納豆こねこねウマ娘   作:TAKE

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納豆好きに悪い奴はそんなにいない

こねこねこね

 

 

そのトレーナー室に、粘度の高いネバネバとした、少し湿っぽい音が延々とこだまする。

 

 

こねこねこね

 

ひとしきりその動作が終わったところで、その青毛の娘はそれを箸で持ち上げて、口へひと含み。

…しかし何かが気に入らない模様、しかめっ面をし、もう一度その四角いパックへ二本の箸をおとして。

 

こねこねこね。

 

 

「…なぁ。」

「なに?」

 

その様にようやくしびれを切らせたトレーナーが、ようやく苦情を入れる。

 

「なんで俺の部屋で納豆まぜてんだ?」

「ああ、気にしないで。」

「気にするだろ俺の部屋だ。」

「トレーナー室で納豆をこねてはいけない決まりはない。」

 

そしてまたこねこねこねと。

 

「俺の部屋で混ぜなくてもいいだろ!食堂で食え!」

「呼びつけたのアンタでしょ。納豆食ってるときに呼びつけるんじゃないよまったく。」

「だったら食い終わってから来い。」

「食い終わらないよ。これ7パック目だもん。」

「ああ…わかったもういい。さっさと食っちまえよ。いつまで混ぜてんだよ。」

 

そしてその娘はもう一度それを口へ。

 

やはりしかめっ面。

 

こねこねこね

 

「もういいだろ!いつまで混ぜてんだよ!」

「なーんか足んないのよ。なんだと思う?」

「知るか!今日は真面目な話があってお前を呼んだんだ。早くしてくれよ。」

「真面目な話…口説いてくるつもり?」

「俺にも選ぶ権利はある。」

「ふざけんなし。」

 

その娘はまた延々とトレーナー室のソファで納豆をこねこね。

 

「お前アレだろ?納豆一万回混ぜたら蟹味噌になるやつとかやったことあるだろ。」

とトレーナーは彼女を揶揄するように言う。

「言うほど蟹味噌でもないよ。あと硬くて食べにくいし。」

「いややったことあんのかよ。」

 

そしてトレーナーはいつまでも納豆をこねる彼女の前に、資料を置く。

「アズキ…お前明日レースってことわかってんのか?あしたエプソムだぞ?」

「…?」

彼女はまた納豆を口に入れて、しかめっ面。

 

「お前、まさかまた知らねぇとかいうんじゃねぇだろうな?」

「いやそんなことはない。ちゃんと明後日に100%出せるように調整してるし。」

「終わってから100%出されても俺は困るんだよ。明日だっつーの!」

「あしたぁ?…さんま御殿の再放送あるのにな。」

「んなもん録画しろ!」

 

トレーナーは肩で息をしながら、彼女の対面のソファに座る。

 

「…あのさぁ、俺らもさ、やっとここまで来たワケだろ。トレーナーになって早4年。いまだ勝ち星知らずな俺だけどさ。やっとお前に巡り合って、重賞まで上り詰めたワケだろ。…これだけは無駄にしたくないんだ。お前が気性難なのは知ってるけど、明日は何としてでも頑張ってもらいたいんだ!」

「誰が気性難だ。愛嬌◎だぞ。」

「どこがだ!」

 

クタっとトレーナーは肩を落とす。

 

「はぁ、こりゃまたダメかな…。」

とボソっとつぶやいた。その時。

 

「ふざけんなし。」

とアズキは言った。

 

その言葉にトレーナーはふと顔を上げる。

 

「…アズキっ!」

「アタシ…やっとわかったんだ。今の自分に何が足りてないのか。どうして満足できなかったのか。いつもそれが、そこにあるのがずっと当たり前だと思ってた。でも、それが大事だって気づけなかった。でも、もう大丈夫なんだ。アタシはちゃんと気づいた。」

「アズキ…お前…!」

トレーナーは涙ぐんだ瞳で、アズキを見た。

アズキのその表情は、凛々しく、何かを悟ったかのように、清々しいものだった。

 

「トレーナー、あたしの足りなかったもの…補ってくるよ。食堂で。」

「アズキ。…は?食堂?」

「カラシ。アレが足りないんだわ。あーよかった気づけた。納豆にカラシないとなんか締まらないんだよねぇ。」

といいオグラアズキはトレーナー室を去っていった。

 

 

「…おわった。」

 

 

―――――――――――――――――――――

 

こねこねこね。

 

今日のそれはいつもより激しくこねられる。

彼女にも気合が入っている証拠なのだろうか。

 

だが、彼女の横でハンドルを握るトレーナーの表所は、苦い薬でも飲まされた直後のようだった。

 

「お前が寝坊したから迎えに来いっていうからきてやったのに…なんで当たり前のように助手席で納豆食ってんだよ!」

「朝ごはん。」

「寮でくえ!それか少しエンリョして、ブロック食とかパンとかあんだろうが!」

「納豆じゃなきゃパワー出ないし。」

そういってこねこねこね。

 

しきりに水筒を開けてグビグビ。

 

「お前…レース前だってのにそんな水筒開けちまっていいのかよ。」

「これ味噌汁だもん。」

「…普通の水筒は?」

「トレーナーが買ってくれる。」

「ふざけんな!毎回毎回!経費で落ちねぇんだぞ!」

「じゃあファンのおっちゃんに勝ってきてもらう。」

「それはマジでやめろ…俺が後からめっちゃ怒られんだよ。」

 

今日も先が思いやられる。

オグラアズキ…ツボにハマればかなり有力なウマ娘だが、如何せん扱いが難しすぎる。

自由すぎるそのスタイルに、テンションの低いゴルシと揶揄されることもあるほど。

 

「はぁ…今日マジで頼むよぉ…。俺の査定にも響くんだよぉ…。」

「この期に及んで保身か。」

「お前が真面目にやってくれりゃあそんな心配もいらねぇんだよ!」

「心配すんな…今日の納豆は粘り気がいい。」

「…それって。」

アズキは何も答えずにニヤっと笑った。

 

 

―――――――――――――――――――

 

『さぁやってまいりました!東京1800!エプソムカップ杯!抜ける青空の下、各ウマ娘たちが続々と姿を現し始めます。』

『今日もウマ娘たち、十分なやる気を見せます…ああっとここで、期待の3番人気オグラアズキ!ターフの上で納豆を混ぜています!今日も今日とてこねこねと!』

『レース直前に納豆を混ぜる。これは精神統一なのでしょうか?』

『そんなことはありません!ただ納豆が食べたいだけなのです彼女は!おおっと一口食べて…またかき混ぜる!レース場への飲食物の持ち込み!これはレギュレーション上大丈夫なのか!?』

 

(…ふぅ。よし。今日は大丈夫だ。)

とすでにゲートインをした娘が、目を閉じて精神統一を図る。

 

(大丈夫。ずっとここまで練習してきたんだ。私の敵はいない。そうトレーナーさんも言ってくれたんだし…。)

その娘の背後から聞こえる。粘度の高い、湿っぽい音。

(…?)

 

そっとその娘は振り向く。

こねこねこねこねこねこね。

 

(…え?なにこの娘?なんでターフで納豆混ぜてんの?なんでそんなに目がガンギマリな状態で納豆まぜてんの!?え?なんかこっち見てる!?え、何?中央の重賞ってこんな娘いるの!?うわ、めっちゃ早くかき混ぜてる!え、何何何?怖い怖い怖い!!)

 

そして彼女はゆっくりと納豆を持ち上げて、口へ。

 

(食べ…てる…。トレーナーさん…無理。こんなのに勝てないよ…。)

 

 

「アズキぃ!!」

そんな彼女を呼びつける男の声。

 

「何?」

「なんでお前ターフで納豆食ってんだよ!?」

「今日3パック目。」

「聞いてねぇ!アホかお前!?」

そういってカラになった納豆の容器を取り上げる。

 

「お前…今日何の日かわかってんのか?今から何するのか…。」

そろそろトレーナーの呆れ具合も頂点に来そうな勢いだ。

 

「心配すんな。…納豆パワーなめんなし。」

そのセリフにトレーナーは顔を上げる。

 

「アズキ…。」

「納豆を信じろ。」

そういってトレーナーに背を向けるアズキの背中は、大きく、逞しかった。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

東京 エプソムカップ 1800m

 

 

 

 

オグラアズキ 11着。

 

 

 

 

 

「駄目じゃねぇか!!」

「そりゃそうでしょ。」

選手控室でレースを終えた彼女はまた納豆をこねていた。

 

「お前…納豆パワーはどうしたんだよ…。」

「納豆くって勝てりゃ、納豆はドーピング材だ。」

「お前コンディションまぁまぁ良かったろ今日。」

「…途中で横っ腹痛くなっちゃって。」

「直前に納豆食うからだろ!!」

 

トレーナーは全身から力が抜ける。

 

「どーすんだよ…こんままじゃ…。」

「まぁそんな日もあるさ。元気だしな。納豆食べる?」

 

 

「…ひとパックくれ。」

 

 

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