Fate/Day to break   作:キラクマー

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カムバック、俺の日常





俺と非日常

 曇天の空に雨がシトシトと降っている。

 

 

 その空の下、少年と『破壊』という概念を生物の形に押し込めた黒き龍ような異形の生物が対峙していた。

 

 

 かつて荘厳であった城は天上を引き裂くような衝撃によって基盤を残し瓦礫と化している。

 

 そして、その残骸の中、何体もの巨大な魔物の亡骸が突き立オブジェのように倒れていた。

 

 

 その中には少年と共に乗り込んできた仲間も倒れていたが、全員なんとか生きてるらしい。少年は視線だけを周囲に走らせて全員の無事を確認するとその顔に安堵の色を浮かばせる。

 

 

 少年は、満身創痍であった。豪奢な軽装の鎧は辛うじて体に引っかかっているだけで着ている服も灰になる一歩手前だった。

 

 

 ────そこまで考えを巡らせてふっと俺は気がついた。

 これはかつての俺だ。魔王との最終決戦。物語のラスト。

 

 

 

 昔の俺が心はまだ折れてはいないとばかりに黒き龍を鋭く見据える。

 

 

「まだ立つのか………勇者よ」

 

 

 

 黒き龍──魔王が、語りかけてくる。その姿は相対した当初の人の姿を大きく逸脱していた。

 

 

 

「………それがテメェの正体か。とんだバケモンがてできたもんだ」

 

 

 そういって俺は砂まみれの髪を掻き揚げ皮肉げに笑う。

 

 

『極光の守護』(アルティマ)も破魔の服もおじゃんか」

 

 そう言って僅かながらに張り付いていた鎧の残骸をはずす。

 

 

「この世界は腐っている。特に人間という種族はその権化だ。自らを最も優れた種族だと思い上がり他の種族を軽んじ、虐げる。そういう存在なのだ人というものは。異なるものを排斥し、欲望のままに他者を虐げ、大義名分さえ整えば手段さえも選ばん」

 

 

 魔王────『終末の影』と呼ばれ最早自分自身の名前さえも忘れ去った絶対の存在が俺の言葉に意を介さず、悦に入ったように己の存在意味を謳いあげる。

 

 

「故に私が生まれた。人よ滅べと世界中の生とし生ける者が望み、そして世界が私という形を生み出したのだ。貴様もそうは思わなかったか? 身勝手な理由で今までの日常を捨てさせられ、生死をかけた戦いに放り出されたのではないか」

 

 魔王は自らに立ち向かう俺に対して同情の念を送った。

 

 

 

「確かにな」

 

 

 俺はどこか自嘲じみた笑みを浮かべる。

 

 

「俺も確かにそう思ったさ『終末の影』。どうしてこんなことをしなくちゃいけないんだ、そう思いながら空っぽの身体で何度も何度も迷いながらも剣を振るった。それでも、人の業を見せつけられ、苦しみながらも俺は戦い続けてきた…………それが約束だったからな」

 

 そこまでで言葉を切って倒れたままの少女を見る。すると意識が戻ったのか、彼女はゆるゆると顔を上げどこまでも蒼い空のような─────俺の好きな色の目と視線があった。

 

 

 言葉は、いらなかった。

 

 

 ただ俺は安心させるように唇のはしを上げ、彼女は満面の笑みを浮かべる。

 

 

 それだけで心はつながった。

 

 

「けれど、そんなクソったれな世界でも助けあって生きる者達がいた。生命を慈しみ、育む者達がいた。全てを投げ出し大切な人を守る者がいた。それは確かにこの世界にあってそれに触れる度に俺の身体のなかに何かが積もり溜まっていくのを感じた。そうしたものが積み重なり、俺の剣には迷いが無くなったんだ」

 

 

 俺は胸に手を当て、誰でもない自分自身へと語りかける。そして、腕をうごかし、瓦礫に突き刺さった大剣を握った。

 

「くだらん………そんなものは所詮自らを取り繕った偽りの姿だ。人は、その本質からは逃げられん。そんなものはただの児戯にすぎん」

 

 

 魔王は俺の言葉を嘲笑する。

 

 

 俺は、自分の背丈ほどあるその剣─────『輝ける希望の剣』(レディアント・デザイア)を軽々と振り抜いた。

 

 

 ───それは、人々の希望を世界が編み上げ鍛え上げた、魔王と対をなす、運命の剣。

 

 

 埋もれさせていた瓦礫が、積み木の玩具のように軽々と飛び散った。

 

 

「あと、残ってんのはこの剣だけか…………まるで一番始めに戻ったみたいだ」

 

 

 ───三年前と同じく、俺は聖剣だけを携え、立っていた。

 

 

「感謝するぜ、魔王。余計なもの全部取っ払ってくれてよ」

 

 俺は剣を握りなおし、切っ先を、魔王に向ける。

 

 

 俺は認識した────あの何一つ持ちえなかった頃に思った原初の気持ち…………勇者として立ち上がるための核となった気持ちを。

 

 

 ──私達の世界をどうか、救ってください───

 

 

 彼女にかけられた言葉が全ての始まりだった。

 

 

「まったくもって、その通りさ『終末の影』。人間っていうのはロクでもないヤツばっかだよ。俺も含めてな。そりゃ世界もその馬鹿さ加減には呆れるだろうよ」

 

 

 俺は認める。誤魔化すことも偽ることもせずただ受け止める。

 

 俺───笠原輝一はそんな瑣末なことでは芯は揺るがない。

 

「だからなんだ。俺は人類や、ましてや世界のためになんかに戦っちゃいねーよ」

 

 ニヤリと俺の唇が皮肉げに曲げ、眼前の敵を見据える。

 

 

「俺はただ惚れた女の願いを叶えに来ただけさッ!!」

 

 

「フフフフ、………アーハッハッハッハ!! そうか、貴様は世界でなく一人の女を選ぶか!!いやはや、なんとまっこと貴様は勇者らしくないな、笠原輝一。よかろう、希望(貴様)か絶望(私)かどちらがこの世界には相応しいか、存分に競い合おうではないかッ!!」

 

 

 黒き龍が蠢く。大地が震え、一面の瓦礫が脈動する。

 

 

 その圧倒的な力の渦の中で俺は思い出す。彼女と初めて会った日のことを。

 

 

 ただ言葉が出なかった。

 

 

 一途な願いが綺麗だと感じた。

 

 

 彼女のためなら神さえも砕こう、そう本気で思った。

 

 

 ───俺は、彼女を選んだのだ。

 

 

「さて、………覚悟は充分か魔王。今からテメェを斬りにいくぜッ!」

 

 

 ただ一人、ただ一振りの剣を持ち、勇者が駆ける。

 

 

 その声にも表情にも一片の曇りはなく、楽しげな笑みさえ浮かべ、勇者は魔王へと向かっていった。

 

 ───世界を救うために。

 

 

 ───ただ、愛する人の願いを叶えるために。

 

 

 

 

※※※※

 

 

 

「なっつかしー」

 

 

 ぽつり、とそんな言葉が口から漏れだした。

 

 

 窓から朝日が差し、顔に当たる。

 

 

 …………本当に懐かしい夢を見たな。

 

 

 あれからもう三年。奇しくも魔王を倒した年数と同じ年数が過ぎ去った。あの時、確かにあった熱は時間が流れると共にだんだんと醒めていき、あたかも生きてた人間が冷たい死体へと変わっていくように劣化していった。いや、多分そうなのだろう。あの世界から元の世界へと戻って勇者である輝一は死に、ただの笠原輝一が残った。

 

 

 戦いの日々は色褪せることない思い出に変わり、ただ証として聖剣を残して。

 

 

 何も起こらない日常、変化のない日々。それは、確かに俺の望んだ世界だった筈なのに時々どうしようもない虚しさが心を満たす。

 

 

 それは残していくしかなかった彼女への想いがそうさせているのだろうか? それとも──────

 

 

「あーあ、やめやめ。今更考えた所でなんも変わんねーし。それよりもメシだメシ」

 

 

 どうにも朝は気分が沈みがちなるからいけない。さっさとメシ食おう。やっぱり朝から力出すにはしっかり食わなければ。緩く首を振り気持ちを切り替えて一階のリビング向かう。

 

 

 

 そこには食欲をそそる、出来たての暖かい元気の源(朝食)が─────

 

 

「………メシがねぇ」

 

 

 変わり置いてあるのは紙一枚。そういえば今日はまだ誰とも会ってない。いつもならバタバタ忙しいペアレンツがいらっしゃるはずなのだが。

 

 

 紙を手に取ってみる。どうやら手紙のようだった。

 

『愛しき息子へ

 恐らくこの手紙を見ている頃には私達ここにはいないだろう。……………なんと!! 商店街で家族でパリ二週間の旅に当たったのでした~! \(^_^)/

 という訳で一週間前からコソコソ準備して今日から行くことになったから。なので二週間頑張ってね』

 

 

 

「オイィィィ!! 何だコレ! 何ぞこれッ!!」

 

 パリ!? パリってパ・リーグとかじゃなくて、ルイヴィトンとかシャネルとかのあのパリ!? マジでか!

 

 いやいや! それよりも何で相談もなかったの!?

 

 なして俺だけハブ!? なんか前からソワソワ落ち着きないと思ってたけどコレのせいかよッ!!  パリでレッツ・パーリィー!! ってか!? ふざけんな! 俺だって行きたかったわ、筆頭眼帯でイケてるルー語巧みにに操ってパリ統一したかったよっ!!

 

 

「いや、それよりもこれからメシどうすんだよ!?」

 

 

 料理なんて出来ねーよ。勇者やってた頃も全部任せっぱなしだっだし。

 

 

 

「ん?もう一枚あるな」

 

 

 もしかして、何か打開策でも書いてあんのか? 二つ折りにされたもう一つの用紙をペラリとめくってみる。

 

 

『PS,ご飯のことだけどこれでがんばって! 一カ月一万で生活できるんだからこれだけあれば充分でしょ (笑)』

 

 

 紙の下からでてきたのは野口さん一枚。

 

 

「『(笑)』じゃねぇぇぇえッ!! (怒)」

 

 

 

 計算間違いもほどがあるわ! 千円って、一食二十六円!? うまい棒しか買えねぇーじゃねーか!! しかも妙に軽い感じが余計に腹立つしッ!

 

 

 俺は想像の中で腹立たしい両親の顔にワンパンチ入れつつ、クソの役にもたたない紙くずをゴミ箱にぶち込んだ。今までのシリアス返せこのやろう。

 

 

 

※※※※

 

 

 

 結局、朝も昼も食べずに放課後を迎えた。青春真っ盛りの食欲旺盛な時期にメシ抜きはキツイ。腹が減るのに比例してイライラがつのり、今日はやたらに不機嫌なワカメ野郎がこちらに絡んできたので思わず筋肉バスターを掛けてしまった。これで当分は女子との素敵な出会いがなくなったのは間違いないだろう。本当に今日は厄日だちくしょうめ。

 

 ふて寝してなんとかお腹の空腹感を誤魔化そうとしたが流石に無理だったらしい。目が醒めてしまったので一人で真夜中のコンビニへガリガリ君(定価六十三円)を買い、トボトボと家路へと急いでいたのだが、

 

 

「…………リア充滅びろ」

 

 

 幼なじみと何故か黄色いカッパを着た美少女を侍らした衛宮士郎君に遭遇した。

 

「毎回毎回なんだよ、オマエは」

 

 

 五月蝿い。これはモテない男子の魂の叫びだと何故わからん。

 

 

「輝一、貴方なんでこんな所にいるのよ?」

 

 

 明らかに不機嫌ですよー、と顔に書いてある我らが幼なじみに簡潔に答えてやる。

 

 

「コンビニに今日の晩飯を買いにな。それより何でここにいるのかはこっちのセリフだ。馬鹿やろうども」

 

 

 チラッとカッパの美少女を見やる。なんかピリピリとした雰囲気を醸し出し、かなり露骨に警戒されている。なんか涙が出てきた。

 

 

「ああ、俺たちはちょっと教会に行ってきたんだよ」

 

 

 士郎の答えに少し驚いたがああ、そうか

 

 

「結婚するんですね。わかります」

 

 

「違うわよッ!!」

 

 

 顔を真っ赤にした凛が力いっぱい全否定なされた。

 

 

「ああじゃあ、そっちの美少女ですか。さすがリア充野郎。抜け目ないですね」

 

 

「ち、ち、違うぞ。セイバーとはそんなんじゃない!」

 

 

 今度は士郎が真っ赤になって否定した。あのカッパの美少女、セイバーっていうのか。

 

 

「まっ、どうでもいいや。もう俺帰るからお前達も早く帰れよ」

 

 

 早く帰らないと夕食が溶けちまう。

 

 そう思ってヒラヒラ手を振って家路へ急ごうとしたのだが。

 

 

 

 

「────ねぇ、お話は終わり?」

 

 

 幼い声が夜に響く。まるで謳うよなその声は少女のものだった。

 

 

 視線を坂の上に向けてみる。

 

 

 

 ────酷く場違いなものがそこにはいた。

 

 

「────バーサーカー」

 

 

 凛の呆気にとられた声が聞こえる。狂戦士がどういった意味かわからなくてもあの少女の隣に突っ立ている巨人の異質さは嫌というほど理解出来た。

 

 

 アレは人間ではない。もっと違う何かだ。自然と背筋だけではなく体中が冷水に漬けられたように強張る。この感覚を俺は知っている。

 

 

――死の感触だ。

 

 

 久しぶりに受けたその衝撃は俺の心を押しつぶそうとし、喉は干上がったかのようにひりついた。 

 

「…………」

 

言葉は完全に消失する。

 

 

 

 そんな、いきなりワケわからん緊張状態に放り込まれて完全にこんがらがっていた頭で考えたことは。

 

 

 もう二度とガリガリ君は買わねぇ。

 

 

 死ぬほどどうでもいい誓いだった。


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