毎日歯を磨いて寝る
あれから三年の月日が経って俺も高校二年生になった。
あの旅が終わった後の生活は拍子抜けするほど行く前となにも変わらない穏やかな日々が続いて。
今は近くの穂群原学園というところに通っている。季節は冬、朝のひんやりした空気が大変気持ちいい。
校門の前にたどり着き、うーんと背伸びをし全身の筋肉を解す。うん平和だ。
「よう輝一。おはよう」
そんな声に振り向くと茶色の男子制服をきた髪の毛が赤銅色の少年が緩やかに手を挙げていた。
この少年の名前は衛宮士郎。一見どこにでもいそうな一般人だが侮るなかれ、コイツの家は武家屋敷のように広くしかも(←ここ重要)毎朝超絶美人な後輩に毎朝起こしてもらい、朝ご飯の世話をしてもらっていて、それなんてエロゲ? を地で突っ走っている大馬鹿野郎なのだ。
俺に魔術の才能があったならば呪殺してる。
しかし残念ながらかつて仲間内から魔術の才能? なにそれそんなんお前なんかにあると思ってんの? とか言われて涙と共に海へ投げ捨てたので実行には移せないのである。クソったれめ。
「………リア充なんて死ねばいい」
「いきなりなに言ってんだよお前」
士郎が呆れたような目でこちらを見る。しまった。俺の荒ぶるパトス(情熱)がこぼれ落ちたようだ。
「まぁ、気にすんな。それにしても士郎、お前今日早いな? なんか予定でもあるのか?」
「ああ、今日は一成に頼まれて生徒会のストーブを直しにいくんだ」
なんともまぁ、献身的な奴。俺だったら確実に業者を呼べと言っている。だいたいコイツは大抵何か頼まれればハイハイと二つ返事で受けてしまうので大して驚きはしないが。
ちなみに依頼主である我らが生徒会長柳洞一成はこの町にある柳洞寺の息子であり、つまる所、坊さんの卵だ。誠実でいい奴なんだが俺と顔を合わす度に『死相がでている』と大真面目に除霊を勧めてきやがる。そんなに俺を殺したいのか。
「まぁ、大変だな。お前は」
「そんなことないさ。俺がやりたくてやってるんだから」
………本当にコイツアンパンマンか何かだろうか。伊達に
げた箱で上履きに履き替え校舎の中に入る。中にはほとんど生徒はいない。まぁ当然いえば当然か。こんな時間帯に来る生徒なんて部活に青春を注いでいる連中で殆どは各部活動する場所で汗水たらして頑張っているのだろう。俺?もちろん部活には入ってません。家でエロゲかギャルゲしてます。しんどいし。
「じゃあまた後でだな」
「ああ。ストーブの修理頑張れよ。あと、一成にもよろしく言っといてくれ」
ヒラヒラと手を振り、士郎が生徒会室へむかうのを見送ったあと、ゆったりとした歩調で教室へと向かう。
コツコツと誰もいない廊下に自分の足音だけが響きわたる。自分の他に誰もいない学校の廊下は何故だか知らんがテンションが上がるのは俺だけではないはずだ。え? 違う? そんなことになるのはお前だけ? そうですか。
まぁそんな至極、どうでいいことに頭を巡らして歩いていると突然、背中に氷を突っ込まれたように背筋がピンと張り、体が寒くもないのにぶるぶる震えてくる。
「この体中を巡る悪寒、ピリピリと肌に突き刺さる邪悪な気配…………遠坂凜かッッ!!」
「なにあんたは人のことを悪魔みたいにいってんのよっっ!」
朝っぱらから元気のいいことで。
「誰のせいだ!誰の!」
ふらりと背後へと顔を向ければそこには不機嫌な顔をぶら下げた美少女が一人。
コイツは二年A組の遠坂凛。坂の上にある一際大きな洋館に住んでいるというお嬢さまで、これでもかっていうくらいの優等生。美人で成績優秀、運動神経も抜群で欠点知らず。性格は理知的で礼儀正しく、美人だという事を鼻にかけない、まさに男の理想みたいなヤツで俺とくらべたらガンタンクとダブルオーライザーぐらいの性能差があるのだ。トランザム。
そんなヤツだから、言うまでもなく男子生徒にとってはアイドル扱い。
ただ凛の場合、あまりに出来過ぎていて高嶺の花になっているのだが。
「ああ。そうだ。お前が決まってそういう態度をとると決まって何か悪いことが起こるんだ」
「………アンタ一体幼なじみのこと何て思ってるわけ?」
「歩く危険物」
ブチと目の前の幼なじみ(笑)から何かが切れた音がした。
ふっと凜を見てみると恐ろしくフラットな笑顔。うわーお、ビックリするくらい清々しい
。
あ、これは死んだな。 そう直感した俺はそっと微笑んで一言。
「今日のパンツ何いぐおはぁぁぁぁぁッッ!!」
言い切る前に鳩尾に鋭い痛みを感じ目の前が真っ暗になった。
………アイツまた拳法の腕上げてやがる。
※※※
何とか意識を取り戻し教室にたどり着く。気がついたら最初の予鈴がなる五分前だった。その間教室の前で気絶した俺を放置プレイしてくるクラスメイトとの友情をもう一度見直したほうがいいかもしれない。
ガラガラと教室の扉をあけると何だか悔しいそうな顔をしたワカメヘヤーの男子生徒が士郎の事をきっと睨みつけている。もしも視線に攻撃判定が出ていたら士郎の体は穴だらけになっているだろう。
踵を返し忌々しいそうに歪んだ端正な顔が此方に向く。……形相が更にレベルアップ、倍率ドン。
「…………。」
「…………。」
「………………っ!!」
「………………っ!!」
今日びのヤンキーすらめったに行わない壮絶なメンチの斬り合い。しかしながら周りの連中は馴れたもんでケータイ使ってゴッドファーザーの曲を流したりどちらが勝つかでトトカルチョまでしてる始末。……それから、後藤。その回収した金、あとで幾らか回しせよ、オイ。
この目の前でガン垂れてくれてるワカメヘヤーのコイツは間桐慎二。一言で言うと不倶戴天の怨敵である。根性が腐海に呑まれてるくせに外面はマカラーニャの森のごとく爽やか二枚目で、女子には大人気とか俺に喧嘩を売っているとしか思えない。過去に余りにも腹立たしいため一回アイツにジャーマンスープレックスをかけてやったのはいい思い出である。ざまぁ。その後、クラスの男子諸君には拍手喝采をうけ、クラスの女子には学園祭まで白い目で見られるという仕打ちを受けたが、これにめげずに隙あらばまた狙っていこうと俺は思っている。エライ人は言いました、イケメンは滅べばいいのに。ばくはつしろ、クソが。
今日も今日とてどちらからともなく目線を外して横を通り過ぎ、窓際の席に荷物を置く、……ふ、今日も俺の勝ちだな。気分良く右を向いて隣の席の住人に挨拶。
「…………リア充もげろ」
「だから何だよ。お前は」
すまん。許せ、士郎。どうしても抑えられないようだ。
「笠原とのやりとりはいつものこととしてやはりふざけたヤツだ。自分から衛宮を追い出しておいて、よくあんな口が聞ける」
と、さっきから士郎のすぐそばにいた我らが生徒会長様が憮然とした顔で会話に入ってくる。前の見下し度一二〇パーセントの間桐と士郎の会話が気に食わないようだ。
「よう。一成。お勤めご苦労さん」
「うむ、笠原。今日も相も変わらず死相がでているぞ。ウチで除霊をしてみたらどうだ」
「前からずっと思ってたがいい加減てめぇとは一度腰据えて話し合うべきだと俺は思うのだが」
「安心しろ、笠原。何も怖いことなんてないぞ」
「だから話し聞けやっ!!」
「なんだ一成、いたのか」
士郎が今さっき気づいたように言う。
「なんだとはなんだ! 気を利かして聞き耳立てていた友人に向かって、なんと冷淡な男だオマエは!」
とりあえず胸張って言うことではない。大丈夫かここの生徒会。
「? なんで気を利かすのさ。俺、一成に心配されるような事してないぞ」
「たわけ、心配もするわ。衛宮はカッとなりやすいからな。慎二に殴りかかれば皆は喝采を送るが、女どもからは非難の嵐だ。友人をそんな微妙な立場に置くのはよろしくない」
「おい、一成。なんで俺の顔見ながら言う」
お前だって喜んでたじゃん。
「オマエはやりすぎなのだ。何事にも限度というもがある」
知ってるか、一成。バレなきゃ犯罪にはならないんだぜ。
「………はぁ」
何故そこでため息をつく。
「そっか。うん、言われてみればそうだ。ありがとう一成。そんなコトにならないだろうけど、今の心配はありがたい」
「それよりも、なんでお前はあのワカメには優しいんだよ」
なんか通じあうものでもあるのか? リア充同士。
「ああ、アレは慎二の味だからな。つきあいが長いと慣れてくる」
……慣れる物なのか、アレ。
「ふむ、そんな物か」
ほら見ろ、一成だって首捻ってんぞ、士郎。
「そんな物です。ほら、納得したら席に戻れよ。そろそろ藤村先生がスっ飛んでくるぞ」
「ははは。あの方は飛んでくるというより浮いてくるという感じだな」
アレはそんな所ではすまないだろ、と苦笑しながら一成が眼鏡を押し上げるのを見ていた俺は呟いた。あんなモンもはや暴発に近いの領域に突っ込んでるよ。
ホームルームの鐘が鳴る。
通常、クラス担任は五分前に来るものだが、残念ながらこのクラスの担任はそういう常識で測れる人ではない。
二年C組にとってホームルームの開始は今のベルから一分ほど経過したあと、つまり、
「遅刻、遅刻、遅刻、遅刻、遅刻~~~!」
なんて叫びながら、ダダダダダー、と走ってくる暴走列車を迎え入れる所から始まるのだ。
「よし間に合ったーあ! みんな、おは────」
ごきん、と。
あ、死んだな、と思わせるような音を立てて、藤村先生はスッ転んだ。
「───────」
さっきまでの慌ただしさから一転、教室はなんともいえない静寂に包まれた。
さすが、人間ジェットコースター。
教室内のだれ一人としてついていけてない。
………本当に死んじゃいねぇだろうな。あれはシャレにはならんぞ。
藤村先生は教壇に頭をぶつけたまま倒れてる。
俯せになって顔が見えないところがまた、否応なしに嫌な想像をかき立てる。
「………おい、前の席のヤツ、先生起こしてやれよ」
「……えー、やだよー………近づいた途端、パクって食べられたら怖いもん………」
「……ミミックじゃあるまいし、さすがに藤村でもそこまでやらねぇだろ」
「アンタね、そういうなら自分で起こしてあげなさいよ」
見事なまでの押しつけ合いだ。
……仕方ない。ここは、一肌脱いでやろう。
「しゃーねぇ。不肖この俺、笠原輝一が起こして───」
「「「お前はやめろっ!!」」」
なぜだ。
「オマエがやったらさらにこの場が混迷するわっ!」
「お願いだから座っててっ!」
………ここで泣いてもいいですか。
「………しかたねえなあ。こうなったらアレしかないか」
誰かがぼそっと呟いた。
「うん、アレだね」
周りもその意見に賛成のようだ。
みんなの心が一つになっていく。
「せーのっ、起きろー、タイガー」
全員が声を合わせたわりには、呟くような大きさだった。
特に『タイガー』の発音は聞こえないぐらい小さい。
なのに。
……ぴくっ。
と、沈黙を保っていた藤村先生の体が反応する。
「うお、動いた!? 効き目ありそうだぞみんな!」
「よし続けろ! ガコロウトンの計じゃ!」
おい今言ったヤツ。絶対意味わかってねーだろ。俺も知らねーけど。
期末試験が迫ってきているのでみんなテンパってるのだろう。
調子に乗って、ブンブンと腕を振り回して藤村先生のあだ名を連呼する。
「起きろータイガー。朝だぞー」
「先生、起きないとタイガーです!」
内容も支離滅裂。ちょっと目の端が湿っているのはご愛敬。
「負けるなタイガー! 立ち上がれタイガー!」
あしたのジョーみたいに言うな。ジョーに失礼だろうが。
「よーし、起きろ先生! それでこそタイガーだぜ」
「ターイーガー! ターイーガー!」
「がぁーーーー!
タイガーって言うなーーーっ!」
復活。
あれほどのダメージを受けでもほとんど無傷だ。
「………あれ? みんな何してるの? だめよ、ホームルーム中に席を立っちゃ。ほらほら、始めるから座りなさい」
今、無性にあの頭をど突きたくなるのは俺だけでは無いはず。
………どうやら教室に飛び込んできたときから立ち上がるまでの記憶が、ポッカリ抜け落ちているようだった。
「………おい、タイガー覚えてないみたいだぞ」
「…………ラッキー、朝からついてるな、俺たち」
相変わらずこのクラスさっきのことと言い歪みねぇな。入学当初の初々しさはどこやった?
ガヤガヤと自分の席に戻る生徒達。
「むっ。いま誰か、先生のことバカにしてなかった?」
「いえ、してないっすよ。気のせいじゃないっすか?」
「そっか、ならよし。じゃあ今朝のホームルームを始めるから、大人しく聞くように」
ここまでやってようやくホームルームが始まる。つーか、教師を気絶から蘇生させるところからしないと始まらないホームルームってなんだ、聞いたことねぇよ。あんたは壊れかけのスーファミか。
しかも、ちょっとした連絡事項の合間合間に雑談をするもんだからちっとも進まない。
「そういう訳だから、みんなも下校時刻を守るように。門限は六時だから、部活の子たちも長居しちゃだめよ」
「えー、六時っていったらすぐじゃんかー。大河センセー、それって運動系は免除されないの?」
「されませんっ。それと後藤くん、先生のこと藤村先生って言わなくちゃダメなんだから。次に名前で呼んだら怒るからね?」
「はーい、以後注意しまーす」
いや後藤、お前、全然注意してないだろ。
………なんて甘い。
藤村先生は怒るといったら怒るのだ。相手が先生だろうと生徒だろうと関係ない。
俺も調子に乗ってやられたから断言できる。あれは限りなくマジの最後通牒だ。
そのことに気づけないようじゃ死ぬぞ、後藤。
「それじゃー今日のホームルームはここまで。みんな、三時限目の英語で会おうねー!」
手をヒラヒラさせて去っていく藤村先生。
我らが二年C組の超アグレッシヴ&ワイルド担任、藤村大河。
あだ名はタイガー
大河なんて名前がついてるからそう親しまれているのだが、藤村先生本人はタイガーというあだ名を嫌っている。
藤村先生曰わく、女の子らしくない、とか。
まず自分の行いを見てから言え、と俺は声を大にしていいたい。
「授業を始める。日直、礼を」
そうして、藤村先生と入れ違いで一時限目の先生が入ってくる。
藤村先生が時間ギリギリまでホームルームをするせいで、うちのクラスはの朝はいつもこんな感じだった。
そんな感じで、いささか慌ただしい俺の日常は始まる。
剣とか魔法とかがない普通の日常が。