やはり俺のVR青春ラブコメは間違っている   作:青鬼ちゃん

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先の展開ばかり浮かんで、目の前の話が中々進まない…あると思います!


二章 九部

 

 

 薄暗い迷宮区内部。エギルとクライン、それにアスナに付き添われて迷宮区の通路を歩く。来た道を辿りながら歩いているはずなのだが、不思議とその景色は見覚えがない場所ばかりだ。

 

 エギルとクラインの二人が語る事の顛末はこうだーーー。

 

 元々、今回の任務には血盟騎士団が二名、風林火山から二名、聖龍連合から二名が選出されていたはずだった。

 だが、血盟騎士団の一人が“なぜか”辞退を申し出たところ、ノーチラスがユナを推薦し、今回の任務にねじ込んだんだそうだ。

 

 その後、任務であるマッピングを終わらせ、ユナたちの一行は帰路に着いていた。が、そこでノーチラスが宝箱を発見し、ネコババを企んだ。

 しかし、宝箱を開いたところで罠が作動し、今回の事件に至ったんだそうだ。

 

「そんな…そんなの酷すぎる…。許せないよ…」

 

 エギルとクラインの二人から事の顛末を聞いて、アスナはひどく憤っていた。

 

「…わたし、戻ったら団長に直訴するよ。そんな勝手なことをして…そのせいで仲間を…、ユナちゃんを喪うなんて…!」

 

「…いや、そんなことをしなくていい、アスナ…」

 

 憤慨するアスナを宥めるため、できるだけ声を落ち着かせて伝える。

 

「ハチマン、お前まさか…」

 

「た、大将…?まさか、物騒なこと考えてるんじゃねえよな…?」

 

 …こいつら俺をなんだと思ってるんだ……。と思ったが、アスナも信じられないといった表情でこちらを見ている。

 

「……別に今回の件に関しちゃ、誰が悪いってわけでもない。あいつ…ノーチラスも“宝箱を開けただけ”だ。結果、不幸な事故が起こっただけで、誰が予想出来たわけでも狙ったわけでもない。だから…」

 

 そこで口を噤んだ。多分、今の言葉は全部俺に向けた言葉だった。自分で自分を言い聞かせるための言葉。

 これ以上喋れば、余計な考えが頭を過ぎりそうになる。だから口を噤むことした。

 

「でも…、わたしが今回の任務の責任者なのに…。ちゃんと人事にまで目を行き渡らせていれば…っ」

 

「仕方がないことだ」

 

 そう、仕方がないことだ。アスナは良く頑張っている。その中、更に仕事を増やさせるのも酷な話だ。

 

「で、でも…「アスナ」…っ!」

 

「……いいんだ…」

 

 それからは誰も言葉を交すことはなかった。ただただ沈黙のままに俺たちは迷宮区の出口へと向かった。

 

 

 

 

 迷宮区を出ると何人かのプレイヤーは残っていたが、その数は疎らになっていた。どうやら今回の攻略は中止、延期になったみたいだ。

 

 残っていたプレイヤーの中には無事に救出をされたのか、ユナと同行を共にしていたメンバーも残っていた。

 当然、その中にはノーチラスも居た。

 

 できるだけノーチラスの姿を視界に入れないようにしながら、早足でその場を後にする。クラインは風林火山のメンバーのもとへ行き、エギルは俺に追従するようにして隣を歩く。

 まるでお目付け役だな…。だけど今はそれがありがたい。

 アスナが何かを伝えようと呼び止めようとしていたが、今は一秒でも早くこの場から立ち去りたい。

 そうしないと……

 

「は、ハチマンさんっ!」

 

 背後から呼びかけられた声に足が止まる。

 ……あぁ…ダメだ、今こいつの…ノーチラスの声を、言葉に耳を傾けたら、とてもじゃないが冷静で居られる自信がない。

 

「……どうした?」

 

 だがそんな俺の意思に逆らい、体はそのまま立ち去ろうとしない。口は独りでに動き出す。まるで自分の体じゃなくなったみたいだ。

 

「す…、すみません…っ、ボク…ボクのせいで、こんな…っ」

 

「大丈夫だ。お前のせいなんかじゃない。誰も悪くない」

 

 まるで予め用意してあった言葉かのように口から溢れ出す。

 

「でも…っ、でもボクのせいでユ、ユナが…っ」

 

 ーーーあぁ、ダメだ。堪えようと思ったけど堪えきれない。抑えきれない。

 

「……エギル、頼みがある」

 

「…なんだ?」

 

「…殴ってくれ」

 

「……は?誰を…」

 

 唐突の意味不明な頼み事に混乱するエギル。ほんとに悪いな、毎度こんな事頼んで。でもエギルには俺を殴る資格がある。勢いとはいえ、一度暴言を吐いたんだ。殴られるならエギルが良い。

 

「…いいからっ。早くっ!俺を殴ってくれっ!」

 

「くそ…っ!訳わかんねえが…っ、貸し一つだからなっ!」

 

 エギルの大きな拳が横っ面に突き刺さる。

 勢いのままに吹っ飛び、そのまま地面を転がる。

 

 場の空気が一気に静かなものとなり、この場にいる全員の視線がこちらに集中する。だけど今はそんなこと気にしてはいられない…。

 

「……っつぁ…。イッテぇ…」

 

 当然だ。自分から殴るように頼んで、無防備で殴られたんだ。

 のそりと立ち上がり、エギルの元へと向かい、深々と頭を下げる。

 

「…すまん、助かった」

 

「ホント訳が分からんが、もう二度とこんな事は頼まないでくれ…」

 

 エギルの頭上の表記を見るとものの見事にオレンジ色になっていた。いやほんとごめんね。カルマ回復クエスト付き合うよ。

 

「は、ハチマン、さん…?」

 

 再び背後から声をかけられる。

 ……ッチ!こいつは…。

 せっかく頭を冷やせたところだったのに…っ。

 

「エギル、すまんが面倒ついでにもう一つ頼まれてくれ」

 

「…一応聞こう。…なんだ?」

 

「もし…、もし俺がやりすぎそうになったら……殺してでも止めてくれ」

 

「……分かった」

 

 俺の意図を汲んでくれたのだろう。それ以上は何も言わずに一歩さがってくれた。

 

 

「……で、なんの用だ?」

 

「ボ、ボク…ハチマンさんに謝らなくちゃいけなくて…」

 

「さっきも言ったが、お前のせいじゃない。だから気にするな」

 

「でも、ボクが宝箱を開けたせいで…っ、そのせいでユナが…っ」

 

 ーーーぶちっ

 何かが切れるような音がした。いや、実際にはなんの音もしていければ何かが切れた、というわけでもない。

 ただ単純に、俺の堪忍袋の緒が切れたってわけだ。

 

「……ざけんじゃねえ…」

 

「……え」

 

「ふざけるんじゃねえよ…っ。ユナがお前のせいで死んだだとっ!?自惚れんじゃねえ…。間違ってもそんなことあるもんかっ!」

 

 無理やり堪えようとしてた感情が、理性という蓋を突き破って溢れ出る。

 

「ユナが死んだのはユナのせいだっ!間違ってもお前のせいなんかじゃねえ!お前の“せい”なんて安っぽい理由であいつが死んでたまるかっ!」

 

 そう、ずっと自分に言い聞かせていた。

 どうしてユナが死ななければならなかったのかーーーー。

 自分が納得できる理由を、自分の都合の良いように解釈してユナの“死”に対して押し付けていた。

 ーーーつまるところ、俺もコイツと大差ないってことだ。

 

 ノーチラスに歩み寄る足を、自分の意思で制御ができない。

 そのままノーチラスの首へ手を伸ばし、襟首を締め上げる。熱くなった感情が言うことをきかない。

 

「ユナはなぁ…っ!弱いくせに…っ、ロクに戦い方も教わってないのに…っ!それでもあいつは戦ったんだ!!それはあいつ自身のだめだ!!だから……っ」

 

 襟首を掴む手に、より一層の力が入る、ノーチラスが苦しそうにこちらを見つめる…。だが関係ない。いっそこのまま絞め殺してやろうか…。

 

「ハチマンくんっ!」

 

 しかし、そんな思考はその声に、胴に回された細い腕による、包まれるような衝撃に打ち消された。

 

「ハチマンくん…っ。もう止めよう…?それ以上は…」

 

 見ればノーチラスは、すでに息も絶え絶えになっていた。アスナが止めてくれなければどうなっていたか分からない。

 

「……っ」

 

 襟首を掴んでいた手を無造作に離すと、ノーチラスはその場に糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「…いいか。お前は何もしていないし、なんの責任もない。ただの無力で身勝手で無責任な“ただのガキ”だ。お前にはユナの死を嘆く権利も、責任を負う資格も無い」

 

「ハチマンくん…」

 

「あぁ……」

 

 右肩に優しく置かれた手に対して、分かっていると頷きを返してその場を後にするべく、歩きだした。

 エギルの方を確認すると、クライン達に付き添っているようだった。

 

 最後に一瞥したノーチラスはーーー変わらず崩れ落ちた体勢のまま放心していた。

 

 

 

 

 

 転移結晶を使い、俺とアスナは二人で街へ戻ってきていた。

 

「ハチマンくん…」

 

「あー、その…悪かったな、攻略…ダメにしちまった……」

 

 今日の攻略のために前々から色々と準備をしてきていたことだろう。それを俺の勝手な行動でムダにしてしまった。

 

「それと、その…まぁ…、ありがと、な」

 

 正直、あのままじゃ感情のままに一線を超えてもおかしくなかった。踏みとどまれたのはアスナのおかげだ。

 

「ううん、いいの…」

 

「そう、か…」

 

「うん…」

 

 アスナの顔にもずっと元気がない。それもそうだ。アスナ自身も最近は忙しくしがちだったが、ユナとは仲良く奉仕部でお茶をしたり、買い物に行ったり、時にはクエストに行っていたのも知っている。

 それに、彼女たちも……。

 

「なぁアスナ。ノーチラスの処遇なんだが…」

 

「うん、分かってる。任務中に規約に違反して宝箱を開けた…ってことだよね…」

 

「あぁ…」

 

「……本当にそれだけでいいの…?わたし、納得できないよ…」

 

 当然だ。規約に違反して宝箱をあけたうえに、結果として仲間の生命を危険に脅かした…いや、現に失っているのだ。普通なら監獄エリア送りは免れない。

 

 だと言うのに、俺の我儘でその呵責を呑み込ませようと言うのだ。納得出来るうるはずもない。

 

「…悪いな」

 

「…うん……」

 

 それからアスナを伴って奉仕部へと向かうことにした。

 最初は一人で行こうと思い同伴を断ったが、アスナも雪ノ下たちには伝えておきたいようだ。

 無理に断る理由もなく、そのまま二人で奉仕部へ向かう運びとなった。

 

 道中、雪ノ下にこれから奉仕部へと向かう旨を伝えるためメッセージを送る。

 返事は存外に早く届いた。ただ一言『分かったわ』とだけ。

 おそらくエギルか、あるいはどこからか事態を聞いたアルゴから聞いたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 1層の始まりの街。その市街区から少し離れた路地にある“元”薬問屋で“現”奉仕部の建物の前まで着いた。

 見慣れたはずの建物のはずなのだが、今は気の重さも相まって扉の取手にかけられた手は動こうとしない。

 

 アスナも後ろで静かに見守るようにして立っている。いや、実際に見守ってくれているのかも知れない…俺の気持ちの整理がつくまで。

 歳下の女の子に気を使われて…ホント情けない自分に嫌気がさす。

 

 深呼吸を一つ二つして扉を開く。

 

 ーーーカランカラン

 

 いつもは不快なほどに軽快に鳴り響くベルの音も、今だけは何も感じない。感じられなかった。

 

 暗い店内の中、丸いテーブルを挟むようにして座る二人を見てしまったからーーー。

 

 由比ヶ浜はテーブルに突っ伏して身体を震わせている。嗚咽を押し殺せずに啜り泣く声が、静かな店内にこだまする。

 

 雪ノ下はただ静かに、扉の前に立ちすくむ俺たちをーーー俺を見ていた。

 

「……」

 

 無言のまま、二人のいるテーブルの元へと足を踏み出す。

 ギシリギシリと鳴る、木造の床を踏み鳴らす足音が二つ、由比ヶ浜の啜り泣く声と共鳴しているようだった。

 

「ーーーいらっしゃい」

 

「…おう」

 

「お茶、淹れるわね…」

 

 雪ノ下が席を立ち上がり、テーブルの上に置いてある、いつだったか俺が買ったティーセットを持って裏方の方へ歩いて行った。その後ろ姿は、いつもの凛としたものではなく、悲哀の感情がひしひしと伝わってくる。

 

 テーブルに用意されていたもう一つの椅子にアスナを座らせ、隣のテーブルからもう一つ椅子を持ってきて座る。

 そう言えばアスナが来ることを伝えるのを失念していた。

 ということは、雪ノ下がお茶を淹れるため席を立ったのも、人数分のカップを用意するためだったのだろうか。

 

 由比ヶ浜は変わらずテーブルに突っ伏して啜り泣いている…。どうにか抑えようとしている姿が見ていて痛々しい。そんな由比ヶ浜を見てやるせなくなったのか、アスナも瞳に涙をじんわりと浮かべて唇を噛み締めていた。

 

「お待たせしたわね」

 

 改めてお茶を淹れなおしたのであろう雪ノ下がテーブルへと戻ってきて席へ着く。

 

「……それで、話は大体聞いてはいるのか?」

 

「そうね、大まかなことは…。ユイユイさんはすごくショックを受けているみたい」

 

 でしょうね。俺たちがここに着いてから一度も顔をあげていないところを見る限り、気持ちの整理が追いつかないのだろう。由比ヶ浜は優しいやつだから特に……。

 

「ーーーさて、ハチマンくん」

 

「…なんだ?」

 

「目を、閉じなさい」

 

「……は?」

 

「いいから」

 

 雪ノ下の意図が理解できずに疑問を持ちつつも、その気迫に圧されて思わず言う通りに目を瞑ってしまう。

 

「……ごめんなさい」

 

 は?なんて……?

 その言葉は聞こえるか聞こえないかくらい、それくらいか細く、聞き取りづらい言葉だった。

 

 ガタッーーーバシッ!ーーー

 

 椅子の傾く音……そしてそれに続く、破裂音…とは違う、肉が肉を打つ音。それと同時に頬に鋭い衝撃が走る。

 音が先か衝撃が先か…おそらく前者だろう。一瞬何があったのか理解が出来なかった。

 

 目を開いて雪ノ下を見ると、どうやら身体をテーブルに乗り出し平手打ちをしたようだ。ーーーその瞳から涙が零れていた。

 由比ヶ浜も驚きのあまり、その赤く腫れ上がった目で雪ノ下と俺を交互にみていた。

 

「ーーー……いながら…」

 

「……」

 

「あなたが…、あなたが付いていながらどうして……っ!」

 

「……」

 

 何も答えられない俺に雪ノ下が詰め寄る。その様相は怒りというよりも哀しみが強いようにとれた。

 あぁ、そうか…。さっきの謝罪は……。

 

「ゆ、ゆきのん止めて!ヒッキーは…っ!」

 

 由比ヶ浜が立ち上がり、仲裁に入ろうと間に割り込み雪ノ下の腕に抱きつく。

 それに続いてアスナも雪ノ下を抑えるべく俺と雪ノ下の間に割って入る。

 

「そうだよゆきのんさん…っ!ハチマンくんは何も「分かっているわ!」……ッ!」

 

「……分かって…いるのよ…」

 

 雪ノ下は俯いたまま身体を小刻みに震わせている。

 この様子だと事情も概ね把握しているのだろう…。だからこその『あなたが付いていながら』。そして怒りのやり場失くしたからこその『どうして』…。

 

 雪ノ下にはコンプレックスの元凶とも言える実姉である雪ノ下さんがいるが、当然妹は居ない。

 だからこそ、雪ノ下はユナを妹のように見ていたのかも知れない。実際そう見て取れる節はいくつもあったような気がする。

 

 だから、俺がとれる行動はーーー。

 

「……すまない。俺があの時あいつを…ユナを守れなかったことは事実だ…。お前らに謝ったところでどうしようもないことは分かっている……」

 

「そうやってあなたは…。また抱え込もうと言うの…?独りで……ッ!」

 

 そう、こうして頭を下げ、今回ユナを喪った事件の責任を負うことで、彼女らのやり場のない怒りの捌け口となること。

 

「ヒッキー!違う、違うよ…。誰も悪くない…そうでしょ……?」

 

 だが、そんなことは彼女ら…雪ノ下と由比ヶ浜が許すはずもなければ、認めるはずもない。

 暫しの沈黙が場を支配した後、雪ノ下が口を開いた。

 

「……叩いてしまったことは謝るわ…。ごめんなさい…。でも、叩かれた意味は…理解っているのでしょう…?」

 

「それは……」

 

 分かっている…。とは思う…。だけどーーー。

 

「ヒッキーがしたこと…正直あたしには、どうしてそうしたのか分かんない…。でもヒッキーのことだから、“必要”だからそうしたんだよね…?」

 

 ……どうだろうか?俺にとっては“必要”ではあったが、他の人からしたら当然納得のいくものではない…と思う…。

 結局はただの我儘で、エゴの押し付けだ…。俺が一番嫌っているものじゃないのか…?

 

 頭を上げ、下を向いたまま逡巡している俺の目の前に立つアスナの足先が見える。

 

「大丈夫だよ…。みんなハチマンくんのこと、信じてるから…」

 

 そう言って少し爪先立ちをしたかと思ったら、…頭の上に手を置かれていた。

 

「……ッ」

 

 やめてくれ…。こんな俺なんかを信じないで欲しい…。本当に、全てはただ自分のため…。どこまでのクソみたいな自己中野郎なんだ、俺は…。

 

 そんなに優しくされる資格はない…。

 

 だというのに、その手を振りほどけずにいる自分がいる。出来ることならこの優しさに、温もりに甘えていたい…どこまでも浅ましく醜い男の姿、それが“比企谷八幡”だ。

 だがそんな甘さはマッ缶だけで十分だ。

 

 甘えたくなってしまう心にムチを打ち、なんとかアスナの手の甘さの誘惑に抗う。

 

「…ごめんなさい、取り乱したわ。……無様な姿を見せたわね」

 

「ううん、そんなことないよ、ゆきのんさん…」

 

「うん…。ゆきのんはさ、あたしたちの分も気持ち、伝えてくれたんだよね…。ありがとう、ゆきのん…」

 

 女子三人で文字通りに手を取り合い、お互いを慰め合う。

 うんうん、美しきかなは女の友情というやつか。

 

 それを俺は改めて席に座りなおし、紅茶を湯呑みへ注ぎ、口元へ運びながら眺める。ーーーうん、やっぱり美味い。僅かだが少しだけ気持ちが落ち着いたような気がした。

 それはこの紅茶のおかげか、もしくは目の前の光景か…。

 

 

 

 

 それからは雪ノ下と由比ヶ浜に、ユナの最期の状況を伝えた。悲壮の気持ちに一区切りをつけたせいか、二人はノーチラスの行いに憤慨していたが、そこはもう過ぎてしまったことだからと、宥め落ち着かせ、なんとか呑み込んでもらった。

 

 その後は四人でユナとの思い出談義に花を咲かせた。

 思い出話…と言っても、決して湿っぽくなるようなものではなかった。当然だ、なんたってあのユナだからな。しんみりするエピソードなんて持ってやしないだろう、と思うくらいには俺も彼女たちもユナとは楽しい思い出を築けていたのだろう。

 

 

 

 

 

 話も終わるころには日も既にとっぷりと暮れていた。

 時計を確認するとなんと夜の9時をまわっているではないか。

 

「ーーーそろそろいい時間だし、俺はこの辺で帰るわ」

 

「あら、本当ね…。それならコレ…持って行ってちょうだい」

 

 そう言って手渡されたはーーークッキーの入った包袋だった。

 

「これはーーー」

 

「そう、ただのクッキーよ…。あの子…ユナさんが美味しいと言ってくれてたクッキー…。本当は今度会った時に渡そうと思っていたのだけれども……」

 

「そう、か……」

 

 偶然かどうか分からないが、その包袋は初めてユナに出会った時に分け与えたクッキーの包袋と同じものだった。

 

『・・・っ!?なにほれ!ふぉいひぃ!』

 

『歌うから!だから一枚頂戴!』

 

「……ははっ」

 

 こんな時に思い出すのが、あんな食い意地の張った姿とはな…。ユナらしいと言えばらしいのかもしれない…。

 

「ヒッキー……」

 

「ハチマンくん……」

 

 由比ヶ浜とアスナが驚いたような、どこか安心したような表情で俺を見る。なに?なんなの?俺なんかやっちゃった?

 

「あなた、気づいていないのね…」

 

「は?なにがーーーッ!」

 

 別に何か考えていたわけでも、意識をしていたわけでもない…。

 しかし“ソレ”は頬から顎にかけて伝い落ちて行き、雫となって床へと落ちていった。

 

「ハチマンくん、わたしが見てた限りで一度も涙を流さないから…。少し心配してたんだよ」

 

「ヒッキー、一人で抱え込まなくていいんだよ?辛いなら辛いって、悲しいなら悲しいって…あたし達に言ってよ…」

 

 もしかしたらずっと気を遣われていたのかもしれないな…。

 

「そうか…そうだな…。ありがとうな、お前ら…。雪ノ下も」

 

「…なんのことかしら」

 

 そう言って雪ノ下は回れ右をして顔を背けてしまった。

 

 

 

 

 

 奉仕部をでて、そのまま寄るところがあるからと言ってアスナとは別れた。

 一緒に付き合ってくれると申し出てくれたが、血盟騎士団の副団長としてやらなければならない事も沢山あるだろうに、こんな時間まで付き合わせてしまったのだ。さすがにこれ以上連れ回すのも気が引けるため丁重に断った。

 

 今は少しだけ、独りになりたかったしな。

 

 

 

 

 黒鉄宮 蘇生者の間ーーー。

 照明は無いはずなのに、どこから明かりが入っているのかは分からないが、暗く全く見えないわけではないが、薄明かりのせいで視界が見通せるわけでもなく、外界の音も一切が入っては来ない、隔絶された…どこか寒々しい空間。

 

 βテストの時にはHPが0になりゲームオーバーになったらここで復活をするという仕様だったが…。HP0=死となってしまったこのデスゲーム内でその役目は果たされることなく、代わりに“生命の碑”が置かれている。

 

 この世界では本来のゲームの仕様同様に、HPが0になれば光るエフェクトを残し、その遺体は残らない。故に墓標というものも存在しない。

 強いて言えば、この生命の碑が墓碑のようなものなのだろう。

 

 ユナの生命が散りゆくような光を掴めなかったことを思い出し、自然と拳を握り込む力が強くなる。

 

 “Y”の文字を見つけ、その中から“Yuna”を探す。存外に早く見つかってしまうものではあるものだ。

 その名前には、やはり横一文字に線が引かれていた。

 

 その場にゆっくりと腰を下ろし、クッキーの入った包袋を取り出す。

 一枚のクッキーを取り出し、口へと運ぶ。特に大した味付けをしているわけではない、至って普通のプレーンなクッキー。

 だけど…あぁ…。美味いなぁ……。

 

 咀嚼していたクッキーを呑み込み、もう一度石碑へ目を移す。

 何度見ても、その名前の上に刻まれた一筋の線は消えそうにはない。

 

 ーーーどれくらいの時間、ここに居たのだろうか。

 ぼーっと考え事に耽っていた頭を覚醒させる。

 

 重くなっていた腰を浮かせ、無理やりに立ち上がる。

 

「……また来るからな」

 

 クッキーの包袋を供え物代わりに置いて、最後にもう一度石碑を一瞥して、その場を立ち去る。

 あのクッキーもいずれ耐久値が減少して消滅してしまうことだろう。そうなったらまた持ってくればいいだけだ。何度でも……。

 

 

 

 

 

 

 

 自分の泊まっている宿へと帰り着き、扉を開ける。

 

「よォハー坊、待ってたゼ」

 

 ……もはや驚きもしない。しかしいつもながら、コイツはどうやって部屋に侵入してるんだ…。このアルゴって鼠は…。

 

「クククッ、ソレは企業秘密ってやつサ」

 

 なんでだよ。不法侵入する方法教えてくれよ。それとナチュラルにモノローグと会話する方法も。

 

「……ユナ助のことは聞いてるゼ。……残念だったナ…」

 

 そう言うアルゴの表情はつい先ほどまでとは打って変わって、唐突に沈んだものになる。

 

「あぁ…。まぁ、な」

 

「ユナ助は……、ユナ助の最期はどうだったんダ…?」

 

「そうだな……」

 

 それから俺は、ユナの最期の状況をアルゴに説明をした。と言っても、雪ノ下たちに話した内容とさして変わり映えのしない内容だ。

 

「……そう言えば、アルゴに聞きたいことがあったんだが」

 

「なんダ…?」

 

「最後…ユナを助けられなかった時、いつものこう…時間がゆっくり流れるような、スローモーションみたいになる現象が起きなかったんだ」

 

「……胸が苦しくなって、気を失ったって言ってたナ」

 

 そう、あの時にそのいつも通りが出来ていれば助けられたハズ…というのは驕りかもしれないが、それでも可能性を少しでも高められたかもしれない。

 今となってはたらればの話ではあるが…。

 

「……なぁハー坊。推測になるんだが、それでもいいカ?」

 

「構わない」

 

 現状では判断できる要素が少なすぎる。推測でもなんでも今後二度とあんな事が起きないようにする為には、対策を考えておく必要がある。

 

「……結論から言わせてもらうガ…。ハー坊、それは今後使わない方が良イ」

 

「…ちなみに何でだ?」

 

「ハー坊のそのスローモーションになるような現象。このデスゲームに閉じ込められて一年近くが経つガ、未だ他に目撃例も体験談も無イ…。という事は、少なくとも普通のことでは無いッてことダ」

 

 普通じゃない…。まあそうだろうな。それに関しては薄々感じていた。

 

「つまり、多分だがソレはこのゲームの仕様じゃナイ。もしも仕様だとしたラ他にも例があったり、スキルとして発現しなければオカシイんダ」

 

「……確かに。これまでの経験上、そういうことはスキルとして発現しないと不自然、か…」

 

 例えるならエクストラスキルであるところの“鷹の目”だ。

 普段何気なく使ってはいるが、鷹の目を発動させているから視野が広くなったり遠くを見渡せたり夜目が効くようになっている。ソレがなければ、俺なんて凡のプレイヤーだ。

 

「情報が少ないし、ハー坊から聞いた範囲からしか推測はできないガ、胸の痛み、そしてブラックアウト…。もしかしたら心臓に物凄い負担を強いるのかもしれナイ」

 

「そもそもそのスローモーションってのハ、多分だケド思考速度、脳の処理速度を爆発的に加速させているものだと思ウ。そうじゃないと周りがゆっくりになったところで、自分の思考が追いついていないとイミがないからナ」

 

…たしかに、そういうことなのだろう。でもそれなら……。

 

「…どうやってそれを可能にしているか、だな」

 

 そんなこと、現実世界で生きている時に起こったことはないし、最初に起きた時だって、無我夢中だった時に起きた偶発的なものだ。

 

「ハー坊は欠伸って知ってるカ?」

 

「…もしかしてバカにしてる?」

 

「イヤイヤ、バカになんてしてないサ。要は欠伸のシステムを理解しているカを聞きたかったんダ」

 

 アレだろ、欠伸って言えば……。

 

「眠くなると出る…生理現象みたいなもんだろ」

 

「そうだナ。より性格に言えば退屈をしていたり疲れた時に出ることもアル。つまりは脳の働きなんかが鈍った時にでるってとこだナ」

 

「…話が見えないな」

 

「まぁ聞けヨ。脳の働きが鈍ったときに欠伸が出るってのハさっき言ったんだガ、そもそも脳の働きが鈍くなる要因として、酸素が不足することが挙げられル」

 

「つまり、酸素を大量に脳へ供給するために欠伸をして大きく息を吸っている…ってことか?」

 

「そうだ。でも、今のオレっちたちは疑似体ダ。感覚的に欠伸をすることはあっても、それで実際に脳に酸素が供給されるわけじゃナイ」

 

「まぁ、あくまでもアバター…。デジタルで作られた模造品だしな」

 

「そこでダ、実はもう一つ…酸素を大量に供給する仕組みが体内にはアル」

 

「心臓、か…」

 

 言わずとも知れた体内の重要な臓器。これさえ自力で動いていれば、とりあえずは生きてる判定されるのではないだろうか。

 

「そう、仮想世界で欠伸をしても現実世界で欠伸をしているわけじゃナイ。かと言って、この仮想世界に心臓がある訳でもナイ」

 

「…となれば、現実世界にある俺の心臓が起因している、と?」

 

「マァ、そうだナ。心臓が過剰に心拍を繰り返し、大量の酸素を血中から無理やり脳へ運ぶ…。ってのがオレっちの推測ダ」

 

 なるほど、それならまぁ理解はできないでもない。だが疑問も残る。

 

「なぜそんな体質?になったのか…。あと、なんでソレを使わない方がいいのか、については未だ解決していないな」

 

「体質カ、言い得て妙だナ。それに関しては未だ判断材料が少なすぎる。オレっちはハー坊のリアル事情には詳しくねーしナ。そこら辺は今度のんちゃん達にもそれとなく聞いてみるヨ。…ハー坊ものんちゃん達には心配掛けたくないみたいだしナ」

 

「…悪いな」

 

「いいってことヨ。で、二つ目に関してだガ、答えは簡単ダ。ハー坊…死ぬゾ…?」

 

「……は?」

 

 唐突の落差に思考が追いつけなかった。多分、今の俺は相当マヌケな顔をしていることだろう。

 

「…まあ俗説ではあるが、生き物の生涯の心拍数は決まっている…って話は知っているナ?」

 

「まぁそれは聞いたことはあるな。それが早死にする原因だと?」

 

「いんや、それ自体は大した問題でもない…ってわけでもないんだがナ…寿命を縮めるなんて、とんでもないことだしナ。でも、それは現時点ではあくまでも“可能性”の話ダ。確証もない憶測だからナ」

 

 それ以外の問題と言えば…

 

「ブラックアウト、か…?」

 

「そうダ。ハー坊も忘れたわけじゃ無いダロ?デスゲームが始まってすぐ、多くのプレイヤー達が突然意識を失った事件」

 

 そう、デスゲームが始まって間もなく、多くのプレイヤーが突然意識を失い倒れた。後に判明したことだが、恐らく自宅からログインしていたプレイヤーを病院なりの大きな施設で再度ログインさせるため、一時的に回線の切断が茅場晶彦より許可されため起こった事件だった。

 実際、フィールドに出ていて唐突に意識を失ったプレイヤーの何人かはそのままゲームオーバーになった。

 

「オレっちたちは脳を休ませるために睡眠という活動を行うガ、脳が停止、あるいは意識を失ったりしているわけじゃナイ。でもハー坊が意識を失ったのはわけが違ウ」

 

「心臓、もしくハ脳に負担を掛けすぎた結果、ナーヴギアが生命活動の危機を察知して、強制的に稼働を停止させたカ、あるいは数秒、ごく短時間とは言え、心臓や脳が本当に停止していた可能性だってアル」

 

「でも今まではそんなこと…」

 

「それは、これまでは単発だったり短時間での発動だからダロ?聞いた話じゃ、今回はずいぶんムリをしたみたいじゃねーカ」

 

 …たしかに、今までは発動させることはあってもスポットでの単発だったり、インターバルを置いてのごく短時間での発動だった。

 それが今回は長時間…それも連続で繰り返し発動させていた。そのツケが回ってきたってことか。それもよりにもよって最悪のタイミングで…。

 

「なるほどな…。それに次意識を失っても無事でいれる保証はない、か。こりゃ封印したほうがよさそうだな」

 

「…ずいぶんとあっさり受け入れるんだナ」

 

「あたりまえだ。ノーリスクで使えるんならともかく、リスクがある分かった以上、おいそれとホイホイ使えるもんじゃないだろ。俺は自分の命まで賭け金にするつもりはない」

 

「そいつを聞いて安心したヨ。ハー坊はすぐに無茶しそうだからナ」

 

 なにそれ、一体俺にどんなイメージを持ってるんだよ。

 俺はいつだって安全第一、いのちをだいじに。無茶なんて…偶にくらいなものだ。

 

「……それで、お前は何してんの?」

 

 見ればアルゴはいつの間にか俺が寝るはずのベッドに潜り込んでいた。いや、ホントに何してんの?

 

「ン?見りゃ分かんダロ?寝るんだヨ」

 

 いやそりゃ見れば分かるさ。そうじゃなくてね、何で俺のベッドで寝ようとしてるのかってことだよ。

 

「最近はPKも増えてて物騒だからナ。それともハー坊はこんなか弱いレディを夜中に外に放り出すのカ?」

 

 いや、お前のAgiに付いてこれるやつなんてそうそういないだろ!と突っ込んでりたかったが、ずいぶんと話し込んでいたみたいで、気づけば日付けも変わっていた。

 ユナのこともあったが、俺の体についても話してて話が長くなってしまったんだ。それなのにこんな時間に放り出して他の宿を探させたんじゃ、ユナに怒られちまうな…。

 

「…今日だけだぞ。それとお前は床だ」

 

 布団をひっぺ返してアルゴをベッドの上から追い出す。

 

「ちぇっ。仕方ない…今日のところは大人しくしておくとするヨ」

 

 なんでそんなに上からで、しかも不服そうなんですかねえ…。てか寝袋持ってきてるのかよ…用意周到すぎるだろ。

 

「いいから早く寝ろ。…電気消すぞ」

 

 そう言いながらも、手早くメニューを操作して部屋明かりを消す。窓から差し込む月の明かりだけが部屋を照らし、静寂が部屋を包む。

 

「…ハー坊」

 

「…なんだ?」

 

 目を瞑り、今日の出来事をフラッシュバックさせまいと意識を無理やり逸らしているところに声をかけられる。

 

「ハー坊は…生きろヨ…」

 

「…あたりまえだ」

 

 それっきりお互いに口を開くことはなかった。

 グルグルと思考を巡らせながら、窓から見える月を見ているうちにアルゴの穏やかそうな寝息が聞こえてくる。

 

 もしかしたら気を遣わせてしまっていたのかもしれない…。アルゴも、それにアスナや雪ノ下たちにも…。

 

 俺も立ち止まってはいられない。

 そんなことをしていれば、ユナに笑われそうで…いや、もしかしたら怒られるかもな。

 …いつかは前を向かなければならない。このデスゲームを生き抜き、生きて現実世界へ帰るために。

 

 ーーーでも今は、今だけは…。

 

 自然と溢れ、頬を伝い流れる涙を、不思議と拭う気にはなれなかった。

 

 

 




というわけで21話目でした。

なんかアルゴの出演率高すぎませんか?
でもアルゴさん、空気の切り替えだったり説明役として適任すぎるんですよね…。




次回予告てきなもの

「クリスマス限定イベントボスを倒して蘇生アイテムをゲット、か…」

「それは私が頼んだのよ」

「さすがにオレっちもこればかりは擁護できねーゾ」

「…なんか、去年のクリスマスを思い出すね」

「ーーー星が綺麗ね」

「キー坊が…一人でボスを倒しに行くみたいなんダ…」

「そうだな……ここを通りたければ俺を倒して行けよ」
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