのだ。
人に山登りを好むという種類がいるのを知った。
そいつらは綺麗な水や丸い容器に詰められた味の濃い肉や魚、温まるのに良い筒の布団をもっていることもあり、それを覚えてしまったのだ。
それが失敗だった。
人を襲ったせいで退魔師に目を付けられ、私はあっという間に囚われてしまった。
そしていま私はここにいる。
「ふぅー…ふぅー…ッッ!」
眠気の抗うように呼吸を荒くしながら、私は動かない。
ここに入れられてから一度も眠っていない。
眠るのが、怖かったからだ。
ここの奴らはだれも信用できない。
何人もの人間や妖怪が私の元を訪れた。
やれ私と仲良くしたい、やれ私を救いたい、やれ私を仲間にしたいだの、好き勝手に言い出す。
もううんざりだ。
お前たちも同じだ。
出来損ないの私に対する扱いは、出来損ないである私がよく知っている。
誰か本当のことを言ってくれよ。
出来損ないの私をそのまま拾い上げろよ。
誰でもいいいんだ。
人を襲った出来損ないの天狗として、相応の扱いをしてくれよ。
信じたいよ。
誰か
誰か──
「ふはははは!これが例の羽なしカラスかい!?」
「…ふぇ?」
「いいじゃあないか!妖力の素養は申し分ない!こいつは私がいただいて帰るぞ!!」
突如として独房の外から高笑いと共に男の声が響き渡った。
私が顔を上げると、独房の扉にあるのぞき窓からこちらを覗き込む一人の人間の男がいた。
男は小さな窓から私を食い入るように眺めていたが、横から大きな足音をやって来た袴装束の人間たちに引きはがされた。
「き、貴様いつの間にここに入り込んだ!?」
「取り押さえろ!コイツがここに入り込む権限はもうない!!」
「や、やめろ貴様ら!!離せえええぇぇぇぇ!!!!!」
男の絶叫が響く。
叫びながら袴装束の人間に引きずられていくが、その声は私の──神楽の耳にしっかりと聞こえていた。
「おい!聞け羽なしカラス!!私はいずれ神になる男だ!!」
とんでもないことを男はほざきだした。
しかしその声は、どうしようもなく私の耳に入り込んでしまうのだ。
「その過程に貴様を使ってやろう!神たる私の礎としてな!!」
いつのまにか私は立ち上がって、扉の傍まで近づいていて──
「欠陥品の貴様が名誉ある神の礎になれるのだ!ありがたいだろう!?さぁ今すぐ私の元へ──」
「いい加減にせんかお前は!!!」
「ぐぶぅ!!!?」
男の声を遮るようにゴツン!と鈍い音が外から響き、声が途絶えた。
ずるずると何かを引きずるような音だけが外から聞こえてくる。
「ねぇ、待って…!」
扉に耳を当てていた私は、思わず掠れた喉から精一杯に声を振り絞った。
同時に何かを引きずる音が消え、私の声の微かな残滓だけが外に響いている。
「いいわ…その男の話、乗ってやる。」
掠れていても、強い声色で私は言う。
一拍間をおいてから足音が鳴り、先ほど窓から見えていた顔が私の眼前に現れた。
「ふはっ──ふはははは!!いいじゃないか欠陥品なのに人を見る目はたしかだったようだな!!」
興奮した様子で声を荒げる男に、一切の邪心はない。
純粋なクズ。
人でなしだ、こいつは。
だからこそ信頼できる。
こいつは私を物としか思っていない。
他の奴らとは違う、その事実がどうしようもなく私の心を動かしてしまった。
「おい!欠陥品、貴様の名前は!?」
「神楽──出来損ないにはもったいない綺麗な名前でしょ?」
「いいじゃあないか!神になる私の礎としてぴったりな名前だ!!」
私の名を聞いた男はまるで子供の様な笑みを浮かべる。
純真で、無邪気で、どうしようもなく残酷な笑み。
「それで…貴方の名前は?」
「私かい?いいだろう教えてやる、私の名は──」
トントントン。
「おはようございまーす…。」
ドンドンドン。
「おはようございまーす…!」
帝京歴785年、秋奈町。
まだ登校や出勤には少しばかり早い時刻の朝。
ややさびれた二階建てアパートの部屋の前で、一人の女が扉を軽く叩きながら家主の名前を呼んでいた。
女は帝都では珍しい着物に身を包んで高下駄を履いており、欧州地方出身のモデルの様にすらりと背が高い。
思わず見とれてしまうような光沢が浮かぶ黒髪をポニーテールに纏めており、綺麗に切りそろえられた前髪には気品ささえ感じられる。
そして薄く化粧が施されたその顔は誰もが美人だと思う程に綺麗で、モデルのような体型も艶やかな黒髪も、その美しさを引き立てる要素の一つでしかなかった。
彼女の名は神楽。
かつて退魔師組織"ウタイ"に捕らえられ、現在はある男の相棒として──大変に不服ながら相棒として活動しているカラス天狗の退魔師である。
生まれつき羽がないというカラス天狗としては大きなハンデを背負った彼女だが、生まれ持った妖力自体は高く、今では秋奈町で活動している退魔師の中でも一目置かれる実力者になっている。
「…いない、筈はないわよね…さては逃げたか。」
神楽は腕を組みながら一人呟く。
今日はある事情でこの部屋の家主を絶対に逃すわけにはいかなかった、そのために朝早くからここを訪れたのだが、反応がない。
顔をしかめながら彼女は考える。
そして少し頭を捻りながらも部屋の前を離れ、アパートの鉄柵をひょいっと乗り越えると二階から地面に向って颯爽と飛び降りた。
神楽が地面に着地する瞬間、ふわりと彼女の身体が微かに浮き上がり、静かに高下駄の底が地面に触れる。
風を操るカラス天狗ならではの技だ。
翼がない神楽は宙を自在に飛び回ることはできないが、風を操ることはお手の物である。
カランコロンと小気味いいリズムを刻みながら神楽はアパートの外周を回り、窓が見える裏側へと歩みを進めた。
するとそこには──
「くそっ…こんな朝早くから来るとは…!!」
神楽が目的とする人物、家主の足が窓から生えていた。
まともにアイロンがかかっていないくたびれた黒いスーツに履きつぶされた革靴を履き、窓から恐る恐る足を垂らしている。
神楽は思わず眉間に指をあてながら、あえて何も言わずに家主の動きを見ていた。
やがて家主は覚悟を決めたのか二階の窓から地面に飛び降りた。
ドスン!と大きな尻もちをつきながら家主が神楽のすぐ目の前へと落下する。
「し、尻がぁッ…ま、まぁいい…早く逃げなければ…!」
「…あーら、逃げるってどういうことかしら?」
神楽の声を聞いた家主の背筋がピンと伸びる。
例えるなら悪戯をしていた子犬が飼い主に見つかった瞬間、びくりと身体を固めて動かなくなった時の様子と言えばよいだろうか。
家主は恐る恐る神楽の方を向く。
もう神楽にとっては見慣れた男性の顔がそこにあった。
三十路とは思えない整った童顔に見合った幼さの残る表情、長身の神楽よりやや低い背丈。
乱雑に伸ばされた長髪を適当に束ねた髪型。
「や、やぁ神楽、おはよう…。」
「おはようございます、それで、窓から出勤とはいったいどうなされたのですか?」
「いいだろう別に!私がどんな方法で出勤しようが!」
「ええ、構いませんよ、私としては貴方がどんな方法で出勤しようが、大事なのは──」
神楽はスッと着物の帯の内側に手をやると一枚の紙きれを取り出した。
そこには借用書という文字と共に270,000円という金額が刻まれていた。
「私が立て替えた貴方の家賃半年分──今日こそ返してもらえればね。」
「ぐっ、ぐぬぅぅぅ…!!」
「昨日給料日だったはずよね貴方、逃がしはしないわよ。」
「チッ、卑しい女め。」
「あ゛ぁ…?」
「ひぃッ………ふッ、ふふ、ふははははは!!」
家主は怯えながらも突如として盛大に笑いだす。
訝し気な目線を神楽が送ると、家主はスーツの懐からくしゃくしゃになった一枚の紙を取り出した。
「なんですかそれは──えっと、ロボットコンテスト全国大会…?」
紙というより小さなポスターであったそれにはそう書かれていた。
「ああ、訳あってこの大会に出場することになってね、優勝賞金を見たまえ!!」
「えっと、優勝賞金は100万円…へぇ~凄いわねぇ…って、あんたまさかぁ…ッ!?」
「ああ!この私が出場するんだ、優勝して当然だろう!!この賞金でチンケな借金くらい返してやろう、ありがたく思うがいい!!」
「ま、待ちなさいよ…急にロボット作るってことは…今月のお給料は──」
青ざめる神楽に対し、家主は得意げな笑みを浮かべる。
「ふはははは!昨晩既に使えるだけの金額で材料の手配は済ませた!!しかし賞金は手に入ったも同然!!これなら文句はないだろう!!?」
「お…お──」
家主の言葉を聞いた神楽はプルプルと震えながら俯く。
そしてその額に今にもはち切れそうな程大きな青筋が浮かび、食いしばった歯がぎしぎしと割れそうな程に音を立てる。
「大ありだこの馬鹿ッッ晴明いいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
「ぐぶぅぅぅぅぅぅっっっっ!!!?」
もう神楽は、鉄拳をもって制裁を加える意外の手段が思い浮かばなかった。
家主にして彼女の相棒である彼の名は安倍晴明。
かつては天皇候補とされていたが数々の問題行動により一族を追放され、今では神になることを目指すしがない大学の非常勤講師である。
「は…はなぢが…はなぢがどまらない…。」
「鼻が折れない程度には加減したから感謝しなさい、晴明様。」
ティッシュで懸命に鼻を押さえる晴明に神楽が冷たい目線を向ける。
「今日は大学に行かなければならないというのに…このままではいい笑いものだ!」
「いいじゃないですか、元から生徒に馬鹿にされてるんですから。」
「貴様ぁ…!!」
軽く会話を交わしながら、二人は駅に向って歩みを進めていた。
晴明の通勤路である。
しかし借金取りという用事をすでに終えた神楽が通勤に付き合っている理由は一つ、聞きたい事があったからだ。
「…で、晴明様。急にロボット大会に出るなんてどうしたんですか?」
「ふふふ、いずれ神になる私が玩具風情に力を発揮する理由が気になるかい神楽?」
「そうね、晴明様みたいにプライドだけは高い男がその大会に興味を持つなんて思えないもの。」
ロボットを玩具扱いし見下した態度を隠す気がない晴明に対し、神楽が嫌味を返しながら首を傾げる。
「では語ってやろう、あれは一昨日の出来事だ──」
帝都大学。
帝都首都にあり、時代の最先端を行くこの大学には多種多様な学生と講師が集まる。
故に部活やサークルも様々な種類のもの存在していた。
メジャーなスポーツを扱った運動部から絵画や文学を扱う文化系サークル。
そして変わり種では女性4人によって活動している同人誌サークルやロボットコンテスト優勝を目指すロボコンサークルなんてものまである。
「そしてこれは、そんな変わり種のサークル二つに頭を悩ませている平凡なJDの物語──」
「なんて一人で言っててもどうしようもないわぁ…うう~どうすりゃいいのよぉ…!」
そんな帝都大学のカフェテリアで一人、頭を抱えている女生徒がいた。
腰まで届く長い黒髪を首元から一本に束ねており、顔立ちは整いながらもまだまだ幼さが残る美人の卵といった表現が似合うところだろうか。
廉価ながら質の良いことに定評のある大衆ブランドのデニムジーンズに着慣れた様子のシャツを合わせ、ゆったりしたサマーコートを上から羽織っている。
ラフな格好だがほんのりと気にならない程度に柔軟剤の香りが漂っており、しっかりとした清潔感があった。
彼女の名は坂本雪。
漫画家になることを志し田舎から帝都へやって来た、ちょっと霊能力があるだけの平凡な女子大生──であったのだが、この頃は自分を慕う謎の美人退魔師"猿女留美子"や謎の妖狐"菊梨"と出会ったせいで平凡とは程遠い日常を送っている。
今も彼女は急なトラブルに巻き込まれていた。
「しかも最近は二人のせいで"あの先生"も寄って来るようになったし…うう、私の夢見たキャンパスライフはどこにいったのよ~。」
「ふはははは!!何を独りでぶつくさ言っているんだい雪くん?」
俯いていた雪は突如としてカフェテリアに響く高笑いを聞き、ハッと顔を上げた。
そしてテーブルの向かい側を見て大きく顔をしかめる。
「げぇッ!?安倍ぇ!?」
「おいおい、講師に対して呼び捨てとは不躾ではないかね。」
雪の言葉に晴明は肩をすくめると、一切の遠慮なく雪の向かい側に腰を落ち着けた。
その手には何やらタッパーと割りばしを持っており、食事をするつもりらしい。
つまり、雪の目の前に長い時間居座る気ということだ。
「…なんなんですか、安倍…先生。菊梨は今いないんですけど?」
「いやいやいや、生徒の悩みを聞くのも講師の仕事だよ?ついでにあの九尾の毛髪一本でもくれれば嬉しいがね。」
くくくくく、と気味の悪い笑みを浮かべる晴明に雪は怖気を覚えた。
雪がこの講師につき纏われている原因、それは雪を慕う妖狐である菊梨の存在が大きい。
数多いる妖怪の中でも妖狐は最強の格を持つ存在だ。
この講師はそんな菊梨の素材──身体の一片、遺伝子が残るものに執着しており、ことあるごとに手に入れようと手段を画策している。
その方法の一つとして菊梨が慕う存在である雪にも目を付けているというわけだ。
「はぁ…まぁいいか、いざとなれば留美子を呼べば3秒でゴミ捨て場に捨ててくれるし。」
「それは勘弁してもらいたいたいね、それで、何を悩んでいたんだい。」
「はぁ~~聞いたらおとなしく帰ってくれますか?」
「恋愛関係のつまらない悩みならそうしよう、それ以外なら分からないがね。」
興味津々とばかりに晴明は昼食が詰まったタッパーを開き、割りばしを割る。
それを見た雪は観念したとばかりにため息を吐き、今の状況を話した。
「つまり~~かくかくしかじか"ふぉっくすらいふ七話"~~という訳です。」
「ふむ、一週間後にあるロボコン大会とやらの操縦役を急遽任された挙句に、その部室には貧乏神という訳か。」
もしゃもしゃと、晴明は無遠慮にタッパーの中身を食べながら雪の話を聞き終えた。
そして口元を拭い一息つくと、まるで雪を見下すかのように首を仰いだ。
「ふん、くだらない悩みだね。」
「…自分から聞いたのに、その答えですか、安倍先生。」
「ああ、話を聞くに君は所詮ただの代打だろう?何をそこまで本気になる必要がある。」
「そりゃあ…やる以上は全力で勝ちに行くからに決まってるじゃない!」
「全力だと?それなら今すぐ貧乏神をどうにかすればいい。」
「だからそれを悩んで──」
「貧乏神が熱に弱いことは君も知っているんだろう、私が全力でやるなら迷わず部室で火を焚くね。」
「先生…それ…本気で言ってるんですか?」
あまりにも非常識が過ぎる、そう鋭い眼光を飛ばす雪に対し、晴明は全く臆する様子がない。
「別に焚火をしろとはいっていないさ、もう暑くなってきたが、部室を暖房器具で満たすくらいはしたかい?」
「そ、それは──」
晴明の言葉に雪が口をすぼめる、それを見て晴明は一笑に付した。
「君一人でどうにかする気なのはいい、だが無駄に悩む前にせめてできることを試してみるべきではなかったかな?」
「く…ッ…。」
「ふんっ、この帝都…いや、ガイアが誇る天才である私でさえ日々は実験と試行錯誤の繰り返しなんだよ、甘いのさ君は。」
言い終えるや否や、晴明は再びタッパーの中身を食べ始めた。
雪は晴明の言葉に苛立ちを覚えながらも、小さく息をつき、落ち着きながら顎に手を当てた。
晴明の言葉にも一理ある、雪は素直にそう思った。
たしかに貧乏神を追い出すために、まだまだ試す余地のあることはあったかもしれない。
追い出せる確証がないから試さなかっただけだ。
大会が近く練習時間が少ないという焦りはあったが、こうして何もせずに悩んでいるくらいならとにかく思いついた方法を試す価値はあるだろう。
「はぁ~~~…むかつく!けど!先生の言うことにも一理ありますね。」
「ふん、感謝ならもう少し素直にするものだと思うがね。」
「……まぁ、その…ありがとうございました。」
渋々ながらも、雪が感謝の言葉を述べると晴明はにんまりと笑みを浮かべながらふんぞり返った。
「ふはははは!!この私に感謝するがいい!!!」
「ぐ、ぐぬぬ…」
「ま、そんなくだらん"おもちゃ"の大会程度で全力を出す必要が私には感じられないがね。」
じゃくッ、とエビの殻を噛み潰したような独特の咀嚼音を響かせながら晴明が余計な一言を付け加えた。
その言葉を聞いた雪のこめかみが、ピクリと微かに動く。
「くだらん…ですって?」
「ああ、くだらないね、私なら今から出場を決めても優勝するだろうさ。」
「くだらなくなんかないわよ!皆ロボットが好きで──情熱を持ってこの大会に挑んでるんだから!!」
「情熱?ふん、羨ましいね凡人は、情熱のような感情でものを語れば許されるみたいだね。」
その言葉を言うと晴明は少しばかり…ほんの少しばかり表情に曇りを見せた。
しかし雪はそんなことに気づくはずもない、あまりにも尊大な晴明の言葉に怒り心頭な様子だ。
「先生…アドバイスは感謝するけど、あんまり馬鹿なこと言わない方がいいわよ…。」
「なんだい?猿女留美子でも呼び出すかい?好きにすればいいさ、暴力で解決するならすればいい。」
大仰に手を広げながら晴明が言う。
その姿を見た雪は怒りで顔をしかめながらも、大きく深呼吸をする。
たしかにここで留美子を呼ぶのは筋違いだ、そんなことをしても意味がない。
雪は考える。
ここでこの馬鹿──晴明の鼻を明かすにはどうすればよいか。
考えたときには雪はコートのポケットに手を入れ、その中にあったものを目の前に突き出していた。
ロボコンサークルの部長である万丈から渡されていた大会の小さなビラだ。
「そこまで言うんだったら!先生もこの大会に出てみたらいいじゃないですか!」
「言うと思ったよ、残念だが私はそんなことで時間を無駄にする気はない。」
「へぇ~、ガイアが誇る天才が逃げるんですか?」
「安い挑発だね、その手にはのらないよ。」
ふふん、と余裕気な表情で笑みを浮かべながら晴明が言うと、雪の表情は逆にどんどん険しくなっていく。
「まったく、勝つ気があるなら見返りくらい提示したまえよ、例えばあの九尾の毛でも爪でも私にく…れ…ると…か──」
しかし不意に晴明の言葉に淀みが生じる。
雪が不思議そうに首を傾げると、晴明は目の前に突き出されたビラを食い入るように見つめていた。
そして雪の手からひったくるようにビラを掴み取ると、大きく目を見開いた。
「ゆ…優勝賞金が100万円だと…こんな玩具の大会風情で…?」
「う、うん…開発費もかさむし資金援助を兼ねての賞金だけど…。」
「ふ、ふふっ、ふははははははは!!!!」
目の色を変える、とはまさしくこのことを言うのだろう。
濁っていた晴明の目が爛々と輝き、満面の笑みを雪に向ける。
「いいだろう!!私が直々にこの大会に出てやる!!」
「り、理由はともかく…出場するってなら受けて立つわよ!!先生なんかに絶対負けないんだから!!」
雪は表情を輝かせる晴明に若干呆れながらも、ギラギラと闘志を燃やす。
そしてこうしてはいられないと席を立ち、意気揚々とカフェテリアを後にした。
一方、一人残された晴明は昼食が入ったタッパーを見つめながら、ニタリと笑う。
「くくくく、元は食事代を浮かせるついでに始めたようなあの研究だったが…こうも早く役に立つことになるとは、流石は私だ。」
タッパーの中身。
それは茶色一色に染まっており、一見すれば独り暮らしの男性にありがちな肉類が中心の弁当にしか見えない。
しかし少し目を凝らすとおおよそ尋常ではない食材が使用されていた。
バッタとカエルであった。
素揚げや佃煮といった調理を施されているために分かり辛いが、それはまごうことなきバッタとカエルだ。
晴明はもはや慣れた様子で綺麗に下ごしらえがされているカエルの脚をつかみ、ためらいなくかぶりつく。
「私の血肉となり、研究の礎となれたことを感謝するがいい。」
「──という訳で、私はロボコン大会に参加することにしたのさ。」
「はぁ~貴方はまた雪ちゃんに迷惑を…今度お詫びしとかないと…。」
晴明が経緯を語り終えると、神楽は肩を落とす。
一応は晴明の相棒である神楽はもちろん雪とも面識があった。
「ま、晴明様のその頭脳だけは信用してますから、勝てるというのなら信じます。」
「ふん、だから言っただろう賞金は手に入ったも同然だとな!」
「ですから借金の催促は大会が終わるまで見逃してあげますね、た・だ・し。」
神楽はくわッ、と目を見開きながら晴明を見下ろし、圧を掛ける。
「優勝できなかったら…分かりますよね?」
「は、ははは…だから優勝は決まったも同然だと…。」
「…晴明様、顔だけは良いですから人気が出そうですね。」
「な、何を言ってるんだ貴様は!?私をどうする気だ!?」
こそりと恐ろしい言葉を発する神楽に、晴明が肝を冷やす。
こうして坂本雪と安倍晴明がそれぞれの想いを胸に、優勝を目指す日々が始まった。
「ぜぇ…ぜぇ…さぁ、もう一度よ…!」
「そ、それはいいですけど…お嬢…いったいこれは、なんなんですか…?」
坂本雪はロボコンサークルの部室で部長の万丈と共に練習にいそしんでいた。
しかしその部室は今、異様な熱気に支配されている。
熱気、といっても比喩的な表現ではなく、本当に強烈な熱気が立ち込めているのである。
もう初夏を越え、夏の兆しが歩み寄ってくる季節だというのに、部室は暖房をガンガンに効かせたうえでストーブをいくつも設置しているのだ。
雪と万丈の傍らにはもう空になったスポーツドリンクの空きペットが大量に転がっている。
「事情があるのよ、事情が…ここは私を信じて協力してちょうだい、御大将。」
「まぁお嬢を信じたのは自分だから…従いますよ…。」
大粒の汗をぬぐいながら万丈は頷く。
雪は新たにスポーツドリンクのキャップを開きながら、ちらりと部室の一角に目を向けた。
『う…ぉぉぉぉぉ…この小娘ぇぇぇぇぇ……わしゃ負けん…ぞぉぉぉぉぉぉぉ…!!』
そこには霊感を持つ雪だけに見える存在、貧乏神がいた。
つぎはぎだらけのくたびれた衣服を着ている貧相な老人といった見た目で、ほぼ人間に近い姿をしている。
雪が部室に来た当初はまだ活き活きとしていたのだが、暖房作戦を実行してからは干からびたミイラのようになってしまっていた。
それでも部室から立ち去ろうとしないため、完全に我慢比べになってしまっている。
ただ作戦が効いていることはたしかで、雪が部室に来て以来急に不幸が降りかかると言ったことはほとんどなくなっていた。
「さぁ行くわよ"アメイジングZ"!!」
雪は熱気に負けぬよう気合を入れ、今回操縦することになる愛機の名を叫んだ。
アメイジングZ。
強化段ボールを使用した軽量の二足歩行ロボットだ。
雪がテレビゲームで使用されるものを改造したコントローラーを介して操縦を始めると機敏に動き出す。
今回のロボコン大会のルールは格闘戦──つまりはロボット同士の殴り合いだ。
殴り合いと言っても別にお互いを破壊しあうような凄惨なものではない、時間内にダウンを奪った数で勝敗が決まるといったものだ。
間違っても"頭部を破壊されたものは失格となる!!"といったルールがある競技ではない。
アメイジングZには腕部にフォークリフトのような爪があり、その爪を用いて相手を突き飛ばす、薙ぎ倒す、ひっくり返すというのが基本だ。
雪は万丈からアドバイスを受けながらそれらの基本動作を繰り返す。
場合によってはコンマ秒の世界で勝敗が決まるのだ、まずはとにかく基本を身体に叩き込む。
「お嬢、その動きだとバランスを崩します、移動と攻撃のタイミングを早めすぎると簡単に倒されますよ。」
「オッケー大将!」
熱を吐き続ける暖房器具に負けず、二人は黙々と練習に励む。
そしてコントローラーが汗で幾度も滑り、服の上からシャワーでも浴びたかのように汗だくになったところでようやく一息ついた。
「はぁ…はぁ…休憩しよっか…。」
「へいお嬢…その間に飲み物と塩飴買ってきます…。」
万丈がもう残り少なくなったスポーツドリンクを見ながら言い、財布を手にふらふらとした足取りで部室から出ていく。
ほんの一瞬だけ開け放たれた扉から流れ込んでくる風が汗だくのシャツを撫でる。
そのひやりとした感触に心地よさを感じながら、万丈が扉を閉じたことを確認すると部室の隅に居座る貧乏神の方を向いた。
「ねぇ貧乏神…私は絶対に引き下がる気はないから…とっとと出てってくれるとありがたいんだけど…。」
『それはこっちの台詞じゃあ小娘…貴様が出て行けばこんな目に遭わずにすむんじゃあ…!』
「ぜっっっっ…たいに負けないわよ!!」
『けッ!なんでこう絡繰り遊びが好きな奴らはこうもしぶといんじゃ!もう資金も尽きるというところまで追い込んだというのにお前のような者を連れ込むとは!』
「そりゃあロボットって言うのは何度倒れても、壊れても、そのたびに立ち上がるもんだからよ。」
『ふん、どいつもこいつも似たようなこと言いおって…理解できんのう…。』
貧乏神はツンと口を尖らせながら目を細めジッと部室を見渡し、最後にアメイジングZに忌々し気に見つめる。
『その絡繰り人形もじゃ…何度もわしの力で壊してやったのにまだ動きおる…。』
「だから言ったじゃない、ロボットっていうのは──」
『ち~が~う!!』
貧乏神は大きな声を上げ雪の言葉を遮る。
『わしが粉々になるくらい壊してやろうと思っても、精々手足が一本取れる程度で済んでしまうんじゃ…忌々しい。』
「…それってあんたが弱っちいだけじゃないの?」
『嘗めるなよ小娘、曲がりなりにも神だなんて人間に言われとるんじゃぞわしは。』
熱気が冷める程に鋭く冷たい貧乏神の目つきを向けられ、雪の表情がこわばる。
しかし雪の表情を見た貧乏神は目つきを鈍らせ、溜息をついた。
『ふん…たしかに今のわしは小娘相手に凄む程度に落ちぶれてしもうたのう…。』
「貧乏神…。」
『…チッ、お前が部屋でこんなに火を焚くから話し疲れたわい。』
無駄に言葉をこぼしすぎたと思ったのか、貧乏神が雪に背を向ける。
雪も目の前にいるアメイジングZへと目を向けた。
貧乏神でさえ完全に壊しきれなかったという不屈のロボット。
それは今までアメイジングZに関わって来た人間たちの熱い執念が生んだのか、あるいは──
「いや、まさかねぇ。」
雪はくすり、と笑みをこぼす。
このアメイジングZ自身に意思があったりして、という考えが頭をよぎったからだ。
「そんな…アニメじゃない、んだから。」
瞬くようにそんな日々は過ぎさってゆく。
雪はサウナのような部室で懸命に練習を繰り返し、本番まで許される時間を全てロボコン大会へ費やした。
一方、晴明はというと帝都大学の掲示板に一枚の紙が乱雑に貼り付けられていた。
"しばらく授業は休講する 安倍晴明"
チラシの裏にマジックで書かれたその貼り紙を見た学長がすぐさま彼の減給を決めたことは言うまでもない。
一週間後。
ロボコン大会当日、雪は万丈と共に控室でアメイジングZの動きを確かめていた。
動きは今のところ問題ない。
雪は万丈でさえ首を傾げる程に入念にチェックをしていたが、もちろん理由はある。
『…あ…あづ……い…。』
貧乏神が万丈の背中に憑り付いていたからだ。
一週間で雪はこの貧乏神を追い出すことができなかった。
しかし間違いなく衰弱している、その証拠にアメイジングZに異常はない。
さらに控室にムンムンと立ち込める熱気のせいか回復する様子もなかった。
そんな貧乏神を見て少しばかり安堵していたが、もう一つ不安な要素があった。
雪は一旦アメイジングZのコントローラーを置き、大会用のパンフレットを眺めた。
そこに安倍晴明の文字はない。
大口をたたきながら結局参加できなかったのかと思っていたが、一つ不安な文字があった。
"飛び入り参加枠あり!!!"
過去に実績があるサークルやチームにはシード枠が与えられる。
しかしそのシード枠の相手として参加できるのが飛び入り参加枠らしい。
ほとんどあり得ない枠と言っていい。
なにかしらの事情で参加申請が間に合わなかった者のために一応用意されているものだ。
それに相手が実績のある強豪チームになる、まず勝ち上れないといっても良い。
「普通ならあり得ないけど…。」
雪はこそりと呟く。
あの安倍晴明なら、やる。
その確信があった。
安倍晴明。
一見は非常識かつ傲岸不遜、自己中心的で心も幼く大学講師としてあり得ない人間だ。
それでも非常勤ながら講師を勤めているには理由があった。
頭が良い。
たった一つのシンプルな理由、それだけである。
それ一つのみで大学が彼を離さずにいるのだ。
授業は杜撰、単位も白紙で論文を提出しても受かるとまで言われているくらい適当に扱っている。
そんな彼を馬鹿にする生徒も多いが、知識という一点において彼を馬鹿にしようとした生徒はことごとく返り討ちに会っているという噂だ。
クビになるという話が出れば適当な論文を書きあげて評価を得ているという噂もある。
ぬぐい切れない不安を抱きながら、雪は再度コントローラーを手に取った。
1回戦を雪は難なく勝ち上がった。
相手のロボが間合いの外から放ったパンチを冷静に見切り、腕のフォークを使って相手の腕を叩きバランスを崩したところを突き飛ばしてダウンを一つ。
次に雪はわざとパンチを空振り、焦った相手が攻撃に出たところでアメイジングZをしゃがませて避け、足をすくい上げてダウンをとった。
それからは時間になるまで雪は遠い間合いを維持して勝利を掴んだ。
危なげのない勝利である。
「ふぅ…まずは一勝ね。」
「お嬢、良い戦いでした!この調子でいきましょう!!」
「大将とあんだけ修行したんだし当然よ。」
「そう言ってくれると嬉しいですよ…っと、そうだお嬢、一つ見て欲しい試合があるんです。」
「へぇ、強いサークルなの?」
「ゴールデンシザースってぇ金ぴかのロボを使う強豪です、名前の通りカニみたいな低い姿勢からハサミ付きのアームを器用に使いやがるんですよ。」
「あ~パンフレットに載ってたわね!でもあのサークルってシード枠だから1回戦は出ないんじゃ──」
そう言った瞬間、雪の背筋に冷たいものが走った。
「……大将、まさか飛び入り枠が出たの?」
「え…はい、その通りです…飛び入り枠でゴールデンシザースと当たった奴がいたらしくて…。」
「ッッ!?すぐ見に行くわよ!多分そいつ、うちの学校の──」
うおおおおおおおおおお!!!!??
万丈の言葉を聞いた雪が慌てて立ち上がった瞬間、会場に大きな声がひびく。
歓声──とは言い切れない。
囃し立てるような声と共に困惑や蔑み、様々な感情が入り混じっている独特の声。
その声を聞いた雪は何かを察し、万丈を置いて声の中心に向かって走る。
人ごみをかき分け、試合場にたどり着いた雪の前には悲惨な光景が広がっていた。
「──ッッ!!?」
ゴールデンシザース──金色に輝くロボットが傷だらけの状態で倒れていた。
重心を安定させるためにあえて短く作られた脚、立派なハサミが付いた腕、こだわりであろう金色に染められたボディ。
しかし金色のボディは一部塗装が剥がれ落ち、手足は強烈な衝撃を受けたのかところどころ部品が外れ、立派なハサミも爪が歪んでしまっている。
その屍を踏みつけて立つは、漆黒のロボット。
ボディはまるで人間かのような曲線で構成されている異質な見た目をしており、黒に染まった身体以外は瞳だけが紅く輝いている。
「ふふふふふ、ふははははははは!!!!!!!!!!」
雪にとって聞きなれた高笑いが響き渡る。
当然だ、その漆黒のロボットを操縦している人間は雪がよく知る人物だったからだ。
「安倍…晴明!!」
「所詮は貴様等の作る物は玩具なのだよ!悔しいなら私の"デウスエクスマキナ"を倒してみるがいいさ!!!」
「一体なんなのよあのロボットは!?」
「わ、分かりません…ただあのパワーは普通じゃありませんよ、重量や大きさの規格は決まってるんです、パワーのあるモーターを積むにしても限度が…。」
控室に戻った雪は険しい顔で晴明のロボット、デウスエクスマキナについて考える。
万丈の言う通りこの大会はロボットの規格が明確に決まっているはずだ、それだというのに相手のロボをあそこまで痛めつけられるパワーが発揮できるとは信じ難い。
「た、ただまぁ一つだけ想像できることなら…。」
「…歯切れが悪いじゃない大将、聞かせて欲しいわね。」
「あのフォルムの曲線からして…人工筋肉を使っている可能性は…。」
「人工筋肉…!?」
雪が目を見張ると、万丈は慌てて首と手を振った。
「い、いやただの想像ですよお嬢!そんなパワーのあるものだなんて聞いたことありませんし、普通に考えてあり得ない話です!」
「…でもあいつは普通じゃない、それ、あり得るかも。」
「ほう、私が天才だとよく理解しているじゃあないか雪くん。」
「まぁね、最近つき纏われてるから嫌でも分かってるわ──ってあんたどっから湧いて来たのよ安倍先生!?」
いつの間にやら雪と万丈の傍に立ち、会話に参加していた晴明に雪がツッコミを入れる。
「ここは出場者たちの控え室だよ?私がいても何もおかしくないじゃあないか。」
「たしかにそうだけど急に会話に入ってきたらびっくりすんのよ!」
「ふん、君たちがデウスエクスマキナについて話していたからせっかく来てやったというのに、お邪魔なら帰ってもいいのだよ?」
雪に対しなにやらえらそうにふんぞり返りながら晴明が言う。
その姿を見て雪は察した。
おそらく彼は雪に自分の作ったデウスエクスマキナの自慢がしたいのだ。
だから雪と万丈の会話に無理やり入り込んできたのだろう。
「…そうね、天才の晴明先生からぜひぜひ話を聞かせてもらいたいわ。」
「ふははははは!!!そこまで言うなら仕方ない!聞かせてやろう!!!!」
雪は嫌味っぽくそう言ったが、晴明は気にしていないのか盛大に笑いながら説明を始めた。
「デウスエクスマキナにはそこの男が言った通り、私が造った人工筋肉を搭載しているのさ。」
「まさかこの一週間くらいの間に造ったの!?」
「いや、元から研究していたものだよ、君につき纏っている銀髪メスゴリラをぎゃふんと言わせたくてね…私専用のパワードスーツを作る計画をしているんだ。」
銀髪メスゴリラ──とは雪を慕う退魔師、猿女留美子のことであろう。
留美子はことさら晴明のことを敵視しており彼が何か怪しいことを企むとどこからともなく現れて制裁を加えていた。
晴明は苦々しい顔のまま話を続ける。
「それに最近食費を抑えるために自力で食材を捕まえていてね、そのとき閃いたのさ、食材を実験材料にすれば一石二鳥だとね。」
「貧乏過ぎてサバイバルみたいな生活してるだけじゃないですかそれ……って、食材って……な、なにを?」
雪が恐る恐るといった風に問いかける。
すると晴明は微かに顔をしかめた。
「ああ、最終的にバッタとカエルに落ち着いたよ。他にもいろいろ試してみたが食材と実験材料の両方に最適だったのはこの二種だったね。」
「う、うげっ…まさか私と話してた時に食べてたタッパーの中身も!?」
「そうだよ、なかなか面白い筋肉構造をしていてね、腹もちも良くどこにでもいるから助かったよ。」
「き…キモい…。」
真顔でそう言ってのける晴明であったが、雪は吐き気を感じていた。
青ざめた顔の雪を見ながら晴明は再度ふんぞり返る。
「これだから凡人は困る、その研究あってのデウスエクスマキナなのだよ。あのサイズであれ程の力が発揮できる人工筋肉なんてまだ表舞台には存在していないのだから。」
「…先生、その気になれば100万円くらい簡単に稼げるんじゃないの…。」
「ぐぅッ…そうしたいが私にも色々事情があるのだよ……。」
雪の言葉にふんぞり返っていた晴明は急に肩をすぼめて顔をしかめ、なにやらぶつくさと文句を言い始めた。
少し耳をすませてみると"いつも私の研究を奪い取る忌々しい妹め…やはり殺しておくべきだった…"と物騒なことを言っている。
雪はどうやら晴明の触れてはいけないところに触ってしまったことに気づき、面倒くさそうに溜息をつく。
「まぁいいわ…先生、あんた自身もデウスエクスマキナも普通じゃないことはよーくわかったわ。」
「ふん、それならいい、そのロボが壊されたくないのなら棄権することを進めるね。」
「嫌よ、私は出る前に負けること考えるくらい馬鹿じゃないわ。」
「ほう…それは失礼、では君と戦って教えてやろう。」
「くだらないプライドを持つ凡人は馬鹿よりも劣るということをな。」
それから雪と晴明は難なくトーナメントを勝ち上がって行く。
雪は相手のロボの不調やアクシデントにも助けられ、晴明は圧倒的なそのパワーで対戦相手に勝利していた。
そしてついに二人は決勝で激突することになる。
「お、お嬢…つ、つつッ、ついに決勝ですよ!」
「大将…なんであんたがそんなに緊張してるのさ。」
「むしろお嬢はなんでそこまで落ち着いて…うッ…すみません、お花を摘みに行ってきます…!」
「いや普通にトイレって言ってくれていいから…。」
何故か変なところで言葉に気を遣ってトイレに向かう万丈を見送る。
そして独りになったところで周囲に人が少ないことを確認すると、控室の一角に向って目を向ける。
『…なんじゃあ小娘。』
貧乏神がむすっとした表情でそこに座っていた。
そう、間違いなく貧乏神はそこにおり、口が利ける程度に回復している。
「なんでアメイジングZに不幸が訪れないのかしらって、そう思って。」
雪が不安げに表情を曇らせる。
今大会で雪には不幸が降りかかるどころか、むしろ幸運に助けれるかのように勝ち上がって来た。
普通の人間ならただの幸運で終わらせられるが、貧乏神の存在を知っている雪にとってはどうにも納得がいかない事態だ。
『この熱気じゃぞ、わしとて力を使うのにも限界がある…といいたいところなんじゃがなぁ。』
貧乏神は神妙な面持ちでアメイジングZを見やる。
『わしは既に念を籠めておる。特に小娘には苦しめられたからのぅ、弱っておる身だが全力で不幸を呼んだんじゃが…。』
「不幸どころか幸運にバフがかかってる気がするんだけど。」
『いや!絶対にその分の不幸が降りかかっておるはずじゃ!貧乏神の名に懸けてもええ!』
「不幸かぁ、そんな心あたり──あっ。」
雪は一つの心当たりにたどり着き、顔を青ざめさせる。
思えば雪がロボコン大会に出場することをきっかけにある一人のイレギュラーがこの話に紛れ込んできた。
雪はアメイジングZに不幸が降りかからないことを熱気作戦が上手くいったからだと考えていたが、もしそうでなかったとしたら。
既に最大級の不幸が降りかかっているせいであったとしたら。
「まさか、安倍晴明──あいつの存在そのものが最強の不幸ってことじゃ!?」
「お嬢戻りました!もう試合が始まりますよ、行きましょう!!」
少し慌てた様子で帰った来た万丈の言葉を聞いた雪が時計を見ると、既に試合は間近に迫っていた。
雪は不安げな面持ちを浮かべるが、小さく深呼吸をしてぐっと拳を握り腹を決める。
今更どうすることもできない、ならばできることはただ一つ。
アメイジングZを信じて全力を尽くす、それだけだ。
「…行くわよ万丈、アメイジングZの出撃準備を!」
「ぜぇ…ぜぇ…どうにか決勝には間に合ったみたいね、京都から無理やりスッ飛んできた甲斐があったわ。」
息を切らせながらロボコン大会の観客席に一人の女性が姿を現した。
その立ち振る舞い一つ一つに気品がある。
ただ歩いて座る、それだけの所作で彼女の育ちの良さをうかがわせる。
女性は入り口でもらったパンフレットを眺めつつ、決勝戦の組み合わせを確認するとほっと一息ついた。
「流石は雪、しっかり勝ち上がったみたいね、そして──」
坂本雪の対戦相手、飛び入りで参加が決まったためパンフレットには記載されていないその名を決勝の舞台で確認した彼女は小さく笑みを浮かべた。
「やるじゃない、お兄ちゃん。」
「ふははははははは!!よく私と戦う舞台に上がって来たな雪くん!!!」
試合会場に一切の気品を感じさせない高笑いが響く。
雪は顔をしかめながらもアメイジングZを試合場に立たせ、スッと晴明に目を向けた。
「笑っていられるのも今の内ですよ先生。」
「ほぅ、いい目をするじゃあないか…気に入らないがね。」
にやりと晴明が笑い、デウスエクスマキナを試合場に立たせる。
両者準備は整った。
それを確認すると司会がマイクを手に取り、声を張り上げる。
『さぁさぁみなさんお待ちかね!ロボコン大会決勝戦、勝つのは大会常連の帝都大学か!!それとも飛び入り参加の鬼才か!!』
『ロボコンファイトォ──レディィィィィィィゴォオオオオオオオオオ!!!!』
「ユキ・サカモト!!アメイジングZ、出る!!!」
「ふん、チリ一つ残さず消し飛ばしてやる──神の力を見せてみろ、デウスエクスマキナ。」
開始の合図とともに会場が大きな歓声に包まれ、両者のロボットが起動する。
アメイジングZがいかにもロボットといった動きで歩き出したのにたいし、デウスエクスマキナは人間染みた動きで一歩を踏み出す。
おそらくは装甲の下に綿密に張り巡らされた人工筋肉の動きがそれをなしているのだろうが、雪には到底信じられなかった。
二足で歩くということは実は相当に難しい動きだ。
人形やプラモデルを飾る際に気づくことだが、二足というものは立たせるためにバランスをとるというだけでも大変だ。
だというのに二足で歩くという動きは瞬間的に片足になってバランスが崩れる中、適切な位置に足を踏み出し転ばないようにする必要がある。
それを人間の動きのように制御できるなどあり得ない話だった。
しかしたとえそんな怪物が相手でも雪は勝利を諦める気はない。
「そこぉ!!」
アメイジングZがデウスエクスマキナにパンチを放つ。
長いフォークのついた腕が相手を捉えた、そう思ったがデウスエクスマキナはひょいと後ろに下がってパンチを避ける。
そして伸びきったアメイジングZの腕をポン、と叩いた。
それだけでアメイジングZの身体が傾いてしまう。
咄嗟に雪が操作しバランスをとったことで持ちこたえたが、大きく隙を晒してしまった。
ブン、とデウスエクスマキナの脚が動き、アメイジングZの腹を蹴り上げた。
「なッ!?」
ふわり、とアメイジングZの身体が浮き上がり、後方に弾き飛ばされる。
このまま倒れてしまうと転倒で晴明がポイントをとることになる。
「なんとぉおおおおお!!!!」
アメイジングZの足裏が地面に触れ、そのまま傾き背中から倒れる。
そう思えた瞬間、雪が全開で後方に足を動かすように操作して持ち直し、寸でのところで転倒を阻止する。
しかしそのせいで試合場の隅に近い場所まで追い込まれてしまった。
「あっぶな──」
「お嬢!油断しないで、相手が来ます!!」
危機を脱してほっと息をつく雪に万丈の声が飛ぶ。
既にデウスエクスマキナはアメイジングZの間近まで迫ってきていた。
パンチが二つ、アメイジングZのボディを打つ。
ガンガンと大きな音を響かせながらアメイジングZの身体が揺れ、そこにまたしてもデウスエクスマキナが蹴りを放って来た。
ここでこの蹴りをまとも受けたら終わる──雪はアメイジングZをカニの様に横に歩かせ、身体の芯の部分で蹴りを受けることを避ける。
しかし胸を掠めたように蹴りを受け、斜めに身体が傾く。
そこにデウスエクスマキナが容赦なく追撃のパンチを放ってきたが、雪は屈伸のようにしゃがむことでパンチを回避。
さらにフォークで相手の脚をすくい上げる様に叩いてカウンターによる転倒を狙った。
デウスエクスマキナがぐらりと大きく傾き、前のめりに倒れていく。
「っしゃ!」
思わず雪は小さく声を上げた。
この怪物相手に一本取ってやった、そう思ったからだ。
「甘いな──」
しかしデウスエクスマキナは身体が傾く方向へ自然に大きく足を踏み出し、バランスを整えると何事もなかったかのようにその場に立った。
「なッ!?」
「坂本雪、君の操縦の腕も良い、その玩具も学生風情が作ったものにしては良い出来だ、だが──」
ゴツン、と大きな音が響き、アメイジングZの身体がまたしても揺れる。
「この私にとっては塵にも等しいのだよ。」
冷たい笑みが晴明の顔に浮かぶ。
雪の背筋に氷を一粒入れたかのように強烈な冷気が奔る。
「アメイジングZ!逃げ──」
「逃さんよ。」
雪がアメイジングZを試合場の隅から逃そうとするが、デウスエクスマキナのフック気味のパンチがそれをさせない。
どうにかパンチの威力なら試合場の外に飛ばされることはないが、それでも転倒させるに充分だ。
耐える。
雪は必至にアメイジングZを操縦し、転倒せぬようにバランスをとる。
圧倒的に不利だがまだ勝機はある。
蹴りだ、デウスエクスマキナが痺れを切らせて蹴りを放ってきたときにしゃがんで回避し、軸足をフォークですくい上げれば流石に転倒は避けられないはずだ。
それにとっておきの隠し玉もある。
雪は全神経を集中させてデウスエクスマキナの猛攻を受け続ける。
そしてデウスエクスマキナの脚が浮いた、その瞬間を見逃さなかった。
「ッッ!!!!」
アメイジングZがしゃがむ、後はカウンターを──
「塵の魂胆など見え見えなのだよ、雪くん。」
浮いたはずのデウスエクスマキナの脚がすぐに元の位置に戻る。
フェイント。
このままではしゃがんだ状態で追撃を受けてしまう。
「まだッ──!!」
それよりわずかに早く、雪が咄嗟に隠し玉を発動させる。
アメイジングZの右腕がデウスエクスマキナに向き、そして射出された。
ロケットパンチ。
腕に隠して内蔵された強烈なスプリングを解放する奥の手。
フェイントの上を行くカウンター、これならば──
ガキン!
鋭い音が鳴り響き、雪は今度こそやった──そうおもった。
「腕の形状とパワーから何かしら仕込んでいることは分かっていたが、やはりスプリングだったか…残念ながら予想の内だね──つまらない。」
デウスエクスマキナはアメイジングZの右腕を真剣白刃取りの様に両手で挟み、受け止めていた。
「うそ…。」
「所詮は塵に過ぎないか、坂本雪。」
アメイジングZの腕を投げ捨てたデウスエクスマキナが迫る。
既にアメイジングZのボディは猛攻を受け続けたせいでボロボロだ。
塗装はところどころ剥がれ落ち、右腕は失った。
もはやまだ立っているだけでも賞賛に値する。
だがそんなことは晴明には関係ない。
デウスエクスマキナの拳がアメイジングZを打つ。
またしても塗装が剥がれ、強化段ボールで作られた外装が削られ微かな破片が試合場に飛び散っていく。
「まだよ、まだ終わってな──」
「終わりだよ。」
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
──もう無理だ
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
──急な出場なのに頑張ったわよね私は
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れる。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
アメイジングZが揺れ──
負けても仕方ないわよね
「あっ──」
つるり、と雪の手からコントローラーが滑り落ちる。
手汗によるアクシデントだ。
しかし本当の理由は雪の気持ちにあった。
もう負けてしまいたい。
そんな気持ちが心をかすめた。
雪は諦めていない、諦めていないのだがそれでも心に浮かび上がった微かな綻び。
それが現実となってしまった。
アメイジングZよりも先に壊れたのは雪の心だった。
デウスエクスマキナの拳が飛ぶ。
終わった。
雪は思った。
アメイジングZが無惨に試合場に横たわる光景が目に浮かぶ。
だが──
『まだ持ちこたえる、アメイジングZがまだ持ちこたえています!!!』
試合に集中していたせいで聞こえていなかった実況の声で、雪は我に返った。
雪が操作をしていない、否、できないはずのアメイジングZがまだ立っていた。
「アメイジングZ…!?」
滑り落ちるコントローラーを雪は反射的につかみなおす。
同時に雪の脳裏に突如として、様々な光景──否、誰かの記憶が雪崩込んできた。
『ついにロボコンサークル初のロボットが完成だ、やったなみんな!!』
私にとってどこか見覚えのある一室。
そこでは数人の年若い人間たちが私のことを爛々と輝く瞳で見つめ、歓喜の声を上げていた。
そうだここは、帝都大学のロボコンサークルの部室だ。
しかし私がここ一週間で見た部室とはだいぶ雰囲気が違う。
部員の一人が肩を弾ませながら随分と古いビデオカメラを手に私を撮影する。
携帯電話やスマートフォンで撮影しないあたり、どうやら私が見ているこの光景は随分と昔のようだ。
ぶつりと記憶が転換し、景色が入れ替わる。
少し様変わりしたがまた同じ部室だ。
先ほどとは違う部員たちが私を覗き込みながら議論を交わしている。
『さて、ついにこの"フェンリル"を改造し我々の代のロボができたわけだが…名前をどうしようか。』
『うーーーん、ヘイルダムなんてよくないですか?』
『おお、いい名前じゃないか!』
どうやら私の身体は代々改造されながら受け継がれてきたものらしい。
代が変わるごとに異なった名前がつけられ、それぞれの想いを受け継ぎ、次代へと託されていく。
そんな光景が幾度も幾度も私の前に映し出されていく。
ある者は笑顔を浮かべ。
ある者は涙を流し。
ある者は寂し気に。
私を愛した何人もの人間たちとの別れがあった。
そして多くの出会いも。
『ふぇふぇふぇ、ここは居心地がいいのぉ…まずは手始めにこの絡繰りから壊してやろうか。』
にやけた顔で貧乏神がこちらを覗き込んでいた。
どうやら私とこいつは長い付き合いになるようだった。
私はこいつの不幸を浴びせられながらも必死に生き残って来たらしい。
当然か、私の体には何代にも重なった想いが籠っている。
なら負けるわけにはいかなかった。
『くぅぅ…ついに僕たちの代が来てしまったが廃部の危機に陥ってしまうとは。』
万丈が私の目の前で悩まし気に腕を組んでいる。
そりゃ貧乏神に憑かれてもいたら廃部の危機にも陥ってしまうわけだ。
ただそれでも諦めはしない、ロボットていうのは、そういうものだから。
『さぁ目覚めなさいアメイジングZ!今日から私が貴方のご主人様よ!!』
私の前に、私──坂本雪がいる。
活き活きとした瞳で、本当にうれしそうに私をみつめていた。
負けても仕方ないわよね?
「んなわけあるかあああああああ!!!!!」
コントローラーを持ち直した雪が叫び、アメイジングZがデウスエクスマキナにパンチを放つ。
防戦一方だった雪の突然の反撃に晴明は反応が遅れ、左腕のフォークが綺麗にデウスエクスマキナにぶつかる。
「なっ…塵が!悪あがきを!!!」
僅かにデウスエクスマキナがバランスを崩す。
晴明の表情に微かな動揺が浮かんだ。
それを見た雪の顔には逆に微かな笑みが浮かぶ。
「ふん、霊感なんて持っててもいいことないと思ってたけど──」
雪はそう呟く。
常人には見えないものが見え、さらには力に惹かれた妖怪だの悪霊だのがうじゃうじゃ近寄ってくる。
おかげでまともな青春なんてなかったし、今だって周囲は普通じゃない連中ばっかり。
今だってそうだ、自分のものではない記憶が一気に頭の中にあふれ出した。
たまったものではない、だが今この時だけは──
「今だけは、この力に感謝するわ。」
付喪神、という伝承がある。
なんでも長い年月が経った物に霊魂が宿り、意思を持って動き出すというものだ。
どうやら人の想いに触れ続けたこのアメイジングZもその域に達していたらしい。
故に雪が操縦できなかったほんのわずかな時間、自分の意志で倒れることなく懸命に立ち続けた。
塗装が剥がれ、外装は傷だらけ、もはやまともに動いているのが奇跡のような状態だ。
だが雪にはアメイジングZの意思が伝わってくる。
ロボットを愛したロボット馬鹿たちの想いが伝わってくる。
その想いに答える様に、雪は片腕になったアメイジングZでパンチを繰り出す。
予想外の底力を見せるアメイジングZに晴明の表情が更に歪んだ。
「くぅ!何故だ!?もうスクラップ寸前のガラクタが何故動く!?」
「分かるまい!この子を玩具だなんて見下すあんたには!!アメイジングZを通して出る力が!!」
「世迷いごとを抜かすなッ!!やかましく足掻くなッ!!!もう勝てる訳がないだろうに!!!!」
晴明が動揺を振り払うように叫ぶ。
デウスエクスマキナがパンチを放ちアメイジングZに命中する。
しかしその拳に力がない。
試合開始時に比べて明らかにパワーがダウンしている。
「パ、パワーダウンだと!?稼働時間には余裕があるはずだ…バッテリーが劣化していたのか!?それともあのガラクタの悪あがきのせいか!?」
"不幸にも"アクシデントが起こってしまった晴明の驚愕の声が響く。
その隙を雪は逃さない。
今までのお返しとばかりにアメイジングZの左腕を叩きつける。
その度にアメイジングZの身体が軋み、そこかしこの駆動部が擦れて金切り声を上げ、強化段ボールの破片が風に舞う。
それでもまだ動く。
雪の魂に。
万丈の魂に。
歴代の部員全ての魂に。
なにより自身に宿った魂に。
応えるように動き続ける。
一方のデウスエクスマキナの動きは精彩を欠いていた。
急なアクシデントにくわえ、操縦士の晴明が動揺から立ち直れておらず防戦一方になっている。
「や、やめろ!!やめろおおおお!!!!!」
悲鳴の様に声を上げながら焦った晴明は逆転を狙い、デウスエクスマキナで蹴りを繰り出す。
その蹴りが空を切った。
待ってましたと言わんばかりに雪がアメイジングZをしゃがませ回避したのだ。
同時にその左腕が動く。
デウスエクスマキナの軸足に銃口を突き付けるように、真っすぐと。
「何故だ!?何故だ何故だ何故だあああああああ!!!?」
「何故かってそんなもん決まってるわよ。」
牙を剥くように雪は大きな笑みを浮かべた。
アメイジングZの左腕が射出される。
強烈なスプリングによって放たれたその一撃はデウスエクスマキナの軸足を弾き飛ばした。
「ロボットっていうのは何度倒れても、壊れても、そのたびに立ち上がるもんだからよ。」
「そんなロボットに私たちは助けられたんだから。」
ロボットアニメ。
霊能力のせいで疎まれ、腫れものの様に扱われていた雪にとってそれは大切な拠り所の一つだった。
いくらボロボロになろうとも、ロボットは戦い続ける。
機械だからそれは当然かもしれない。
それでも何か意思があるかの様に壊れた身体を動かす姿が、荒んだ心にたまらなく響いた。
ガシャン──
音をたて、デウスエクスマキナの身体が試合場に横たわる。
それとほぼ同時に試合終了のブザーが鳴り響いた。
『ふぃ~~暑い暑い、こんなところもうこりごりじゃわい。』
会場の隅からそっと試合場を眺めていた貧乏神がそっと背を向ける。
その顔は眉をひそめながらも小さく笑みが浮かんでおり、様々な感情が入り混じった複雑な表情をしていた。
『ふん…貧乏神が壊せなかったものをあんな人間如きに壊されたらたまったものじゃないからの…まぁ貧乏神としては失格じゃな、あいつらとはお別れじゃ。』
晴明に突如降りかかった不幸、それはこの貧乏神の力によるものであった。
長く憑りついていた宿主に幸運を与えるように力を使ってしまったことを自嘲しながら、そのケジメをつけるように貧乏神は会場を去ってゆく。
『まぁ、面白い人間どもじゃったわ…。』
ふぇっふぇっふぇ、と最後に笑い声が響かせながら新たに憑りつく先を求め、彼はその場から消え去った。
観客席から大きな声援と拍手が鳴り響く。
圧倒的な力を持つ相手の攻撃に耐え続けた末の逆転勝利に、観客は惜しみない賛美の声を上げ続けていた。
その中に混じり、晴明のことを兄と呼んだ女性も拍手を送っていた。
そして頃合いを見て拍手を終えると、そっと席を立ち出口へ向かって歩みだす。
「あ~面白かった、来たかいがあったわね。」
「ええ、仕事をほっぽり出してまで来たんだから当たり前よね。」
不意に背後から響いた聞きなれた声に女性の背筋がピンと伸びる。
「あ、あはははは…やっぱ来てたんだ留美…。」
「あまてるちゃん、貴女自分の立場を忘れてないかしら…?」
「だって兄と姪っ子がこんな面白いことしてるんだし、見たくなるに決まってるじゃない?」
あまてる──安倍晴明の実妹にして現天皇の安倍天照がぎこちない笑みを浮かながら言う。
「それにほら!お兄ちゃんが作ったあのロボ、あの技術は絶対に私たちにとって有益なものになるから回収もしときたかったし!!」
「それは同意できる、でも貴女がわざわざ足を運ぶ必要はなかった。」
「あ、あは、あはははは…許して?」
「あ げ な い 。」
愛する従者に手を取られ、引きずられるようにしながら安倍天照は会場を後にした。
「くそッ!!くそくそくそくそッ!!!!!」
試合後、安倍晴明は何かに怯える様に取り乱しながら会場内を走っていた。
今頃は試合場で表彰式が行われており、準優勝を果たした晴明はそこに参列しているはずだった。
実際に晴明を呼ぶアナウンスが何度も会場内に鳴り響いているが、彼にとってそんなもの知ったことじゃない。
今すぐここから逃げなければ!!
優勝を逃した晴明に賞金は渡されない、ならば神楽の借金も当然返すことができない。
晴明は神楽がこの会場に来ていることを確信していた。
何故なら晴明が賞金を手にしたとして、神楽の借金を返済する前に別のことに使ってしまう可能性が非常に高いからだ。
だとすると賞金を手にしてからすぐに返済を迫る必要がある、確実に会場のどこかで試合を見ていたはずであった。
ならば優勝を逃した彼をどこかで待ち構えている可能性が高い。
確実に神楽が待ち構えていない場所から逃げ出す必要がある。
そして晴明は関係者以外立ち入れない区間の中にあるトイレへとたどり着いた。
「よし、ここなら…!」
晴明はトイレに駆け込むと掃除用具が入ったロッカーから清掃中の看板を見つけ、素早く入り口に設置した。
そして換気扇のスイッチを切ると、デウスエクスマキナ整備のために持ってきていた工具をいくつか取り出す。
晴明が思いついた手段、それはトイレの換気扇を無理やり外し外へと脱出するというものだった。
機械の扱いには手慣れたもので、すぐさまその構造を把握した晴明は手早く固定具を外すことに成功する。
もう外は目の前だ、まさか付き合いの長い神楽もここから脱出するとは思うまい。
そう思いながら細身の晴明は小さな四角い穴に足を突っ込み、身体をうねらせながらどうにか潜り抜ける。
慌てたせいか足から綺麗に着地できず、大きく尻もちをつきながらも脱出に成功した。
「し、尻がぁッ…ま、まぁいい…早く逃げなければ…!」
「…あーら、逃げるってどういうことかしら?」
聞きなれた声と、どこかデジャヴを感じるやりとりに晴明の身体が震えあがる。
恐る恐る晴明が振り向いた先に、彼女はいた。
「晴明様、私は貴方が思っているよりず~~っと貴方のことを理解してるんですよ、最もありえない出口を使うことくらい分かってますから。」
にっこりと笑みを浮かべる神楽が、そこにはいた。
「や、ややややぁ神楽…ご、ご機嫌な様子じゃあないか?」
「えぇ、晴明様が今からどんな目に遭うか考えただけでも面白いですから。」
カツ、カツ、と小粋に高下駄を鳴らしながら神楽は晴明に歩み寄る。
「や、やめてくれ…私を一体どうする気だ!?」
「いやいやいや、ちょ~~~っとお知り合いの店で働いてもらおうかと、晴明様は一定の需要がありそうですから。」
「や、やめ、やめて、助けてくれええええええええええ!!!!!」
「いや~~ロボコンの御大将、お礼にあのメイド喫茶"ガーベラ"の無料券くれるなんて、頑張った甲斐があったってもんよ。」
坂本雪はウキウキと肩を弾ませながら戦いの報酬に受け取った無料券を眺めていた。
メイド喫茶ガーベラは最近できたばかりながら新進気鋭と名高く、評判になっていた。
雪も一度は来店してみたいと思いながらも懐事情から断念せざるを得なかったのだが、無料券を手にした今なら関係ない。
そして目的のガーベラへとたどり着く。
いざ店前に立つと少し緊張しながらも深呼吸し、意を決してドアを開いた。
「「「おかえりなさいませお嬢様~!」」」
「お、おおお~…!」
店に足を踏み入れた雪に数人のメイドさんたちが一斉に出迎えの声をかける。
まるで漫画のようなシチュエーションに雪は胸を昂ぶらせながら、案内されるがままに席に着いた。
緊張半分、喜び半分で高鳴る胸の鼓動を感じながら店内を見渡す。
真新しい店内は欧州地方の内装を取り入れており、どこか非現実間のある空間が一層心を弾ませた。
そんな彼女の席にメニューを持ったメイドさんが一人やって来る。
長い黒髪を綺麗に整えた細身で童顔の可愛らしいメイドさんだ。
少しばかりメイクが濃いめではあるが元となる素材が良いのだろう、あまり気にならないレベルである。
背は女性にしては高く170センチに少し届かないほどであろうか。
思わず緊張する雪ににっこりとメイドが笑みを浮かべて接客を始める。
「おかえりなさいませお嬢様!メニューのご説明をいたし…ま…ぁぁ!?」
「…え?」
女性にしては低めな声のメイドさんが不意に声を詰まらせた。
不思議に思い雪はメイドさんを見つめる。
おおよそ三秒間、ジッとその顔を見つめて雪は驚愕に目を見開いた。
「ま、まままままさかあんた!?」
「な、なななな何故貴様がここにいるんだあああああ!!?」
「こっちの台詞よ馬鹿!!!なんでここに!!?なんでメイドさんになってるのよ!!?」
「貴様に負けて賞金をもらいそこねたせいだ!!時給が良いからと叩き込まれたんだここにな!!!」
メイド──安倍晴明の叫び声が店内にこだました。