少年少女移動中
「それじゃ行きましょうか。このあたりの道は不慣れなんだから、学校までの近道ぐらい教えてよね」
と玄関で靴を履き替えながら凛が言う。
あれから絶品という言葉がぴったりはまる朝食を食べた後、藤村先生はテストの採点があるとかないとかで嵐のごとく去っていった。なんとも、朝っぱらからテンションが高い人である。自分のことを棚に上げてそう思う。というか、俺の場合、まず前提条件として自分のことを棚に上げて置かないと人のことをとやかくは言えないのだ。難儀なことに。ただ言い訳をさせて貰うと他の人間を評価する時は大抵好き勝手な評価を下すのである。何故ならその評価をするという行為事態第三者の公平な目で見なければならないからだ。いちいち評価する度に自分を振り返ったらきりがない。
「では、シロウ。学校ではキーチとリンの指示に従うように。危機が迫った時は私を必要としてください。それでマスターの異常は感じ取れますから」
「ああ。わかったよ」
そんな至極どうでもいいことを頭の中に浮かべていると隣の方から小さく声がする。近くにる桜ちゃんを気にしてか、隣にいる俺ですら気をつけてないと聞き逃してしまいそうなそんな声。
しかし、それにしても結構な念の入れようである。神秘の秘匿を第一とする考えが根底にある魔術師は基本、人目につかないように最大限の努力をしなければいけない。つまり、この万国ビックリ戦争は夜が主戦場なのだ。もし、昼間っからドンパチでもしようものならゲームメイカーである監督役が即座にレッドカードを出して一発退場なのである。いや、そんなサッカーみたいな生易しい退場ではないのだろうけど。恐らく
しかも。
凛に訊いた所によると、その監督役があの小高い丘の上にある教会の神父らしいのだ。
言峰綺礼。
まさか──というより、凛の後見人である以上やっぱり、かなりの高確率で何らかの魔術関連のことには関わっているんだろうとは思っていたが、俺の予想を遥かに越えてこの戦争をハーメルンの笛ふきのごとく最前線で突っ走ってやがった。
まぁ、キレイ、なんてジェダイの騎士みたいな名前してるくせに、中身は完全にシスの暗黒卿なあの人らしいっちゃらしいが。なんたって人のトラウマえぐり出すのが趣味と言ってはばからず、目が完全に死んでる身長一九三センチもある大男なのである。なんで教会で神父やってるのか不思議でならない。むしろどっちかっていうと神父さんに滅せられるほうではないか。
そんな人物がゲームメイクしているのだ、基本は不干渉で戦争で出た影響の後始末をするフォロー役なのだそうだが、だからといってお世話になりたいなんてまっぴらごめんだ。
出来れば隅の方で赤いライトセイバーを振り回し続けてほしい、なんてわりと切実に願ってたりする。それくらいあんまり関わりたくないのだ。例えそれが、凛の後見人であろうとも。
「先輩。戸締まり、出来ました」
正門で桜ちゃんが士郎に声をかける。
ああ、サンキューなと返す士郎を見て凛が驚いたように、
「え、なに? 桜に鍵持たせてるの、士郎ってば?」
そう言うが、士郎はこともなげに歩き出しながら頷く。
「持たせてるよ。桜は悪いコトなんてしないし、ずっと世話になってるし」
ほんとになんでもないように。それが当たり前だというように。
……つーか飯つくってくれる他に掃除や洗濯もしてくるってそれ、ほとんど通い妻じゃねーか。
お前らほんとに高校生か。何年かダブってんじゃねーだろな。
「大体、知り合いの女の子に鍵渡すって、ギャルゲーのなかでしかない現象かと思ってたわ」
画面の向こう側の平面状にしかないじゃなかったのか?
「なにいってんのよ、輝一。あんたの家の鍵、わたし持ってるわよ」
「マジでか!?」
ここに来て驚愕の事実が発覚した。唐突すぎる。
「なにそれ? 俺訊いてないんだけど!?」
「そりゃそうよ。言ってないもの」
「一体、どこから盗ってきた!?」
「おばさまから貰ったのよ!!」
頭をしばかれた。なんてことしやがる。
というか、またウチの母親かよ。なんでそんな重要なコト言ってねぇの? 俺も人のコト言えなくなったじゃねーか。また自分のことを棚にあげちまったよ。まったく引っ越し業者もビックリの仕事っぷりである。
「いつから持ってんの。それ」
「さぁ? 多分、中学入ってすぐのころかしら。おばさまに無造作に投げ渡されたのよ」
「けっこう前じゃねーか」
かれこれ四年も前のことである。
「なんで、気付かなかったんですか?」
普通気付きますよね? と存外に付け加えるように桜ちゃんは苦笑する。いや、思い返せば色々思い当たる節は所々あるような気もするが。
「……普通は気付かないだろ。な、士郎?」
旗色が悪くなってきたので士郎に応援を要請する。コイツならわかってくれるはずだ。
「そうか? 普通は気付くだろ。おまえそれはちょっと鈍いぞ」
「てめぇにだけは言われたくねぇよ!」
お前に期待した俺が馬鹿だったよ、ちくしょう。
「この引っ越し業者風情が!!」
「なんでさ!?」
完全なる負け惜しみだった。捨て台詞もいいところである。
そんな会話を歩き続けながら暫くすると坂道にさしかかった。
時刻は朝の七時半過ぎ、登校する生徒が一番多い時間だ。
そんな中。
この面子で歩いたらそりゃ目立つこと目立つこと。
だってアレだぜ? 学校一の完璧美人(見た目だけ)の遠坂凛に、一年生部門、守ってあげたい系美少女ランキング堂々の一位(笠原調べ)である間桐桜ちゃん、頼まれればなんでもやってくれる 穂群原のブラウニー衛宮士郎と揃えば目立たない方が難しい。スネイクだって誤魔化しきれない。
だというのに。
「…………」
さっきから腕を組み顎に手をやって不思議そうに
黙っている
「どうした遠坂。なんか坂道あたりから様子が変だぞ、おまえ」
そんな様子を慮ってか心配そうに声を上げる。
「え………? やっぱりヘン、今のわたし?」
「いや、別に変じゃないが、強いて言うなら、反応が変だ」
「先輩、その説明は矛盾してます。遠坂先輩が訊いているのはそういうコトじゃないと思いますけど」
「? 何を訊きたがってるっていうんだよ、遠坂は」
いまいち理解が出来ていない士郎に対して桜ちゃんは控えめにフォローに入った。なんて甲斐甲斐しい子なんだろうか。それに比べてなんで俺の周りにはおしとやかな女がいないのだ。母親しかり、幼なじみしかり、あのドS僧侶しかり。個性が強烈すぎる。桜ちゃんみたいな潤いが欲しい。
「そ、そうだけど、やっぱり桜から見てもヘン? おかしいな、今朝はちゃんとブローしたし、制服だって皴一つないと思うんだけど……やっぱり慣れない家で寝たもんだから目にクマでも出来てるってわけ!?」
いや、だからなんでお前は気づかない。自分の評判ぐらい把握しとけよ。どうしてそんなに鈍いんだ。
「なんでそこで俺に怒鳴る。遠坂が寝れないのは俺の所為じゃないし、仮にそのせいで遠坂の目にクマが出来ていたとしても大したコトじゃない。気にするな」
「なに失礼なコトいってるのよ。女ってのは生まれた時から自分の身だしなみを気にするものなの! ああもう、今まで外見だけは完璧でいようって取り繕ってきたのに、それも今日でおしまいってコトかしらね……!」
「……そうか、喜べ清く正しい純情な少年達よ。今日より、悪質な蜃気楼に惑わされ、心をポッキポキに折られることはなくなったぞ。またこの世界に平和が一つ訪れた。アーメン」
「……ならあんたを真っ先に夢の国に送ってやろうかしら?」
「グボォ」
だからそうやって隠れて腹を殴るのはやめてくんない? 最近はどんどん技術が向上してきて息するのもつらいんだから。
「違いますよ遠坂先輩。先輩は今日も綺麗です。みんなが遠坂先輩見ているのは、わたしたちと一緒だからです。先輩、今まで誰かと登校した事なんてなかったから」
「え………? なに、その程度の事でこんな扱い受けるわけ? ……侮れないわね。十年も通ってれば学校なんてマスターしたつもりだったけど………ってちょっと待って、わたしが一人で登校し始めたのって確か中学二年の夏休み終わるくらいよ。それまでは
「そうだったのか、笠原?」
「ああ、うん。そうだったけど」
いやまぁ、正直いつから一緒に二人仲良く肩ならべて学校へ行かなくなったのかすっかりきっぱり忘れていたのだが。でもまぁ、異性の幼なじみなんてそんなもんだろ。漫画じゃあるまいし。いつまでも一緒なんてこともないだろ。
好奇の視線にさらされながら校門をくぐる。
たぶん、いや確実に教室に入ったら
「……ふん、朝から頭痛いのがやってきちゃってまあ」
ぼそり、と不機嫌そうにつぶやく。
何事かと思い、凛の視線の先を見てみると、登校する邪魔そうに押しのけてくる青い髪の頭があった。
「桜!」
「あ……兄、さん」
その剣呑な怒声に体を震わせる桜ちゃん。
そんな彼女を親の敵のように睨みつけ、女子に人気のある甘いマスクを般若のように怒りでゆがませて彼女の兄である間桐慎二は妹に詰め寄る。
「どうして道場に来ないんだ! おまえ、僕に断りもなく休むなんて何様なわけ!?」
そうして有無を言わさず、そのままの勢いで右手を上げ、おびえる桜ちゃんに間桐が振り下ろそうとしたのだが、
「よ、慎二。朝から御苦労さまだな」
そんな暴挙を正義の味方(志望)が許すはずもなく、気軽な様子で割って入っていった。
「え、衛宮……!? おまえ──そうか、また、衛宮の家に行っていたのか、桜!」
強引に割り込んだ相手を視界に収めた瞬間にすべての事情が察せたのか間桐はますますボルテージを上げていく。
「……はい。先輩のところにお手伝いにいってました。けど、それは」
「後輩としての義務だって? まったく泥臭いなおまえは。勝手に怪我したヤツなんてかまうコトないだろ。いいから、おまえは僕の言う通りにしてればいいんだよ」
ふん、と忌々しそうに息を吐き出しながら掴まれた腕を間桐が振りほどく様を見てまず俺が思ったのはまずいという焦りの気持だった。
別にまずい、というのは怒り心頭の間桐に対しての言葉じゃない。あんなのは子供が駄々をこねている程度のレベルだ。俺が言っているのはにこやかな笑みを浮かべながらリンゴでも割るつもりかと言いたくなる程に握りこまれた手を震わせる横の幼馴染みに対してだ。
──俺は今まで生きてきた中で絶対に回避すべきタブーというのが四つある。
まず一つ目は我が家の母に逆らうこと、これをやらかすと格ゲーもかくやといった恐怖の連撃コンボを喰らわせた挙げ句、三日間は食事を抜かれ水だけの生活を強いられてしまうという身体的にも精神的にも地獄を味わされることになる。俺はもう二度と隠れて母様のプリンを食わないと心底誓いました。
次に二つ目が懐かしの旅団メンバーであるドS僧侶が完全にスイッチはいちゃった時。詳しくは語らないが始めて見たときはその夜、悪夢にうなされることになった。本当に、アレはなんなんだ。
そして三つ目がこれまた旅団メンバーのドM魔術師がおこなう実験。なんでもヤツは肉体に関するものが研究分野らしく、よく俺とレノアスをこん睡させて実験台にしようとしていた。別に腕とか足とかがドリルやら
そして最後の一つが『遠坂凛を決して本気で怒らせることなかれ』だ。
普段、学校での猫被りっぷりを見ているとおり、コイツは周りに対して一歩引いているというか完全に壁どころか城まで築城してそこに籠城決め込んでるようなガチガチにガードが堅いヤツなのだが、いったん身内と認めた人物に対してはこれでもかというほど世話を焼く。それをはたして保護欲と呼ぶのどうかはか定かではないのだが、(本人曰く、『心の贅肉』だそうだ。うまいこと言いやがる)とにかく遠坂凛という少女は基本的に保守的なのだ。だからこそ、この冬木のあかいあくまは外からの攻撃に対して容赦というものが存在しない。徹底的に、完膚なきまでに、それこそ相手を踏みにじって二度とはむかう事が出来ないようにコテンパンにしてしまうのだ。しかもなまじ本人のスペックがべらぼうに高いため性質が悪い。
つまり、
ああやってこちらに気づかず調子に乗ってベラベラ御高説垂れ流している間桐の馬鹿野郎は確実に凛の怒りの沸点に近づいていってるわけで。
「しかしなんだね、そこまでしてうちの邪魔し楽しいわけ衛宮? 桜は弓道部の部員なんだからさ、無理やりサボらせるような真似しないでくれないかな」
「────む」
その律義さ故に反論できない士郎を見て桜ちゃんが気色ばむ。
「そんなコトありませんっ……! わたしは好きで先輩のお手伝いをしてるだけです。兄さん、今のは言い過ぎなんじゃないんですか」
「は、言い過ぎだって? それはお前の方だよ桜。衛宮が独り住まいだからなんだって言うんだ。別に一人でいいって言うんだからさ! 一人にしてやればいいんだよ。衛宮みたいななのはそっちの方が居心地いいんだからさ」
「兄さん……! やだ、今のはひどい、よ……」
あまりにも勝手な間桐の言い分に桜ちゃんは思わず息呑んで固まってしまう。
「──ふん。まあいい、きょうで衛宮の家に行くのはやめろよ桜。僕が来いって言ったのに部活に来なかったんだ。そのくらいの罰は受ける覚悟があったんだろうな?」
そんな妹の姿を一顧だにせず間桐が強引に腕を取り、連れて行こうとしたところで、
ぶちん、
と何かがキレた音を聞いたような気がして、俺は思わず額に手をやった。
あーあやっちまったよ、間桐のヤツ。俺はどうなっても知らんからな。
横のあかいあくまが前に一歩踏み出した時、俺がそう思ったのは致し方ないだろう。
「おはよう間桐くん。黙ってきてたんだけど。なかなか面白い話だったわ、今の」
「え──遠、坂? おまえ! なんで桜といるんだよ」
予想だにしなかった事態に間桐がじり、とわずかにあとずさった。
「別に以外でもなんでもないでしょう。桜さんは衛宮くんと知り合い、わたしは衛宮君と知り合い。だから今朝は一緒に登校してきたんだけど、気付かなかった?」
「──え、衛宮と、知り合い……!?」
「ええ、きっとこれからも一緒に学校へ来て一緒に下校するくらいの知り合い。だから桜さんともお付き合っていこうかなって思ってるわ」
「衛宮とだって……!!!!」
明らかな殺意をもって士郎を睨みつける間桐。まあ、無理もないだろう。妙にライバル意識……いや、格下として見下している士郎に、自分がこっぴどく振られた好きな相手が仲良くしているのは。しかもこれが
「は、そんなバカな。冗談きついな遠坂は。君が衛宮なんかとつき合う訳ないじゃないか。……ああ、そうか。君勘違いしているんだろ。そりゃあたしかにちょっと前まで衛宮と友達だったけど、今は違うんだ。もう衛宮と僕は無関係だから、あまりメリットはないんだぜ?」
間桐のヤツがなけなしの自尊心をかき集めて嘲笑うが、残念だけどな間桐、お前が凛にそして士郎にどんな気持ちを持ってるかそれをわかってて踏みにじりにきてんだよ、
「そうなの? よかった、それを聞いて安心したわ、前にも言ったと思うけど、貴方の事なんて、ちっとも興味がなっかたから」
「──うわ」
にこやかな笑みを浮かべたまま凛が放つあまりの容赦のない口撃に思わず士郎が声をもらした。あんなもん面と向かってアンタは士郎に劣るって言ってるのと同じである。ホントにおっかねーヤツだな。
けど、もうそろそろ頃合いか。さっきから俺たちの騒ぎを聞きつけて野次馬が集まりだしてる。俺は別にかまわないけど桜ちゃんや士郎が遅刻、なんてのは忍びない。凛は知らんが。
「──よう、間桐。ずいぶんと元気いいねぇ。何かいいことでもあったのか?」
「ああ、おかげさまでな、どこぞのバカに絡まれなければもっといい気分になれただろうに。なあ、笠原?」
そんなことを言い合いながら俺と間桐は一歩詰め寄る。お互いに笑みを浮かべているのにピリピリとした雰囲気がまわりを包む。
「言うじゃねぇか、色男。さっき同じ女に二回フラれたてなかったら惚れてたところだぜ」
「オマエ……ッッ‼」
間桐の色白の頬にサッと朱が差し込んだ。
燃え上がるような眼でこちらを睨みつけながら地の底から這い出るような声が端正な唇から漏れ出る。
「凡人の癖にいい気になるなよ笠原。女の後ろについて回るコバンザメ風情が、ヒーローになったつもりかい?」
「いつ誰が女のケツ追っかけたかよ。この野郎……っち、まぁいい。それよりもいつまでもこんなことしている場合でもないだろ。そら、てめえのガールフレンドたちが心配そうにこっち見てるぜ」
肩越しに間桐は背後の取り巻きに視線を送る。今にも先生を呼びに行きそうな様子を見て忌々しそうに小さく悪態をつくと、取り繕うように彼女達に笑顔を向けた。
間桐としてもこれ以上、事を大きくしたくはないのだろう、こちらに向き直ると、
「──わかった、今朝の件は許してやる。けど桜、次はないからな。今度なにかあったら、その時は自分の立場ってヤツをよく思い知らせてやる」
地を這うような声でそんな捨て台詞を吐いた後、間桐は足早に校舎の方へと消えていった。
「……ごめんなさい。兄さんがその……失礼なことを言ってしまって」
桜ちゃんは言った。
申し訳なさそうに眉尻をさげてうつむく彼女は兄とは違って良くできた妹で正直、間桐の奴にはもったいないくらいだ。──なんというか兄妹の片方がダメだともう片方がしっかりするという兄妹間の通説をよく表した姿だった。
「ううん、朝からいい運動になったわ。朝のギアがスパッと上がったし、ようやく調子が出てきたもの。口喧嘩好きなのよねーわたし」
あれは口喧嘩というよりただの虐めだ、とは言わない。誰だって痛いのは嫌だ。
「それに謝るのはわたしの方だし。ちょっとやりすぎだったわよね、今の」
「あ、自覚あるのか」
「なんか言った?」
「いえ、なんでもないです。ハイ」
後で覚えとけ、そんなことを目で言われた。なるほど、これが『目は口ほどに物を言う』か。いやーまた少し賢くなったな、ウン。
なんとも嫌な覚え方だった。
「──ともかく、あいつの立場も考えずにああいうのしちゃ駄目だって言うじゃない。間桐くんが落ち込んでたら後でフォローしてあげて。これに懲りずに、またつっかかってきてもいいって」
「あ──はい。兄さんが懲りてなければお相手をしてあげてください」
安心したようのか、嬉しそうに微笑む桜ちゃんに凜は照れくさそうにそっほを向いてる。
ほほう、『間桐くんが落ち込んでたら後でフォローしてあげて』、とな。よく言うよ、そんなこと毛ほども思ってねぇくせに。今の言葉もよくよく考えてみれば、『わたしは悪くないから、次来た時は確実にぶっ潰す』なんて副音声がだだ漏れなんですけど。なにコイツ、ちょーこわい。
まぁ、確かに今の言葉の裏は間桐抹殺宣言みたいなモノだったが、表の方は桜ちゃんを思っての言葉なのだろう。兄の暴言を謝る妹に対しての。こっちも悪かったしおあいこにしましょう、みたいな。そうやって彼女の罪悪感を少しでも軽くしてあげようとしたのだろう。
でも、コイツの桜ちゃんに接する態度はなんというか、変だ。いやまぁ、それは言い過ぎのような気がするが。保護的、とでもいえばいいのか、士郎と桜ちゃんの両方とも一緒にいる期間は同じぐらいなのに、二人との距離感は桜ちゃんのほうが圧倒的に近いような感じがする。そう、それは、まるで────
「それにしても笠原、相変わらず慎二とは仲が悪いな」
と、士郎のあきれた声でその思考は分断された。
「何言ってんだ。あんなの天気の挨拶みたいだ。」
こんにちは、いい天気ですねって聞こえてただろーが。
「どこのチンピラだよ……」
「うるせぇ!! だれがチキンピラフか!!」
「そんなこと一言も言ってねぇよ!」
そんなわけで、漫才じみたことを士郎としていた俺は凜に対する考察を完全に忘れ去っていたのだった──愚かにも。
結局──ここで気づけていたのならば。
遠阪凜と間桐桜の関係についてほんの少しでも思考を向けていれば。
このお話は。物語は。運命は。
もう少しましな結末になっていたのかもしれない。
本当に自分で言うのもなんだが、しかしこれは自分で言うしかない──我ながら見事な棚上げっぷりたった。