Fate/Day to break   作:キラクマー

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屋上って実際開いてる所って少ないよね。


冬の屋上で

「なぜだ! なぜあの女狐が衛宮と仲睦まじく登校しておるのだ! 答えろ笠原!!」

 

 さながら刑事ドラマの事情聴取よろしく柳洞一成が俺の机に拳を叩きつけたのを見ていい加減うんざりしながら十二回目のため息をついたのはちょうど昼休みの事だった。

 

 彼が女狐と言ってはばからないのがうちの幼馴染み様であるのだが、まぁなんというかずいぶんな嫌われようである。何しろ桜ちゃんと別れてすぐのところで俺と士郎と凛の三人で歩いている場面にばったり鉢合わせた時に士郎をなんとか凛から遠ざけようとしたのだが、それを士郎がやんわり断ると、女狐に毒されたのか!! とこの世の終わりを見たかのような顔で頭を抱えて今の時間まで士郎に一歩でも近づかない程のありさまである。まるで瘴気を放つ物の怪のような扱いだ。しかも凛も凛で程良く一成を挑発するもんだからテンションは下降せずに上昇。やってくれるのは好き勝手にどうぞといった感じなのだがこっちがとばっちり受けるのは勘弁してほしい。

 

「はぁ……、あのな一成。別にあの二人は友達なんだから、道端で出会ったら、そりゃ一緒にいきましょう、ってなるだろーが、それのどこがダメなんだよ」

 

「それが問題だといっておるのだッ!」

 

 昼休みの喧騒の中からび出した声に耳を傾けながら痺れてきた腕と反対側の腕で再び頬杖をつく。

 

 いい加減こうも授業の休み時間毎に来られたらめんどくさくもなってくる。かといって一から懇切丁寧に話そうにもきっかけがきっかけなだけに素直に話せるものでもない。こうやってのらりくらりとかわしていくしかないのが現状だ。ドつぼにはまるとはこのことを言う。

 

「それよりもさ、珍しいよな、お前がそこまで他人を邪険に扱うなんて」

 

 実家が寺であることが影響しているのか、一成は誠実な好青年である。生徒会長としてのリーダーシップも、その勤勉さも現代のすさんだ子供たちからは考えられないほどに珍しい。

 

「ふふふ……聞きたいか?」

 

「いえ、いいです」

 

 なんか気味が悪いぞ、怪談でも語るつもりか。

 

「そうかそうか、そんなに語ってほしいのか!!」

 

「別にいいって」

 

「そんなに急かすんじゃない。ゆっくり聞かせてやるから心配するな」

 

「違う! 今のいいですは『NO』のほう!!」

 

 なんなんだコイツは、手口が悪徳商法のやり口だぞ。

 

「お前も知ってのとおり、中学頃は俺が生徒会長、あやつが副会長していたが、卒業するまでの二年間のヤツとの戦いはそれはもう壮絶なものだった。何せあの妖怪、表でニコニコとこちらに手を差しのべながら裏ではえげつない手段でこちらを徹底的に潰そうとしてくるのだ。あれはもはや、人の所業ではない」

 

 喝、と戒めるように呟いたのは果たして誰に向けたものなのか、少なくとも俺ではないようだが。

 

「だからこそ、だ・か・ら・こ・そ!! 衛宮をあの女狐には近づけてはならんのだ! 悪しき瘴気に呑まれるやも知れんのだから!! わかるか!?」

 

「わかる、わかるから!!」

 

 だから一歩、一歩にじり寄ってくんな。そんなんだから間桐と二分するほど女子に人気者のくせにお前の支持者は腐ってる女子諸君の割合が高いんだぞ。

 

「お前だけが頼りなのだ、笠原。お前の後先考えない行動力をもって衛宮を遠坂凛の魔の手から救ってやってくれ、多分お前は十中八九死ぬだろうが……なに、葬儀は柳洞寺(うち )で盛大にやるので安心してくれ」

 

「どこらへんが!? 全く安心できないんですけど!! 不安すぎて夜も眠れんわ!!」

 

 なんてヤツだ、人の命を何だと思ってやがる。俺は画面の向こう側でいそいそレベル上げに精を出しているボンボン勇者とは違うんだよ。フェニックスの尾でもザオリクでも甦生できねーんだよ。メモった復活の呪文なんかでやり直しはできないの!! コントローラー握ってぺぺぺぺぺぺ言ってる前にてめーの人生のコントローラー握りやがれ、バカヤローが!!

 

 ずいっ、と顔を近づけてくる一成を片手で押しのけながらそんなことを思っていると壁にかかった時計の針は凛達と屋上で会う約束の時間に近づいていた。

 

「あー、と……、悪いんだが俺、これから用事があるんだった」

 

「む、そうなのか。ならば仕方ない。この話はまたあとでだな」

 

「いえ、もう二度しないでください」

 

 ……もし、ここで一緒に登校どころか士郎と凛は一つ屋根の下で暮らしてるぞ、なんて言ったらどうなるのだろうか?

 

 

 出でいく前に教室の扉の前で振り返り、一成の顔を見る。

 

 

 

 ………うん、世の中知らないほうがいいこともあるよな。異世界とか魔術とか士郎と凛の関係とか。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 昼飯を買って屋上へ。

 

 夏場なら生徒たちで賑わう屋上も、冬の寒さの前には閑古鳥を鳴かざるをえない。

 

 つーか、本当に寒い。なんでここチョイスすんの? 確かに誰もこないけどさぁ、もうちょいマシなトコなかったんかい。

 

 冷たい風が刺すように吹くなか、隅っこのほうで縮こまってる少女を一人見つけた。どうやらもう一人はまだ来てはいないようだ。

 

 

「早えーな、凜」

 

 こっちもだいぶ早く来たつもりだったんだが。

 

「何言ってんの? 輝一が遅いだけよ」

 

 じろり、と恨めしげに睨みながら小さな身体を震わせてる凜を見て、思い出した。そうだ、

 

 

「こいつ友達いねぇーんだったわ」

 

 

「アンタねぇ……、よくもまぁ、本人を目の前にして失礼なこと言えるわねぇ……ッッ!!」

 

 

 だって事実じゃん。揺るぎない真実じゃん。

 

「わ、私にだって友達くらいいるわよ!」

 

「じゃあ、言ってみ」

 

「綾子でしょ、蒔寺に………」

 

  と、お父さん指とお母さん指がお辞儀したところでピタリと止まる。……どうやら兄から下は反抗期らしい。三人同時とか大変そーだな。

 

 

 先は見えきっているのだが、一応かたちとして言ってみる。

 

「他には?」

 

 

「――――」

 

 

 うわ、やっべ。黙っちまったぜ、オイ。

 

 

「な、なによ! わたしは魔術師なんだから世俗との関わりは最小限にとどめとかなくちゃいけないだから!! なんか文句ある!?」

 

 いや、そんな涙目で逆ギレされても。

 

 

「あー、気にすんな。いつかきっと、友達くらい出来るさ。大丈夫、希望もて、うん」

 

 

「そんな憐れに満ちた希望いらないわよッッ!!」

 

 心なしか、風が二割増しで強く吹いたような気がした。

 

「悪い、遅れた……って、なんだ? この澱んだ空気は?」

 

 昼食を片手にこちらを見て少しひきつった表情で腫れ物を触るかのように恐る恐る士郎が訊いてくる。いつでも逃げ出せるように、足が扉のほうににじりよってるのは無意識なのだろう。苦労したがり、巻き込まれ型主人公特有の危機察知能力は今日も絶好調である。

 

 ……まぁ、何はともあれ全員揃ったので。

 

「――では、これから『チキチキ!? 聖杯かっぱらい大運動会』の作戦方針を決めまーす。とあえず基本、りんとしろうは『ガンガンいこうぜ』で、きいちは『いのちをだいじに』でーす。文句あるヤツは挙手してから順番に『ザキ』を受けてから言ってくださーい」 

 

 

「ザキ」

 

 

「ギャアアア!! 目が焼けるようにアツい!?」

 

 

 学園の男子生徒が羨望してやまない、凜の白魚のように繊細な指がなんとも豪快に小粋なジョークをかました俺の目玉に勢いよくつっこまれた。

 

 

 ゴロゴロと水揚げされたマグロみたく凍えるように冷たいコンクリートの上をのたうち回る。

 

 

「うわ……むご」

 

 

「あら? 衛宮君。何か言ったかしら?」

 

 

 あまりの惨事に思わず漏らしてしまったのであろう士郎の呟きは転がる俺を踏みつけた凜によって冷や汗と共に握りつぶされたのだった。涙で見えなかったけどたぶん、凜は凄くイイ笑顔だったに違いない。

 

 

「――それじゃ、改めて訊くけど、あなた達、放課後はどうするつもり?」

 

「放課後? いや、別にこれといって予定はないよ。生徒会の手伝い事があったら手伝うし、なかったらバイトにでるし」

 

「――――」

 

「――――」

 

 

 あっけからんと言い放つ士郎に対して思わず凜と顔を見合わせる。コイツ、マジかと。

 

 ……まぁ、あのすっとぼけた表情見るにマジなんだろうなぁ。

 

「「はぁ……」」

 

 

「……なんだよ、二人して露骨にあきれた顔は。言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。出来るだけ直すから」

 

 

「いや、お前だいぶ余裕だな、と思ってよ。昨日の今日で死にかけたくせに。もしかして新手の自殺願望者?」

 

「む、別に俺は死にたいわけじゃないぞ」

 

「もし、バイトに出るとしたらお前、家には一旦帰んのか?」

 

「いいや、直接行くけど」

 

 

 家に帰ったらバイト間に合わないしな、などとのほほんとぬかしやしやがった士郎に向けてアイアンクローをした俺は絶対に悪くないと思う。

 

 

「イダダダダ!! あ、頭がわ……割れる……!?」

 

「おうおう、割れろ割れろ。その方がお前のためだ」

 

「あのね、輝一が言いたいのは士郎、自覚がなさすぎるってことよ。貴方がどうなろうと私は構わないけど、サーヴァントも連れずに夜歩き回るなんてどうぞ殺してくださいって言ってるようなものなの、本当に解ってるの? そこのところ」

 

 

「解って、る……!」

 

 

「解ってねーからこうやってんじゃねーか。……いいか、戦争なんてもんはな、奇襲、奇策、騙し討ち当たり前、朝駆け、夜襲大好物です、みたいな場所なんだよ。それともお前は何か、ご丁寧に敵がインターホン鳴らしてから、目の前で『今から殺し合いしましょう』何て言ってくれるとでも思ってんのかよ」

 

 

 武器持ってるだけで捕まるような平和な日本で学生がはい、戦争しますって言われても実感など湧きはしない。実際俺もそうだったがさすがにコレはなしだろう。

 

 

 心の中で小さく嘆息。状況も立場もなにもかも違うけれど、こうして理不尽に巻き込まれた士郎は間違いなく三年前の俺だ。多少の共感はあるし、あの時仲間たちが俺を助けてくれたようにコイツを出来る限り手伝ってやりたいとは思うが、当人がこの調子では……。

 

 再度、心の中で息を吐く。今日半日でかなりの幸福がラナウェイして気持ちがズブズブと沈んでいくが、悲しいことに今更幸福度が下がったところで底辺なのはかわりない。安定の不幸指数だった。

 

 

「相手は悠長にお前なんか待ってくれない。外にいるときは常に気を張れ、命狙われてんのを忘れんな。覚悟とかそれ以前の必要最低限のことくらいしっかりやれ」

 

 

 そう言って手を離す。俺、この戦争生き残れるかなぁ…

 

 

「――じゃ、ひとしきり輝一が士郎を苛めたところで、話を戻すわよ」

 

 パンパンと仕切り直すように凜が手を叩く。

 

「士郎は気づいてないみたいだけど、ここに結界が張られているの」

 

「待て。学校の結界って、それはまさか」

 

「まさかも何も、他のマスターが張った結界だってば。かなり広範囲に仕組まれた結界でね、発動すれば学校の敷地をほぼ包み込む」

 

「笠原は気づいてたか?」

 

「はっきりとじゃない、。ここ二、三日皆元気がなかったは知ってた。……これが結界の類ならエナジードレインってところか?」

 

 視線を宙にさまよわせて今まで感じた異変と経験を混ぜ合わせながら士郎に返す。

 

 実のところ、俺は魔力探知は全くといいほど出来ない。気づいたのも雰囲気の変質だけで結界は察知できなかった。これは才能云々とかそれ以前の問題で、強力な破魔の性質をもつ聖剣は例え表に出してなくとも微弱な魔力反応は打ち消してしまうのだ。なので俺は魔力探知類はポンコツである。

 

「概ね輝一が言うとおり……ううん、それよりももっと悪質。この結界はね、発動した最後、結界内の人間を一人残らず“溶解”して吸収する代物よ。わたしたちは生き物の胃の中にいるようなものなの」

 

「魔力で自分自身を守ってるわたしたちには効果はないだろうけど、魔力を持たない人間なら訳も分からないうちに衰弱死しかねない。一般人を巻き込む、どころの話じゃないわ。結界が起動したら、学校中の人間は皆殺しにされるのよ」

 

「そんなふざけたヤツが、学校に?」

 

 愕然とした士郎がつぶやく。こんな身近な所にも聖杯戦争の影が忍び寄って来ている。

 

「それで、特定はできてんのか、凜」

 

「いいえ。あたりはついてるけど、まだ確証がとれてない。……まぁ、うちの学校にはもう一人魔術師がいるって事は知ってたけど、魔術師イコールマスターってわけじゃないから。衛宮君みたいな素人がマスターになる場合もあるんだし、断定は出来ないわ」

 

「む。俺は素人じゃない、ちゃんとした魔術師だ……って、待った遠坂、魔術師ならもう一人いるってうちの学校にか……?」

 

「そうよ。けどそいつからマスターとしての気配は感じられないのよね。真っ先に調べにいったけど、令呪も無ければサーヴァントの気配も感じられなかった。よっぽど巧く気配を隠してるなら別だけど、まずそいつはマスターじゃないわ」

 

「だからこの学校に潜んでいるマスターは、士郎みたいに半端に魔術を知ってる人間だと思う。ここのところさ、微量だけどわたしたち以外の魔力を校舎に感じるのよ。それが敵マスターの気配ってわけなんだけど……」

 

 微弱すぎて特定が難しい、とそういうワケか。

 

「そのマスターに関しては引き続き捜索するとして。凛、この学校に存在する魔術師の人数はお前含めて何人になる? まさかウン十人とかじゃないだろうな」

 

「それこそまさかよ。わたしとその子で二人。魔術師ってのは家柄を大事にするでしょ? こんな狭い地域に二つの家計が根を張った場合、どうしても遺恨が残るものなのよ」

 

「そうなのか? けど遠坂の家のこと、知らなかったけどな」

 

「衛宮くんちは特別。衛宮くんのお父さん、協会から離反した一匹狼だったんでしょうね。たまたまこの町が気に入って根を下ろしたんだろうけど、冬木の町は遠坂(うち)の管轄だからさ。わたしたちにバレたら貰うものも貰う事になるし、それが嫌で隠れてたんじゃないかな」

 

 くすくすと、何が楽しいのやら嬉しそうに笑って見せる凛に反比例して士郎の顔が不安そうに引きつるのを見ながら、さっき訊いた話を反芻してみる。

 

 ――士郎がどうして『衛宮』の姓を名乗ることになったのかはどうして魔術師を志したのかという理由と共におおよその話は耳にしていた。新都にある、十年前、大きな火災があった後に造られた公園とは名ばかりのだだ広い敷地。向こうの世界に行く前だった時でさえ薄気味悪いあの場所は、しかるべき知識と目を持った人間には怨念と残存魔力がカレーうどんの汁みたいにこびりついた一種の異界となっていることにたやすく気がついたことだろう。 状況的にみても前回の聖杯の降臨場所だったのはサルでもわかる。

 

 

 だとしたならば、

 

 

「――本当にその出会いは偶然だったのか?」

 

 

「ん、何か言った? 輝一。ああ、安心していいわよ、あんたは魔術師じゃないからね。徴収はナシにしてあげるわ。おばさまから貰ってるなけなしのお小遣いを巻き上げるのはさすがに可哀想だし。週に三、四日ケーキおごるので許しといてあげる」

 

 思わず出た呟きに凛が顔面真っ青になって四肢をついてうなだれる士郎を放り出して『我、天下を獲たり!』といった今にもスキップせんばかりの上機嫌でそんなことをのたまった。

 

「アホか、何が週に三、四日ケーキおごるので許しといてあげる、だ。俺の小遣い事情を知ってるヤツの言葉じゃねぇ。全然許してねぇーじゃん、一つも妥協してねぇーじゃん。フリーザだってもうちょっと遠慮するわ。……ってそうじゃなくて、なんかおかしいよなって言ったの!」

 

 

「おかしい、ってなにがよ?」

 

 

「その、衛宮の親父さんがお前(遠坂)の家に黙って住み着いた理由だよ。なんでこんなとこ選んだんだ?」

 

 

 俺がそう言った瞬間、目の前が真っ暗になってこめかみに激痛が走った。

 

 

「いだだだだだだだだだだっっ!? 一体どうした!? めのまえがまっくらになったぞ!! 俺のおこづかい大丈夫!? 半分になってたりしてない!?」

 

 

「あら、笠原君。 今なんて言ったのかしら? もしわたしの聞き間違いがなければ、『こんなところ』って聞こえたんだけど? もっぺんはっきり言ってみなさい、コラ」

 

 

 ちょっとまて。キャラが崩れてんぞ、おまえ。つーかその形相やめれ、後ろにウチのおふくろ様のスタンドが見えるんですけど。アレ? 凛ってサーヴァント、アーチャーとマザーの二体だっけ? やべ、なんだか気持よく――――

 

 

「もう許してやれ、遠坂。笠原が売れないお土産ストラップみたいになってきてるから」

 

 

 チッ、とおおよそ人様にお聞かせできない舌打ちが聞こえた後にボロ雑巾のように打ち捨てられらた。

 

 いや、確かに今のは冬木の土地を管理する魔術師に対してあんまりな失言だったけど、いくらなんでも俺の扱いぞんざいすぎやしませんかね、遠坂さん。

 

 それから士郎、そんなもうなんか慣れた、って顔に出すのやめてくんない? おまえが止めなくなったら桜ちゃんしか頼る人いなくなるんですけど。あの母なる御山々に頼らざるおえなくなっていくんですけど。

 

 

「……で、言ってみなさいよ、輝一。あんた曰く『こんなところ』を士郎のお父さんが選んだ理由」

 

 

 こいつまだ根に持ってやがんな、とひりひりと痛むこめかみを押さえつつ心の底で呟いた後に言葉を選んでいく。

 

 

「俺が魔術師だった場合、まず冬木市は選ばない。理由はただ一つ、自分の命が大事だからだ。……確かに冬木(ここ)は優秀な霊地だが同時にかなりやっかいな場所でもあるからな」

 

 

「やっかいって……、一体なにが厄介なんだよ」

 

 

「衛宮君……、あなた現在進行形でその厄介事にかかわってるでしょうが」

 

 

 あ、とあきれた様子の凛の横で士郎がわずかに目を見開いたの見て小さく首肯する。

 

「そう、過去四度、決着がつかず、生きて帰った者も極端に少ない血みどろの万能の杯をめぐる戦い、聖杯戦争。こんなもんを目と鼻の先でやられてみろ。おちおち寝てなんかいられねぇ。瞬き一つ、呼吸するのにだって気を使う必要がある」

 

 たとえ、マスターに選ばれなくとも、マスターに選ばれる可能性があるだけで、命を狙うには十分な理由だ。なんたって相手は百年以上これに人生どころか一族の命運を賭けてるやつらばばかりなのだから。

 

「もともと、知らなかった可能性は? こういうのもなんだけどこの聖杯戦争って場所が場所だけにマイナーなのよね。もともと日本は独自のルールで動いてるし、大陸の、西洋魔術師はそんなに幅を利かせてないから」

 

 まぁ、だからこそここが選ばれたんだけど、と腕を組んで思考の海に沈んでいた凛が言う。

 

 

「別に知らなくても知っていてもどっちでも構わねぇんだよ、この場合はな。なぁ、士郎。おまえ魔術教えてもらおうとしたとき、相当苦労したろ」

 

 

「そうだけど、なんで笠原がなんで知ってるんだ?」

 

 

「おまえの家見てたら解かるよ。あそこは自分の、一族の研究成果を守る為に造られる守りも何もない。それどころか魔術行使の隠蔽用結界すらない。ただ外敵が訪れるときに警報が鳴るだけの簡素なつくりだ」

 

 

 魔術師が敷く工房の『来るもの拒んで逃げる者は逃がさず』という基本概念から真っ向から逆らう『開けた』工房。それは、守るべき知識も、技術も持ちあわさない、というよりもそもそも譲り渡す気がない(・・・・・・・・)という意思表示に他ならない。

 

 

 そんな人物が、なぜこんなわざわざ他の魔術師が管理する一等の霊地に隠れ住む必要があったのか。魔術を継がせる気もましてやその行使すらもする気もない。別にここじゃなくても、それこそ北は北海道から南は沖縄までよりどりみどりだったろうに。

 

 

「魔術から身を引いていた人間がたまたま聖杯戦争という大魔術儀式が執り行われている冬木の地に住み着いて、冬木の災害の中で生き残った男の子をたまたま見つけ出して救助して養子にした挙げ句、あまつさえその息子がマスターに? これが偶然だっていうのなら、俺は先月買った宝くじで今頃一生遊んで暮らしてる」

 

 

 ……つまり順序が逆なのだ。住んでたところで偶然、聖杯戦争が開始されたのではなく、聖杯戦争の開催地だからこそ、というそういう順序。それに、

 

 

「なによりセイバーはおまえの家の土倉からでてきたんだぜ、魔術ド素人のおまえすら工房にしている場所に」

 

 

 証拠となる物証は何もないが、しかし、状況が、行動が、一つにの可能性へと続いていく。それはちょうど迷宮の出口へ導くアリアドネの糸のように。

 

 そして俺は静かに二人に対して自らの推論を叩きつけた。

 

 

「――衛宮士郎の父親である衛宮切嗣(えみやきりつぐ)は前回の、第四次聖杯戦争のマスターであった可能性がある」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「が、あくまでも『もしかしたら』って話だ。ほとんどは、俺が状況から勝手に想像しただけだ。ほんとにただの偶然かもしれない」

 

 

 自分で言いながらなんとも白々しい言葉だ。今日びの小学生だってもうちょっとマシなことを言うだろうに。自らの言い訳の貧弱さにあきれ返る。

 

 

「……いや、笠原の言う通りかもしれない。親父が、切嗣が聖杯戦争に参加していたのなら、なにか証拠とか記録とか残ってるのかもしれない。もう一度、切嗣の残していったものを探してみる」

 

 

「そうね、過去のマスターの戦術や戦いの推移を調べるのだって得るものは少なくないはずよ。わたしもお父様の書斎を調べなおしてみるわ」

 

 

「――――」

 

 

 一瞬、その淡白さに呆気にとられた。たぶん表情もかなり間抜けな顔だったことだろう。

 

 

 なぜなら、

 

 

 

 士郎の親父さんがマスターであるのならば。

 

 

 

 凛の父親と殺しあったとそういう意味なのだから。

 

 

 親の代では殺し合い、今はこうして息子たちは協力しあってるこの現状に先代の彼らにはどう映るのか、

笑うのか、それとも怒りにうち震えたのだろうか。どちらにせよ運命の悪戯に皮肉を感じられずにはいられなかった。

 

 

 


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