やはり俺のVR青春ラブコメは間違っている   作:青鬼ちゃん

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いつも読んで下さっている皆さん、ありがとうございます!
駄文ながら暇つぶし程度に読んでいただければ幸いです!


二章 八部

 

 

 

 あれから二日が経った。

 が、あの一件から一度もユナからの連絡もないし、こちらから連絡もしていない。

 というか、逃げるようにして飛び出した俺が、どの面下げて連絡なんかできるんだって話だよな。

 

「おいおいハチマン。まーだそんな面してんのかよ」

 

「…エギルか。生憎とこの顔は生まれつきでな。文句なら親父と母ちゃんに言ってくれ」

 

「はぁ…。こいつぁ重症だな……。キリトも調子を崩してるし、今回の攻略、本当に大丈夫なのかね…」

 

「まぁなんとかなんだろ!大将たちにはいつも頑張ってもらってんだ!俺たちだって出来るってところ、見せてやろうぜ!」

 

「とは言ってもよ、クライン…。お前さんのところからも何人か第二軍の方に派遣されてるし…正直なとこ、戦力としちゃあ心許ないんじゃないのか?」

 

 未だ攻略開始には早い時間だが、攻略開始前のミーティングに参加するべく、先日、攻略会議の際に訪れた会議部屋に集合していた。

 

 横で行われているムサい男のやり取りを聞きながらも、頭はボーッとしてしまっている。

 いかんな…。これから文字通りの命懸けの戦いだというのに、完全に集中力が欠けている

 

 冷静に考えれば考えるほど、あの時の俺はどうかしていた。

 ユナが攻略に参加することだって、何ら問題は無いじゃないか。逆に言えば良い経験にもなるし、現状、このSAO内で唯一のバッファーだ。戦力として組み込むのが自然というものだ。

 それなのに……。あ゛ぁー!!恥ずかしい恥ずかしいーー!!

 八幡恥ずか死んじゃう!悶え死んじゃうよお!

 

「……大将も大変そうだな…」

 

「そっとしておいてやれ。難しいオトシゴロってやつさ」

 

 うるせえっ。ほっとけやい!

 あ、エギルはそっとしておこうって言ってくれたのか。生暖かい目がムカつくけどな。

 

 目前に迫る攻略に集中をしようと思うさていても、どうしてもあの時に答えられなかった問いが頭をの中をぐるぐると駆け巡る。

 

『わたしはハチくんのなんなの!?』

 

 …その問いの答えを、俺は持っているのだろうか。

 

 ……いや、今はソレを考える時ではない。

 今は集中をしなきゃ、な。

 

 

 

 

 

 迷宮区へ突入するまで残り一時間。

 

 一通り準備を終えた攻略組一軍の面々は、それぞれに迷宮区の前に集結していた。

 と言うか集合しているプレイヤーの中では俺が最後らしい。

 

「おせーぞ、大将!」

 

「しゃーねえだろ。……ちょっと忘れ物したんだよ」

 

 俺だって遅れたくて遅れた訳じゃない。

 

 サブウェポンであるクナイを忘れるという、なんとも度し難いポカをやらかしたせいで一度宿屋に戻る羽目になってしまった。

 ほんとにこんな調子で大丈夫かしらん…?

 

「はい、それでは攻略組の面々も集まったみたいなのでーーー」

 

 血盟騎士団の団員が淡々と事務的に今回の攻略の概ねの説明する中、いつもならそろそろちょっかいをかけて来そうなところだが、先ほどからやけに大人しいクラインを横目で見る。

 

 ……?

 メニューを開いていたクラインの様子がどこかおかしい…?

 

「た、大将……」

 

「なんだよ……回復アイテムでも忘れたか?」

 

 軽く茶化しながらも、その声色からただならぬ気配を感じる。どうしよう、イヤな予感がするーーー。

 

「たった今、仲間から連絡があった。……どうやらノーチラスがヘマをやらかしてトラップを発動させたらしい」

 

 一気に動悸が激しくなる。体中から冷や汗が出てくるのが分かる。

 

「モンスターが大量に現れて……それでユナちゃんが……」

 

「ーーーどこだ」

 

「えっ、えっと…」

 

「どこにいるんだっ!!」

 

「め、迷宮区の最東端だ!」

 

「くそっ……っ!」

 

 今から行って間に合うか……っ!いや、急げばなんとか……っ!

 

「悪いアスナ!!少し抜ける!!」

 

「えっ、ちょっと、ハチマンくん!?」

 

「待てハチマン」

 

 走り出そうとした矢先に、エギルの力強い手に肩を掴まれる。

 

「落ち着け……。一人で行っても危険だ。先ずは救助隊を編成してーーー」

 

「チッ!そんなちんたらしてられるかっ!お前らノロマに合わせるより、俺一人で行った方が早い!!」

 

「落ち着けっ!!……先ずは、冷静になるんだ」

 

 ……っ!なんでコイツは怒らねえんだ……っ!

 いくつ歳下かも分からないガキに罵倒されたんだぞ……っ!

 

「いつものクールなお前らしくねえじゃねえか、ハチマン」

 

「……オーケー分かった。俺は冷静だ。だから頼む、その手を離せ」

 

「……」

 

 エギルが肩を掴んでいた手を離したことを確認し、一つ深呼吸する。大丈夫、俺は冷静だ。やるべき事はハッキリしている。

 

「…先ずは俺が一人で先行する。その後に救援隊が続く。それでいいだろ」

 

「……分かった。どの道お前の言う通り、俺たちじゃお前の足には追い付けない。ただし無茶はするなよ」

 

「……善処する」

 

 そう言い残して全速力で迷宮区内に突入する。

 エギル、ありがとうな。おかげで少し冷静になれた。

 帰ったら礼と……謝罪をしないとな。無事に帰れることができれば、だがな。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ」

 

 薄暗い迷宮区の通路を必死に走る少女の影が一つ。

 その後方には、夥しいくらいのmobの影が少女を追随していた。

 

 事の発端は、10分ほど前に遡るだろうか。

 

 

 

 

 迷宮区東部のマッピングの任務もそろそろ終わろうかという頃、ソレは現れた。

 

「ユナー!こっち来てみろよ!」

 

 迷宮区や洞窟といった迷宮区ではお馴染みの“宝箱”。

 だが、攻略の最前線から外れていれば、余程の幸運でなければ目にすることも難しいだろう。

 

 でも今は違う。誰もマッピングをしていない、これまで誰も立ち入らなかった未知の道に今自分達はいるのだ。

 

 マッピングを担当する攻略組は、宝箱を開けてはならない。

 そんな不文律がある事は承知していても、それに納得出来るかどうかは別の話だ。

 

 この宝箱から強い装備が出れば、自分も最前線で活躍できる。そんな拙い功名心が若いノーチラスを刺激し、駆り立てた。

 

「ノ、ノーくんダメだよ!」

 

 血盟騎士団や、聖龍連合の先輩から聞いた、美味しい話。

 誰も手付かずの迷宮区で宝箱を見つけ、強い装備をネコババする……。聞いた時には浅はかだとは思いつつ、いざ自分がその境遇になるとなるほど。目の前のその誘惑はとても抗い難いものだ。

 

 ユナの制止を聞かず、宝箱に手をかける。

 幸いにも風林火山の二人も聖龍連合の二人も近くには居らず、絶好の好機にノーチラスの心は逸る。

 

 ここで強い武器さえ手に入れば前線に立てるハズ。自分を見下し、コキ使っていた連中を見返してやれる。

 なにより……ユナの傍にいつも立つあの男を……っ!

 

 ノーチラスは、宝箱に手をかけ……そして開いたーーー。

 

 

 

 

 

 

 そこから先の事を、ユナはよく覚えていない。というより理解が追いついていなかったのかもしれない。

 ユナの制止を聞かずにノーチラスが宝箱を開いて…。

 

 ユナの意識が覚醒した時には、すでに周囲にモンスターが大量に湧いており、応戦する間もなくパーティは混乱、そして分断されていた。

 

 今思えば、なぜあのような行動に出たのか分からない。

 もしかしたら、頭の片隅に「ハチくんなら」という考えがあったのかもしれない。

 

 気づいた時には、ユナは囮を買って出ており、以前に八幡からもらった鈴をその震える手に握りしめながら、ノーチラス達とは反対の方向に走り出していた。

 高くないAgiとVitのステータスでは囮には、あまりにも不向きであった。吟唄スキルは走りながらでは呼吸が乱れて使えない。その呼吸は恐怖により、なお一層荒くなる。

 

 後ろを振り向けば何十というmobが追ってきているのだろう。

 右手に握る鈴が、そんなユナの気持ちも知らずにチリンチリンと音を奏でるーーー。

 

 

 

 

 走る、走る、走るーーー。

 もうどれくらい走ったのかも分からない。

 

 そしてたどり着く。否、たどり着いてしまった。

 ーーー袋小路。行き止まりだ。

 

 思わず足の力が抜けてしまい、膝から崩れてしまう。

 様々な気持ちが逡巡する。

 

 絶望、焦り、自棄、悲嘆、後悔、そしてーーー。

 

「ハチくん……」

 

 先日、喧嘩をしてしまい、そのまま別れてしまった彼を思う。

 最後に見た、彼の顔は…悲しんでいた……!そんなのはーーー!

 

「……いやだ!絶対、生きてやるんだから……っ!」

 

 震える脚に激を飛ばし立ち上がる。

 生きて帰って、また彼と笑い合いたい。何気ない時間を過ごしたい。でも、もしかしたら怒られるかな……でも、それでも良い!

 その思いを胸に、唇を噛み締めるユナ。荒れた息を整え、壁を背にしてmobの群れと相対する。

 そういえば、敵に囲まれた時の対処方法もハチくんに教わったんだっけーーー。そんな事を考えながら、こんな状況だというのに思わず口角が上がってしまう。

 

 改めて見ると、隙間なく埋め尽くされた蠢く壁に絶望しそうになる。挫けそうになる。ーーーでも。

 

「ーーー帰ったら、いっぱい頭を撫でてもらうからね……!」

 

 右手に握る鈴を、より一層強く握り締める。

 精一杯の強がりの笑顔をもう一度浮かべ、少女は短剣を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迷宮区の通路を走りながらメニューを開き、温存していたポイントを全てAgiと疾走スキルに振り分けていた。今は一分一秒が惜しい……。

 

 残っていたポイントを振り分け終わると、たしかに少しは速度が上がっているような気がする。

 

 でも、まだ足りない。この前手に入れた不気味なデザインのマスクを顔に装着し、走り始めて二本目になる強壮薬を口につける。もっと早く、もっとだ……っ!

 流れる景色はより早くなり、頬を撫でる風は、もはや痛いとすら感じる。

 

 

 

 

 

 走り初めて10分が経とうというところで、前方にて見慣れた赤備えのような武者鎧と鈍色の鎧、それに血盟騎士団の団服が腰をつけて座っているのが見えた。

 状態はどうあれ、全員無事のようだ。

 

「おいっ、お前ら!無事か!」

 

 俺の声に目を虚ろにさせていた風林火山の団員が顔を上げる。

 

「だ、誰だ!?」

 

 ……?あぁ、そういえばアバターの姿を一部変えるって説明にあったな。

 

「俺だ、俺」

 

 マスクを外して素顔を晒す。

 

「は、ハチマンさんか…今のは…?」

 

 その顔は安堵したような…それでいてどこか罪悪があるような…。

 

「説明は後だ。カルーにオブトラだな。良かった…生きてるようだな……。これで全員か?」

 

「……す、すみません、ハチマンさん」

 

「急にモンスターが溢れて来て、それで……俺たち、何も出来なくて……」

 

 急いで辺りを見回す。が、どう数えても最初に視認できた人員以上は確認できない。風林火山のカルーとオブトラ。聖龍連合の……名前は知らんが二人。それとノーチラス……。

 

「おい、ユナは…?ユナはどうしたっ!!」

 

「ユ、ユナちゃんは……、自分が囮になるからって…、反対の方向に…」

 

「クソ…ッ!」

 

 ……最悪だ。想定したケースの中で一番最悪の展開じゃねえか…っ!

 いや、ここで考えていても仕方ない。とにかく走るしか…っ!

 

「……もう少ししたら救援部隊がここに来るから、お前らは合流しろ」

 

「ハチマンさんは…?」

 

 そんなの決まってるーーー。

 

「……助けに行く」

 

「お、俺たちも行きます…っ!」

 

「邪魔だ。お前らは付いてくるな」

 

「……ッ!分かりました…。それじゃ、せめてこれを…」

 

 渡されたのはこいつら第二軍の本来の目的であったマッピングデータ。…ってこの先は…。

 

「……行き止まりじゃねえか」

 

「はい、それで俺たち、引き返して帰るところだったんす」

 

「そうか…、分かった。それじゃ俺はもう行く。お前らは救援部隊との合流を優先してくれ」

 

 再びマスクを装備し直して、迷宮区の中を走り出す。

 飢餓状態を回復させるためにイノシシの肉を生のまま咀嚼する。最初はそれなりには抵抗があったものだが、慣れればレバ刺しや刺身を食べているのと大差ない感覚だ。ちょっと歯ごたえが強すぎるけど。

 

 

 

 

 

 

 迷宮区の最東端袋小路に追い詰められ、短剣を振り回し続けてどれほどの時間がたったのだろうか。

 回復アイテムも底を突きかけている。かと言って節約をしている場合じゃない。以前、自分の慕っているプレイヤーが言っていた、「回復アイテムは絶対に出し渋るな」という言葉を思い出し、一人自嘲気味に笑う。

 

 ーーーあぁ、わたしはこんな時でもハチくんの事ばかり考えてるんだ…。

 

 先ほどから何度記憶の中の彼の言葉に、彼の姿に励まされているのだろう…。

 大丈夫、敵の数は減っている…あと少しだ……。大丈夫、頑張れる!

 

 少女は気力を振り絞り短剣を構え直して前を敵を見据える。

 

 ーーーーァーー!

 

 迷宮区内に吹く、独特な風の音、mobの息づかい、唸り声、少女の振るう短剣と打ち合う度に鳴る剣戟の音のみが鳴る中、彼の声が聞こえたような気がした。

 とうとう幻聴まで聞こえるようになってきたか…と、半ば自嘲気味になり、かぶりを振る。

集中を欠いている暇はない。今、目の前に集中することだけ、生き残る事だけを考えるよう少女は自らを律した。

 

 ーーーナァーー!

 

 またしても聞こえる…。これまでに何度も聞いた、覚えのありすぎる、少し低い彼の声。しかし、その声は少女の記憶にある声の普段の雰囲気とは格段に違う。

 ひどく焦っているような…、そんな声色に不謹慎だとは思いつつも、どこか嬉しくなってしまう。

 

「……ハチくん…?」

 

「ユナァ!!」

 

 ーーーやはり幻聴ではなかった。ハチくんが来てくれた……。

 

 少女の視界より遠くに見えるその人物は、マスクで顔の半分を覆い、髪は白く変色しており、“禍々しい”という言葉が良く似合う姿をしていた。

 それでも、少女は遠くに見える悪鬼の如き姿を八幡だと疑わなかった。

 

 彼はmobの群れの間を掻い潜り、時には斬り払い、蹴飛ばしながら、少女の元へ駆けつけんと、猛然と進む足を止めることなく進む。

 

 彼の姿を見て少女は安堵する。

 彼の姿を見た瞬間に胸が苦しくなる。暖かくなる。切なくなる。隣に居たい。傍にいて欲しい。そして……。

 

 ーーーあぁ、そっか、そうだったんだ……。

 

 今まで気づかなかった…。否、気づこうとしなかったこの胸の内の正体。

 

 ーーーわたしは……わたしはハチくんのことが……

 

 ーーーーー『好きなんだ』ーーーーー

 

 そして彼、少女の想い人である八幡も、ようやくその視界に少女の姿を捉えることが叶った。

 

 

 

 

 

 

「ユナァ!!」

 

 あらん限りの声を振り出し、張り上げる。

 ここにmobの群れが居るということは、ユナもここにいるということ。

 四散していないところを見ると、ユナは未だ生きてる、戦っている……!

 

「くそっ!どけぇっ!!」

 

 ユナとの距離はおよそ50m。その間を遮るようにしてmobが幾重もの層になり立ちはだかる。

 早く助けに行きたいのに、もどかしい…っ!

 

 飢餓状態により身体の動きが鈍るが、ストレージから食料を取り出す暇はない。

 どうすれば…っ!

 

 不意に目の前のmob、リザードマンの振り下ろした曲刀を弾いた瞬間に閃いた。

 なんだ、肉ならここにあるじゃねえか。

 

 剣を弾かれ、無防備となったリザードマンの腕を斬り落とす。

 本来ならそのまま地面に落ち、光るエフェクトを残し消滅するだけだが、そのまま“食料”として扱えば……?

 

 水月を発動させ、回し蹴りにより周囲のmobを吹き飛ばし、そのまま斬り飛ばした腕にかぶりつく。少々品がないが、両手はクナイと短剣をで塞がっているし、この際気にしていられない。

 

 このマスクの装備のおかげだろうか、案の定リザードマンから切り離された腕は“食料”として扱われるようだ。…うん、鱗のある表側よりも鱗のない裏側の方が食べやすいな。なんか絵面が人間辞めてる気がする…。

 

 しかし、これなら食料補給の手間は気にしなくても済みそうだ。

 斬っては食み、蹴っては食み、喰っては食む。なんか食べてる回数多すぎじゃない?とはいえ、十分に食料補給の時間がとれない以上仕方がない。

 

 その甲斐あってか、ようやく……あと少しでユナに手が届く所まで来た。

 

「ユナ!!」

 

 腕を伸ばすも、その手は虚しく空を切る。あと少しが届かない…っ!くそ…っ!

 

 その隙を狙われて、リザードマン達から複数の刃が振り下ろされる。

 大丈夫だ、いつも通りに周囲をスローモーションのようにすれば対応できる。

 瞬時に逸る感情を落ち着かせ、いつもやっていること…。

 

 ーーーッ!!

 

「ガ…ッ!」

 

 胸に走る急激な痛みが突き抜ける。今まではこんなことなかったのに…っ!?

 ダメだ…意識が遠のく…。こんな所で…あと少し、あと少しなのに…っ!

 視界が暗転し、深い闇に落ちて行く感覚。

 

 完全に意識を失う直前、最後にーーー何かに突き飛ばされたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 目の前の光景に少女の気持ちは昂っていた。

 つい先ほど自覚したばかりの淡い恋心。その意中の相手が自分を救けに来てくれた。気持ちが昂ってしまうのも仕方がないというものかもしれない。

 

 しかし、今は死中の真っ只中。浮ついた気持ちをすぐに押し込め、目の前のmobに集中する。

 八幡の乱入により一筋の光明は見えたものの、合流ができなければその戦局に大きな差は生じない。

 

 気を取り直して再び短剣を振るう。その手は先ほどまでの疲れなど嘘だったかのように軽い。

 迫り来るmobの群れを押し返すことは出来ずとも、彼ならばやがて此処まで到達してくれるはず。

 

 そして彼は少女の期待通り、手を伸ばせば届きそうなほどの距離まで来てくれた。

 

「ユナ!!」

 

 ーーーあともう少し…、もう少しでハチくんの手を掴めそうなのに…っ!

 

 差し出された手を掴むことができず、彼の手は虚しく空を切ったまま、唐突に胸を抑え苦しみ始めた。

 何が起こったのか理解できずに呆けてしまったのも束の間。次の瞬間に目に映るのは、彼が倒れて行く光景だった。

 

 まるで映画のワンシーンでも見ているかのような感覚。彼の、八幡の絶命的な危機に思考が働かなくなる。

 

 ゆっくりと時間が流れる。いつだったか彼が言っていたような気がする。『まるで周囲がスローモーションみたいになる』という感覚。

 

 八幡を見やれば、その体はゆっくりと倒れこもうとしている。

 その周りにはmobが八幡にまさに絶命の一撃を浴びせようとしていた。

 

「ーーーダメっ!!」

 

 考えるより先に体が動いていた。

 

 亜麻色の髪を靡かせながら、少女…ユナは八幡の体を突き飛ばしていたーーーー。

 

 

 

 

 

 

 左肩に走る衝撃により意識が覚醒する。どうやら何かに突き飛ばされて地面に打ち付けられたようだ。

 どれくらい意識を失っていたのか分からないが、数瞬、もしくは数秒だろうか…。意識を失っていた原因の究明は後回しだ…!今はユナを…!

 

 ーーーユナは?

 

 先ほどまでユナが居た位置を確認するも、そこにユナは居ない。慌てて視界を彷徨わせるも、目的の人物を発見するのに時間はかからなかった。

 ユナはさっきまで俺が居たはずの位置に居たのだから。

 

 ーーーー幾つもの刃をその身に受けて。

 

「……ユナ……?」

 

 あまりの光景に思考が追い付かない。否、理解を拒否しているようだ。

 

 だが、現実とはかくも無情で、そして残酷に突きつけられる。

 

「ユナァッ!!」

 

 呆けている場合ではない、まだユナは消滅していない…!それなら未だ間に合うはずだ…っ!

 

「…っの!邪魔だ!!どけええぇっ!!」

 

 眼前のユナに群がるmobの群れを、文字通り一蹴のもとに吹き飛ばす。

 ユナの元へ辿り着きらその体に刺さっている剣を引き抜く。力の入っていない体を抱き抱え、メニューを操作する。

 

「ゆ、ユナ、大丈夫だ今回復結晶を…」

 

 回復アイテムである結晶をストレージから取り出し、ユナの体に宛てがおうにも手がおぼつかなく震える。

 

「ヒール…!」

 

 短い言葉を唱えると回復結晶は光を散らしながら霧散する。これで…っ!

 

「な、なんで…っ!ヒール!ヒール!ヒール!ヒール…っ!」

 

 2つ、3つ、4つ、5つ目と、いくら回復結晶を使ってもユナの体力が一向に回復しない。

 このマスクのせいか!?音声の認識阻害でもかかってんのか!?

 乱雑にマスクを脱ぎ捨てて、再びヒールを唱えるも結果は変わらない。そうこうしている間にも、ユナHPゲージはみるみる減っていく。

 

「ハチ、くん…」

 

 ユナの手がストレージを操作する俺の右手にそっと触れる。…触れた気がした。その感触はもはや無く、薄く光に包まれかけている。

 

「待て…、待てよ…っ!大丈夫だから…っ!行くな…っ!逝くなユナ…っ!」

 

「ハチ、くん…ありが…とう…。わたしは…もう、ダメ…だけど…」

 

 途切れ途切れの言葉を紡ぐユナに何もしてやれない焦燥感が、無力感がただただ募っていく。

 

「ダメじゃないっ!助かるっ!助かる…っ、から…っ!」

 

「ハチくん、は…わたしの…ヒー、ロー…だから…。みんなを…救け、て…あげて…、ね…」

 

 もう視界がボヤけて何も見えない。ユナが今どんな表情をしているのかも分からない。ただ消え行きそうな身体を抱きしめ、微かな声に耳を澄ますしか出来なかった。

 

「ハチ、くん…」

 

「なんだ…っ!」

 

「えへへ…。…大好きーーーー』

 

 その言葉を最期に、ユナの身体は光るエフェクトとなり……宙へと舞上がっていく。

 

 ーーーやめろ…やめてくれ…っ!行かないでくれ…っ!

 

 手を伸ばし、僅かでもそのエフェクトを捕まえようと藻掻いても、ただただ虚しく指の隙間をすり抜けていく。

 

「……あ゛ぁ…っ」

 

 ーーーなんで、どうしてこんなことに…?

 

「……ぐっ…あ゛あ゛ぁ…っ」

 

 ーーー何を間違えた…?どこで間違えた…?

 

「ぶっ…ぐ…っ、あ゛あ゛っ!あ゛あ゛ぁ…っ!!」

 

 ーーー何が悪い…?誰が悪い…?

 

 あぁ、そうか。そうだ…ーーー。答えは簡単だ。

 そう、今は泣き喚いている場合じゃない。

 

「ーーー……ロス…」

 

 誰かに向けて零した言葉じゃない。

 この場に居ない“誰か”に向けた言葉を、呪詛を、誓いのように呟く。

 

「ーーー……っコロし…やる……」

 

 短剣を構え、未だ相当数の居るmobを睨めつける。

 

「ぜんっいん…っ!ーーーぶっ殺してやるっ!!」

 

 迫り来るmobに対し、雄叫びを挙げて斬りかかる。

 精細さの欠片もなくなった、ただただ荒々しく、殺意のみを込めた攻撃。

 ただ今は、それしか考えることが出来なかった。そうするしか出来なかった。

 ただひたすらにーーーー。

 

 

 

 

 

 

 ーーーマン…ーーーーいーーハチマーーーー

 

「おいハチマン!!」

 

 強く肩を揺さぶられる感覚に目を覚ます…というのは正しくはないかもしれない。正気に戻った、といったところか。

 どれくらいの間記憶が欠如していたのか、気づけば周囲にmobは影も形も見当たらなかった。

 

「……エギルか…」

 

 両肩を揺さぶられていた相手、エギルを見るとその黒人特有の顔色からでも窺えるほど青ざめた顔をしていた。

 

「…大将、何があった…?ユナちゃんは……」

 

 エギルの横に居るクラインが訊ねる。が、ダメだ…考えが未だまとまってない…。

 

「……ダメだった、間に合わなかった…」

 

 ただ振り絞るように、たった二言を返すしかできない。

 

「そう…か……。なんて言ったらいいか…」

 

 エギル、頼むから…今は何も言わないでくれ。

 今は何も、どんな言葉も受け容れられる自信がない…。

 

 ーーー!通路からもの凄い速度で突進してくる気配が…

 

「ハチマンくん!!」

 

「ごふぅっ!」

 

体が思うように動かず、タックルをもろに喰らってしまう。索敵スキルでmobじゃないってことは分かってたから別にいいんだけどね。

 

「ハチマン!いきてる!?ユナちゃんは!?無事!?ケガとかは…っ!?」

 

「俺は問題ない…。でも、ユナは……」

 

 津波のように疑問を捲し立てるアスナに対して、こうして力なく答えるしかできない。

 

「そん、な……。ユナちゃんが……」

 

 その場に崩れ落ち、啜り泣くアスナを慰めることも、いつかのように頭を撫でてやることもできない。資格がない…。

 

「なぁ、大将…今回のことなんだがよぉ…」

 

「…いい、聞きたくない」

 

「…いや、ハチマン。お前さんは聞くべきだ」

 

 それからエギルとクラインが半ば強引に語ってくれた事の顛末はやはりというか、予想通りだった。

 だから聞きたくなかったんだ…。

 

 

 




というわけで20話目でした。

結構ノリで書いてるとこあるからめちゃ粗いかもです…
ユナ生存ルートも考えたんですが、結果こうなってしまいました…。

コロコロ場面転換しすぎて見づらくなったかもです
どうやったら上手く書けるのか…勉強してきます!

中途半端かもですけど、長くなりすぎるんでここで一旦区切ります!


次回予告てきなもの


「まさか、物騒なこと考えてるんじゃねえよな…?」

「す…、すみません…っ、ボク…ボクのせいで、こんな…っ」

「もう二度とこんな事は頼まないでくれ…」

「わたし、納得できないよ…」

「あなたが付いていながらどうして……っ!」

「ヒッキー!違う、違うよ…」

「ハー坊…死ぬゾ…?」
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